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Introduction  

2015年 11月 11日

☆創価の森通信
FREEDOM
創価学会自在会の同志と一緒に歩むブログです。
you tube 「紅の歌」を 以下に添付します。



ひらがな御書ホームページここをクリック!
コメント返信は 原則としていたしません。初めにブログルールをご覧ください。
ブログルール→ここをクリック!

# by sokanomori3 | 2015-11-11 01:01

ひらがな御書・別館の最新記事  

2015年 11月 11日

ひらがな御書と別館ブログの最新記事です。(別館は、音声ソフト対応ではありません)
以下のアンダーラインをクリックしてご覧ください。
◇9月6日 別館. 素晴らしい平凡な生活の築き方 (随時更新します)
◇8月31日 ひらがな御書. 除病御書(じょびょうごしょ) 交互文
◇8月30日 ひらがな御書. 日妙聖人御書 ひらがな漢字交互文
◇8月28日 別館. STAP細胞検証実験の中間報告 (恐ろしい流れ)
◇7月20日 ひらがな御書. 佐渡御書 交互文

# by sokanomori3 | 2015-11-11 00:00

創価学会の問題ブログの罠  

2014年 09月 07日


☆学会批判を目的としたブログ。

このテーマは、当ブログにふさわしくない内容である。
しかし、今、この時点で、語らなければならない。
否、時期を逸したとも思っている。
何故なら、その有害情報を流すブログは、当初の目的を達成したからである。
そのブログは、「創価学会の問題」というキーワードで検索した場合、すでに検索トップの位置につけている。これは、多くがアンチというより、内部の人たちの閲覧によって上位に達したものである。
この問題のブログは、これからもその地位を活用し、創価学会のネガティブキャンペーンを続ける可能性がある。

○ナリスマシの証拠.

指摘する「創価学会の問題」というブログは、ナリスマシであると判断される。
その証拠は、ブログにある「リンク」である。
リンク先のほとんどが、アンチ創価学会のサイトなのだ。
純粋な学会員と思われるブログも含まれるが、多くは完璧なアンチサイト。
彼は、創価学会の活動に疑問を呈し、一時学会から距離を置いて「学会を見つめ直す」という立場で記事を書いているが、時の経過とともにその批判は大きなものとなり、創価学会全体の問題を提起するようになった。
これだけなら、一時的な退転状態の学会員と受け止められなくもない。
しかし、リンク先は明確に彼の本質を示している。

実は、私は、このリンク先まで見ていなかった。そもそも、最初にブログを見たとき、すぐに「見る価値がない」との思いがあり、ほとんど見ていなかった。
ある日、このブログが「ナリスマシに違いない」という話をある婦人部から聞いた。
その理由が「リンク先」に見られるという。
早速、そのリンク先を見た。そこには、吐き気のするようなウソでたらめのアンチサイトが並んでいるではないか。
このようなことを書くと、ますます刺激を受けた学会員が、これらのサイトを見て、彼らの地位を揺るぎないものとするだろう。
しかし、少なくとも、このことをしっかり伝えておかないと、この有害情報を真に受けて、信心の本流から離れていく人も出るのであるから、痛し痒しであるけれど言わざるを得ないのである。

○リンク先のアンチ.(2014年9月7日現在)

さて、リンク先を見てみよう。上段から1つづつ箇条書きにする。

1.母親が学会員の元2.5世学会員によるアンチ創価ブログ。
2.創価学会と闘うための裁判費用(運動支援義捐金)を募集しているブログ。
4.「創価のカネへの執着はすごい。金の亡者、創価学会」と記すブログ。
6.学会員だという立場で創価学会を批判するブログ。
7.アンチと思われる創価学会批判をするブログ。
8.夫が学会員で妻として批判をするアンチブログ。
9.夫が学会員の妻としてのアンチブログ。(8.と同じ設定)
10.元彼が学会員の活動家だったという女性の立場のアンチブログ。
11.子供の時に入信し、退会するまでを描いたアンチブログ。
12.未来部、学生部、女子部、婦人部のプロセスごとに学会批判をするブログ。
13.創価学会員を救済するという駆け込み寺ホームページ。

全13のリンク先中、上に掲げる11のウエブサイトが明確なアンチであり、しかも、その悪徳サイトはリンク先で互いに連結されているという状況にある。
このことは、「創価学会の問題」を掲げるブログが、創価学会を批判し、イメージダウンを狙う目的で作られているということを示すものである。

○罠を見破れ!!

彼は今、腹を抱えて笑っているだろう。
このような記事を私たちが書き、多くのアクセスを得て検索上位を得たのだから。
彼は、このブログを続けるか、この成果に満足して、さらなるアンチサイトを構築するかを考えていることだろう。
実は、私の旧創価の森ブログは、アンチサイトの攻撃をたびたび浴びて、アンチ系のアクセスで影響力を強くしたという経験がある。
アンチのすさまじい攻撃で、私の旧ブログは100万アクセスを超えた。
その旧創価の森ブログは、→ここをクリック!
このように、敵となるサイトを攻撃することは、実はそのブログを注目させる結果となり、影響力を大きくするという結果を招くのである。
私の場合は、私が意図したことではなかったが、創価学会の問題を掲げるブログは、あえて批判も栄養として力を持とうとの算段であろう。

このようなナリスマシブログは相手にしないことが肝要である。
「悪友には親近しない」‥これはもっとも賢明な対策である。
少なくとも、彼らの巧妙な罠にかかり、信心の歓喜を失う愚行だけは避けるべきだ。
以下に、この創価学会の問題情報の罠について2つの記事を示す。
(最後までしっかりと見ていただきたい記事です)

創価学会の問題情報1、→ここをクリック!
創価学会の問題情報2、→ここをクリック!



追伸1:私が特定のウエブサイトの批判をするというのは珍しいことであるが、今回、傍観できないと考え、問題のブログについて語った。
そのブログは、活動家として30年も信心をしたことを冒頭に述べ、やがてある出来事からきっぱりと活動を捨て、「創価学会の問題」を取り上げたと述べている。
これは、巧妙に内部を演出し、そのウソを見抜けない学会員をおびき寄せ、そのコメントを上手に活用してネガティブキャンペーンを果たそうとする企てである。
私は通常、このようなことを話題に掲げないが、今後もこの問題を追及するかも知れない。
ともかく、ナリスマシには、くれぐれもご注意いただきたい。

追伸2:この記事は、ご自由にリンク活用していただいて結構です。
当記事のURL: http://sokafree.exblog.jp/23333868/

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# by sokanomori3 | 2014-09-07 08:18 | 創価学会の問題 | Trackback | Comments(5)

