(この人の煙草を吸うその仕草が好きだ。) 一護は書類と薬品が溢れ返る実験室の黒いソファーに体を横たえ、流れる煙を目で追う。 そして飽きた様に薄暗い室内で実験に追われる黒い髪の男を視界の中心に置き、ぼんやりと眼を伏せた。 もう何時間も同じ実験を繰り返す実験実の主は忙しく手を動かし、一言も話はしない。 室内に響くのはゴポゴポと薬品の焼ける悲鳴と実験台であるモルモットの泣き声。 一護にとっては興味の欠片も無いその生物は阿近の机の上でケースから逃げ出そうと必死にガラスを引っ掻く。 今から自分の中へ打ち込まれるあの青い液体に畏怖しているのかもしれない・と思う。 最もモルモットにそんな知能があるとは思えなかったが。 ちらり・と目にした携帯のサブディスプレイに映る時刻はAM:1:54。 此処へ来て4時間、阿近が実験を始めて8時間は経っている。 文句こそ言わなかったが、今にもその実験液を投げ捨てたい程の不満が一護の体に溜まっていた。 最もそんな子供みたいな事はプライドの高い一護には死んでも出来なかったが。 「阿近さん。」 「何だ?」 「そのモルモット、可愛いね。」 煙草を灰皿へと擦り付け、小さく「そうか。」と告げるとまた書類へと眼を向け、褐色瓶を手を戻す。 その動作を最低限の視線の移動で確認すると、一護はケージのモルモットへと視線を固定させた。 掌に乗るくらい小さなその生物が今、男の興味の全てだ・と思うと、微かに眉に力が入る。 すっとその場から立ち、机の上に置かれたケージへと手を伸ばす。 若干驚いた顔を見せた阿近だったが、何時もの気紛れだろう・と納得した。 両手でケージを自分と同じ眼の位置まで持ち上げ、中のモルモットを見つめる一護。 その冷えた眼が何を思ったのか、細い指がケージの蓋を開ける。 そしてその中の小さなモルモットを手に乗せ、 「、一護!」 空のケージを地面へと落とした。 ガシャン!とガラスの砕ける音が響き、一護の足元には破片が散らばる。 その大きな音に驚いたモルモットは一護の手から逃げ出し、何処かへ消えた。 つまらなそうにその後姿を追った眼が細められ、口元には笑みが浮かぶ。 阿近は小さな舌打ち戸と共に一護の手首を掴む。 その拍子に先程まで細められていた眼が開き、一護の虚ろな眼と視線がかち合う。 薄暗い室内で厭に赤み掛かって見えるその眼に一瞬、大きく目が開かれる。 しかしすぐに何時もの不機嫌そうな顔に戻り、手首を掴む手に力が籠った。 「なんのつもりだ。」 「可哀相だったから。」 モルモット・がではない。 一護の低い声からそれが容易に想像でき、口を閉じる。 散らばるガラスの欠片を踏み潰す一護の眼は何処までも空虚だ。 にっこり・笑ったかと思うと急に胸元に息苦しさを感じ、それと同時に背中に痛みが走る。 バサバサ!と机の上の積み上げられた書類は宙に舞い、実験器具は騒々しい音を立てて砕けた。 阿近の左足を跨ぎながら机へと押し倒した一護の顔から笑みが消え、見た事の無いような無表情で見下す。 白衣を掴んでいた右手が阿近の右頬の真横に置かれ、ぐっと顔を近づける。 琥珀の眼に映る自分を見つめ、阿近は顔を顰めた。 「一護、」 「阿近さんは、」 何時もより冷たい、そして低い声が焼ける様な薬品の匂いが漂う室内に響く。 形のいい唇から覗く真っ赤な舌が一護の唇を舐める。 微かに上がった口角。 からからと地面を転がる褐色瓶の音と、床を埋め尽くす白と視界を埋め尽くす蜂蜜色の眼。 「俺の為だけに生きればいいんだよ。」 燃える様な一護の、その激情に、唯唇が歪んだ。 |