コミュ力というのは、ボキャブラリーの豊かさと、それを使いこなす能力がとても重要であると思います。
「知識」としての語彙を豊富に持っていて、それを臨機応変に自由に使いこなす頭の回転の早さを兼ね備えていることが、コミュニケーションにはおおいに役立ちますよね。
「物も言いようで角が立つ、丸い卵も切りようで四角」なんてことわざがありますが、「ものの上手な言い方」を心得ている人は、それだけでずいぶん得をするし、他人に対して良い影響をたくさん与えることができるのでは、という気がします。
言葉がヘタなら、下手にしか伝わらない
人間はテレパシーを持っているわけではないし、言葉でしか感情や考えを伝えることは出来ないですよね。
だから、どんなに立派な感情や考えを持っていても、言葉の力が不十分では、それを理解されずに終わってしまう。
もどかしい思いをすることになってしまいます。
私も、自分の言葉の力が足りないせいで、気持ちが思うように伝わらず、悔しい思いをしたという経験が何度もあります。
一方で、実に言葉巧みに自分の感情や考えを話して、周囲から尊敬を勝ち取る人に嫉妬してみたり……
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「言い方」のうまい人はどこにでもいる
コミュニケーションの上手い人は、本当に上手に言葉を操る。
同じことを言っているのに、その人が言うと急に面白くなったり興味深い話になったりするから不思議なものです。
上手な「ものの言い方」を心得ている人は、口から発する言葉がいつも魅力的なのだから、人に好かれて得の多い人生を送ることになる。
言葉を操る能力は、必ずしも学歴や職業で差が出るものではなく、本当にどこにでも上手な人がいるな、という印象を受けます。
そして、下手な人も。
物乞いが札の「言葉」を変えただけで……
会話ではないのですが、「言葉の力」を示す有名なエピソードがあります。
フランスの街角に、盲目の物乞いがいました。
施し用の容器を置いて、コインが入れられるのを待ちながらじっと立っているのですが、通行人は素通りで、お金を出す人も声をかける人もいませんでした。
そこを通りかかったアンドレ・ブルトンという詩人が、物乞いの下げている札に
「私は目が見えません」
と書かれているのを見て、その札の言葉をこう書き換えました。
「春はまもなくやってきます。でも、私はそれを見ることができません」
札の言葉を書き換えただけなのですが、
たちまち物乞いの容器にコインを入れる人が増えて、さらに通行人が優しく声をかけてくれるようになったとか。
「ものの言い方」を大きく変えただけで劇的な効果が生まれる、というエピソードです。
面白く加工する知性
とにかく、話が面白い人というのは、話の内容よりもその話し方、言葉の使い方が上手なものです。
平凡な出来事でも面白く語れるのが、本当のユーモアセンス。
ブログでも、面白いブログはたいがい「ものの言い方」が面白いものです。
普通の人が書いたら平凡な出来事だったり、単なる愚痴や自慢で終わりそうな話を、言葉の力で面白く染め上げている。
こういうのが本当の「人間の知性」ではないか、という気がします。
環境に作用される言葉の力
言葉を使うスキルというのは、楽器の演奏やスポーツと同じで、上手な人のを聞いて・読んで、それを真似して覚えていくものだと思っています。
だから、小さい頃に周囲に話し上手な人、ボキャブラリーの豊富な人がいたかどうか。もしくは、どんな本を読んでいたかで、大きな差が出るでしょう。
もちろん、大人になってからでも身につけることはできるけど。
物事を「正しく伝える」「わかりやすく伝える」ことは大事ですが、「面白く」「興味深く」「快適に」伝えるということも、重要な能力であると思います。
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