JFN『ラジオ版 学問ノススメ』公式書き起こし、今回のゲストは作家の平野啓一郎さんです。
JFN『ラジオ版 学問ノススメ』公式書き起こし、今回のゲストは作家の平野啓一郎さんです。ラジおこしでは2014年8月第2週放送分を4回に分けて全文掲載いたします。
今回は平野さんの著書『透明な迷宮』を 踏まえつつ、この物語が生まれた経緯について、 物語とこの時代、社会との関係についてお伺いしてまいります。
2014年6月に出版された、こちらの『透明な迷宮』。6つの短編が収められている本書は、前回より約7年ぶりの短篇集とのことで、初回のパートでは今回筆を執るに至った経緯や、平野さんご自身の長編と短編の解釈の違いについてなどお話していただきました。長編と短編の小説からの「旅」への比喩は作家である平野さんならではの視点からの解釈で、非常に興味深い内容です。
放送の音源はこちらからお聴きいただけます!
しゃべるひと
ゲスト:平野啓一郎さん(作家)
聞き手:蒲田健さん(ラジオパーソナリティ)
(以後、敬称略)
7年ぶりの短篇集『透明な迷宮』
蒲田:新潮社より、『透明な迷宮』が出版となっています。今回、7年ぶりとなる短篇集ですね。
以前、この番組にご出演いただいたときは『空白を満たしなさい』の話をメインにお伺いして、そこからこの短篇集になっていくわけですけど、どういう経緯で書くことになったんですか?
平野:『空白を満たしなさい』までのシリーズで分人主義という概念を使って、今の人たちはどうやって生きたらいいのかとか、私というのはどういうふうに捉えたらいいのかということをしっかり書いていて、「分人」という考え方は今回の作品にも通底してるんですけど、もうちょっと物語的な面白みというか、束の間の現実を忘れるような非日常体験をしてもらいたいと思っていまして、なるだけ、不思議な現実を忘れるような世界を書いてみました。
蒲田:『空白を満たしなさい』まででとりあえず一段落ついた感じで。
平野:そうですね、分人とはなにか?みたいなことを作中で具体的に説明したりするのは一区切りついていて、さらにその先ですね。
蒲田:たしかにおっしゃるとおり、「分人」という言葉は今回出てきませんが、いろんなところで染み渡ってる感じがしますね。
平野:はい。
蒲田:でも、平野さんというとこれまでの作品は重厚で長編のものがメインだったわけですが、今回の短編というスタイル自体にどういう思いを持っていらっしゃいますか?
平野:「7年ぶり」っていうふうにさっき紹介していただきましたけど、7年前に書いた短編は結構実験的なスタイルものが多くて、それは次なる長編に行くためのステップとしてかなり色々なトライをしたんですけど、今回はもう少し一編一編の物語的な面白みを重視していて。
建物で言うと、短編が個人住宅だとすると、長編はスタジアム作るとか(笑)
構造計算とかかなり大がかりで複雑になりますけど、短編の場合は思いつきとかその時のひらめきとかを生かしやすいですし、個人にぴったりな楽しい家を作るような感覚で、大きなものとはちょっと違いますね。
蒲田:短編のほうは瞬発力勝負みたいな感じなのかなあと思ったんですけど。
平野:そうですね。
とにかく長編は準備の段階からかなりしっかり骨組みを作ってリサーチしてとかいう手間もだいぶ違いますし、短編の場合は思いつきで話の筋を変えてしまっても結構成り立つといえば成り立つんです。その分、身軽に自由な試みもできるというところはありますね。
小説に触れることは、その場所に滞在することと似ている
蒲田:なるほど。じゃあ、書き方そのものもだいぶ違う?
平野:今回は僕自身が書いてて結構楽しくて。
蒲田:あー、そうですか。
平野:ええ。
長編も楽しいっちゃあ楽しいんですけど、ちょっと質が違うと言うんですかね。
束の間、なるだけ非現実的な体験を読者にしてもらいたいと思っていたので、話の分かれ目で「こっちかな? どっちかな?」って迷っているときは、できるだけ無さそうな方に今回は話を持っていったんですよね。
ただ、あまり現実感覚から遊離しすぎていても読者も楽しめないので、「でも、こんなことももしかしたらあるのかな」っていうような際どいところは一応狙ってるんですけど。
蒲田:なるほど。使う脳の部位とかそういうのも違ったりするんですか?
平野:ちょっと違いますね。
あと、小説ってどこか全身で書いているようなところがあって、1 年がかりでひとつの作品をずっと書いているときと、数週間で 1 編の短編を書くときとかでは、肉体的なものの作品に対する反映のされ方みたいなものがやっぱり違う気がしますね。
蒲田:疲れる場所も違うみたいな感じの感覚ですか?
