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星の海のエインセル 作者:唐揚3号

人は踊りて星は輝く

2



 6基の分割砲台の球殻に詰めている砲手が照準を決定し、エキシマレーザー砲から不可視の光線を放った。最初の目標は敵の通信システムと、攻撃装備だ。1500キロの距離から放たれた砲撃は命中しない。

 かわりに敵を中心に置いた円錐形のレーザー散乱面を数万本の各々が異なる周波数に偏重されたレーザーパルスが通り抜けた。ミリセカンドの後、4基のセンサークラスタが着弾反射を捕捉。微弱な出力のレーザーでも、あたれば熱反応が起こる。

 それをセンサークラスタの冷やされた電子の眼は、逃がさずに観測する。1本1本が異なる周波数で放たれたレーザーを個別に観測し、着弾の確認できた光軸へと徐々に集中していく。
 砲座から4回の砲撃が行われ、その都度修正が入る。
 ちょうど、20世紀前半の海を支配した、戦艦と似たような手法だ。

 そして、満足できる計算結果を得た砲手は、修正された照準に対して、レーザーを集中させ、25メガワットの攻撃照射を開始する。

 「Feind1、姿勢反転。装甲展開」

 浙江号は、プレヤーデンの砲台が照準を得るための事前砲撃を行っている間に、防御行動を開始した。逃走のため加速していた船体を反転し、主装甲をプレヤーデンの攻撃方向に相対させる。

 ニンバス級最大の特徴は、徹底した軽量化と優れた加速性能だ。そのため、強力な核融合エンジンと最低限の装甲しか持たず、プレヤーデンのようなよりすぐれた高加速艦と遭遇すると、めっぽう弱い。

 海賊は唯一の強固な耐塵シールドで防御しながら攻撃をやり過ごし、早い足で逃げるつもりのようだった。

 そして、プレヤーデン船員は弱点と戦法を正確に判断する。

 「統一斉射に入ります」

 6基の砲台のうち4基が照準データを共有し、浙江号の耐塵シールドのある一点に砲撃を集中する。残りの2基は敵の砲台めがけて砲撃を続行。
 浙江号は船体姿勢を変えて、集中砲撃をそらそうとするが、断続的な砲撃の方が先に効果を発揮した。

 「熱反応。爆発のようです、敵砲座を破壊。――Feind1、欺瞞行動」

 浙江号が船体から大量の発熱性煙幕を振りまいた。古典的な防御手段ではあるが、アクティブ/パッシブ双方の観測を妨害し、レーザーの威力を低減できる。
 不可視のレーザー光が、煙幕内部に入ると可視光を発した。煙幕内の微小物質に衝突して、熱量を放出しているためだ。

 敵からの観測と攻撃も同様に妨害するが、逃走中の浙江号にとっては、問題にならない。
 煙幕をまき散らしながら浙江号はさらに加速する。

 「追いつけるの? コル姐」

 「心配ご無用」

 ウインクしてコルネリアは保証した。
 プレヤーデンを含むフィクスシュテルン級高加速巡航艦は、太陽系世界で最新鋭の船である。その船足は1000隻ともいわれる各種軍艦のなかで、最も速いと船員たちは自負している。

 ステルス状態を捨て、主機関を自由に使えるようになった今、浙江号の加速能力では、減速行程以前にプレヤーデンが獲得した固有速度を振り切ることは不可能だった。

 「敵、なおも逃走継続中」

 「沈めちゃだめよ。各砲台は十分に狙って」

 「そうおっしゃる必要は、ありませんよ」

 「私が言いたいだけよ」

 渋い声でいさめたエルマーに、カレンは口だけ笑みを浮かべた。
 次の瞬間にはその笑みは消えた。敵との距離が30キロまで接近した時だ。ミュラー砲雷長とバーゼルが、同時に報告したのだ。

 「3番砲台、消滅」

 「3番砲台、消滅しました。後方からの高初速実体砲弾による攻撃です。残留煙幕内部からです」

 「攻撃者をFeind2と仮称します」

 砲台にいた3名の砲手の死だった。カレンが唇を噛んだ。艦長席の肘掛けにあるボタンを操作して、今の攻撃の情報を映す。
 浙江号は煙幕の中に自動砲かミサイルコンテナを放出したのだろう。

 ミュラー砲雷長が即座に、2番のセンサークラスタと4番の砲台に、煙幕内部を攻撃させた。Feind2の破壊ではなく、次の攻撃をけん制するためだ。距離さえ離れれば、十分な余裕をもって迎撃できる。

 犠牲には誰も何も言わない。カレンも逡巡して目を伏したが、次の瞬間には、また求められる姿を演じはじめる。
 カレンは弾みをつけて席から立ち上がり、台本通りにセリフを発した。

 「総員傾注! 我らが主君、ジグムント・フォン・フォーゲルアヴァイデ大公の御名において、カレン・フォン・ルーベリアが命じる! 人類平和の破壊者を討滅するため、名誉と誇りと命をかけて、Wir können fliegen und Gebet!(祈り、そして飛べ)」

