3万8257人。

 環境省が先週発表した水俣病の新たな被害者の数だ。

 公式確認から58年が過ぎてなお、これほどの数の新たな被害者が明らかになる。その事実に、改めて衝撃を受ける。

 現在は死に至る激しい神経症状はなくなった。だが、出血するほどのけがも気づかない、グラタン鍋をつかんでも熱さを感じない、料理の味もわからない……そんな深刻な感覚障害を被害者の人びとは抱えている。

 水俣病問題の最終解決をめざした被害者救済法にもとづき、政府は2010年5月から12年7月まで被害の申請を受けつけた。熊本、鹿児島、新潟の3県で計4万7906人が申請。最終的に8割が対象者と判定され、一時金と療養費など、あるいは療養費のみが支給される。

 水俣病はようやく、目的どおり最終解決に至ったのか。

 残念ながら、解決にはほど遠い。それどころか、問題点にふたをし、さらに禍根を残したとさえ言える。

 熊本水俣病の場合、対象地域、対象年齢の設定が狭すぎて不合理だ、という指摘を無視して、政府は救済策を強行した。その結果、多くの申請者が救済からもれた。

 対象地域外の山間部の申請者で認められた人、年齢制限外の若年層で認められた人もわずかにいた。だが、それは水俣に通っていたことを示す給油所の領収書や、水銀濃度の高いへその緒などの「物証」を、偶然持っていた一部に限られている。

 救済対象からもれた人は9649人。この中には、症状がありながら地域や年齢が対象外だった人も多い。

 そうした人びとは、申請に間に合わなかった人とともに、熊本地裁などに損害賠償請求訴訟も起こしている。今後、原告数は1200人に増えるという。

 一方、昨年春の最高裁判決は今回の救済対象と同様の症状でも、ハードルの高い公害健康被害補償法(公健法)にもとづく患者として認定される可能性を示した。この認定基準をめぐる混乱の中で認定申請者は1千人を超え、審査を待っている。

 汚染地域とその周辺では、いまもどれほどの潜在患者が存在するのか、だれにもわからない。これまで政府が汚染地域の調査を怠ってきたからだ。

 政府はまず、潜在患者を徹底的に掘り起こし、被害の全容解明をめざすこと。そして認定基準と補償体系を現状に即して見直すこと。この努力がない限り、水俣病の深い闇は消えないし、幕を引くこともできない。