少年の王国  

2014年 09月 06日


☆全世界は少年のもの。

写真解説.「文章途中に写真4枚が挿入されています。写真は夕暮れ間近の河川敷の風景写真で、森の入り口、河川敷の道、日が落ちて月が輝いているなどの映像です」

少年の心は、未来への希望に満ちている。
ときめくような勇気が根底から涌いてきて、何かを果たさなければいられない。
長雨が続いた夏の終わり、少年は家を出た。
時計の針は午後4時を回っていた。
少年は1人、街を抜け、森に入り、草原を抜けていく。長雨で、すっかり冷え切った風が涼しかった。ツバメが空低く飛んでいた。少年は、風になびく草や枝や、時折姿を見せる虫や小動物を笑顔で眺めていた。
日が落ちた。天空は西が茜色に染まり、東はコバルト色に輝いた。
しばらく少年は夕日の沈むさまを眺めていたが、やがて立ち上がり踵を返した。
少年の冒険は、夕暮れとともに終わった。


もと来た道を帰っていく少年。
空に月が現れた。ときおり、雲の隙間に星が見えた。
森は濃い緑から影絵のように黒くなり、その森の向こうは瑠璃色に変化していく。

風がどうっと吹くと、どこからともなくコウモリが飛んできた。
頭上で右に左に飛行しながら昆虫を捕食している。
目が見えないコウモリ。その飛行は反響音から得られている。
その自在な飛翔が面白く、少年は愉快になった。
「コウモリさん、あなたは目が見えないのにスゴイな!」
コウモリの巧みな操縦技術が嬉しくてたまらない。
風が止んだ。虫の鳴き声が大きくなった。
まるで、音の雨に打たれているようだ。

リンリン、リンリリン、リンリン、リンリリン‥
リンリリン、リンリリン、リンリリン‥

世界中が、虫の鳴き声に支配された。
「どれほどの虫がいるのだろう!」
命が満ちる大地に、少年はすっかり魅了された。
いつしか、クルマのライトや街灯が見えた。
少年はときめきながら大地を踏みしめ、ついに元の街にたどり着いた。
あたりはすっかり暗くなっていた。
少年は遠くの森を振り返り、西の空に輝く月を眺めてつぶやいた。
「あゝ、何て美しいお月様なんだろう!」
「何てすてきな夜だろう!」
この日、少年は世界一の幸せを味わったのです。



森や草原は、全部、少年のものです。天空に輝く月も星も、あるいは、鳥もコウモリ、幾百万の秋の虫も、全部、少年の国の住民です。
この少年の国は、朝も夜も、雪の日も嵐の日も美しい。
それは、少年の心が「六根清浄」だから。(^^)
旧創価の森ブログにも少年が登場する創作童話があります。
その創作童話は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-06 18:46 | ポエム | Trackback | Comments(2)

続・創価学会の問題情報について  

2014年 09月 05日


☆悪縁に紛動されない信心を。



悪縁は世の中に満ちている。
悪人や魔に誑かされる人に共通するのは、相手の本質を見破ることができないことである。
「大幹部だから、きっと間違いない」
「こんなに理路整然としている話なんだから、正しいだろう」
このような流れで、本質が掴めないままに、悪に親近してしまう。
誑かされてしまう。

かの有名な原島嵩など、未来部の時に立正安国論を理路整然と講義し、聞いていた大人たちが驚くほどの秀才であった。
しかし、のちに退転。最後は非業の死を遂げている。
能力が高い、地位があるなどの看板の向こうの行動をしっかり見ることが肝要である。どこまでも、文証、理証、現証(もんしょう、りしょう、げんしょう)である。
特に注意しなければならないのは、組織内の情報を克明に「らしく」描き、そこに批判を加えるアンチの企てである。一部の出来事をクローズアップし、あたかも全体で行われているように表現したり、事実を並べて信用させ、ウソを混ぜてイメージダウンを狙う。

○アンチ創価学会の手口.

ある創価学会の問題を並べ立てるブログでは、聖教新聞を「一家で10部もとっているのは珍しいことではない」と述べている。
一家で10部とっている人が一体、何人いるというのだろうか?
地区や本部に、5人、10人といるのだろうか?
私の地区にはいないし、過去所属した地区にもいない。
私が所属する本部でも聞いたことがない。
しかし、全くいないかというと、いる。驚くことだが本当にいる。
そのことは前回の記事に示した。
その記事は、→ここをクリック!

私が、「新聞を複数とっている」という指摘をあえて二度取り上げたのは、「大きなウソは見抜けても、小さなウソは見抜けない」ということを示したかったからである。
「新聞を複数とる」‥それは世間的に見ればオカシイだろう。
しかし、考えてみればわかることだが、好きな人は複数所有するなどということはよくある話で、ゴルフ用具やスキーの板など沢山所有している人がいる。
さらに高額なクルマやオートバイを沢山所有している人もいる。
譬えは悪いが、不倫相手を沢山持つ人、恋人を裏切り二股三股の人もいよう。
道楽の過ぎた人たちには目もくれず、真面目に信心をしている人を問題にする。
そんなオカシナ話を彼らはせっせと作っている。
アンチ創価学会の狙いは、小さな印象操作を繰り返し、1つの小さなウソを10とし、10を100とするなら、やがて白も黒にできるという算段なのだ。

破和合の企てを見抜けない学会員がいる。
愚痴に共感し、組織批判に同調する学会員もいる。
このことは、これからも続くだろう。くれぐれもご注意いただきたい。
どうか、賢明なる読者の皆さま、ネット上の魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした情報に紛動されることなく、創価の王道を歩んでください。
アンチ創価学会の記事は、→ここをクリック!

追伸:今月の大白蓮華(9月号)の43ページに「魔に紛動されない信心を」と題され、南条兵衛七郎殿御書(1497ページ)が掲載されてます。
以下に、ご参考までに添付いたします。

○ひらがな訳.


あくまの ほうねんが いちるいに
たぼらかされたる ひとびとなりと おぼして
だいしんじんを おこし おん もちい あるべからず
だいあくまは とうとき そうとなり ふぼ きょうだい とうに つきて
ひとの ごせをば さわるなり
いかに もうすとも ほけきょうを すてよと たばかりに そうらわんを
おんもちい あるべからず.

○漢字文.

悪魔の法然が 一類に たぼらかされたる人人なりと おぼして
大信心を 起し 御用いあるべからず
大悪魔は 貴き僧となり 父母・兄弟等につきて 人の後世をば障るなり
いかに申すとも 法華経を すてよと たばかりげに候はんをば
御用いあるべからず.

○解説文.(抜粋)

悪縁に引きずられずに、「大信心」を起こしていきなさいと指導されています。
御文に仰せの通り、魔の働きは、貴い姿のした父母・兄弟などの生命に入って、法華経を信じる者を退転させようとします。
この方程式は、今も決して変わりません。
魔は、巧妙な手段を使って、相手の弱いところを突いたり、相手を思いやるふりをして、成仏を妨げようとするのです。
信仰を捨てさせようとする魔のささやきに紛動されてはならない。
信心を失って、広宣流布の世界から離れてしまえば、永遠の幸福を開く、根本の軌道から外れてしまいます。功徳も成長も勝利も掴めなくなってしまうのです。
それが悪知識の恐ろしさです。
(池田名誉会長講義より)

三類の強敵の記事は、→ここをクリック!
六難九易の記事は、→ここをクリック!
三障四魔の記事は、→ここをクリック!

