答の変わりに彼は笑った。 優しく笑って、悲しく笑って、酷に笑って。 そうして彼は消えた。 夢の様に、泡の様に、現の様に、偽りの様に。 あの時言った事の答があるのなら、誰か答えて下さい。 そう、誰か答を知っているのだとしたら、 名 は 何 で す か ? その日はとてもとても真っ暗な夜・でした。 星は輝きを失い、月は闇に呑まれ、辺り一面を覆うのは確かな闇・のみ。 一歩先さえ見えないその暗闇の中に佇み、ゆっくり命の終焉を迎えようとしているのは、輝く銀。 愉快に歪む薄い唇から溢れる真っ赤なその液体は、厭にこの眼に鮮やかに映ります。 (それはきっとその紅が彼の生命なのだから、だろう。) ぽたり、ぽたり、黒い刀から滴り落ちる、彼の命が地面に円を作り、消えていく。 少年はぼんやり、唯ぼんやりと、彼を見つめる事しか出来ません。 鮮やかに光を放つその橙色さえ、じわじわと侵食し始める黒い水面に鈍く、そして確かに赤く染められて。 夢の様だ・と少年の赤く色付いた唇から零れたその言葉に、男はにっこり微笑みました。 「夢か、現か、幻か、どれやろう、ね。」 「偽り、かも知れないでしょう。」 人を馬鹿にした様な薄笑いをする男だった、と。 既に少年の心の中で過去形になる男の面影は、酷くその胸を揺さぶるのです。 胸を刺された事等嘘の様に薄く微笑む男の眼は細められ、伸ばした細い、頼りない指が手首に絡まって。 すとん・と血塗れの手から黒い凶器が滑り落ち、彼の頭が少年の腹部に擦り付けられます。 何か、何かの儀式の様に縋りつく男の、市丸ギンの姿に、何故か胸に刻み込まれた『1』が痛み出しました。 手首を掴む彼の指は、死人に様に冷たく、人形の様に白い。 けれど如何してでしょう。沢山の、数え切れない程沢山の人の命を握り潰した彼の指は、酷く美しいものの様な錯覚を覚えるのです。 ぎゅ・と市丸の片手が腰に回され、もう片手が選ばれし『1』の称号に爪を立て、忌々しそうに顔を歪めます。 じくじくと、彼の指が胸を撫でる度に、氷が溶ける様に、自分の中で何かが溶け出すような、そんな不思議な感覚に襲われて。 この男が酷く嫌いだと思うのです。隙間無く積み上げた「完璧」が音を立てて崩される様で。 (元より其れは不完全な偽りかも知れないのだけれど。) 「一護、」 優しい、今までに聞いた事の無い、市丸ギンの声がします。 あの冷たく、無機質に追い詰める様なあの声ではなく、暖かい、何処までも優しい声が。 見上げるその眼は血の様に赤く、血の様に美しい。 がらがら。そう、音を立てて積み上げたモノ達が崩れて逝くのです。 無慈悲に彼に下された審判によって。 (彼に審判を下したのは神か、それとも、) そして同時に、少年は、黒崎一護もまた下される審判に眼を伏せた。 「 僕、君の事、」 彼はそれ以上何も言いません。 唯、言い掛けた言葉を殺して、微笑むのです。 痛むのは、『1』では無く、自分の胸なのだと、その時気が付いた一護は、ゆっくりと、ゆっくりと尋ねました。 「罪名は、何ですか?」 答は在りません。きっとこの世の何処を探したって、その質問の確固たる答など、何処にも無いのでしょう。 解っていて尋ねたのは、きっと受け入れようとしたから。 彼に下されたその判決を受け入れようと、そうしたかったからなのでしょう。 優しく笑って、悲しく笑って、酷に笑って。 市丸の口が象った一つの言葉は、音に成る事無く消えてしまいました。 夢の様に、泡の様に、現の様に、偽りの様に、彼は人形へと姿を変えてしまったので。 美しい男、でした。(認めたくは無いけれど。) 残酷な男、でした。(誰よりも一番、彼が。) 優しい男、でした。(それは錯覚なのかもしれないけれど。) きっと愛しかった、男でした。(本当は、最初から気が付いていたの、でしょう。) 彼に下された審判は「愛。」 ならばきっと、 「(俺にも同じ審判が下るのだろう!)」 『1』を消すかの様に、彼の爪跡が血を流した。 20060503. 市丸×破面一護。 |