Listening:<論点>学校給食に牛乳は必要か
2014年09月05日
新潟県三条市は「和食に合わない」などとして12月以降、牛乳を外す学校給食を試行する。この異例の試みへの反響は大きく、京都市でも同様の論議が起きているほか、ネット上では牛乳の「悪影響」をめぐる情報が飛び交い、日本の食文化論にまで発展している。給食に牛乳は必須なのか。
◇ご飯に合わず、代替は可能−−長谷川正二・新潟県三条市教育長
子育て世代以上の多くが、学校給食と聞くと「パンと牛乳」のイメージを持つのではないだろうか。「給食=パンと牛乳」だ。牛乳は給食と切っても切れない関係である。しかし、1970年代に導入された米飯給食は、徐々にその回数が増え、現在全国平均で週3回を超えた。
三条市では毎日例外なく米飯給食を提供している。主菜にはコロッケもハンバーグもあるが、基本はご飯、汁物、主菜、副菜のそろう「お膳のかたち」だ。子供たちの生涯にわたる健康的な食習慣の定着を目指すからである。日本人の米消費の激減と、増え続ける生活習慣病が、完全米飯給食への転換を後押しした。使用する米にもこだわる。農薬や化学肥料を半量以下に抑えた特別栽培(その2割は有機栽培)の地元産コシヒカリを7割精米(胚芽やぬかを残す)にしている。
このような背景の下、保護者や関係者から「ご飯に牛乳は合わない!」「子供たちの食育としてどうなのか?」という声が上がった。文部科学省の定める給食のカルシウム摂取基準は高く、牛乳を外して簡単に補える値ではない。そこで2007年、牛乳を給食と分離して、休み時間などに飲ませる試みを行った。学校からは不評だった。忙しい学校運営の中で、給食が2回あるのと同じである。牛乳問題は一時棚上げとなった。
昨冬、和食がユネスコの無形文化遺産に登録された。三条市の給食は和食を次世代につなぐ取り組みとして評価され、農林水産省の和食ガイドブックに紹介された。同じ頃、消費税増税による給食費の値上げが課題となった。議論の結果、今年12月から年度末まで牛乳を停止し、その経費で増税分を補い、合わせて「牛乳を外した給食」にチャレンジしてみようという決定に至ったのである。
牛乳を外すことで不足する栄養価は、主食であるご飯の増量(大きなひと口分ほど)、魚や肉も少し大きな切り身にすることで補う。副菜も増量し、特に大豆製品、ごま、海藻、緑の葉野菜、小魚等を活用したいと考えている。中でも切り札的存在は「煮干し粉」だ。これまではだしをとると捨てていた物を食べてしまうというものである。煮干し粉は意外と安価で味にも深みが増す。
ここで誤解のないように言えば、牛乳や乳製品が悪いと考えているわけではない。デザートにはヨーグルトなどの提供もある。調理用としての牛乳や乳製品の活用はもちろんである。合わせて、家庭でのカルシウムやビタミン補給のために牛乳を飲むなど食生活の見直しも啓発する。
少し視点を変えると、学校給食の回数は年間190回前後。1年間の食事のわずか17%程度に過ぎず、残り83%は家庭における食事だ。給食は集団の食事なので子供たちの食習慣に与える影響は大きいが、本当に重要なのは家庭食であることを、改めて感じる。
この試行に対するテレビ取材や新聞報道等、全国的な反響の大きさに驚かされた。この件に関する「市長へのたより」も大半が県外からのものである。一方で三条市民は冷静だ。理由は10年以上も学校給食を柱に食育を進めてきた地域性にあると考える。
この試行が「給食には牛乳」という固定観念を再考し、「世界の和食」を国民が取り戻す一助になればうれしい。(寄稿)
◇満遍ない献立、食育に貢献−−迫和子・日本栄養士会専務理事
牛乳の最も大きい効果は骨粗しょう症の予防だ。骨を作るには、たんぱく質、カルシウム、ビタミン類やほかのミネラル類の毎日の蓄積が大事で、これらを豊富に含む牛乳を飲まない期間が成長期にあることは問題だと考える。