追伸:私は「創価学会の問題」ブログを「ナリスマシ」と判断しました。
具体的理由を以下に示します。
その記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-05 05:57 | 創価学会の問題 | Trackback | Comments(6)

創価学会の問題情報について  

2014年 09月 03日


☆悪友に親近しないこと。

創価学会の問題を書き綴るブログは多い。
正体が見えないので、いかなる人物かは分からない。
ある策略からか、内部の精密な情報の一部を語り、信用させ、印象操作を行う。このようなことをするのは、反創価学会の何かしらの組織が大半だが、中には退転者もいるようだ。
本日は、有害な反創価学会情報の注意点を語りたい。

情報発信者は、自らが見たこと、聞いたこと、書籍などの情報から記述する。
それは確かに見たこともあるだろうし、聞いた話もあるだろう。
勿論、誤った情報を鵜吞みにしたデタラメもある。
多くは、それなりの事実を重ね、そこに巧妙に毒を混ぜる。
その毒とは、池田先生が本仏化しているとか、著作物はゴーストライターが書いているとか、聖教新聞を一家で5部、10部とっている家は珍しくないとか、高額な寄付を集めるなど多彩だ。このような誹謗中傷は、古くから存在する。
誹謗中傷の記事は、→ここをクリック!

○珍しくない!?

池田先生の本仏化やゴーストライターはまったく笑止な話であるが、例えば聖教新聞を一家で5部、10部とっているという人は確かにいるようで、それをネタに「創価学会は異常だ」と騒ぎ立てる者がいる。
では、一家で聖教新聞を10部もとるというのは本当にあるのだろうか?
ある。それを、私は目の当たりにしたことがある。
贈呈ポストの記事、→ここをクリック!
この記事の贈呈ポスト所有者は、8部とっていることは確かなのだ。
けれど、創価学会の問題をことさら騒ぐ配信者は、このように珍しいことに対し、語尾に「珍しくない」と付け加える。まるで、多くの人たちがそのようなことを、まるで強制的にさせられているということでも言いたいのだろう。
しかし、これは、本人の意思でとっているもので、とらされているものではない。

○私は異常!?

では、私自身の話をしよう。
ちなみに、私は聖教新聞は1部のみである。2部とっているのは大白蓮華で、この他、公明新聞、創価新報、グラフSGIを各1部とっている。
全部、必要だから購入している。とらされている訳ではない。
大白蓮華を2部とっているのは、奥さんも私もしっかり読みたいから。
さて、私は大白蓮華を2部とっているが、異常だろうか?
わが家には公明党の看板があるが、これは強制であろうか?
その公明党の看板の記事は、→ここをクリック!
では、ギャンブルに散財し、浮気を繰り返し、迷惑をかけている人は世に沢山いるが、そのようにな人と比べ聖教新聞を2部とって真剣に仏法を学ぶ家族はオカシイのか。
私は御書を多種類持っている。5冊もある。
新編2冊、編年体1冊、拡大版1組、分冊1組‥この他、沢山の学会書籍があるが、これは買わされたのであろうか。そして異常だろうか。
私の数珠は5つもある。自宅用、会合用、カバン用、古くて使っていないもの‥これはどうか。これらは、私の判断であり、強制でもなんでもない。

○惑わされるな!!

本当の問題は、有害情報に踊らされ、信心のパワーを奪い取られる人たちがいることである。魔に鉄が磁石に吸い寄せられるように親近し、「そうだ、私もそう思う!」とオカシな対話をすることである。
そういう人は、心を師とするから、本流から外れてゆく。
私は、基本的にネット上で繰り広げられる創価学会のネガティブキャンペーンに反応しないことにしている。やがて歴史が全てを証明することになるし、もはや相手にする必要もないと考えている。
ことさら、それらについて、私が記事にするということはしない。
「ああ、これはオカシイ」‥そう思ったら見ない。触らない。
問題は、オカシイ情報源に近寄り、心地よい対話までしている学会員がいること。
同じような傾向性があるのか、引っ張られるようである。

もし、読者の中で、組織にオカシナことを感じたら、批判に転じるのではなく、建設的な「改革者」になるべきだと申し上げたい。
オカシイことの全くない組織なんて、どこを探しても絶対にない。
学会がオカシイというより、そもそも人間社会とはそういうものである。
オカシイなら、あなたが改善することであって、改善もしないでオカシイと言うのは、本当につまらない人生だ。
日蓮大聖人の御遺命通り、広宣流布を果たしているのは創価をおいて他はなく、全世界192ヵ国地域に広げた未曾有の歩みこそ、創価の正義を証明している。
各地区、各本部単位でのオカシナことは、当事者の仕事である。
それを忘れて、魔に誑かされるようでは「つたなき者のならい」ではないか。
くれぐれも悪友には親近しないことである。
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-03 23:58 | 創価学会の問題 | Trackback | Comments(11)

詩・民衆  

2014年 09月 02日


☆民衆(1971年9月28日).

以下に、池田先生の詩「民衆」の文末を掲げ、所感を述べる。

○引用文.

民衆よ 君こそ 現実だ
君を離れて 現実の世界はない
時代の真の民衆運動を 祈り 待っていることを忘れまい

君こそ すべての者が流れ入る大海であり
すべての者が 混沌のなかから
新しき生成のために鍛錬される 溶鉱炉であり
坩堝(るつぼ)であることを忘れまい
そして すべての者の 真正と邪偽(じゃぎ)とを峻別する
試金石であるのだ

科学も 哲学も 芸術も 宗教も
あらゆるものは 民衆に赴くものでなければならない

君のいない科学は冷酷
君のいない哲学は不毛
君のいない芸術は空虚
君のいない宗教は無残

君を睥睨(へいげい)する者どもは 脚下にするがよい
冷たく分析し 裁断する者には 拘泥(こうでい)すまい
君の土の匂いを嫌う人間は 無視するがいい

黙々と労働する君よ
陽に灼けて 逞しい筋骨(きんこつ)の君よ
僕は 秘められた君の心臓の 純なる溌剌たる鼓動を聞く

僕は生涯 君のために奔る
一見 孤立して見えるとしても
僕はいつも君のために
ただ君のために挑戦しゆくことを
唯一の 誇りある使命としたい

僕も戦う 君も戦う
君の無骨な手がふるえ
素朴な顔に輝きわたる生の歓喜を
この地上に獲得するまで戦う

僕も戦う! 君も戦え!
君たちのいる涯(はて)の涯まで
確かなる速度をもって 今日も戦う!

○所感.

