玄関に女物の靴が一つ。 (やたら高そうなピンヒールの!) その隣に寄り添うコンバースのスニーカー。 (これは間違いなく一護のモノだ。) 何故か、逃げ出したい位、嫌な予感がした。 終 電 で 帰るってば。 「、あ。」 ガチャリ。帰ってきてリビングのドアを開けた俺は何も間違っていない。 ソファーに寝転ぶ一護も、普段通りだった。 部屋にコレと言った変化も無く、何時もの風景だった。 「ちょっとぉ、タイミング悪いんじゃないのぉ?」 可 愛 い 弟 が こ の 女 に 馬 乗 り さ れ て る 以 外 は ! 「て、めぇぇぇぇ!一護から離れろ!ぶっ殺すぞ!!」 「うっるさいわねぇ…。このブラコン。」 はぁ、と小さくため息をつくと、(一護の上で)やれやれと首を振る3−B松本乱菊。 今にも唇が触れそうな距離で一護と対峙する松本のグロスは普段より明らかに薄い。 (ちょ、はっ?薄い?何でだよ!) ちらり、と今にも埋まりそうな一護に目をやると、その(昨日まで乾燥すると言っていた)唇は、てかてかと輝き、潤っている。 (あれか、ワセリンか?ワセリン買ったのか?) (……ワセリンって、色付いてた、か?) (しかも真っ赤な、グロスみたいな、?) (!グ ロ ス ! ?) 「ま、ま、喰ったのか!?」 「ママ?」 「ばっ!ちげえよ馬鹿!一護喰ったのかって聞いてんだよテメェェェ!!」 バシ!っとカバン(何も入っていない)を投げ付けると、今にも殴りかかりそうな俺に焦った一護ががばりと起きる。 (はっ!?お前何でシャツはだけてんの!?) 起き上がった一護のシャツはボタンが外され、ほぼ全開で乱れていて。 微かに赤く染まった頬と乱れた呼吸が艶めかしい。 (って、そうじゃねー!!) そう、ここで問題なのは、 「一護ォ!喰われたか!?松本に喰われたか!?」 思えば15年間、俺なりに可愛がってきた。 それはもう眼に入れても痛くないほど、 (周りには過保護だと言われてきた。) 一護に言われれば寝ずにゴキブリ退治をした事もあった。 (あれは一護が中一の時だった。殺虫剤を何本空にしたか…!) 暑さの酷い夏、クーラーが壊れた時には寝ずに団扇で扇ぎ続けた事もあった。 (一護が中二の猛暑、次の日腱鞘炎で病院へ走った。) 豪雨に襲われた残暑、何処かの屋根が吹き飛ぶ中一護を迎えにいった事もあった。 (中三の時、しかも一護はタクシーで帰ってきていた。) そして昨日、唇が乾燥するという一護のために皮膚科まで行って保湿クリームを貰ってきたというのに、 「おまっ、お兄ちゃんはなァ!悲しくて誰か殺っちまいそうだぞ一護!」 「鬱陶しいから自分でお兄ちゃんって言うな。」 軽く発狂しながら一護の肩をがくがくと揺さぶる。 そして鼻を擽る女物の香水に、くらり、と意識が飛びそうになる。 (喰われた…。一護が喰われた…一護が、一護が喰われ…!) 天国のお袋に一体なんと謝ればいいのか、 (9歳の時、命に代えても守れと言われた一護を…!) (しかもこんな…!こんな女、ていうか松本に…!) 頭を駆け巡る至る後悔に、久々に涙が出そうになった。 (一護に初めて恋人が出来た時以来だ!)(俺はテメェの面一生忘れねぇぞ檜佐木!) 「つーか俺、喰われてねーし。」 「アンタ本当失礼よねぇ。」 ふーと何時の間にか煙草の煙を吐きだす松本。 (一護の横で煙草吸うんじゃねーよ!肺がんになったらぶっ殺してやる!) シャツのボタンを留めながら何てこと無い様に言う一護に、安心した所為か体から力が抜ける。 ずるずるとその場にしゃがみ込み、一護の腰に抱きつくと一護の匂いがする。 (あーマジ半端ねー位焦った…。) 横で松本が本当ブラコンねぇ、と言っていたのはスルーした。 (うっせぇよショタコンが!) 「そもそもお前は早とちりしすぎなんだよ。」 「…おお。」 「反省しとけ馬鹿。」 「……悪ィ。」 水!という一護の号令と共にキッチンへと走る。 パタパタとそこらに落ちていた雑誌を団扇代わりに扇ぐ一護の唇は、リップだったのだろう。 (今色付きのも売ってるってたしな。) 優しい一護の事だから、松本に迫られても抵抗できなかったのだろう。 (一護は本当、女と子供と動物には優しいからな。) (やべぇ俺いい教育してきたんじゃね!?) からからと昔一護の為に買ってきた苺柄のコップの中で、氷が踊った。 「でも第二ラウンド、入れなかったわねぇ。」 「!!」 「!乱菊さ、」 「テメェェェ!!!帰れこの糞女!!!!」 「言われなくても終電で帰るわよ。」 「今 す ぐ に だ !」 訂正、やっぱり一護は喰われてました。 (松本、ぶっ殺す!) |