「一国二制度」のもとにある香港のトップが行政長官だ。3年後に予定される長官選びに際して、初めて普通選挙を実施する、という。普通選挙とは、身分、信仰や財産などによる選挙権の制限をしない制度をいう。ところが中国・習近平(シーチンピン)政権は、候補者をあらかじめ2~3人に絞り込む、という実施案を決め、香港側に示した。これで普通選挙と呼べるのか。

 これまでは、経済界代表などからなる1200人の「選挙委員会」が長官を選出していた。それが、初めて広く市民の投票にかけられるのだから、その点だけみれば画期的ではある。

 しかし新制度では、1200人の「指名委員会」をつくり、その過半数の支持がなければ候補者になれない。指名委員会の構成は現在の選挙委員会と同様で、親中派が多数を占めるのが確実という。

 だから候補者を決める段階で、中国政府側の息がかかった人物でないと、リストから排除されかねない。「一定数の市民の推薦があれば立候補可能」とする制度を提案してきた民主派団体は強く反発している。

 新制度を通じてうかがえるのは、中国本土とのビジネスで潤う経済界を通じて香港をコントロールしようとする中国政府の姿勢だ。返還以前も中国共産党は統一戦線工作として香港の企業家らを取り込んできている。

 これに対し、「持たざる者」の不満が新制度への反対の声に重なっている。人口700万人の2割が貧困層と言われ、格差は拡大している。中国からの投資で不動産価格が跳ね上がり、家を買えない人々がいる。7月1日の香港返還記念日には、選挙制度の行方を心配する十数万人の市民によるデモがあった。反対派は、香港経済の中枢である金融街・セントラルを占拠すると宣言している。

 普通選挙の実施は、97年までの英国植民地時代と比べれば大きな前進――というのが中国側の言い分だろう。だが香港市民の意識が20年前と同じでもあるまい。誰もが納得して投票できる制度にしなければ、香港社会の亀裂が広がる方向に進んでいくのではないか。

 中国政府側は「国と香港を愛する者」が長官を務めるのが原則、と強調する。なんともあいまいである。

 そんな原則を掲げる裏側には、香港が民主化の一大拠点となって中国全体への影響力を高めることを恐れている事情があるのではないか。新制度をめぐる今回の決定は、そう映る。再考を強く求める。