詩・民衆は、池田先生の長編詩である。
その冒頭には、次の文章が綴られている。

「本来 民衆の叫びと強さを 超えたものはいない
本来 民衆の英知の歩調を 凌いだものはいない
本来 民衆の正義の旗に 勝れるものはいない
だが これまで そして今も
民衆の 民衆のための歴史は 
受難と窮乏の涙で綴られてきた」

続いて、池田先生は民衆を見下し、利用する権力者を叱責する。

「黒き権力者よ 汝は敏感にして病める民衆の
孤独の嘆息が聞こえないのか」

その叱責は、次に沈黙し隷属する民衆への激励と変わる。

「民衆よ! 君はなにゆえに 心の嵐をおさえて
圧政の巌(いわお)の下のみが 己の運命と思っているのか!
なにゆえに 古い鎖を切り落とさないのか!
君には 死者の歴史より生者の歴史の
主人公としての権利が あるではないか」

そして、先の引用文が登場するのである。
日蓮大聖人は諸法実相抄に「広宣流布の時は 日本一同に南無妙法蓮華経と となへん事は 大地を的とするなるべし」(1360)と述べられている。
「大地を的」とは、民衆を的(まと)にするという意味である。
権力者に迎合し、民衆を切り捨てる護国仏教ではない。
全民衆を救済しゆく真実の宗教が日蓮大聖人の仏法である。
大聖人の仏意仏勅(ぶついぶっちょく)の組織が創価学会である。
私も民衆の子。その誇りを胸に、師匠と共に歩み続けたい。

以下に、旧創価の森ブログから「諸法実相抄」の記事を示します。
(旧ブログは、音声ソフト対応ではありません)
諸法実相抄の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-09-02 06:10 | 池田先生の詩 | Trackback | Comments(0)

日妙聖人御書 (にちみょうしょうにんごしょ)  

2014年 08月 30日


☆日本一の信心を称えられた御書.

日妙聖人御書(にちみょうしょうにんごしょ)。
本抄は、文永9年(1272年)、日蓮大聖人51歳の御時、佐渡一谷(さどいちのさわ)から日妙聖人(にちみょうしょうにん)に与えられた御書です。日妙聖人は、鎌倉在住の婦人の信徒でした。日妙聖人は、娘の乙御前を連れて、大聖人を求めて佐渡を訪れます。
当時、女性が鎌倉から佐渡に渡るというのは大変危険なことでした。
山賊や海賊が充満し、取り巻く民衆の心は虎や犬のようだと大聖人は述べられています。その過酷な道を女性が無事に往復するというのは考えられない出来事でした。
そのことを日蓮大聖人は、次のようにしたためられています。
(御書1217ページより抜粋)

○ひらがな文.

そうしゅう かまくらより ほっこく さどのくに その ちゅうかん いっせんよりに およべり
さんかい はるかにへだて やまはがが うみはとうとう ふうう ときに したがうことなし
さんぞく かいぞく じゅうまん せり
しゅくじゅう とまり とまり たみの こころ とらのごとし いぬのごとし
げんしんに さんあくどうの くをふるか
そのうえ とうせは よ みだれ こぞより むほんのもの くにに じゅうまんし
ことし2がつ 11にち かっせん
それより いま 5がつのすえ いまだ せけん あんのんならず.

○漢字文.

相州 鎌倉より 北国 佐渡の国 其の中間 一千余里に 及べり 
山海 はるかに へだて 山は 峨峨 海は涛涛 風雨 時に したがふ事なし
山賊 海賊 充満 せり
宿宿 とまり とまり 民の心 虎のごとし 犬のごとし
現身に 三悪道の 苦を ふるか
其の上 当世は 世 乱れ 去年より 謀叛の者 国に充満し
今年 二月 十一日 合戦 其れより 今 五月のすゑ  いまだ 世間安穏ならず.

○解説.


日蓮大聖人は、楽法梵志(ぎょうぼうぼんじ)や釈迦菩薩、雪山童子(せっせんどうじ)、薬王菩薩(やくおうぼさつ)などの死身弘法の修行を果たした人々が、その功徳で仏になったことを述べられた上で、佐渡を訪れた尼の信心を称えられ、「日妙聖人(にちみょうしょうにん)」の法号を与えられました。
そして、「日本第一の法華経の行者の女人」と讃嘆されました。
大聖人は、この偉業を次のように記されています。
「当に知るべし 須弥山をいただきて 大海をわたる人をば見るとも 此の女人をば見るべからず」(まさに しるべし しゅみせんを いただきて たいかいを わたる ひとをば みるとも この にょにんをば みる べからず)
須弥山を背負って海を渡る人を見ることはあっても、日妙聖人のような女性は見ることはない‥そのぐらい稀有のことであると述べられているのです。
当時の信心がどれほど命がけのものであったか。
700年を経ても尚、不朽の輝きが伝わる御書です。

楽法梵志(ぎょうぼうぼんじ).
釈尊が過去世で修行していたときの名前。楽法(ぎょうぼう)とは、法を楽い(ねがい)求めるの意味。自らの皮をはぎ、骨を筆として仏の教えを求めた。
釈迦菩薩(しゃかぼさつ).
釈尊が過去世に修行したときの総称名。
雪山童子(せっせんどうじ).
釈尊が過去世で修行していたときの名前。雪山で修行をしていたとき、帝釈天が鬼に化身して仏説を述べ、残りの仏説を聞くために鬼に身を捧げた。
薬王菩薩(やくおうぼさつ).
良薬を衆生に施して、心身の病苦を治す菩薩。香油を塗り、自らを燃やしながら、全世界を照らしたとされる。

以下に、日妙聖人御書(にちみょうしょうにんごしょ)を示します。

ひらがな漢字交互文は、→ここをクリック!
ひらがな文は、→ここをクリック!
背景と大意は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-30 23:28 | ひらがな御書に学ぶ | Trackback | Comments(0)

富山の海にて  

2014年 08月 29日


☆流木からのメッセージ。

以下に、富山県富山市の砂浜の写真を2枚添付します。
写真解説.「テトラポットの防波堤が左右に見える砂浜の中央に長さ1mほどの流木が波打ち際にあります。写真は波が寄せて流木に当たり、飲み込むさまを連続写真で撮影したものです」


雲に覆われた空を反射して 海は鉛色に輝いていた。
さざ波の満ち引きが音を立てていた。海の向こうに膨らみが見えた。
膨らみは こぶ状に 一線を形成して近づいてきた。
膨らみは 白波となり流木を飲み込んだ。
流木は動かない。引く波に抗い 毅然と浜辺に残る。

いったい この流木は どこから来て どこに行くのだろう。
ここは物語の最後の舞台なのだろうか。
否 流木には まだ果たすべき使命が残っている。
海岸の砂粒のベッドに うたた寝をしながら
次の冒険のチャンスを うかがっているのだ。
海がしけて大きな波が来たら‥
再び流木は船出をすることだろう。

この流木は何をしているのだろうか。
もの言わぬ流木が語るものとは何だろうか。
押し寄せる大波にも 照りつける太陽にも
雪の舞う凍るような冬の寒波にも
無言にして ありのままの姿で
断じて屈することのない生きざまを 見せようとでもいうのか。

さらなる冒険の旅路の途中で 海鳥の休息の場所を与えるだろう。
いつか 小さな土くれになれば 次なる生命の栄養にもなるだろう。
この世がはかなく 無情であることを教えてもくれるだろう。

けれど 此の世は 悲惨と絶望が支配する世界ではない。
どんなに絶望に満ちていたとしても
どんなに恐ろしい出来事があっても
根底には 健全な世界を創造する確かな種子があるのだ。
此の世の明暗は 心が分けている。
心が地獄なら 世の中は本当に地獄となり
心が仏なら 此の世は寂光土となる。

