【スピーカー】
東京大学空間情報科学研究センター 柴崎亮介 教授
【動画もぜひご覧ください】
Information bank – [English]: Ryosuke Shibasaki at TEDxTokyo
IT×情報が糖尿病患者を救う
柴崎亮介氏:私は空間情報科学の研究者です。空間情報科学は、位置情報、そして地理情報を扱います。こちらをご覧ください。これは私の毎日の動きを5分ごとに記録した移動ログです。私は週末も含めて、東京都心にいることが多いです。
ご覧いただいた通りです。「不健全な生活だな」と思われるかもしれません。ワーク・ライフバランスができていないな、と思われるかもしれません。しかし、こんな私も、時々は郊外まで足を延ばします。柏、駒場、そして羽田空港や、海外出張の際には成田空港にも行きます。
私はこのような情報を人々、そして社会に提供するために研究を進めています。もちろん、目的はそれ以外にも。私の不健全な生活を健全にしよう、という目論見(もくろみ)もあります。
私の移動ログと健康情報を組み合わせてみましょう。私の最近の移動ログを見てみますと、以前よりも歩いていないということがわかります。運動していないので当然かもしれませんが、10キロも太ってしまいました。
そこで、私はダイエットする決心をします。ダイエット中といっても、一生懸命働いた長い一日の終わりには、韓国料理屋に行ってビールを飲みたいな、と思ったとしましょう。そこで韓国料理屋に向かって歩いていく途中、「食べ過ぎはダメですよ」と絶妙のタイミングでメールが届くのです。
そう言われてしまっては、「ダイエット中だし、韓国料理は諦めるしかないな」と思い直して帰宅することにします。このようなことを続けることで、2、3日で約3キロの減量に成功しました。
「体重が減った! やった! ダイエット成功だ!」と安心するのはまだ早いです。私の体温は正常かどうか、チェックします。すると、微熱があることがわかりました。微熱の原因として考えられるのは、私が脱水症状を起こしている可能性です。
仮に、私は糖尿病の気があるとしましょう。すると、脱水症状は私の心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めます。怖いですよね。ここでまた「水分を補給して、すぐにお医者様に診てもらうこと」とメールが届きます。
このシステムは、私の複数の個人情報、そして治療履歴を組み合わせることにより可能となります。このようなサービスを「インフォ・メディスン(情報の薬)」と呼びます。
つまり、個人情報を元に提供する個人向け医療サービスです。このサービスは、特に糖尿病患者に対して効果を最大限に発揮します。
糖尿病と聞くと、「糖尿病じゃないから自分には関係ないな」と思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、日本人の約6割が糖尿病です。正しく言うと、糖尿病予備軍の人と実際に糖尿病にかかっている人、あわせてです。つまり、皆さんにとても関係あることなのです。
情報の薬は、皆さんご自身、そして皆さんのご家族のためにも役立つでしょう。それに日本の健康保険制度を考えても、糖尿患者が減れば助かりますよね。このように、皆さんの個人情報を収集し続け、整理し、賢く使うことができれば、皆さんにとって、そして社会にとって貴重な情報資産となり得るのです。
個人情報をひとつに束ねる「情報銀行」というアイデア
ところで、「個人情報」と聞くと、どんなイメージが頭に浮かぶでしょうか? 個人情報には昔の日々の思い出も含まれます。
この時が一番モテた時代でしたね(笑)。もうモテ期は去ってしまいましたが。最近では、個人情報がたくさん詰まったスマートフォンを多くの人が持っています。しかし、皆さんはここにどんな個人情報が記録されているか、あまり気にしていないのではないでしょうか? そして、どのような個人情報を企業が入手できるのかも。
スマートフォン以外に、私たちが常に持っている個人情報があります。お店でもらうレシートです。レシートを見て家計簿をつけたり、出張経費の精算に使いたいと思っているかもしれません。しかし、入力したり、情報整理したりするのは面倒ですよね。
