藤子不二雄や、好きな漫画・アニメの話がメイン(ネタバレもあるので要注意)
はなバルーンblog
藤子・F・不二雄大全集 完結に思うこと
もう7月となって、かなり今更な感はあるが、約5年近くにわたって刊行され続けてきた藤子・F・不二雄大全集が、4月25日発売の特別追加巻『名犬ラッシー』をもって、めでたく完結した。
私がマンガ全集の完結にリアルタイムで立ち会ったのは、「藤子不二雄ランド」(第1期、全301巻で完結)と「手塚治虫漫画全集」(第4期まで、全400巻で完結)に次いで3回目だ。
この、以前の2つと今回のF全集が大きく違うのは、はじめて第1回配本から最終配本まで毎月買い続けたと言う点だ。そのせいもあってか、「給料日にF全集を買う」という事は、すっかり毎月の生活に組み込まれた感じがした。この先、まだ別巻の刊行を残しているが、それでもこれまでのように毎月全集が出ると言うことはもうなくなっている。別巻の存在もあり、今のところはまだ全集が完結してしまった寂しさはあまりないのだが、今後別巻の刊行も終了して、全集関連の出版物が全くなくなってしまってから、じわじわと寂しさが押し寄せてくるのではないだろうか。
寂しさと言えば、全集が完結したことによって「単行本未収録の藤子・F・不二雄作品」が、非常に少なくなってしまった事は、正直言ってかなり寂しく思っている。もちろん、多くの人が簡単に全て(に近い)のF作品を読めるという状況は素晴らしいことなのだが、それでも未収録作品を求めての図書館通いは、それはそれで楽しくもあった。私は経験が無いが、リストに載っていない作品を見つけたときの興奮たるや、すごいものだったろうし。これで、未発掘作品がゼロになったと言うことは無いだろうが、あらかた調べ尽くされているだろうから、今後発見するのは並大抵のことじゃないだろう。
手塚全集が完結した時は、すでにネット上に公開されていた未収録作品リストを見て、まだ多くの未読作品が残っていることがわかったし、F.F.ランドに至っては自ら「第1期」を宣言していたくらいだから、数えるまでもなく未収録作品は大量にあった。それらと比べると、今回は連載順の掲載でほぼ漏れがない事がはっきりしており、「途中の抜けた話を探す」といった楽しみも、ほぼ残っていない。こうやって書いてみると、本当に寂しいなあ。
しかし、こんな事を書いて、もし10年前の私がこのエントリを読んだら、「何を贅沢言っているんだ」と怒ることだろう。いや、10年前の自分だけでなく全ての藤子ファンから怒られても不思議はない。10年前の人たちが、「ほぼ完璧に近い藤子・F全集」の刊行を信じられるだろうか、と言う問題もあるが。
私は、F全集の刊行が最初に発表された時は、「はたして最後まで刊行されるだろうか」と心配に思ったし、第3期が完結に近づいた時には「初期作品を収録した第4期は出るのか」を心配した。実際、第4期は無事に刊行されたものの、月一冊刊で定価が微妙に上がったことから考えても、小学館側の扱いとしては『名犬ラッシー』だけでなく第4期全体が実質的に「特別追加巻」みたいなものだったのではないかと思っている。
第3期のラストとなった『UTOPIA 最後の世界大戦/天使の玉ちゃん』は、デビュー作(連載/単行本)の収録巻で、解説が安孫子先生。そのまま全集全体の「締め」にしてもおかしくない内容だったし、3期までの売れ行き次第では本当に終わりにする予定もあったのではないか。
それにしても、全集が完結したからこそ思うのは、制作スタッフがどれほど大変だっただろうかと言うことだ。「藤子・F・不二雄の全作品を集める」と書くだけなら一言だが、いくら小学館といえどもこれを実行しようとしたら、作品の収集・修正など色々と困難もあったはずだ。『名犬ラッシー』のように、著作権が問題になった作品もあるのだし。
そんな、様々な人の努力の上に、全115巻の藤子・F・不二雄大全集があるのだろう。あらためて、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
さて、とりあえず現状ではF全集は別巻の刊行があと一冊予告されているが、その後の展開があるのかどうかはわからない。
「殺し屋のお正月」や「天国と地獄」など、ショートマンガがいくつか未収録となっているので、これらはいずれ何とかして単行本に収録してほしいところだ。
そして、もっと気になるのが「合作」=「藤子不二雄作品」の扱いだ。F全集には、「天使の玉ちゃん」以外は、これまで既に単行本になっている作品しか収録されていない。色々と事情があるのは想像に難くないが、『名犬タンタン』や『星の子ガン』など結構なページ数になる作品もあるのに、単行本化されないのはもったいない。いずれ、何らかの形で刊行してほしいものだ。ラストが衝撃的な『四万年漂流』も、ぜひお願いします。
最後は、全巻集合写真で締めくくり。
最下段の4期&別巻のみ、本棚に収まりきらないので前に並べてごまかしている。全巻揃った状態で収納できる書棚も欲しいが、まずは別巻がいつ終わるのかがはっきりしないと、怖くて買えない。