浜辺に風が吹き メッセージが聞こえてきた。

「どうか 生きることを楽しんでください。
星の瞬く夜に ぐっすりと眠り
黎明の向こうで 白々と明ける 新しい朝に目覚め
大海原の青い海水と 不動の大陸を 悠然と眺めながら
生まれ持った使命を果たしゆく あなたであってください。
誇りを忘れず 断じて挫けず 前を向いて
生きて 生きて 生き抜く あなたであってください」

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# by sokanomori3 | 2014-08-29 22:19 | ポエム | Trackback | Comments(2)

グラフSGI 9月号  

2014年 08月 26日


☆決めて、祈って、行動する。


グラフSGI 9月号は、先月8月号の特集の続きで「すばらしき人々Ⅱ」と題され、アメリカ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルの特集になっています。
今回の記事では、9月号の中から、池田先生の詩とハーバード大学のクリストファー・クイーン博士の言葉を抜粋してご紹介したします。

<池田先生の詩>
「流れている川は美しい。戦っている心は美しい。
心の美しい人に、豊かな福徳は輝く。
大事なのは信心、そして行動である」
(グラフSGI 1ページ)

<クイーン博士の言葉>
「西欧のキリスト教の世界に育った私は、宗教の真髄は、神を信じ、祈りを捧げるところにあると理解しておりました。しかし、仏教との出会い(池田SGI会長との出会い)を通して、私の宗教観は一変。神に祈り、天国に行くことばかりを望むのではなく、人生をどう生き、そのために自身をどう開発するかに関心を置く、仏教の思想に耳目を開かれたのです」
(グラフSGI 9ページ)

池田先生は「大事なのは信心、そして行動である」と言われています。
そして、ハーバード大学の博士は、「神に祈り、天国に行くことばかりを望むのではなく、人生をどう生き、そのために自身をどう開発するかに関心を置く 仏教の思想」と絶賛されていました。
「信心とは、決めて、祈って、行動すること」という河合師範の指導を思い出しました。
その河合師範の記事は、→ここをクリック!

私たちは祈るだけではありません。行動するだけでもありません。
学び、励まし合う。そして祈り、行動する。
信行学(しんぎょうがく)の修行を果たしつつ、現実社会で汗を流す。
その果てに宿命転換があり、人間革命があります。
このことを再認識させられたグラフSGIでした。
9月度座談会御書は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-26 22:32 | グラフSGI | Trackback | Comments(4)

四条金吾殿御返事(2014年9月度座談会御書)   

2014年 08月 25日


☆世雄御書(せおうごしょ).

四条金吾殿御返事(しじょうきんごどのごへんじ:1169ページ)。
別名を世雄御書(せおうごしょ)といいます。
以下に、9月度大白蓮華(だいびゃくれんげ)の四条金吾殿御返事(世雄御書)のひらがな文、漢字文を示し、背景と大意を述べます。

○ひらがな文
.

きたわぬ かねは さかんなる ひに いるれば とくとけ そうろう
こおりを ゆに いるが ごとし
つるぎ なんどは たいかに いるれども しばらくは とけず
これ きたえる ゆえなり
まえに こうもうすは きたえなるべし
ぶっぽうと もうすは どうりなり
どうりと もうすは しゅに かつ ものなり.

○漢字文.

きたはぬ かねは さかんなる火に 入るれば とくとけ候
冰を ゆに 入るがごとし
剣なんどは 大火に入るれども 暫くはとけず
是 きたへる 故なり
まへにかう申すは きたうなるべし
仏法と申すは 道理なり 道理と申すは 主に 勝つ物なり.

○背景と大意.

建治3年(1277年)、日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が56歳の御時、身延から四条金吾に宛てられた御書です。
当時、金吾は人生最大の苦境に立たされていました。
それは、金吾が徒党を組んで法座を乱したという讒言がなされ、主君の江間氏から、「法華経の信仰を捨てる起請文(きしょうもん・誓約書)を書け。さもなければ、所領を没収する」と命じられたのです。
本抄には、「御辺は腹あしき人なれば 火の燃るがごとし 一定 人にすかされなん」(1169ページ)とあります。すなわち、「あなたは短気であるから、火の燃えるようなところがある。必ず人に足をすくわれるであろう」と述べられています。
当時、讒言や主君の理不尽な命令に対し、曲がったことが嫌いな金吾は腹を立てていたのでしょう。
この金吾に対して日蓮大聖人は、「起請書を書いてはならない」こと、「信心を貫き通すことによって、道理として、勝利していける」との確信を示されています。
そして、「さきざきよりも百千万億倍御用心あるべし」と、この苦難を乗り越えるために用心に徹するように諭されています。
人生には、抜き差しならない危機や苦難が巻き起こることがあります。
そのとき、短気を起こし信心を失うのか、柔和忍辱衣(にゅうわにんにくえ)で戦い抜くのか‥そこに勝敗の分かれ道があるとのご指導です。

○所感.

どんなに理不尽なことがあっても短気を起こさないで、粘り強く誠実な振る舞いに徹する。百千万億倍の用心をしながら戦い抜く。絶対絶命の中でも相手を恨まず、自分を磨き鍛えていく‥凄いご指導だと思います。
私も40歳の時、信心の戦いではありませんが、理不尽な出来事がありました。
腹も立てましたし、恨みもしましたが、最終的には下向きな信心を貫き、解決することができました。そして、大きな功徳(くどく)を頂くことができました。
当時の体験記事は、→ここをクリック!
これからも、さらに人生の荒波は続くことでしょう。
けれど、一切を信心で乗り越えてまいります。

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# by sokanomori3 | 2014-08-25 20:49 | 座談会御書 | Trackback | Comments(0)

富山県への旅  

2014年 08月 24日


☆新築祝いに富山県へ。


以下に、今回 乗車した特急はくたかのYou Tubeを添付します。


You Tube解説.「夏の季節の特急はくたかの走行風景を紹介しているYou Tubeです。駅のホーム、田園風景や陸橋の上など、様々な場所を疾走する姿を撮影したスピード感溢れる映像です」

昨日、今日と、富山県に行ってまいりました。
折伏した友人が家を建て、その新築祝いに行ったのです。
今回、特急はくたかに乗りましたが、素晴らしい特急列車でした。
かねてより、新築祝いには必ず行くと申し上げていたのですが、その約束をついに果たすことができました。素晴らしい家でした。友人の事業も成功し、大いに喜ばしい!
本日は、富山市内の観光をしたのですが、素晴らしいところでした。富山と言えば薬売りと黒部ダム‥これに海の幸、山の幸があって、確かに「富める所」ですね。
と、いうことで、簡単に現状のご報告でした。(^^)

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# by sokanomori3 | 2014-08-24 22:27 | 管理人より | Trackback | Comments(4)

千早抄 (まえがき)  

2014年 08月 21日


☆千早さんの人間革命の物語。

この物語は、千早さんの幼少期から現在までを記事にしたものです。
千早さんとは、ひらがな御書を通じて交流を深めてきました。
そもそも、私が御書のひらがな訳について支援したいと思ったのは、千早さんの目が見えないことを可哀そうに思ったからです。
「自分だけ読んで、千早さんが読めないなんて不平等だ」
「自在会の人たちが御書を読める環境を整えなければならない」
その気持ちから、ひらがな御書をスタートしました。
ひらがな御書は、→ここをクリック!