 「Fly und Gebet!」

 高い士気を持った兵士たちに、覚悟を決めさせる女神の命令。通信越しに全員の唱和が響くと、カレンは満足げにうなづく。

 「45秒後に、接舷吶喊!」と命令して、カレンはエルマーに許可を求める瞳を向けた。

 「止めても、行くのでしょう? ご加護を」

 「ありがと」

 従兵がカレンに、髪を覆う黒地に銀象嵌のトーテンコップをあしらったハーフヘルメットを装着させ、強化プラスチック製のガストラフェテスを差し出した。

 「Feind1の通信システム、砲座を破壊。沈黙しました。接舷許可を」

 「許可する」

 「接舷します」

 2キロまで2隻の距離が縮まると、5つの砲台からレーザーと同軸に装備されている、実体弾砲を発射。砲弾の先端はアンカーになっていて、プレヤーデンの船首から、ハイ・ダイヤモンド強化繊維のワイヤーを引いて、敵に向かう。

 敵の近距離を通過した砲弾は、光学式ドップラー近接信管で目標を感知、側面からガス噴射を行って急旋回する。
 5つの砲弾は上下左右から敵の船体に絡みつき、がっちりとアンカーを噛ませた。

 アンカーの発振器から飛んできた、接続完了の電波を合図に、ミュラーがプレヤーデン選手のウィンチを逆転させ、巻き取り始めた。張力がかかったワイヤーはピンと張りつめると、2隻の船の運動方向に合わせて、コルネリアが主機関の噴射を停止、スラスタで姿勢制御を行う。

 その結果、慣性と巻き取られていくワイヤーに従って、プレヤーデンは浙江号との相対距離をさらに近づけていく。ミュラーがほっとした表情で報告した。

 「接舷成功しました!」

 じりじりと2隻の船は近づいていく。

 「いい仕事よ、砲雷長。白兵戦員、舷側待機」

 カレンは接舷を成功させた二人を労うと、回転する船体の向きに注意しながら、ブリッジ後方のエレベーターへ乗り込み、船の外へと向かった。

 船の外には茫漠の闇に少しの星が瞬いていた。カレンがエレベーターから出てくると、1個小隊30名の白兵戦員が、器用に船の突起物を蹴って、近くに集まってくる。その中にひときわ綺麗な動きで跳んできた大柄な兵士がいた。

 プレヤーデン艦載水兵小隊長バディッシャー少尉だ。いかつい装甲服を身に着け、槍・斧・槌といった近接武器のいいところをまとめたスペースアックスを右手に持ち、左手には円形の分厚く重いシールドを装着している。

 バディッシャーがカレンの後ろに着地するのとほぼ同時に、鈍い衝撃が船体から足に伝わってきた。今や2隻の船は密着し、強制的に相対速度と軌道を同調させた状態にあった。
 微弱な噴射が姿勢を安定させ、回転運動が停止する。浙江号はまるでクモの糸にからめとられたかのように、カレンたちの頭上で止まった。

 浙江号はか細い竜骨に、不釣り合いなほど巨大なシールドと機関部を持っていた。

 「悪趣味な船ね」

 「ヘア・コマンダー」

 宇宙船で焼けた浅黒い肌のバディッシャー命令を促し、カレンは軽く頷いて言った。

 「蹂躙なさい、hinein!」

 「Hurra!」

 命令と共に30の人影が、使い捨てだが強力な化学推進機を噴射し、浙江号へ向かう。

 宇宙の真空と闇に祝福された、〈移行者〉(セツラー)たる彼らが、もっとも得意とする戦闘方法、真空白兵戦。
 彼らはどの人類種よりも宇宙空間での生身の運動に熟達している。

 化学噴射器の強力だが融通の利かない推進ベクトルを逆手に、まっすぐに突き進んでいく者、器用に完成を利用してベクトルを変えながら曲線を描く者。全員が訓練された完璧な姿勢と、タイミングで敵へと襲い掛かった。

 浙江号の細い竜骨に着地すると、すかさず固定用の手斧を甲板にぶちこんで、移動用の足場とする。バディッシャーが叫んだ。

 「総員、突撃!」

 足場に身を落とした兵士たちが、甲板に指向性プラスチック爆薬を仕掛ける。
 浙江号のそこかしこで閃光が走った。前面の耐塵シールドを除けば薄い装甲しか持たない浙江号の甲板は、簡単にこじ開けられた。

 バディッシャーが、ブリッジに通じている通路に穴を開け、突入を促した。

 「よし、行け」

 「了解!

