筋肉が1ポンド増える毎に、代謝量は1日当たり50〜100kcal増幅する!? 米国では、“Power of 10: The Once-a-Week Slow Motion Fitness Revolution”の著者Adam Zickermanは、「筋肉を3ポンド(約1.36kg)増やすと、カロリー消費量は一ヶ月当りで約10,000kcal増幅する」、つまり「これは一週間で25マイル(1マイル=1609m)のランニング、又は一ヶ月で25回の有酸素運動に相当するカロリーをソファーに座ったままで消費できるということである」と言っています。 日本のダイエット&フィットネス界でも、「筋トレで筋量を増やすと基礎代謝量が上がり、脂肪燃焼/カロリー消費が促進する。従って、ダイエットには筋肉を付けて基礎代謝量を高めることが大切です」と主唱するパーソナルトレーナーが跡を絶ちません。 洋の内外を問わず、このような類の情報が巷間に溢れていますが、これらは針小棒大に誇大化されたBro-science/Bro-physiology(都市伝説)です。 扨て、具体的な説明をする前に、先ず基本的な専門用語の解説をしておきます。 基礎代謝量と安静時代謝量 基礎代謝量(Basal Metabolic Rate=BMR)、安静時代謝量(RMR=Resting Metabolic Rate)、睡眠時代謝量(SMR=Sleeping Metabolic Rate)、総エネルギー消費量(TEE=Total Energy Expenditure)の違いを理解して頂くために、“第219回の基礎代謝とはこういうものなんですよ!” を御一読ください。 熱産生 体内の熱産生を起こす諸因子と骨格筋の熱産生とUCP3(Uncoupling protein=脱共役たんぱく質)については、第263回の熱産生(体温)を参照してください。 過剰酸素消費量 (EPOC=Excess Postexercise Oxygen Consumption) EPOCとは、運動後の回復過程で体は安静時の状態に戻ろうとするため、運動前の状態(安静時)より運動直後にカロリー消費効率が高くなる状態(代謝向上)のことで、通常よりも多くの酸素を必要とします。 具体的に説明すると、運動で使われたATP/CP系クレアチンリン酸や解糖系グリコーゲンの再合成、乳酸のエネルギー活用、脂肪酸サイクルなど代謝摂動に必要な酸素消費量のことを意味します。亦、EPOCにはもう一つの顔が有ります。つまり、筋トレは筋肉の破壊活動で運動後に修復されますが、この時にもエネルギーが必要で酸化系から産生されます。 因みに、 ウォーキングでは速度を上げてもEPOCは生じないことが報告されています。 LBM及びFFM LBM(Lean Body Mass)及びFFM(Free Fat Mass)はいずれも除脂肪量と定義づけられていますが、両者には違いが一つあり、FFMにはessential Fatが含まれていません。 essential Fatとは骨髄脂肪と細胞膜を指します。 因みに、FM(Fat Mass)は脂肪量で、Body Massは体重のことです。 それでは本題に入りましょう! 1ポンド当たり50〜100kcalを1kg当たりに換算すると110〜220kcalになりますが、この数字は一体どこから出てきたのでしょうか? 甲状腺ホルモン/レプチン/カテコールアミン/サイトカインなど内分泌系や自律神経系の活性化、或いは身体活動のエネルギーコストetcも代謝に影響しますが、筋量や代謝の変化を追跡した研究では、筋量アップによる代謝亢進だけでなく、こういった諸々の複合因子がごちゃ混ぜになっていることが、曲解の原因を生み出していると言っても過言ではないでしょう。 Van Etten et al.による研究 26名をエクササイズ群/対照群に別けて18週間の実験が行われた。代謝率は12名のみ二重標識水で測定した。体重の変化は両群で認められなかった。FFMはエクササイズ群(ウェイトトレーニング)のみで増加(8週間後1.3±1.3kg、18週間後2.1±1.2kg)したが、対照群は18週間後0.4±1.8kgであった。脂肪量は、エクササイズ群で8週間後-0.8±/18週間後-2.0±1.8で、対照群は8週間後-1.4 ± 1.0 kgだった。体脂肪率は、エクササイズ群で8週間後−1.3 ± 1.7%/18週間後−2.6 ± 2.0%、対照群では18週間後−1.6 ± 1.5%であった。安静時代謝量はベースライン12.4±1.2MJ/dayだったが、8週間経過時には13.5±1.3 MJ/dayに増加し、18週間経過時では13.5±1.9 MJ/dayで更なる増加は認められなかった。因みに、12.4Mj=2962kcal、13.5Mj=3224kcalです。 