○全20編を収録しました。

しかし、交流が深まるにつれて、千早さんに対する印象が変わっていきました。
「可哀そうな人」から「凄い人」へと認識が変化したのです。
それは、以下の理由からです。
①家族の中で唯一、創価学会員で信心を貫いている。
②目が見えないのに仕事をして家計を支えている。
③治療院で延べ一万数千人に治療を施した。
どうでしょう。この千早さんの人生を失笑する人がいるでしょうか?
私は千早さんをインタビューしたメモから、3編の千早抄本文と、7編の付属記事、さらに10編の絵の紹介記事を作成しました。
私は、これらの記事が、多くの人たちに勇気と希望を与えると信じています。
以下に、千早抄を示します。ぜひ、最後までご覧になってください。
千早抄のカテゴリは、→ここをクリック!
千早美術館は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-21 06:33 | 千早抄 | Trackback | Comments(0)

千早さんの家へ  

2014年 08月 20日


☆千早さんと再会です!(^^)

以下に、ANAの飛行機と飛行中の写真を3枚添付します。
写真解説.「1枚目は旅客機の外観。2枚目は窓から撮影した写真。前方に右翼があり、眼下に雲が見えます。3枚目は上空から撮影した雲の合間に見えた積雪が残る山の写真」

昨年4月、私は千早さんにお会いしました。
当時の記事は、→ここをクリック!
千早さんとの別れ際、「また、お会いしましょう」と申し上げました。
その「いつか」は、5年、あるいは10年の未来かも知れませんでした。
ともかく、いつか再び会う日が来ると信じていました。
本年4月初頭、私はひらがな御書のカタチを作り上げました。
年の始めからパソコン教室に通い、構想を練り、ホームページを立ち上げたのです。
ホームページ公開予告の記事は、→ここをクリック!
ホームページ公開当日の記事は、→ここをクリック!

○約束を果たすために。

「これで、ひとまず目標はクリアした」
心地よい疲労感の中で、千早さんのことを思い浮かべました。
「一体、千早さんはどんな町に、どんな家族と共に暮らしているんだろう」
そして、「あの約束、早い方がいいよな」と思いました。
今年がいい。早い方がいい。電話したところ、「いつでも大丈夫」とのこと。
「では、今月にいたしましょう」と申し上げました。
飛行機とホテルの予約を取り、4月末に飛行機に乗りました。
1泊2日の、まさにトンボ返りです。
千早さんとしては、受け入れをいろいろお考えのようでした。
私は「何もいりません。盛大に迎えられても困ります。私は、ありのままの千早家にお伺いし、お話を聞かしていただければ十分です」と答えました。
そう、私は再会できればそれでいいのですから。
飛行機は雲の上を飛び、眼下に積雪の残る山が見えました。

○千早さんの家へ。

空港で食事をとり、千早さんの町へ移動しました。
春の花が随所に咲き、清々しい新緑が出迎えてくれました。
眼前に千早さんの家が現れました。感無量になりました。
「あゝ、ここが千早さんの家なんだ!」
しばらく家を眺めていましたが、私は反対方向に歩き始めました。
訪ねるにはまだ早いと思ったのです。ほんの少し、周囲を見たかったので。
空は薄曇り。春のそよ風が吹いていました。
緑、小道、大通り、山が見えました。一羽の白鷺が空を飛びました。
千早さんが住む町の風景に、じわじわと喜びが込み上げてきました。
再び、千早さんの家の前に立ち、携帯電話から電話しました。
「今、家の前にいますよ!」
ドアが開き、千早さんの声が聞こえました。
最初に千早さんの笑顔が見えました。
続いてお母さんの姿が見えました。
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-20 21:59 | 千早抄 | Trackback | Comments(2)

千早さんの部屋  

2014年 08月 20日


☆仏壇と盲導犬の写真集。

以下に、千早さんの部屋の白い仏壇と盲導犬の写真集の映像を添付します。
写真解説.「1枚目は千早さんの部屋の写真で、向かって左から、白い厨子型の仏壇、写真立てのあるサイドテーブル、タンスがあります。2枚目は、元盲導犬が水遊びをしている写真集の映像です」

前回の記事は、→ここをクリック!
千早さんとお母さんにご挨拶申し上げると、すぐに千早さんの部屋に通されました。
そこには、千早さんのブログの写真で見たことのある白い仏壇がありました。
思った以上に大きく、通常の逗子型より一回り大きいものでした。
扉の四隅に丸い装飾品が付いていて、オシャレな仏壇です。
お題目を三唱して、しばし部屋の中を眺めました。
この部屋は、婦人部の小会合でも使われているとのこと。
室内には、亡くなられたお父様の写真が飾られていました。ハンサムなお父さんでした。
やがて、お茶が出され、しばし雑談‥

○盲導犬の楽しい余生。

部屋の棚に千早さんのパートナーだった盲導犬の写真を発見。
写真集を見させていただきましたが、引退後の幸せな生活が収められてました。
水遊びが大好きなのだそうです。(白い犬が千早さんの元盲導犬)
この盲導犬は、千早さんの部屋の片隅に6年余も一緒にいたのです。
千早さんの勤行、唱題を聞いていた盲導犬‥
今、その盲導犬は、余生を楽しく生きているのです。
どうですか、この喜びに満ちた姿‥
福運ですね。犬にも功徳がありますね。

○千早さんの法城。


千早さんのお母様を始めとするご家族さまと交流させていただきました。
犬の小次郎ちゃんもいました。超可愛かった!(^^)
この家族の中で、学会員は千早さんだけです。
千早さんは、内得信仰(ないとくしんこう)を経て21歳の時に御本尊を受けられました。
今は亡きお父様も、ご健在のお母様も、当初、創価学会の信心に猛反対されました。
現在も千早家には、創価学会の仏壇と共に、神棚と真言宗の仏壇があります。
一つ屋根の下に3つの宗教が共存しているのです。
私は福子(ふくし)ですし、千早さんの環境とはまるで違います。
けれど、スゴイと思うのです。何故なら、千早さんは一家の先駆者なのですから。
今では千早さんの宗教は公のもので、この部屋で小会合も行われ、ブログで知り合った学会員が訪れるまでになりました。(笑)
仏法が堅固で、諸悪を防ぐことを法城といいます。
千早さんの部屋は法城なのだと思いました。
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-20 21:58 | 千早抄 | Trackback | Comments(2)