私がマンガ全集の完結にリアルタイムで立ち会ったのは、「藤子不二雄ランド」(第1期、全301巻で完結)と「手塚治虫漫画全集」(第4期まで、全400巻で完結)に次いで3回目だ。
この、以前の2つと今回のF全集が大きく違うのは、はじめて第1回配本から最終配本まで毎月買い続けたと言う点だ。そのせいもあってか、「給料日にF全集を買う」という事は、すっかり毎月の生活に組み込まれた感じがした。この先、まだ別巻の刊行を残しているが、それでもこれまでのように毎月全集が出ると言うことはもうなくなっている。別巻の存在もあり、今のところはまだ全集が完結してしまった寂しさはあまりないのだが、今後別巻の刊行も終了して、全集関連の出版物が全くなくなってしまってから、じわじわと寂しさが押し寄せてくるのではないだろうか。
寂しさと言えば、全集が完結したことによって「単行本未収録の藤子・F・不二雄作品」が、非常に少なくなってしまった事は、正直言ってかなり寂しく思っている。もちろん、多くの人が簡単に全て(に近い)のF作品を読めるという状況は素晴らしいことなのだが、それでも未収録作品を求めての図書館通いは、それはそれで楽しくもあった。私は経験が無いが、リストに載っていない作品を見つけたときの興奮たるや、すごいものだったろうし。これで、未発掘作品がゼロになったと言うことは無いだろうが、あらかた調べ尽くされているだろうから、今後発見するのは並大抵のことじゃないだろう。
手塚全集が完結した時は、すでにネット上に公開されていた未収録作品リストを見て、まだ多くの未読作品が残っていることがわかったし、F.F.ランドに至っては自ら「第1期」を宣言していたくらいだから、数えるまでもなく未収録作品は大量にあった。それらと比べると、今回は連載順の掲載でほぼ漏れがない事がはっきりしており、「途中の抜けた話を探す」といった楽しみも、ほぼ残っていない。こうやって書いてみると、本当に寂しいなあ。
しかし、こんな事を書いて、もし10年前の私がこのエントリを読んだら、「何を贅沢言っているんだ」と怒ることだろう。いや、10年前の自分だけでなく全ての藤子ファンから怒られても不思議はない。10年前の人たちが、「ほぼ完璧に近い藤子・F全集」の刊行を信じられるだろうか、と言う問題もあるが。
私は、F全集の刊行が最初に発表された時は、「はたして最後まで刊行されるだろうか」と心配に思ったし、第3期が完結に近づいた時には「初期作品を収録した第4期は出るのか」を心配した。実際、第4期は無事に刊行されたものの、月一冊刊で定価が微妙に上がったことから考えても、小学館側の扱いとしては『名犬ラッシー』だけでなく第4期全体が実質的に「特別追加巻」みたいなものだったのではないかと思っている。
第3期のラストとなった『UTOPIA 最後の世界大戦/天使の玉ちゃん』は、デビュー作(連載/単行本)の収録巻で、解説が安孫子先生。そのまま全集全体の「締め」にしてもおかしくない内容だったし、3期までの売れ行き次第では本当に終わりにする予定もあったのではないか。
それにしても、全集が完結したからこそ思うのは、制作スタッフがどれほど大変だっただろうかと言うことだ。「藤子・F・不二雄の全作品を集める」と書くだけなら一言だが、いくら小学館といえどもこれを実行しようとしたら、作品の収集・修正など色々と困難もあったはずだ。『名犬ラッシー』のように、著作権が問題になった作品もあるのだし。
そんな、様々な人の努力の上に、全115巻の藤子・F・不二雄大全集があるのだろう。あらためて、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
さて、とりあえず現状ではF全集は別巻の刊行があと一冊予告されているが、その後の展開があるのかどうかはわからない。
「殺し屋のお正月」や「天国と地獄」など、ショートマンガがいくつか未収録となっているので、これらはいずれ何とかして単行本に収録してほしいところだ。
そして、もっと気になるのが「合作」=「藤子不二雄作品」の扱いだ。F全集には、「天使の玉ちゃん」以外は、これまで既に単行本になっている作品しか収録されていない。色々と事情があるのは想像に難くないが、『名犬タンタン』や『星の子ガン』など結構なページ数になる作品もあるのに、単行本化されないのはもったいない。いずれ、何らかの形で刊行してほしいものだ。ラストが衝撃的な『四万年漂流』も、ぜひお願いします。
最後は、全巻集合写真で締めくくり。
最下段の4期&別巻のみ、本棚に収まりきらないので前に並べてごまかしている。全巻揃った状態で収納できる書棚も欲しいが、まずは別巻がいつ終わるのかがはっきりしないと、怖くて買えない。
藤子不二雄A先生サイン会に二度目の参加
先週の6月21日に、東京の八重洲ブックセンターで開催された藤子不二雄A先生のトークショー&サイン会に参加してきた。