牛乳だけが骨に良いのではないが、代替は難しい。豆類や小魚はグラム当たりのカルシウムは豊富だが、食べられる量が限られる。例えば、乾燥ヒジキは1食で10グラムも食べられない。しかも給食の残食率を見ると牛乳は極めて低く、小魚などの入った副菜は残りがちだ。安価な牛乳を除いた献立で国の摂取基準を本当に満たせるのか。計算上はともかく、実際に摂取量を確保できるか検証が必要だろう。
正しい食習慣は家庭で作っていくべきものだという意見がある。ただ、すべての子供の育ちに責任を持つ学校は、現実も見る必要がある。日本スポーツ振興センターの調査によると、給食のない日の子供の昼食は、全般に栄養量が少ない。カルシウムは平均必要量を取れていない子が7割に上る。足りているのは穀類、肉、卵くらい。これが現実だ。家庭食は崩壊しつつあり、学校で朝食を出すべきかという議論すらある。
背景の一つに子育て世帯の収入の低さがある。家庭の食事を充実せよと言っても、すべての世帯が可能だろうか。食費に回すお金がない家庭、仕事に追われて時間がない家庭もある。給食は今こそ重要で、既にセーフティーネットになっているとも言える。
今の家庭の食事が偏りがちであるなら、給食で青年期までに基本的な食習慣を確立することは重要だ。家庭で食べ慣れないものを食べさせるには、同時に食育が必要だし、家庭食の充実を求めるなら子育て世帯の家計支援を行政は考慮すべきだ。もしそうした土台もなく「牛乳はご飯に合わない」という主観的な理由で、あるいは給食費抑制のために、牛乳の停止を考えるようなことがあるなら、子供たちの将来に対して責任のある対応とは言い難い。
そもそも「牛乳は和食に合わない」とはどのような和食を考えているのか。奈良時代には貴族は乳製品を取り入れていた。明治や昭和初期の庶民の食事を想定するなら、栄養バランスは非常に悪い。すなわち、塩分が多く、たんぱく質やカルシウム、ビタミンが不足しやすい。このため脳卒中などが多く、平均寿命は50歳前後と短命だった。健康長寿をもたらした「日本の食」とは、和洋中の料理を米と合わせた戦後の食事である。
長い歴史のある学校給食は戦後大きく変わり、さまざまな食材を取り入れ、いろいろな料理を子供たちに経験させるようになった。それにより特定の食材への嫌悪感や特定の食品だけを好むような極端な食生活を防ぐとともに、戦後の子供たちの体格・骨格、特に身長の伸びに大きく貢献してきた。
一方、今の日本社会には、食に限らず特定のものを否定したり、極論をもてはやしたりする傾向がないだろうか。
特に若い世代は育児不安を抱え、子供を守りたい思いから惑わされやすいだろう。長い歴史の中で認められてきたものが「健康に悪いらしい」などの不確かな根拠だけで簡単に否定されるような極端な営みは、本来あるべきではない。給食も「排除」の場であるべきではない。【聞き手・田村佳子】
◇豊富な栄養、成長に不可欠−−上西一弘・女子栄養大学教授
成長期の牛乳摂取の意義について考えてみたい。
骨量は18歳くらいで最大の値となる。成人期以降は、カルシウム摂取に努めても徐々に減少し、ある量を下回ると骨粗しょう症と診断される。だからこそ、成長期に最大骨量をできるだけ高めておくことが、将来の骨粗しょう症の予防にとって最も大切なことだ。その点からも小・中学生の時のカルシウム摂取と適度な運動が重要なのである。(運動は骨への刺激となり、骨量の増加につながる)
小・中学時代は、骨の成長も著しい。長さだけでなく太さや内部の充実のために、骨にはカルシウムが蓄積される。日本人の食事摂取基準2015年版を見ると、中学生男子で1日当たり242ミリグラム、女子でも178ミリグラムが体内に蓄積される。だから、この時期には十分な量のカルシウムを取らなければならない。
牛乳はカルシウムの供給源として重要な食品の一つだ。200ミリリットルの牛乳で約200ミリグラムのカルシウムを取れる。牛乳のカルシウムには、量の多さだけでなく吸収率が高いという特徴がある。これは牛乳にカルシウムの吸収を促進する成分が含まれていることなどによる。従って、牛乳を食事中に飲むと食事全体のカルシウムの吸収量が高まる可能性も考えられる。ここに食事とともに牛乳を提供する意義がある。