千早治療院  

2014年 08月 20日



☆鍼とあん摩マッサージ。


以下に、帽子をかぶった千早さんの後ろ姿の写真を添付します。
写真解説.「白い帽子に赤いリボンが付いています。服装はベージュのジャケットと青いGパンです」


前回の記事は、→ここをクリック!
次に、治療院の見学をしました。
とても近代的な治療院で、待合室があり、広い治療室があります。
治療室の中央に真っ白なシーツのベッドがあります。
天井に2台のスピーカーがあって、リラックスできる音楽が流れていました。
壁に「あん摩マッサージ指圧免許許証」が掛かっていました。
許可の文言と共に、千早さんの名前、生年月日、県知事名、免許証番号が書かれた免状に大きな威厳を感じました。
千早さんは、この他、鍼灸の免許も取得されております。
3年間の技能講習を経て検定試験に合格され、治療院の独立開業後、今日まで延べ1万数千人の患者さんの抜苦与楽(ばっくよらく)を果たされたのです。
手足のしびれ、痛みなど、症状からマッサージや鍼を使い分けます。
室内には、カルテを書くデスク、治療用具を滅菌するオートクレーブや殺菌箱などがあり、本格的な施設でした。(カルテはパソコンで書きます)
「スゴイな‥ここが、あなたのお城なんですね‥」
私は、しばらく、呆然とたたずんでいました。
千早さんは、社会人として立派に仕事をされ、家計の柱となられています。
視覚障がい者の千早さん。けれど、その運命を使命へと開かれました。
立派です。ほんとうに素晴らしい。(^^)
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# by sokanomori3 | 2014-08-20 21:57 | 千早抄 | Trackback | Comments(0)

夕食後に同時放送へ  

2014年 08月 20日


☆千早家カレーは超美味い。

以下に、千早さんのお母さんの手作りカレーの写真を添付します。
写真解説.「白いテーブルに並べられた千早家カレーとサラダの映像です。サラダはハム入り」


前回の記事は、→ここをクリック!
私が千早さんの家にお邪魔することになったとき、事前に質問がありました。
話しているうちに、私への食事の情報収集と分かりました。
私は、「千早さんが日頃食べているフツーの食事がいい」と申し上げていました。
訪問した初日、早めの時間帯で夕食となりました。
と、いいますのも、この日、同時放送があり、その会合に地元の学会員さんと一緒に参加することになっていたのです。

○千早家カレー。


夕飯は‥お母さんの手作りカレーでした。(^^)
ちよさんのご自宅にお邪魔したときの食事もカレーでした。
私、そのことを旧創価の森ブログで記事にしていましたし、カレーが好みであることは千早さんも御承知だったのですが、そのことを伝え聞いたお母さんが真心の「いつもの千早家カレー」を作ってくださったのです。
そのカレー、超美味かった。大感動のカレーだったのです。
どうでしょう。過去のどのカレーより美味しいと言うとお叱りをいただくかも知れませんね。
でも、きっと、千早さんに対するお母さんの愛の結晶なんでしょう。
感動で、胸が締め付けられるような、本当に美味しいカレーでした。
このステキな食事の後、地元の会館に出向きました。

○同時放送へ。

1台のクルマが千早さんの家に到着しました。
そのクルマには地元の学会員さんが‥
最初に、「この人が、あの創価の森ブログの菊川さんです」と紹介されました。
何とも初対面で恥ずかしく、モジモジしてしまいました。(^^:
車中で元気な婦人部さんの対話が続き、ほどなくして会館に到着しました。
この同時放送は、特別な会合になりました。
新学会歌「誓いの青年(きみ)よ」が発表されたからです。
その新学会歌は、→ここをクリック!
新しい創価の歌を、私は千早さんと共に聞きました。
会合が終わり、沢山の人たちがロビーにいました。
幾人かの方が、私に挨拶をしてくださいました。
そして、予約していたホテルまでお送りいただきました。
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-20 21:56 | 千早抄 | Trackback | Comments(5)

千早家の壺  

2014年 08月 20日


☆千早さんの御祖母様の形見。

以下に、千早さんの御祖母様の青い壺の写真を添付します。
写真解説.「畳の上に、千早さんの御祖母様から受け継いだ「傷が付いた濃い青色の壺」が置かれています」


前回の記事は、→ここをクリック!
翌日は、千早さんのインタビューをする予定でした。
私はホテルでゆっくりと朝食をとり、再び千早さんの家に出向きました。
2日目、すっかり千早家の一員になったような気分‥
朝の勤行を千早さんと共にしました。

○千早家の壺の秘密。


千早さんの家には、いろいろオシャレな置物や飾り物があります。
あらためて家のあちこちを拝見すると、とても面白いのです。
多くは、お母さんの趣味で飾られているとのことでした。
私が、1つの焼き物(花瓶)を感心して見ていると、お母さんが別の部屋から青色の壺をお持ちになりました。
千早家にある花瓶や壺は、もともと千早さんの御祖母様が焼き物の職場で仕事をされていたときに、本来なら廃棄するような傷物の焼き物を持ち帰られたのだそうです。
確かに、この壺には大きな傷と色むらがありました。
私が手に触って見た後に、千早さんも触りました。
そのとき、「これ、青色の壺だよね」と千早さんが言いました。
「えっ、どうして色がわかるの?」と聞くと、
「まだ、目が見えていた時からあった壺だから」とのこと。
「じゃあ、随分、昔からあったということだね‥」
何だか、千早さんの目が見えなくなったことを思い出し、私はセンチメンタルな気持ちになりました。その時、お母さんが私に言いました。
「これは私の母が働いていた焼き物の職場から、せっかく生まれてきたんだからって、持ち帰った壺なんです」
何という深い愛情の言葉でしょう。
私は「せっかく生まれてきたんだから」という言葉にシビレていました。
しばしの沈黙の後、お母さんが言葉を添えられました。
「これ、もしよろしければ差し上げますよ」
ビックリして、「え?‥いいんですか?大事なものではありませんか?」と聞くと、
「いいんです。ご迷惑でなければ」‥
私は、胸が熱くなり、瞬時に答えていました。
「お母さんの真心です。頂戴します。ありがとうございます」

この後、私は長時間のインタビューをさせていただきました。
千早さんの生い立ちから失明、入信から今日までの歩みのすべてを‥
その体験談を「千早抄」という物語にまとめます。
では、次回から、お話いたしましょう。
その千早抄は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-20 21:55 | 千早抄 | Trackback | Comments(0)

千早抄 1 <網膜色素変性症>  

2014年 08月 20日


☆絵が大好きな子供。

以下に、中学生のときの千早さんのスケッチブックと画用紙の写真を添付します。
写真解説.「スケッチブックはオレンジ色で、その表紙に千早さんのイラストとサインが書かれています。画用紙は丸められて長年保管されていたため、すっかり筒状に固まっていました」

千早さんは次女として生まれた。
1歳上に姉がいた。
千早さんは幼少のころから目に障がいがあった。
テレビなど、極端に近くで見ていたという。
幼稚園からメガネをかけた。メガネで得られた視力は0.1であった。
近くはメガネをかけなくてもはっきり見えていた。
おとなしい、消極的な子供だったという。

○競争心のない子供。

小さなときから絵を描くのが好きだった。
小学6年の時、ブラックジャックの漫画を見て、「看護師になりたい」と作文に書いた。
けれど、本当になりたいと思ったのではない。
将来的に、何かをしたいという目標や夢は持っていなかった。
千早さんは語っている。
「意欲のない子供でした。今もそうですが、勝ち負けに興味がないんです。負けて悔しいとかないし、最初から勝てる気もしないし、勉強ができるようになりたいとか、何かで勝とうとか、そういうことを考えない子供でした」
競争心のない子供。運動会でも7~8名で走ってビリか、ビリから2番目だった。
「ちゃんと一生懸命走っていますよ。でも、悔しいとかありません」
見方によっては優しい、平和な子供である。
やがて中学校に進学する。
姉と千早さんと友人とで、漫画を描き始めた。熱中した。
手塚治虫の漫画の描き方の本を読み、コンクールに応募したこともある。
イラスト、水彩画、様々なものを楽しく描いた。
千早さんの当時の作品は、→ここをクリック!