平野:そうですね。
小説ってやっぱり、あるひとつの世界であり場所なので、どれぐらいその場所に滞在するかっていう感じなんですよね。
相当な長期滞在になるのか、数週間ぐらいの滞在なのかっていうことで、心構えも違えば、そこの世界から戻ってきた時の反動とかも違うし。
蒲田:長編はもう半分住んでるぐらいの感じになる?
平野:そうですね。まあ、ビザがいるか、いらないかぐらいの感じですね(笑)
蒲田:そうなると当然、準備する手荷物も違ってきますしね。
平野:で、読者を迎えるときにも、「ここに長期間しばらく滞在してください」っていうのと、「短い時間で楽しんで帰ってください」っていうのとは…、
蒲田:そうなるとやっぱり自ずと見せ方は違ってきますよね。
平野:そうですね。
だから、長編でしかなり得ないテーマと、短編でしかなり得ないテーマっていうのが最初からハッキリしていると思うんですよね。
それを間違っちゃうと、短編のテーマで長編を書いちゃうと動かなくなったりとか、長編のテーマで短編を書いちゃうと詰め込みすぎになっちゃったりとか。
蒲田:なるほど、なるほど。
読後に変化がなければ読む必要はない
蒲田:その旅の比喩は非常に分かりやすい感じはします。それだけ短編と長編は違うということですが、でも当然「小説」という大きな括りとしては同じジャンルに入ると思うので、共通点みたいなのってのはあるんですか?
平野:僕はいつも言うことなんですけど、読む前と読んだ後で読者の中になにも変化が起こらなければもう読む必要ないと思うんですよね。
小説っていうのは、その1冊を読んだおかげで、なんか読む前の自分とちょっと変わってるなっていう。それが、自分の中にずっと残り続けていて、なんかの時に思い返したり、自分の中にひとつ世界ができるって言うんですかね。
そういう意味では、ちょっとくどいですけど、旅の思い出とかみたいなところはあって、読んでる時の楽しさと読み終わった後の残り方みたいな部分では、なんらかの形でそういう異質なものとして残るという意味では、長編も短編も同じじゃないかなあと。
蒲田:ビフォアーとアフターが明らかになにか違っているということなんですね。
そこはどう作用するのかはそれぞれのものによりけりだし、短編も長編も作用の仕方そのものが違う。
平野:ひとつの作品に対して読者は分人化してくれると思うんですけど、どういうふうにその人の中に僕の作品が染み渡って、食い込んでいって、読み終わったときにその人の中に元々あったものと僕の作品とが混ざり合ったなにか新しい部分ができているのかっていうのが、感想なんか聞かせてもらうときにすごく楽しみなところですね。
蒲田:たしかにそうですね。分人に対してどのように作用するかっていうところですね。
そうすると、書いてらっしゃる平野さんご自身は、短編、長編、どっちが好きとか、そういうことは別になく?
平野:やっぱり人生のタイミングにもよりますね。長編を読みたいときもありますし、短編を読みたいときもありますし。
ただ、一般的な短編は、本にした時に個々それぞれ違う話っていうことが多いんですけど、そうするとなかなか長編小説を読んだときに得るような重厚な読後感っていうものになりにくいので、今回はあえてそれぞれの作品にいくつか共通したテーマを相互に乗り入れさせてるっていうか、「このテーマ、さっきの短編でも扱ったな」っていうのをわざといくつか共通させてるんですね。
それによって、1 冊の本として読んだときに、ひとつの世界として楽しめるんじゃないかなと思いまして。
蒲田:なるほど。
さっき、一戸建てとスタジアムぐらいのの違いっていうふうにおっしゃいましたけど、短編集になったときは集合住宅みたいに、それぞれ違う部屋があるけど、みたいな?
平野:ある建物がたくさん集まってる街みたいなところはありますね。
蒲田:大きな括りとして見ると、なんか共通してるかもしれないというのが見えてくる。
平野:そうですね。
蒲田:なるほど。今回、 6 編が収められてますが、どこがどう相互乗り入れしているのかみたいなところもポイントのひとつかなという感じますね。
第2回につづく
次回の配信は9月9日の予定です!Twitter、Facebookなどをフォローしていただけると更新情報をお届けします!
平野さんのプロフィール
作家。1975年、愛知県生まれ。京都大学法学部卒業。
1998年『日蝕』でデビュー。同作で第120回芥川賞を受賞。 2009年、『決壊』で芸術選奨文部科学大臣賞 『ドーン』で第19回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。 最新刊は、新潮社刊『透明な迷宮』
『ラジオ版学問ノススメ』について
世の中をもっと楽しく生きていくために、あなたの人生を豊かにするために、知の冒険に出掛けよう!学校では教えてくれない、でも授業より楽しく学べるラジオ版課外授業プログラム。各分野に精通するエキスパートをゲストに迎えて、疑問・難問を楽しく、わかりやすく解説していく。
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