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 幕末の京都を警護した「新選組」が浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺(京都市下京区)に駐屯した際のやりとりを記録した文書が、同派の本願寺史料研究所で見つかった。研究所が2日発表した。親長州派の西本願寺が幕府側の新選組を警戒していた様子や、新選組副長・土方歳三の交渉ぶりがうかがえる。

 「本願寺史」刊行のための調査で、寺務方らの「諸日記」など3種類に計14本の記事が見つかった。

 寺は、戦国時代に織田信長と戦った石山合戦で毛利家の支援を受けた縁から親長州派だった。池田屋事件や長州藩が起こした「禁門の変」(蛤御門〈はまぐりごもん〉の変)で名を上げた新選組が境内北側の北集会所(きたしゅうえしょ)に駐屯したのは、1865年3月~67年6月の約2年3カ月。寺と長州藩との関係を警戒する幕府が壬生(みぶ、京都市中京区)から移らせたともいわれる。