○目が見えなくなっていく。

英語、国語、理科が好きだった。生物とか、星とか、元素とかに興味があったという。
原子のまわりを電子がくるくるまわる。太陽のまわりを地球がまわる‥
不思議に思った。一方、地理と歴史が嫌いだった。
「先生の教え方が悪かったのかも」と笑う。
そんな千早さんの目が徐々に見えなくなっていく。
幼少のころから、教室の席は一番前だった。矯正視力0.1の目で何とか見ていた。
しかし、中学3年のとき、一番前の席から黒板の字が見えなくなった。
そのとき、千早さんは席替えで一番後ろの席を選んだという。
一番前の席しか座ったことのない千早さんにとって、後ろの席は憧れだった。
「どうせ見えないから、どこでもいいわけです。一番後ろに行きました。嬉しかった。もちろん、黒板の字は見えません。先生の言葉を聞きながらノートをとりました」
遠くが見えなくなった千早さん。
その千早さんの目は、やがて近くも見えなくなる。

○網膜色素変性症。

高校入学当初、近くが見にくくなった。
高校2年生のとき、テスト用紙の文字が見えなくなった。
これでは学校を続けることはできない。
やがて教科書も見えなくなった。かすかに見えるものの、読むのに時間がかかった。
太い線のノートを見つけ、太いマジックでノートをとった。
千早さんの目は、それから さらに見えなくなっていく。
高校2年生の時、視力障がいの原因が「網膜色素変性症」であることが分かった。
医師から「言いにくいことですが、将来、失明する可能性が高い病気です」と告げられた。
その話に、ショックはなかったという。
ただ、「将来、自分はどうすればいいのだろう」と漠然と不安だったという。
千早さんは、高校2年生の3学期に盲学校に転校した。
そこには4人の生徒がいた。
男子生徒3人、女子生徒1人。そこに千早さんが加わった。
次の記事は、→ここをクリック!

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# by sokanomori3 | 2014-08-20 21:54 | 千早抄 | Trackback | Comments(0)

千早抄 2 <創価学会に入信>  

2014年 08月 20日


☆人間関係に悩み入信する。

以下に、千早さんの点字板と点字用紙の写真を添付します。
写真解説.「千早さんの治療院にある点字版と点字用紙。スケジュールが記されている」


網膜色素変性症‥それは失明する病である。
千早さんはそのことを悩まなかった。かなり見えない状態に至っていたが、視力の低下は緩やかな進行だったし、悲嘆に暮れるような心境ではなかった。
しかし、千早さんは別のことで大きな悩みを抱えた。

○人間関係が作れない!?

それは、盲学校に転校してから3ヵ月が経過した時のこと。
高校3年生になったばかりの千早さんが人間関係に悩み始める。
それまで楽しい盲学校生活だった。
意地の悪い人は誰もいない。いい人ばかり‥
その中で、人間関係を作れない自分がいた。
仲良くなりたい。でも、何を話せばいいのか分からない。緊張感がいつもあって、委縮してしまう。そんな自分が嫌でたまらない。やがて、心の中に「死にたい」という気持ちが生じるようになったという。
盲学校3年の春、金沢の東尋坊に修学旅行に行った。
「自殺の名所なんです。ここから飛び降りれば死ねるって、そんなことを考えているんです」
やがて、教室で机に伏せて顔があげられなくなった。
駄目な自分、暗い自分、いい人の中でだめになっていく情けない自分。
やがて、「馬鹿で阿呆で、こんな人間は死ねばいい」と思い悩む日々に‥
けれど、「自殺をしたら成仏できない」というような話を聞いた。
「死ねないけど生きていけないというような、針のむしろのような毎日でした」
このように、千早さんの心は真っ暗になった。

○仏法の話を聞く。

このとき、創価学会の幼馴染から8mm映写会に誘われた。
参加したが、視力が悪くて よく見えない。
意味も分からない。興味もない。何とも思わない。
映写会が終わったとき、3つの話を聞いた。
「暗い人も明るくなれるんよ。祈りとして叶わざるなしの御本尊なんよ。諸天善神が護ってくれるんよ‥この3つのことを教えてくれたんです。学会の信心をすると迫害があるとも」
「藁でもなんでもね、嘘でも、気のせいでもいいと思ったんです。生きていけるのならと。ちょっとでも変われるならやってみようと」
千早さんは内得信仰(ないとくしんこう)を始めた。
東を向いて唱題を始めた。
親は反対した。千早さんには個室がなかった。仕方なく、親がいない時間帯で唱題した。
やがて盲学校(高校)を卒業。鍼灸、あん摩の技能訓練の3年間の生活へ。
当時、6畳の和室に神棚、もう1つの8畳の和室に真言宗の仏壇があった。
2部屋しかない千早家を他宗の祭壇が占拠していた。
同じ部屋に御本尊を安置できない‥
毎日、女子部のお姉さんの家に行き、お題目を唱えた。
ある日、部屋の模様替えが行われた。そのとき、仏壇が置けるスペースが生まれた。
親に「御本尊をもらいたいんよ。そのためにこの神棚を移動してほしい」と言った。
すると、驚いたことに神棚を別室に移動してくれた。
このことで、御本尊様を頂くことができた。

○初心の功徳。


千早さんは20歳で入信、21歳で御本尊を受けている。
「みんなとうまくやっていけますように、学校が楽しくなりますように」‥
大きな声で、必死に祈ったという。すると、足を引きずって学校に通っていた千早さんが、笑顔で学校に行けるようになったという。
「信心を始めて千早さん、あかるくなったね」と同級生から言われた。
「ほがらかになったね」と先生からも。
友人と話ができるようになった。こころの中に歓喜が生まれた。
同級生に仏法対話を始めた。
「ねえ、創価学会って しっとる?」
1人、1人に声をかけた。
対人関係が築ける千早さんになった。これが初心の功徳である。
やがて千早さんは、鍼灸マッサージの認定試験に合格する。
進路を決める時が来た。担任講師と話し合った。
住み込みはしたくなかった。信心を続けたかったから。
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# by sokanomori3 | 2014-08-20 21:53 | 千早抄 | Trackback | Comments(2)

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