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長期金利低下と勢いを欠く設備投資

開始から1年5ヵ月が経過した日本銀行の量的・質的金融緩和では、予想実質長期金利低下(→資産効果)によって、投資や消費を刺激することが期待されています。

日銀の長期国債大量買い入れによって、10年国債金利は0.5%、銀行の長期貸出約定平均金利は0.9%まで低下しています。

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しかし、企業の設備投資は今一つ盛り上がりを欠きます。

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実質長期金利低下の設備投資誘発効果が乏しいわけですが、そもそも金利と投資のリンケージはそれほど強くないとすれば不思議ではありません。スティグリッツは実質金利よりも信用のavailabilityが重要と主張していました。

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デフレが続く限り政府は金利を低く抑え続けるとわかっていれば、市場参加者は、長期実質金利がやがて低下することを確信して、消費や投資にもっとカネを使う気になるだろう、とインフレターゲット論者は主張する。日本の場合のインフレターゲット論の問題点は、それが短期的に間違った変数に注目することにあり、インフレターゲット政策へのコミットメントが信用できるものだとすれば、そのために金融当局は間違った戦略を長期にわたって推進することになる。

金融政策は実質金利インフレターゲット論者はこれに注目する)よりも、むしろ信用のアベイラビリティ(可用性)を通じて景気に影響を及ぼすのである。金融当局が景気をどの程度刺激しているかは、今現在の実質金利(あるいは長期実質金利)よりも信用供給の拡大に注目したほうが正しく測定できる。

銀行のバランスシート上、マネーサプライと信用量が等しいという事実が、この分野における長年にわたる混乱の原因の一つです。回帰分析を行えば、この2つの数字は同じものになってしまうので、何が原動力になっているかを特定することは難しくなってしまいます。我々が主張している理論では、信用供給に焦点を当てた訳です。例えばベースマネーが増加したとしても、信用供給に直接反映されない訳です。この点こそ日本が抱えている問題の1つなのかもしれません。通貨当局はベースマネーをコントロールしていますが、直接的には信用供給をコントロールしていません。最終的にはこの2つは同じかもしれませんが、何をコントロールしているかという点が重要だと思います。

マネーストックの拡大に注目すると、今年に入ってから伸び率が低下しています。

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スティグリッツは、アメリカでは資金に余裕のある大企業は、少しの金利変化には反応しなくなっていると指摘していました。


Joseph Stiglitz: Why Easier Money Won't Work - WSJ

Large businesses are flush with cash, and small changes in interest rates—short-term or long—will affect them little. A banker rightly asks if such a business comes asking for money, "What's wrong with it?"

FRBの調査もそのことを裏付けています。

The vast majority of CFOs indicate that their investment plans are quite insensitive to potential decreases in their borrowing costs. Only 8% of firms would increase investment if borrowing costs declined 100 basis points, and an additional 8% would respond to a decrease of 100 to 200 basis points. Strikingly, 68% did not expect any decline in interest rates would induce more investment. In addition, we find that firms expect to be somewhat more sensitive to an increase in interest rates. Still, only 16% of firms would reduce investment in response to a 100 basis point increase, and another 15% would respond to an increase of 100 to 200 basis points. 

…arguably provide some support for the view that investment is not as tightly linked to interest rates as traditional theory would suggest.

1998年度以降、資金余剰を続けて財務が著しく改善した日本企業も、少しの実質金利変化には反応しなくなっている可能性が高いと考えられます。

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伊東光晴は、1990年代初頭からそのことを指摘していました。

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第二は利子率低下が投資を刺激するかどうかである。新古典派の体系――それを引きつぐアメリカの経済学のテキストブックは、投資は利子率の関数としており、その効果を認めている。[p.124]

ケインズは『一般理論』の中で投資は予想利潤率(ケインズ資本の限界効率)と利子率の関数であるとした。この場合、予想利潤率は、将来は不確実であることから、大きな変動の中にあり、利子率のわずかな引き下げでは、その変動幅の中に吸収され、投資に影響するところがない、というのである。[p.125]

結局のところ、日本経済の予想利潤率が低いままであること、あるいは日本企業から「日本をこれからも開発と生産の主要拠点として維持していく」意思が失われてきたことが、QQEの設備投資誘発効果が乏しい根底にあると考えられます。


「日本に期待しなくなった」輸出企業が意味するもの - Think outside the box

伊東が本格的内因に基づく景気回復の必要条件の一つとする新結合は、アベノミクス第三の矢(成長戦略)に通じますが、今のところ、矢が的を射ぬくという予想はコンセンサスにはなっていないようです。

景気が底から上昇に向って転換するのは、固定資本のいっせいの更新である。それに加えて、シュンペーターの言う新結合――新しい商品、新しい技術、新しい販路、新しい経営組織、新しい供給資源―が加わる。バブル崩壊以後、抑えつづけられている設備の更新がいつはじまるか、いつ新結合は発生するのか。それまで本格的内因にもとづく景気回復はおこらない。[p.118]

 

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