A先生のサイン会への参加は、これで人生二度目だった。初参加は2012年12月なので、約一年半ぶりの参加だった。この間、A先生のサイン会は何度も開かれていたが、諸般の事情でそれらへの参加は断念してきた。また、直近の三省堂書店神保町本店でのサイン会(3月7日)については開催の情報を知るのが遅くて、知った時はとっくに整理券が終了となっていた。これはかなり残念だったので、今回のサイン対象の本『@ll 藤子不二雄A』発売に際しては、きっとサイン会が行われるだろうとあらかじめその情報を待っていた。そうしたら予想は当たり、トーク&サイン会開催の報が飛び込んできて、首尾よく整理券も入手したというわけ。
ちなみに、これ(↓)が整理券。トークショーの定員100人に対して、ちょうど50人目だ。

この整理券、最初は「サイン会の整理券」と引き替えるはずだったのだが、事情が変わって引き替えなくてもよくなったので、手元に残った。
事情というのはサイン会参加者のことで、最初はトークショー参加者100人の中から抽選で50人に絞ってサイン会に参加できるという話だったのが、サイン会開催の三日前になって、100人全員がサインを貰えるように変わったのだ。
最初に抽選と聞いたときは、正直なところ、名古屋からわざわざ東京まで行ってサインが貰えなかったらちょっと悲しいなあと思っていた。それが、全員可になったのだから、A先生には感謝感激だ。
今回のトークショー&サイン会、まずトークショーの感想を書いておくと、『@ll 藤子不二雄A』刊行記念と言うことで、この本にまつわる話が展開された。その中でも、本の巻頭に綴じ込まれた「藤子不二雄A 生誕80周年 記念ピンナップ」(先生が喪黒福造の格好でドーンを決めている)について、しきりに恥ずかしがっておられたのが印象的だった。なんでも、この本の企画が立ち上げられたのが2年前で、その時に撮影したが、まさか今さらその写真が使われるとは思っていなかった、とのこと。
他にも、色々と面白い話はあって盛り上がり、続いてサイン会へ。なにしろ、100人にサインするのだから長い時間がかかり、A先生も大変だ。サインだけでなく一人一人と会話&握手して下さるのだから、A先生のサービス精神には頭が下がる。
そして、私は32番目。A先生の前に行ったら何を話そうかと色々と考えていたのだが、なかなか思いつかず、結局「今日は名古屋から来ました」と、自分のことを言っただけだった。それでも、A先生は「今日は朝の新幹線で来たの。そう、ありがとう」と、返して下さった。とにかく、A先生の前に行くとわけがわからなくなってしまうが、素晴らしい時間だったのは間違いない。
これ(↓)が、いただいたサイン。

と、言うわけで大満足のサイン会だった。
なお、今回の上京ではこのA先生トーク&サイン会だけでなく、翌日に開催された『ゆるゆり』イベント「七森中☆さみっと」にも参加しており、本当に上手いこと二つのイベントが土、日曜日に分かれてくれた。もし被っていたら、どっちを取るか非常に迷ったことだろう。
最後に、藤子A先生、本当にありがとうございました。
A先生のサイン会への参加は、これで人生二度目だった。初参加は2012年12月なので、約一年半ぶりの参加だった。この間、A先生のサイン会は何度も開かれていたが、諸般の事情でそれらへの参加は断念してきた。また、直近の三省堂書店神保町本店でのサイン会(3月7日)については開催の情報を知るのが遅くて、知った時はとっくに整理券が終了となっていた。これはかなり残念だったので、今回のサイン対象の本『@ll 藤子不二雄A』発売に際しては、きっとサイン会が行われるだろうとあらかじめその情報を待っていた。そうしたら予想は当たり、トーク&サイン会開催の報が飛び込んできて、首尾よく整理券も入手したというわけ。
ちなみに、これ(↓)が整理券。トークショーの定員100人に対して、ちょうど50人目だ。
この整理券、最初は「サイン会の整理券」と引き替えるはずだったのだが、事情が変わって引き替えなくてもよくなったので、手元に残った。
事情というのはサイン会参加者のことで、最初はトークショー参加者100人の中から抽選で50人に絞ってサイン会に参加できるという話だったのが、サイン会開催の三日前になって、100人全員がサインを貰えるように変わったのだ。
最初に抽選と聞いたときは、正直なところ、名古屋からわざわざ東京まで行ってサインが貰えなかったらちょっと悲しいなあと思っていた。それが、全員可になったのだから、A先生には感謝感激だ。
今回のトークショー&サイン会、まずトークショーの感想を書いておくと、『@ll 藤子不二雄A』刊行記念と言うことで、この本にまつわる話が展開された。その中でも、本の巻頭に綴じ込まれた「藤子不二雄A 生誕80周年 記念ピンナップ」(先生が喪黒福造の格好でドーンを決めている)について、しきりに恥ずかしがっておられたのが印象的だった。なんでも、この本の企画が立ち上げられたのが2年前で、その時に撮影したが、まさか今さらその写真が使われるとは思っていなかった、とのこと。
他にも、色々と面白い話はあって盛り上がり、続いてサイン会へ。なにしろ、100人にサインするのだから長い時間がかかり、A先生も大変だ。サインだけでなく一人一人と会話&握手して下さるのだから、A先生のサービス精神には頭が下がる。
