人類の全歴史を通じ、蚊は偉大な指導者を倒し、軍隊を滅ぼし、国の運命を左右してきた――。米国の感染症研究者、アンドリュー・スピールマン氏らが著書「蚊 ウイルスの運び屋」でこう警告している。あの小さな虫はバイオテロ並みの脅威をもたらすというのだ。
▼マラリアや日本脳炎などさまざまな感染症が世界に与えてきたダメージを思えば、決して大げさな指摘ではないだろう。その病原体を口移しで運ぶ蚊との戦いに人類は明け暮れ、いまも果てることがない。太平洋戦争のとき、ガダルカナルや東部ニューギニアで日本軍将兵をさいなんだのは飢餓とともにマラリアであった。
▼東京の代々木公園が感染場所とみられるデング熱患者の多発は、蚊をめぐるそんな危難をあらためて思い起こさせる出来事だ。もともと海外で感染し、帰国後に発症する人が珍しくはないこの病気である。条件さえそろえば国内で広がるのも驚きではないという。ヒトの移動の活発化は感染症を予想もつかぬ地域へと運ぶ。
▼デング熱は重症になることは少ないし、こんどの感染はごく限定的なようだ。とはいえこの病気に限らず、蚊による感染症の怖さは心にとめておいたほうがいい。かつてアフリカなどではやっていた西ナイル熱は1999年に突如として米国に上陸した。それ以後、死者をともなう流行を繰り返すようになった現実もある。
アンドリュー・スピー、春秋