イギリスの体育会系と日本の体育会系
両者の驚くべき恐ろしい違い
筆者は、高校時代と大学院時代に、日英双方の体育会系の部活を経験した。前者は日本でフェンシングであり、後者はイギリス・オックスフォードのボートである。そして両者の間には、驚くべき恐ろしい違いがあることを知った。
まず日本の体育会系の部活では、皆さんもご存じの通り、先輩の言うことには絶対服従である。学年で決まる厳しいカースト制度がひかれ、食事もコーチや先輩より先に箸をつけてはならないと注意された。ひたすら耐えることが目的のように見える練習は、精神を根本から鍛えるためのものだ。誰かの「根性」が入っていないと、共同責任として全員が居残りで体育館を走るように言われた。幸い試合では結果を残すことができたが、その時の「根性」がその後の人生で大きな役割を果たしたかどうかは、正直よくわからない。
留学先のオックスフォード大学院では、やはり運動好きが高じてボート部に入った。朝5時半起きで川に出る特訓を数ヵ月続けたが、そこで見たものは、レースで勝つという「目的から逆算して発想された戦略の全て」であった。
アメリカ人、イギリス人、インド人、中国人、そして日本人の私という国籍混合チームであったが、チームワークは徹底的に重視された。そのチームは、ボートを漕ぐというタスクのみで固く結束しており、それ以上またそれ以下のしがらみもなかったのである。コーチが提案するトレーニングの内容も、より合理的なやり方があれば、自由闊達に提案できる雰囲気があった。耐えるか耐えないかではなくて、いかに合理的に勝つか、がチームの最重要課題であった。
「昼夜を厭わず、生活のすべてを捧げて練習し、生き残った者が命令する立場になる」
これは、日本の体育会のコーチが言った言葉か。それともイギリスのコーチが言った言葉か。