そして、私は32番目。A先生の前に行ったら何を話そうかと色々と考えていたのだが、なかなか思いつかず、結局「今日は名古屋から来ました」と、自分のことを言っただけだった。それでも、A先生は「今日は朝の新幹線で来たの。そう、ありがとう」と、返して下さった。とにかく、A先生の前に行くとわけがわからなくなってしまうが、素晴らしい時間だったのは間違いない。
これ(↓)が、いただいたサイン。
と、言うわけで大満足のサイン会だった。
なお、今回の上京ではこのA先生トーク&サイン会だけでなく、翌日に開催された『ゆるゆり』イベント「七森中☆さみっと」にも参加しており、本当に上手いこと二つのイベントが土、日曜日に分かれてくれた。もし被っていたら、どっちを取るか非常に迷ったことだろう。
最後に、藤子A先生、本当にありがとうございました。
『映画ドラえもん 新 のび太の大魔境 ペコと5人の探検隊』感想
当エントリは、映画のネタばらしを含みます。未見の方はご注意下さい。
今年の映画ドラえもんは『のび太の大魔境』のリメイク。久々の原作付き、それも初期の作品と言うことで、いったいどんな映画になるのか楽しみ半分、不安半分だった。過去のリメイク作の傾向からして、何かしらのアレンジ要素があるものと思っていたからだ。しかし、実際に観てみると、「原作」に対して非常に誠実な態度で作られた作品だと感じさせられた。
だから、今回の映画で一つキーワードを挙げるとしたら、「原作通り」を推しておきたい。とにかく、原作に忠実な部分が多いと言うことが一番印象に残った。原作は大長編の中でも初期の作品なので何十回、下手したら何百回と読んでおり、セリフ回しは大部分が頭に入っている。今回の映画では、セリフを聞いていて頭の中で「次のセリフは○○だな」と思っていると、大部分はその通りだったので、観ていて非常に心地よかった。
もちろん、全てが原作通りというわけではない。細かいところではいくつかアニメオリジナルの場面も見受けられた。個人的に一番驚いたのは、のび太たちが「変身ドリンク」でイモ(だよな)に変身したところ。まさか、あんな使い方が出来るとは、驚くほかない。他にも、偶然の要素があったとは言え、電光丸の力なしでのび太がサベールに勝ったのも意外だった。旧作映画同様にペコに花を持たせる展開になるのではと予想していたのだ。
特に、犬の国に入ってからはオリジナルの場面がいくつかあった。だが、それらも主に原作を補強するものであり、まるで原作と関係なく付け加えられた場面ではなかった。それ故に、全体としての感想は「原作に忠実」と言うことになるのだ。
また、ここで特に取り上げておきたいのは、終盤の挿入歌が流れたシーンだ。旧作を観ている人には言うまでもないことだが、旧作でもやはり挿入歌「だからみんなで」が流れた名場面だ。それだけに、今回はどのような演出になるのかと楽しみにしていたのだが、ここは旧作とほぼ同じ内容だった。違いを挙げるとしたら、歌が変わっていることくらいだろうか。原作もそうだが、セリフは一切なく、歌で盛り上げるという手法が受け継がれたことになる。
この場面、原作大長編でも「だからみんなで」の歌詞が出てくるのだが、実は初出版では歌詞は出てこない。この場面の歌は、旧作映画での挿入歌使用が、てんコミでの描き足しで原作に逆輸入されたのだ。だからこそ、今作での演出に注目していたのだが、変わらなかったのはちょっと残念だ。それだけ、この場面は旧作映画の完成度が高いのだとも言えるが。今回の挿入歌「友達」は、なかなかいい歌だった。
このあたりで、今作について気になった点も書いておこう。
今作の上映時間は109分だが、それだけの時間を保たせるには、いささか演出に間延びしたところがあった。はっきりと、どこがそうだとは指摘しにくいのだが、メリハリが少し足りないというか。旧作の上映時間は92分とかなり短いが、それだけ中身が締まっていたように思う。
原作に忠実であるが故に、先の展開までわかってしまってうこととなり、そのため特に終盤では観ていて少しだれてしまった。「もう少しアレンジがあればな」と思ってしまったのは、贅沢なことだろうか。事前の予想では、「10人の外国人」「のび太対サベール」あたりは大胆に変えるのではと思っていた。
また、最近なくなっていた、アフレコ素人の重要な役へのキャスティングが復活してしまったのは、実に残念。いうまでもなく、スピアナ姫のことだ。それに対して、小栗旬のサベールは冷酷な剣の達人を見事に演じていて、よかった。ゲスト声優では、ペコ役の小林ゆうもさすがの演技だった。
とにかく、今回は「原作に忠実」。それが記憶に残る作品だった。わさドラ9年の歴史で、ここまで原作通りだった映画は間違いなく初めてだ。それだけに、ある意味では新鮮でもあった。
次回作は、おまけ映像を観る限りではアニメオリジナル作品のようだ。はたして、『ひみつ道具博物館』に続く快作となってくれるのか、来年も見逃せない。