近年、過度の紫外線対策で、日本人、特に女性のビタミンD不足が危惧されている。ビタミンDはカルシウムの吸収を促す栄養素の一つで主に魚から取れるが、紫外線に当たることで皮膚でも合成されるためだ。カルシウム不足のリスクはより増えている。
インターネットなどでは最近、「牛乳が本当に健康に役に立つのか、安全なのか」といった議論も散見される。牛乳は子牛の飲み物であってヒトの食品ではないとの批判もある。もちろん牛乳は本来、子牛のものだ。だが、私たちが日常摂取する食品は、そのほとんどが本来ヒトのために存在するものではない。動物にしろ植物にしろ、本来の存在目的とは別に、私たちが、私たちの生命を維持するために利用しているのである。
「牛乳摂取量が多い国の方が骨折が多い」「アトピー性皮膚炎の子供が増加しているのは牛乳を飲むからだ」などの「危険説」も存在する。しかし、これらは科学的な根拠に乏しく、主観的なものが多い。例えば、牛乳摂取量が多い北欧などで骨折が多い理由は、体格やビタミンDの栄養状態などの影響が大きい。
牛乳は、たんぱく質を構成するアミノ酸の種類や量も良く、たんぱく質が分解される際に生成されるペプチドにはさまざまな生理活性作用があることが報告されている。血圧を下げるペプチドも見つかっており、実際に牛乳を摂取している人の方が血圧が低いという報告もある。ビタミンB類や多くのミネラルの供給源ともなる。
牛乳は私たちが摂取する数多くの食品の中の一つに過ぎない。決して完全食品ではなく、それだけで健康を増進するようなものでもない。しかし、多くの健康効果が期待され、特に成長期の子供たちにとっては欠かすことのできない食品の一つであることは間違いない。日本の子供たちの現状を考えれば、牛乳の摂取量は確保すべきだと、カルシウムを研究してきた立場として強調したい。(寄稿)
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◇牛乳と学校給食
学校給食法施行規則には、学校給食は完全給食、補食給食、ミルク給食のいずれかと定められており、牛乳はどれにも含まれる。一方で、学校給食の実施は、同法で義務教育の学校設置者の努力義務にとどまっている。私立学校も含めた実施率は、2012年5月現在、小学校99.2%、中学校85.4%。国の学校給食摂取基準では、1回の給食のカルシウム摂取基準値を小学校低学年で300ミリグラム、中学校で450ミリグラムとする。多くの栄養素は1日の基準量の3分の1に設定しているが、カルシウムは家庭で不足している実態を踏まえて1日の推奨量の50%に設定され、牛乳がその主な補給源になっている。
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「論点」は金曜日掲載です。opinion@mainichi.co.jp
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■人物略歴
◇はせがわ・まさじ
1949年新潟県生まれ。新潟県立三条商業高卒。三条市役所に入庁し、市民部長、総務部長などを経て、2012年から現職。
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■人物略歴
◇さこ・かずこ
1952年神奈川県生まれ。神奈川県立栄養短大卒。管理栄養士。同県保健所勤務などを経て現職。国の食品安全委員会企画専門調査会委員などを歴任。
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■人物略歴
◇うえにし・かずひろ
1960年徳島県生まれ。徳島大大学院栄養学研究科修士課程修了。専門は栄養生理学、特にカルシウム、スポーツ栄養。日本栄養改善学会理事。