あたしは昔から勉強が出来る方じゃなかったし、進学する予定も無くて夢も無かった。 だから授業なんて滅多に聞く事も無かったし、留年するギリギリまで授業に出る事は無かった。 けれど偶然、珍しく出席した授業で聞いた単語、「シャム双生児」。 胸から下が一緒だった彼らは、自分達の運命を如何思ったのだろうか。 遠くで聞こえるチャイムの音。 授業を終了する号令が聞こえても、あたしはずっと、その言葉が頭から離れなかった。 (嗚呼なんて、羨ましい、) 小さく、本当に小さく嗚咽の様な自嘲が漏れた。 遭 難 「一護、」 昼休みも終わりに差し掛かった時、久しぶりに3年の教室へきた一護は向けられる好奇の眼をものともせずにずかずかと教室内へと入り込む。 その隣で不機嫌そうに顔を歪めている金髪の八重歯・猿柿ひよ里はじっと一人の男を睨みつけている。 (あんなにあからさまじゃァ、一護が面白がるわけ・だ。) 視線の先に居るのはあたしの隣で缶珈琲片手にダルそうに窓枠に背を預ける、市丸ギン。 ギンは焼け焦げる様な視線をものともせずに、にっこりと笑って見せた。 (あーあー、より一層不機嫌になっちゃったじゃない。) 今にもギンを殺してしまいそうな彼女を傍目に一護は空いていた前の席に座り込んだ。 「ねー辞書もって無い?」 「辞書?そんなもんとっくの昔に捨てたわ。」 「うっわ乱菊さんらしい!」 けらけらと眼を細めて笑う一護は困った様子も見せず、口先だけどうしよう・と繰り返す。 廊下から感じる突き刺す視線に気が付かないかの様に笑う一護に溜息が漏れた。 (アンタのそういうところ、本当に性格悪いわ。) ちらり・と視線を廊下へと向けると、そこにはこれ以上無いほどに眉を顰めた少女が。 どうせこうなる事がわかっていたならば、付いてこなければいいのに・と思う。 少し前にギンが一護に手を出した・という話が出た。 (しかもその時は女持ちだったらしい。)(と、いうか居た。頭の悪そうな女。) 一護はその時丁度修兵と別れたばかりだったが、平子真子といい感じだったらしい。 (どこまで本気だったのかは解らないが。) そしてその時、猿柿ひよ里は一護が好きだったらしい。 (これは恋次情報。) つまり彼女の中で平子から乗り換える程ギンが好きだった・という結論に至ったのだろう。 (馬鹿馬鹿しい。相手がギンじゃ勝てるわけないじゃないの。) 「なァ一護チャン。今日暇?」 「今日?あー暇だった気がする。」 「じゃァ僕とデェト、してくれへん?」 薄笑いを貼り付けながら一護の手首を掴むギンに、一護は同じく薄笑いで返す。 あーあ。と思った時にはもう遅く、廊下に居た筈の猿柿ひよ里が一護の腕を掴んで引き寄せる。 鬼みたいな彼女を見上げた一護が一瞬、瞬きみたいに一瞬唇を歪めた。 その唇に踊らされているのだと、如何して気が付かないのだろう。 一護はこの子に対して愛情なんて1mmも持ち合わせていない。 この子は、決して愛されて等いない。繋がっていない。 唯、その剥き出しの殺意みたいな愛情を向けられるのを楽しんでいるだけなのに。 可哀相な子・だと。どうせ捨てられて涙を流すのに、素直にそう思った。 (そう、思わずには居られなかったのだ。) 「ひよ里が怒るから無理。」 「えー残念やなァ。僕より、その子選ぶん?」 ひらひらと片手を揺らして去っていく一護は、肯定も否定もしなかった。 唇を噛み締める彼女の頭をぽんぽんと撫でると笑って何かを呟く。 それはきっと偽りの愛の言葉なのだろう。 そして一護の虚実に騙されて、息も出来ない程に堕ちていくのだ。 そんな人間、今迄何人も見てきた。 だってあの子は愛情なんて知らないのよ。 蜃気楼の様に掴めないあの子は、誰も何も、縛り付ける事など出来ないのだから。 (そう、誰にも、何にも、) 「なァ乱菊、」 「何?」 寒気がするような笑いを浮かべて振り向くギン。 口元に浮かぶのは楽しそうな、悔しそうな、嫉ましそうな、歪み。 何もかも見透かしていそうなその笑みに、眼を伏せる。 (きっとこの男はあたしの全てを知っているのだ。) 視界の片隅で揺れる、何処までも青い空に、吐き気を覚えた。 「キミ等姉弟、全然似てへんなァ。」 彼はそう、とても嬉しそうに憎らしく告げてあたしの前から消えた。 (例えば体でも繋がっていればいい。) (そうすれば一護が愛するのは、あたしだけなのに、) (捨てられるのよ、あの女も、ギンも、誰も皆。) (繋がっていられるのは、あたしだけなのよ。) 「、そんな事無いわ。」 小さく呟いたその言葉が、忌々しく喉に引っかかった。 (そう思わないと、恐くて死んでしまいそうだった。) |