今年の映画ドラえもんは『のび太の大魔境』のリメイク。久々の原作付き、それも初期の作品と言うことで、いったいどんな映画になるのか楽しみ半分、不安半分だった。過去のリメイク作の傾向からして、何かしらのアレンジ要素があるものと思っていたからだ。しかし、実際に観てみると、「原作」に対して非常に誠実な態度で作られた作品だと感じさせられた。
だから、今回の映画で一つキーワードを挙げるとしたら、「原作通り」を推しておきたい。とにかく、原作に忠実な部分が多いと言うことが一番印象に残った。原作は大長編の中でも初期の作品なので何十回、下手したら何百回と読んでおり、セリフ回しは大部分が頭に入っている。今回の映画では、セリフを聞いていて頭の中で「次のセリフは○○だな」と思っていると、大部分はその通りだったので、観ていて非常に心地よかった。
もちろん、全てが原作通りというわけではない。細かいところではいくつかアニメオリジナルの場面も見受けられた。個人的に一番驚いたのは、のび太たちが「変身ドリンク」でイモ(だよな)に変身したところ。まさか、あんな使い方が出来るとは、驚くほかない。他にも、偶然の要素があったとは言え、電光丸の力なしでのび太がサベールに勝ったのも意外だった。旧作映画同様にペコに花を持たせる展開になるのではと予想していたのだ。
特に、犬の国に入ってからはオリジナルの場面がいくつかあった。だが、それらも主に原作を補強するものであり、まるで原作と関係なく付け加えられた場面ではなかった。それ故に、全体としての感想は「原作に忠実」と言うことになるのだ。
また、ここで特に取り上げておきたいのは、終盤の挿入歌が流れたシーンだ。旧作を観ている人には言うまでもないことだが、旧作でもやはり挿入歌「だからみんなで」が流れた名場面だ。それだけに、今回はどのような演出になるのかと楽しみにしていたのだが、ここは旧作とほぼ同じ内容だった。違いを挙げるとしたら、歌が変わっていることくらいだろうか。原作もそうだが、セリフは一切なく、歌で盛り上げるという手法が受け継がれたことになる。
この場面、原作大長編でも「だからみんなで」の歌詞が出てくるのだが、実は初出版では歌詞は出てこない。この場面の歌は、旧作映画での挿入歌使用が、てんコミでの描き足しで原作に逆輸入されたのだ。だからこそ、今作での演出に注目していたのだが、変わらなかったのはちょっと残念だ。それだけ、この場面は旧作映画の完成度が高いのだとも言えるが。今回の挿入歌「友達」は、なかなかいい歌だった。
このあたりで、今作について気になった点も書いておこう。
今作の上映時間は109分だが、それだけの時間を保たせるには、いささか演出に間延びしたところがあった。はっきりと、どこがそうだとは指摘しにくいのだが、メリハリが少し足りないというか。旧作の上映時間は92分とかなり短いが、それだけ中身が締まっていたように思う。
原作に忠実であるが故に、先の展開までわかってしまってうこととなり、そのため特に終盤では観ていて少しだれてしまった。「もう少しアレンジがあればな」と思ってしまったのは、贅沢なことだろうか。事前の予想では、「10人の外国人」「のび太対サベール」あたりは大胆に変えるのではと思っていた。
また、最近なくなっていた、アフレコ素人の重要な役へのキャスティングが復活してしまったのは、実に残念。いうまでもなく、スピアナ姫のことだ。それに対して、小栗旬のサベールは冷酷な剣の達人を見事に演じていて、よかった。ゲスト声優では、ペコ役の小林ゆうもさすがの演技だった。
とにかく、今回は「原作に忠実」。それが記憶に残る作品だった。わさドラ9年の歴史で、ここまで原作通りだった映画は間違いなく初めてだ。それだけに、ある意味では新鮮でもあった。
次回作は、おまけ映像を観る限りではアニメオリジナル作品のようだ。はたして、『ひみつ道具博物館』に続く快作となってくれるのか、来年も見逃せない。
知らないうちに消えていた「秋田犬」
最近、非常に驚いたニュースが一つあった。それは、「2円切手が復活」だ。
何にそんなに驚いたかというと、「二円切手を十一年半ぶりに復活させた」の下りだ。私が知らないうちに、十年以上も前に2円切手が発売停止になっていたのだから、驚かずにはいられない。今はもう無期限休止状態だが、昔は切手収集(特に通常切手)を趣味にしていたというのに、あの親しんでいた「秋田犬」2円切手が引退していたのを知らなかったとは、実にお恥ずかしい。
しかし、「さくら日本切手カタログ」の2012年版を見てみたら(切手収集を現在やっていないのに、なぜカタログを持っているのかは自分にも謎)、「秋田犬」2円切手にはしっかり価格が載っていた(現行切手の価格は載らない)ので、これで気がつくべきだった。
ところで、「秋田犬」2円切手は、おおざっぱに言って2種類存在する。一つ目は1953年に発売されたもので、これは「NIPPON」の国名表示がないが、二つ目の1989年に発売された方は、「NIPPON」の国名表示がある他に額面のフォントが変わり、刷色も微妙に変更されている。とは言え、図案は両方とも同じ「秋田犬」であり、長年にわたって親しまれていたと言える。