 加速していない2隻の船は、今、無重力状態だ。船内に突入した兵士を真空と闇が迎え、そして、閃光が襲い掛かった。
 慌てて先行した兵士は、分厚いシールドの裏に隠れて、簡易式のバリケードとなり、突入口の前に出た。
 次に入ってきた兵士は、身をかがめないうちに、狙撃された。次にバディッシャーが突入し、最初の兵士の横にシールドを立て、橋頭保を広げる。

 その間に突入した次の兵士が、撃たれた2番目の兵士を後方に下げた。

 「少尉、死ぬ、おれ死ぬよ」

 「この糞まみれが、肩を撃たれたくらいじゃ、死にはしねぇ。ピート、バッチを後ろに下げろ。邪魔になる」

 「失礼」

 喧騒の中を、闇に溶け込む黒い影が通り抜けた。バディッシャーがでかい目をさらに見開いて叫ぶ。

 「コマンダー、まだです!」

 「あら、わたしの獲物を横取りするつもり?」

 そう言いながら、カレンが取り回しのいい小型のガストラフェテス――昔に滅びたクロスボウの亜種――を構え、装填された伝導体の矢を撃ちはなった。
 衝撃だけが体に伝わり、骨を鳴らす。電磁加速された矢を受けた敵が身をかばって、一瞬火線が途切れた。

 その一瞬をカレンは逃さない。

 「続きなさい!」

 耐刃/弾マントで身を隠し、カレンが敵に躍りかかった。
 漆黒の影が、鈍い金色の髪が宙を舞い、そして蹂躙する。しなやかな脚の描く右足が、バリケードの向こう側の敵の横っ面を薙ぎ払い、その反動を左足に乗せて強かに腹部を蹴り上げる。

 宇宙服越しに骨の折れる感触。闇にまぎれたカレンが、銃撃をくぐり、矢を撃ちこみ、倒れた敵の足を、タングステン・カーバイド合金底の長靴で踏み下ろす。防弾マントを舞い広げ、壁へと跳躍し、反動をつけて、背を向けた敵の懐に質量をぶつけて、姿勢を崩す。ひるんだ敵の右太ももに、踵に入れていたナイフを突き立て、痛みに叫んだ男の金的を蹴り上げた。

 死角からの攻撃を見えない敵は、たまらず後退した。彼らに見えたのは、闇よりも暗い漆黒のマントと、その闇でも輝く金の髪だけだった。

 後退した敵が、照明をつけた。そして、その次の瞬間には呆けていた。
 彼らを蹂躙しているのは、頭2つは小柄な姿で、おそらく女だろうということに。
 5秒の沈黙。

 敵は間違いなくこの時見とれていた。
 カレンの振る舞いに。重力のない、慣性と質量が武器となる真空閉鎖戦闘で、なにか馬場違いのように軽やかに容赦なく舞う姿に。

 ショックから立ち直った敵が、銃弾を浴びせる。それをマントで防ぎ、壁に当たった弾丸の火花が明滅した瞬間、黒い影が酷薄な笑みと共にまた敵へと跳躍する。

 その陰に、一人の男が挑みかかった。格闘戦に覚えがあるのか、軽量気密服をまとい、左右の手にナイフを持っている。
 マントに身を包んだ影は、床に着地すると、その反動を左方向の回転に移して蹴りを放つ。男はそれを左手のひじで受け流し、右手のナイフをその足に突き立てた。

 ぴっちりとした軍服に包まれた、曲線の優美なふくらはぎをナイフが貫こうとした瞬間、男は急に体軽くなった。ナイフがそれて、布だけを切り裂く。
 下を向く。腹部からきれいに切り裂かれ、血の球敵が浮かんで散乱した。
 そして、唖然としたままこと切れた男を、バディッシャーが蹴って、カレンから引きはがす。

 「無茶をせんでください、コマンダー」

 「あら、こちらの方が面白くてよ?」

 凄惨な殺しぶりに、身を震わせた海賊が呆然とする。そこに、二人の後ろから突撃をかけてきた兵士たちが、叫び声とともに襲い掛かった。

 二人が立っているのは、ブリッジに近い通路だ。そこと機関室の前の通路を、敵は拠点として抵抗を行うつもりだったようだ。
 しかし、その腹積もりも非常識的なカレンの突撃がかき乱し、体制を整えた兵士たちが蹂躙してしまった。

 分隊ごとに分かれた小隊は、速やかに機関室を制圧、その後も居住区、ブリッジ、電算室の制圧完了が報告された。

 カレンが通路を進む。各々持った装備を捧げ銃に持った部下たちの間を通り抜け、捕縛した指揮官らしき敵の前に立った。ガストラフェテスを肩にくぐらせ、体制を変えて慣性を足もとに移し、そのままぴたりと床に立ってしまう。

 黒い宇宙服を着た人物は、傾いて浮かんでいた。後ろ手に手錠をかけられたその海賊は、宇宙服のフェイスプレートの下で、薄ら笑いを浮かべている。

 「……で、あなた方が旅客船から拉致した方は、どこにいるのかしら?」

 「はっ、おっつけ探せばいいだろう。俺に答える義務はねぇ」

 「それもそうね。それじゃ、あなた、捕虜の扱いでも聞いておいて、せいぜいおとなしくしておきなさい」

 それだけ話して、カレンは男に背を向けた。それから通信機で部下全員に宣言する。

「航海日誌に記入。正歴123年5月4日1902、浙江号を名乗る不明船舶を制圧。戦闘配置解除、負傷者の救助に移る。みんな、おつかれさま」

 勝鬨の声。通信機の向こうからブリッジのエルマーの、いつもと変わらない厳めしい声が聞こえた。

 「ヤヴォール、ヘア・コマンダー」
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