睡眠時代謝量およびエネルギー摂取量は両群ともに変化はなかった。 二重標識水で測定した12名のエネルギー摂取量は過少報告されていた(ベースライン:-21±14, 8週間後:-28±18, 18週間後:-34±14%, P < 0.001) 解説: この研究における代謝は、筋量だけでなくエネルギーコストも含まれているだけでなく、矛盾点/疑問点が多い。 8週間経過時にFFMが1.3kg増え、代謝量は263kca(2962kcal→3224kcal)増えている。 18週間後ではFFMは2.1kg増えているにも拘わらず代謝量は不変である。 他方、睡眠時代謝量(=基礎代謝量)と摂取カロリーは18週間後も不変である。 自己報告による違いか、或いは二重標識水という計測方法に問題があるのか? 本論文に沿って単純計算すると、筋量アップによる代謝量は1kg当り約75kcal増となるが、大いに信頼性に欠ける。 Pratley et al.による研究 13名の健常な男性50〜65歳を被験者として、16週間の高強度レジスタンストレーニングを行わせた。その結果、体重の変化は見られなかったが、筋力は40%アップ、体脂肪率は1.9%減少、FFM(除脂肪量)は1.6kg増加、RMR(安静時代謝量)は7.7%(549kj=131kcal)増加した。ノルアドレナリン濃度は36%増加したが、空腹時グルコースインスリン/甲状腺ホルモン濃度に変化は見られなかった。研究者は、レジスタンストレーニングによるRMRの増加は、FFMの増加と交感神経系の活性の複合効果によると結論付けています。 解説: 高強度筋トレで安静時代謝量は131kcal増加したが、この数値には交感神経系の活性による代謝向上が含まれています。 Scharhag-Rosenberger et al.による直近の研究 座りがちで健康な男女74名を無作為に介入群(高レップス筋トレ)と対照群に振り分け6ヶ月の実験を行った結果、安静時代謝量は筋トレ群で172kcal増加(1671±356 vs 1843 ± 385 kcal/日)したが、それはFFM(除脂肪量)とアイリスイン(マイオカイン)に起因するものではないことが示されています・・・第668回のアイリスインは筋トレによる安静時代謝率アップに影響しない レジスタンストレーニングは基礎代謝を本当に上げるか? 石井直方教授が掲題でブログ記事を書いておられる。メインテーマは“筋トレによる代謝向上”についてであり、“筋量増による代謝アップ”に焦点を当てたものではありませんが、その中で3つの肯定論文を引用しておられる。一つ目は上述したPratley et al.による研究ですが、他の二つの論文骨子は次の通りで、筋トレによる筋量増が有意な代謝アップをもたらすことを実証するには十分ではありません。 Hunter et al.による研究 座りがちな61〜77歳の男女高齢者を被験者として、26週間の高強度レジスタンストレーニング(最大筋力の65〜80%)を行わせた結果、1日当たりのRMRが7%(約100kcal)高まった。 Dolezal & Potteigerによる研究 30名の健常な男性(20.1±1.6歳)を持久性トレーニング(ET:ジョッギング&ランニング)、レジスタンストレーニング(RT)、持久性+レジスタンストレーニング(CT)の三群に振り分けて10週間の実験を行った。その結果、BMR(基礎代謝量)はRTで477kj(=114kcal)増加、CTで347kj(=83kcal)増加したが、ETでは有意な変化は認められなかった。体脂肪率はCT3.5%減、RT1.4減、ET2.3%減であった。ベンチプレス及びスクワットの筋力(1RM)は、それぞれRTで24/23%、CTで19/12%高まった。 “筋トレが代謝を高める効果がある”と主唱する研究群については以上の通りですが、筋トレによる代謝向上を全否定する研究論文もあるので紹介しておきます。 Eric T. Poehlmanの研究 JCEM Effects of Endurance and Resistance Training on Total Daily Energy Expenditure in Young Women: A Controlled Randomized Trial 非肥満の若い女性を被験者として、持久性トレーニング群(AT)、レジスタンストレーニング群(RT)、及び対照群に無作為に振り分け6ヶ月の実験を行った。TEEは二重標識水、体組成値は二重エネルギーX線吸収測定法で計測した。 AT群では体組成の変化はなかったが、最大有酸素能が18%高まった。RT群は筋力とFFT(1.3kg)が増加した。安静時代謝量はRTで高まったが、FFTを調整すると変化は認められなかった。