俺の名前を聞いておけば良いことがある、まず第一に「おこり」が落ちる――。歌舞伎十八番の「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」で、主役の助六が名乗りを上げる見せ場のセリフだ。おこりとはマラリア性の熱病を指す。落ちるとは治ること。かつての日本でこの病が恐れられていたことを示している▼マラリアと同じように、デング熱は蚊を媒介として感染する。東京の広大な代々木公園のやぶに罪作りなヒトスジシマカが潜んでいたらしい。各地から人の集う場所だ。日々、患者の数は増え、その居住地も全国に広がった▼高熱や頭痛が主な症状だが、デング熱と気づかない場合もあるようだ。同僚記者の知人の男性はバリ島で暮らしていた5年前、重症に陥ってデング出血熱と診断された。そのとき、同じ原因らしい発熱が以前にもあったことを思い出したという▼動悸(どうき)、息切れに全身のだるさ。血小板の数が減り、シンガポールの病院への搬送も検討された。一時は「死を覚悟した」と振り返る。今回の日本での発症については過度に恐れることはないといわれる。とはいえ、あなどるわけにもいかない▼改めて痛感するのは地球温暖化の影響だ。環境省のプロジェクトチームが今年3月に出した報告書によれば、ヒトスジシマカの分布は年々北上している。南方の感染症が流行するリスクが拡大するかもしれない▼いまの日本に熱病を治してくれる助六はいない。デング熱にはワクチンがない。ともかく蚊に刺されないよう万全の自衛策を。
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