個人的にも、切手収集を始めた小学生の頃は、使える資金も限られていたので、少額で買える(あたりまえだ)低額切手は非常に身近な存在で、いろいろと遊んだものだった。低額切手ばかりをたくさん貼りまくった郵便物(封書やはがき)などを自分宛に何度も出していたが、残念なことに今探しても出てこない。見つかったらここに載せようかと思ったのだが。
ちなみに、先ほども書いたが、2円切手が前回リニューアルされたのは1989年。つまり、消費税導入の時だ。あの時は、封書の料金が60円→62円へと値上げされたため、機械で検知させるために2円切手に微妙な改良が施されたのだった。
そして、今回の2円切手復活も、消費税率引き上げに伴う郵便料金値上げが原因だ。つくづく、消費税に振り回される額面だ。
値上げ対応と言えば、葉書が41円→50円に値上げされたときは、加貼用の「9円切手」が発売されたが、これがあっという間に消えたのは覚えている。旧額面の葉書がなくなったら、もう用なしで他への応用が利かない額面だったからなあ。かわいそうなシオカラトンボだった。
それにしても、なぜ自分は切手収集を自然消滅的にやめてしまったのだろう。実に不思議だ。なんと言っても、小学生から大学生くらいまではやっていた趣味だったのだ。大学3年生以降、大学の情報処理センターに入り浸るようになったせいか。いや、それだけではないだろう。ネットにはまって、さらには本格的に藤子作品に再度熱中しだして、切手収集をやる暇がなくなったせいか。まあ、こんなところだろうな。
それでも、たまには昔集めた切手を並べたアルバムや、ストックブックを眺めることもある。これらは、昔に戻ることの出来るタイムマシンのようなものだ。そして、中途半端に集められた切手を見ると、シリーズ完揃いにしてやりたくなってしまう。実に危険な誘惑だと言えよう。気をつけなくては、今これ以上趣味を増やす時間と金銭の余裕はないのだ。切手収集は、せいぜい新2円切手を買うくらいにしておこう。
何にそんなに驚いたかというと、「二円切手を十一年半ぶりに復活させた」の下りだ。私が知らないうちに、十年以上も前に2円切手が発売停止になっていたのだから、驚かずにはいられない。今はもう無期限休止状態だが、昔は切手収集(特に通常切手)を趣味にしていたというのに、あの親しんでいた「秋田犬」2円切手が引退していたのを知らなかったとは、実にお恥ずかしい。
しかし、「さくら日本切手カタログ」の2012年版を見てみたら(切手収集を現在やっていないのに、なぜカタログを持っているのかは自分にも謎)、「秋田犬」2円切手にはしっかり価格が載っていた(現行切手の価格は載らない)ので、これで気がつくべきだった。
ところで、「秋田犬」2円切手は、おおざっぱに言って2種類存在する。一つ目は1953年に発売されたもので、これは「NIPPON」の国名表示がないが、二つ目の1989年に発売された方は、「NIPPON」の国名表示がある他に額面のフォントが変わり、刷色も微妙に変更されている。とは言え、図案は両方とも同じ「秋田犬」であり、長年にわたって親しまれていたと言える。
個人的にも、切手収集を始めた小学生の頃は、使える資金も限られていたので、少額で買える(あたりまえだ)低額切手は非常に身近な存在で、いろいろと遊んだものだった。低額切手ばかりをたくさん貼りまくった郵便物(封書やはがき)などを自分宛に何度も出していたが、残念なことに今探しても出てこない。見つかったらここに載せようかと思ったのだが。
ちなみに、先ほども書いたが、2円切手が前回リニューアルされたのは1989年。つまり、消費税導入の時だ。あの時は、封書の料金が60円→62円へと値上げされたため、機械で検知させるために2円切手に微妙な改良が施されたのだった。
そして、今回の2円切手復活も、消費税率引き上げに伴う郵便料金値上げが原因だ。つくづく、消費税に振り回される額面だ。
値上げ対応と言えば、葉書が41円→50円に値上げされたときは、加貼用の「9円切手」が発売されたが、これがあっという間に消えたのは覚えている。旧額面の葉書がなくなったら、もう用なしで他への応用が利かない額面だったからなあ。かわいそうなシオカラトンボだった。
それにしても、なぜ自分は切手収集を自然消滅的にやめてしまったのだろう。実に不思議だ。なんと言っても、小学生から大学生くらいまではやっていた趣味だったのだ。大学3年生以降、大学の情報処理センターに入り浸るようになったせいか。いや、それだけではないだろう。ネットにはまって、さらには本格的に藤子作品に再度熱中しだして、切手収集をやる暇がなくなったせいか。まあ、こんなところだろうな。
それでも、たまには昔集めた切手を並べたアルバムや、ストックブックを眺めることもある。これらは、昔に戻ることの出来るタイムマシンのようなものだ。そして、中途半端に集められた切手を見ると、シリーズ完揃いにしてやりたくなってしまう。実に危険な誘惑だと言えよう。気をつけなくては、今これ以上趣味を増やす時間と金銭の余裕はないのだ。切手収集は、せいぜい新2円切手を買うくらいにしておこう。
『三つ目がとおる』少年マガジン復刻版・発売!
