Listening:長崎・佐世保の同級生殺害 どう報じるか 現場に宿る真相へのカギ
2014年09月01日
長崎県佐世保市で、高校1年の女子生徒が同級生に殺害された事件が発生して1カ月が過ぎた。不可解でやりきれない事件をどう取材し、どう報じるべきなのか。10年前に同じ佐世保で起きた小学6年女児の同級生殺害事件を取材してきた記者と、事件の本質を考えながら週刊誌に記事を書いた記者とともに考えたい。
◇予定調和を超えて−−小6同級生殺害事件を取材 東京社会部・川名壮志
残酷なニュースには慣れているつもりだが、今回は一報を聞いて特別にうろたえた。2004年にも同じ佐世保で「小6同級生殺害事件」が発生し、駆け出し記者として取材したからだ。被害女児は上司である御手洗恭二・佐世保支局長(当時)の長女だった。私は事件を10年にわたり追い続けた。
たった一度の特殊な事件と思っていただけに「なぜ佐世保でまた」の思いがぬぐえず、発生から1週間たった現場に駆けつけた。「佐世保」「少女」「同級生」の構図こそ酷似しているが、特徴は異なっていると感じた。10年前は加害者が小学6年生で、女の子同士の濃密な人間関係のもつれによって起きた事件だった。今回は思春期を迎えた高校生で、被害者との関係も少し希薄に映った。やはり少年事件は個別に見るのが大切だと改めて実感した。
佐世保に行ってみると、情報が整理されておらず、生々しく感じた。少年事件では捜査当局からメディアが得られる情報は極めて少ない上、当局には大人とは違う子供の心の内まで掘り下げる役割は課せられていない。そのため、メディアは識者や専門家に「答え」を求めがちだ。だが現場を知らずに語られる言葉は、洗練され、整っていて一見分かりやすいが、本質を見誤る危うさもはらんでいる。
例えば、10年前には加害少女の文章やイラストが何度も引用され、少女の異常性を裏付けようとする機運があった。識者を巻き込んだ分析は、いわく「イラストは少女の攻撃性を示している」「大人びた巧みな文章は『子ども』の事件ではないことを示唆する」。
取材すると、イラストは友達同士のまねごとで、少女の巧妙な文章も精神科医の鑑定で「ネタ本を基にしたパクリ」であることが分かった。加害少女は特に大人びた子供ではなかった。予定調和のような取材をしても、事件の本質に迫れないと思い知らされた。
今回の少女がなぜ事件を起こしたのか。捜査や少年審判などの司法手続きでは、きっと合理的な答えが導き出されるだろう。だがそもそも子供は、未熟で、いつも合理的な行動を取るとは限らない。
実は、現場にあふれる理屈では説明のつかない「ノイズ」(雑音)のような情報の中に、事件の真相に迫る要素が含まれていると感じている。そして、どの細部にニュースの本質が宿るのかは、現場を歩いた人にしか分からない。丁寧な取材から絞り出した情報をどう生かすか。それが今、メディアに問われているのだと思う。
◇父親悪者論に違和感−−週刊誌に執筆 サンデー毎日編集部・大場弘行
加害少女の実家を見上げて、思わずうなった。
佐世保市を見下ろす高台にある豪邸。裏手に回ると近隣住民に開放した庭園があった。趣味も多彩で、ウインタースポーツに没頭し、少女にも特訓していた。個性的な父親を献身的に支え、家族をうまく調和させてきたという母親が昨秋急逝すると、父親は半年余りで20歳年下の女性と再婚した。少女は再婚が決まる前後に父親の寝込みを金属バットで襲い、1人暮らしを始める。事件はその4カ月後に起きた。
父親の知人ですら「娘さんは一番多感なころ。なんで初盆まで待てなかったのか」と眉をひそめた。週刊誌や女性誌はこんな見出しの記事を出し始める。「母の喪中に父婚活を憎んで」「殺しは、父親への仕返し」「少女Aと父の愛憎16年」「『少女A』を街に放った父」−−。父親の行動が少女の凶行を誘発したというストーリー。が、何かおかしい。少女はネコの解剖を繰り返し、警察の調べに「人を殺して解剖してみたくなった」と供述。殺された少女は仲のよい友人だ。再婚など家庭環境の激変にさらされる子は他にもいる。なぜ少女がこれほど猟奇的な行為に及んだのかの説明がつかない。
サンデー毎日(8月17日・24日合併号)では「『名士』の家で“壊れていた”加害少女」などの見出しをつけ、少女と父親の関係や精神発達の遅れを指摘する専門家の声を紹介した。動機に踏み込む代わりに、父と娘の“ナマ”のやりとりを証言と資料などを基に詳細に再現した。事件の半年前、中学3年のお別れ会。少女は、同級生を「同窓会に呼んでください」「サバンナでシマウマに乗っているかもしれないけど」と笑わせ、教室の隅にいる父親に向き直る。「こんな僕ですけど、今まで育ててくれてありがとう」と涙声で言うと、声を詰まらせてしまう。
少女の仕草や感情の発露、言葉遣いから、父への憎しみも、異常性も感じられなかった。だが、この少し前に金属バットで父の頭を殴る事件を起こしていた。父親に落ち度はないとは言い切れないだろうが、父親を悪者にするストーリーに引きずられると、本質を見誤るような気がしてならない。
◇少年事件専門家、慎重な調査要望
7月26日に発生した事件で、長崎地検佐世保支部は、殺人容疑で逮捕された少女(16)について、11月までの予定で専門医による精神鑑定を実施している。鑑定結果が出ると、地検は少女を家裁に送致。それを受けて、家裁が審判を開く。家裁は(1)少年院に送る(2)地検に逆送する−−などの選択をする。(2)の場合、逆送を受けた地検は成年同様の裁判員裁判にかけ、実刑判決が出れば少年刑務所に送られる。
少年事件の専門家グループは8月、審判手続きに関して「安易に逆送して裁判員裁判にかけないよう」求める要望書を最高裁に提出した。
要望をしたのは、家裁裁判官を主人公にした漫画「家栽の人」の原作者で佐世保市出身の毛利甚八さん(56)、神戸連続児童殺傷事件を担当した元裁判官の井垣康弘弁護士(74)ら「少年問題ネットワーク」の19人。
8月14日付の要望書で毛利さんらは「司法に求められているのは、どのような事実関係のなかで事件が起こったかを徹底的に解明すること」だと指摘し、家裁の調査官が十分な時間をかけて調査し、解析するよう求めた。そのうえで、逆送して成人同様の裁判員による刑事裁判にかけられれば「少年が非行事実を振り返り、被害者に対する贖罪(しょくざい)の気持ちを育てるために必要な、内省する機会を奪う」と述べた。さらに、少年院と、成年と一緒になる少年刑務所との教育効果の違いを知ったうえで、立ち直りを促すための処遇を慎重に決めるよう訴えた。【青島顕】
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■人物略歴
◇川名壮志
2001年入社。佐世保支局員として04年の小6同級生殺害事件を担当。今春、事件を取材した「謝るなら、いつでもおいで」(集英社)を出版。
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■人物略歴
◇大場弘行
2001年入社。大阪・東京社会部などを経て11年からサンデー毎日編集部。今回の事件は発生4日目の7月29日から現場入りして取材した。