そして、もっと重要な個人情報がここにあります。これは私の健康診断結果です。ちなみにホンモノです。しかし、これもまた紙ベースです。このままでは情報の薬には活用できません。情報は紙のままでは役に立たない。
さらに悪いことには、私たちが信頼して情報を提供できる、かつ彼らの都合のよいように使われるのではなく、私たちの見えるように、私たちのコントロール下で、私たちが提供した情報を、賢く運用する企業や組織がないことです。これはとてももったいない。本当に深刻な問題です。
そこで私は、情報銀行(インフォメーション・バンク)をつくることにしました。情報銀行では、皆さんのお金の代わりに個人情報をお預かりします。
情報銀行に口座さえあれば、皆さんの個人情報を、企業や組織と簡単に共有することが可能になります。
「どうやって?」と疑問に思われるでしょう? ご心配は不要です。日本も含め、多くの国で個人情報保護法を制定しています。この法律では、皆さんは、皆さんの個人情報を持っている会社や組織に、その情報を開示要求することができる権利を保障しています。ご自分の個人情報をそれぞれの組織から集め、ご自分の情報銀行口座にそれらを蓄積、様々な個人データを管理することが可能です。
そうすることにより、情報銀行を通して、ご自身の匿名化した個人情報を健康情報サービス(情報の薬)に提供および活用することができるのです。
一方で、情報銀行を通じて情報を得ることで、健康情報サービス(情報の薬)ビジネス側も、いちから情報を集めることなく、スピーディ、かつスムーズに、サービスを立ち上げられるのです。これは、情報銀行による一種の情報投資として考えられます。
健康情報サービスがビジネスとして成功したならば、情報銀行に利子を払ってもらうシステムにする。最後に、情報銀行に今後多くの口座が開設されることにより、社会への多岐にわたる貢献に繋がるはずです。
災害時に有益な情報銀行
例を見てみましょう。これは地震が起きた3月11日の東京の人の流れを表しています。
早朝、多くの人が東京の中心部に向かっています。朝のラッシュアワーが始まります。ラッシュアワーのピークは朝の8時半から9時です。
その後東京ディズニーランドに多くの人が流れていることがわかります。ランチをいつものように食べたあと、午後2時46分、地震が発生します。交通機関はすべて運行停止です。私たちはオフィスまたは自宅へ徒歩で戻りました。
これをご覧ください。多くの人が幹線道路を歩き始めます。そして人の流れは夜遅くまで止まることがありませんでした。
23時頃に、一部交通機関が復旧。それにより人々の流れが速くなります。それでも、その頃まだ多くの人が自宅に向かって歩いていたり、東京都心部に残ったりしています。そして、これが翌日早朝まで続きます。
このようなデータをリアルタイムで見ることができるのですが、これが家族の安否確認や国や企業の災害対策にも役立ちます。情報銀行はこのような情報を共有することができるのです。実は今、このアイデアを海外へも展開しています。
こちらはバングラデシュでのプロジェクトです。バングラデシュは洪水や竜巻で有名です。私たちは現在、携帯電話のログ情報を集め、洪水被害を受けやすい地帯に災害時、どのくらいの人々が残っているか確認できるようにしています。このように、私たちはバングラデシュでも社会貢献しています。
情報銀行は、私たちへの皆さんからの信用があってこそ、新しい形で社会を繋ぐことができるのです。皆さんの個人情報を集め、それを整理し、さらにそれを皆さん自身でコントロールできるようにすることで、社会の為に賢く活用できる手段を提供しているのです。
情報銀行は、個人情報の管理、エコシステムを劇的に変え、上手くファブリケーションに繋げます。まずはご自分の個人情報を集めて整理し、有効活用できるようにしましょう。
しかし、私たちはまだ、皆さんが抱える疑念、つまり社会が皆さんの個人情報をどう扱っているかに対する懸念を取り除き、皆さんの信用を取り戻し始めたばかりです。現在、まだ約200の口座しか開設されていません。私たちを信じていただけるのであれば、皆さんもぜひ情報銀行をご利用ください。ありがとうございます。