待ちに待っていた『週刊少年マガジン完全復刻版 三つ目がとおる イースター島航海』が、ようやく昨日、発売された。
これは書名の通り、これまでに出版されてきた単行本バージョンではなく、初出誌『週刊少年マガジン』に掲載されたそのままの内容を誌面から復刻したもの。手塚ファンならご存じの通り、特に長編連載の手塚作品は単行本化にあたっていろいろと編集が加えられる事が多く、作品によっては別物と言ってもいいものもある(例:『ダスト8』と『ダスト18』など)。
今回出版された『三つ目がとおる』の「イースター島航海編」も、別物とまではいかないものの、比較的大きな修正が加えられていることを知っていたので、近年の手塚作品の「オリジナル版」流行りのなかで、これも出ないかなと以前から思っていた。
思い返せば、最初に「イースター島航海編」の初出版を、部分的にではあるが読んだのは大学生の時だった。当時たまに行っていた古書店(今はなき、春日井の勝川古書センター!)に1970年代中頃の『週刊少年マガジン』が大量に入荷していて、中をチェックしたら『三つ目がとおる』でバン・ドンならぬ出杉が登場している場面があったのだ。
当時、『三つ目』の未収録はまだ特にチェックしていなかったので、これが「猪鹿中学」「長耳族」に登場した猪鹿中学の番長だと言うことは知らなかった。だからこそ、「なんでバン・ドンじゃないんだ?」と、余計に不思議だったのを覚えている。この辺の事情については今回の『完全復刻版』巻末の解説に書いてあるので、そちらを参照されたい。
その後、社会人になってから、図書館で初出誌を体系的にチェックするようになり、『三つ目がとおる』は、古い方から順番に初出誌を読んでいったが、「イースター島航海編」まではたどり着かなかったように覚えている。それに、いくら描き換えがあるからと言って、連載ものをいちいちコピーしていると非常に金がかかるので、コピーはほとんどとっていない。そんな状態だったので、今回の『完全復刻版』刊行は、非常にありがたい。
それにしても、『完全復刻版』が出るまで、本当に長い間待った。
『三つ目がとおる』は、これまで何度も単行本化されており、近年だけでも『手塚治虫文庫全集』版全7巻と『GAMANGA BOOKS』版全10巻の2回も刊行されている。このうち、後者のGAMANGA BOOKS版については、「連載順に収録し、カラーもすべて再現」と言う事だったので、「もしや初出版での収録なのでは」と期待したのだが、ふたを開けてみると、単に収録順が初出の順なだけで中身は今まで通りの単行本版だったので、がっかりしたのだった。
そんなことがあったし、また復刊ドットコムの復刻シリーズも『ブッダ』が始まったので、もう『三つ目』の初出版はもう出ないんじゃないかとすら思ったこともあったが、それがこうやって刊行されたのだから、生きてさえいればいいこともあるものだ。
なお、未収録についてもちょっと触れておくと、『手塚治虫漫画全集』以降に出された単行本では9話の未収録があった。これらを最初に収録した単行本シリーズは、なんとコンビニコミックだった。KPCと言うシリーズで、単行本未収録作品を含めて全作品をほぼ初出順に収録した、画期的な内容だった。その後、講談社漫画文庫で『三つ目がとおる 秘蔵短編集』として未収録だけで一冊にまとめられたほか、手塚治虫文庫全集もKPCと似た編集内容で全話が収録されている。
さて、こうなると次に気になるのは、この『完全復刻版』に「次」はあるのかと言うことだ。
『三つ目』では、長編だけでも「三つ目族の謎編」「グリーブの秘密編」「怪植物ボルボック編」「古代王子ゴダル編」「地下の都編」「怪鳥モア編」と、6編もある。中でも、個人的に初出版を出してほしいのはグリーブ編だ。
このシリーズは、単行本だけでもKCマガジン版、手塚治虫漫画全集版、手塚治虫文庫全集版で異同が認められる。それぞれ、始まり方もしくは終わり方が違うのだ。また、初出版では上底先生の属する組織が単行本とは異なる(「全ピキ連」ではない)など、バージョン違いが非常に多い。だからこそ、ぜひ全ての始まりである初出版を単行本化してほしい。
もちろん、グリーブ編以外のシリーズも、せっかくだから全て出してほしい。ここまで長い間待ったのだから、そう焦ることはない。落ち着いて待ちます。
最後に書いておきたいのは、この本の価格について。本体価格1,900円とは、夢のような安さだ。
普通の漫画単行本と比べると、高いと言えば高いのだが、最近は手塚作品の復刻というと小学館クリエイティブや復刊ドットコムの価格ばかり目に付くようになっていたので、それらと比べると本当に今回の本はお買い得だ。A5判というのも、F全集や水木全集と一緒なのでおなじみなのでいい感じだ。この調子で続けて行ってくれれば、本当に言うことはない。