身体活動によるTEEは3群共に変化はなかった。 Duke University Medical Centerによる研究 Journal of Applied Physiology Effects of aerobic and/or resistance training on body mass and fat mass in overweight or obese adults 過体重/肥満者119名を被験者として、有酸素運動(AT)、筋トレ(RT)、有酸素運動+筋トレ(AT/RT)の3グループに分けて、8ヶ月の期間で体重・脂肪量・LBMに及ぼす効果を調べた。その結果、安静時代謝量の変化は認められなかった。 米国スポーツ医学団体の公式見解 “Evidence statement:Resistance training will not promote clinically significant weight loss” 上表の通り、筋トレをすると脂肪燃焼が高まるだけでなく、筋量アップ→安静時代謝量アップ→エネルギー消費量アップというプロセスで、体脂肪の減少は可能性としては有り得るが、「筋トレが臨床的に有意な減量を促進しないことはエビデンスが証明している」と述べています。 それでは正しい骨格筋の代謝量は一体どの位なのでしょうか? 骨格筋の熱産生や全代謝量に占める絶対量は大きいのですが、実は1kg当たりでみると多くないのです。たったの13kcal/kg/日なのです。 1ポンド当たりで見ると、心臓と腎臓の安静時代謝量はいずれも200kcalで最も高く、次いで脳が109kcal、肝臓は91kcalですが、骨格筋および脂肪は、各々6kcal/2kcalしかありません。換言すると、骨格筋と脂肪は量的/形状的には大きな構成要素ですが、ポンド当りの安静時のエネルギー消費は他の臓器に比べて非常に低いということです。他方、肝臓、腎臓、心臓、脳は重量的には全体の5〜6%ですが、ポンド当りでは安静時のエネルギー消費の大部分を占めています。 1ポンドを1kgに換算すると、部位別の質量と安静時代謝量は次の通りで、厚生労働省もこの数値を正式に採用しています。 この種の数値については、御多分に漏れず各報告書で数字のばらつきがありますが、下記の基礎代謝量の内訳比率は上表と近似の数値となっています。 Robert R Wolfe教授の研究 American Journal of Clinical Nutrition The underappreciated role of muscle in health and disease 米国テキサス大学医学部Dr Robert R Wolfeは、タンパク代謝回転が一定の条件下では、LBMが10kgの差異はエネルギー消費量100kcal/dayに相当すると言っており、この数値(1kg=10kcal)は上表の数値に近い。 ちょっと角度を変えてお話しましょう。 BMI(Body Mass Index)とは、身長と体重から肥満度を測る方法で、肥満指数とも呼ばれます。筋肉隆々のBMIの高いボディビルダーも、数値的には肥満者の範疇に入ってしまいます。 他方、基礎代謝量は体表面積(身長/体重)から算出されるので、筋肉が多くても脂肪が多くても、とにかく体が大きくなれば基礎代謝量は大きくなります。換言すると、基礎代謝量の数値は、太れば高くなり、痩せれば低くなる・・・こういう性質のものなんです。 ダイエットのために基礎代謝量アップに執着するのは、大した意味がないという事にお気づきになりましたか? 取りまとめると、 筋肉を1kg増やしても代謝はたったの13kcalしか向上しません! 一般人のあなた(特に女性)にとって、ダイエット中に代謝を顕著に向上させるほどの筋肉を付けることは現実的には難しい。 1ポンド当たり50〜100kcalは夢の中の夢です。 ついでに 摂取したカロリーは全て筋肉に取込まれ、ダイエット中の消費カロリーは全て体脂肪が使われる ことが理想ですが、人間の体はそのように都合よくは作られていません。而も、特定の例外ケースを除いて、アンダーカロリーでは筋量は増えませんし、オーバーカロリーでは筋肉だけでなく脂肪も増えてしまいます。従って、増量期と減量期に分けてトレーニングを行いますし、減量期には筋肉を維持しながら体脂肪を減少させる工夫をします。 関連記事 第2回の筋肉を付けて基礎代謝アップという話は間違い! 第51回の筋トレと有酸素運動どっちが先? 第270回の体脂肪率の初期値 vs 体組成の変化 第456回の筋肉はどれ位サイズアップするのか? |
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