これは書名の通り、これまでに出版されてきた単行本バージョンではなく、初出誌『週刊少年マガジン』に掲載されたそのままの内容を誌面から復刻したもの。手塚ファンならご存じの通り、特に長編連載の手塚作品は単行本化にあたっていろいろと編集が加えられる事が多く、作品によっては別物と言ってもいいものもある(例:『ダスト8』と『ダスト18』など)。
今回出版された『三つ目がとおる』の「イースター島航海編」も、別物とまではいかないものの、比較的大きな修正が加えられていることを知っていたので、近年の手塚作品の「オリジナル版」流行りのなかで、これも出ないかなと以前から思っていた。
思い返せば、最初に「イースター島航海編」の初出版を、部分的にではあるが読んだのは大学生の時だった。当時たまに行っていた古書店(今はなき、春日井の勝川古書センター!)に1970年代中頃の『週刊少年マガジン』が大量に入荷していて、中をチェックしたら『三つ目がとおる』でバン・ドンならぬ出杉が登場している場面があったのだ。
当時、『三つ目』の未収録はまだ特にチェックしていなかったので、これが「猪鹿中学」「長耳族」に登場した猪鹿中学の番長だと言うことは知らなかった。だからこそ、「なんでバン・ドンじゃないんだ?」と、余計に不思議だったのを覚えている。この辺の事情については今回の『完全復刻版』巻末の解説に書いてあるので、そちらを参照されたい。
その後、社会人になってから、図書館で初出誌を体系的にチェックするようになり、『三つ目がとおる』は、古い方から順番に初出誌を読んでいったが、「イースター島航海編」まではたどり着かなかったように覚えている。それに、いくら描き換えがあるからと言って、連載ものをいちいちコピーしていると非常に金がかかるので、コピーはほとんどとっていない。そんな状態だったので、今回の『完全復刻版』刊行は、非常にありがたい。
それにしても、『完全復刻版』が出るまで、本当に長い間待った。
『三つ目がとおる』は、これまで何度も単行本化されており、近年だけでも『手塚治虫文庫全集』版全7巻と『GAMANGA BOOKS』版全10巻の2回も刊行されている。このうち、後者のGAMANGA BOOKS版については、「連載順に収録し、カラーもすべて再現」と言う事だったので、「もしや初出版での収録なのでは」と期待したのだが、ふたを開けてみると、単に収録順が初出の順なだけで中身は今まで通りの単行本版だったので、がっかりしたのだった。
そんなことがあったし、また復刊ドットコムの復刻シリーズも『ブッダ』が始まったので、もう『三つ目』の初出版はもう出ないんじゃないかとすら思ったこともあったが、それがこうやって刊行されたのだから、生きてさえいればいいこともあるものだ。
なお、未収録についてもちょっと触れておくと、『手塚治虫漫画全集』以降に出された単行本では9話の未収録があった。これらを最初に収録した単行本シリーズは、なんとコンビニコミックだった。KPCと言うシリーズで、単行本未収録作品を含めて全作品をほぼ初出順に収録した、画期的な内容だった。その後、講談社漫画文庫で『三つ目がとおる 秘蔵短編集』として未収録だけで一冊にまとめられたほか、手塚治虫文庫全集もKPCと似た編集内容で全話が収録されている。
さて、こうなると次に気になるのは、この『完全復刻版』に「次」はあるのかと言うことだ。
『三つ目』では、長編だけでも「三つ目族の謎編」「グリーブの秘密編」「怪植物ボルボック編」「古代王子ゴダル編」「地下の都編」「怪鳥モア編」と、6編もある。中でも、個人的に初出版を出してほしいのはグリーブ編だ。
このシリーズは、単行本だけでもKCマガジン版、手塚治虫漫画全集版、手塚治虫文庫全集版で異同が認められる。それぞれ、始まり方もしくは終わり方が違うのだ。また、初出版では上底先生の属する組織が単行本とは異なる(「全ピキ連」ではない)など、バージョン違いが非常に多い。だからこそ、ぜひ全ての始まりである初出版を単行本化してほしい。
もちろん、グリーブ編以外のシリーズも、せっかくだから全て出してほしい。ここまで長い間待ったのだから、そう焦ることはない。落ち着いて待ちます。
最後に書いておきたいのは、この本の価格について。本体価格1,900円とは、夢のような安さだ。
普通の漫画単行本と比べると、高いと言えば高いのだが、最近は手塚作品の復刻というと小学館クリエイティブや復刊ドットコムの価格ばかり目に付くようになっていたので、それらと比べると本当に今回の本はお買い得だ。A5判というのも、F全集や水木全集と一緒なのでおなじみなのでいい感じだ。この調子で続けて行ってくれれば、本当に言うことはない。
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