producer_h01

producer_profile01

那須 久喜(なす ひさき)
椎葉村出身、椎葉村在住。80才。ニホンミツバチ養蜂家。ニホンミツバチの習性や生態を知り尽くし、ミツバチ名人の呼び名が高い。日本全国から教えをこう人々が集まり、山深い静かな家は年がら年中来客や電話が絶えることはない。現在、久喜さんのハチミツは注文してから3年待ちの状態が続く。ニホンミツバチを飼い、牛を飼い、犬や猫、鶏、猪、鱒、などたくさんの生き物のお世話に忙しい毎日を送る。

  • お問い合わせ
  • 椎葉村役場地域振興課商工観光グループ内
    椎葉村プロジェクトH(ハニー)推進協議会
  • TEL:0982-67-3203
アーカイブ (Archive)
  • producer_slide01
  • producer_slide02
  • producer_slide03
  • producer_slide04

九州一広い村へ

「落石注意」「路肩危険」「幅員狭小」、小さな案内板はいつしか景色に変わる。かろうじて車一台が通れる道をひた走る。それは20キロも30キロも続く。平成の大合併前には九州一の面積をもちながら、人口わずか2,887人(H26.6.1現在)。山林率96%。地図で見ると九州の中央部でどんと存在感を放っています。
宮崎に住む人も「一度は行ってみたい」という秘境椎葉。今回は、人吉市経由で椎葉村を目指しました。熊本県水上村から40分ほどで椎葉村大河内地区に入り、思ったよりも近い、と思っていたらそこからが長かった。

アクセルを踏み込んでも時速20キロしかでない急な道、むき出しの岩肌を滝のように滑り落ちる川の横の道。車窓をあけるとひんやりと湿気を帯びた空気が入る。別れ道では案内板を見ながら慎重に進む。携帯の電波は通じない。椎葉村に入って45分ほどたった頃、真新しいトンネルをくぐった。そうして初めて、今までトンネルがなかったことに気づいた。本当に九州山地の上にある村なのだなぁ、なんて思いながらご自宅へと向かった。

蜂をいたわる、森の名人

森の名手・名人の表彰状から著名人のサインや写真まで、所狭しと掲げられた那須家の居間。自宅前で秋篠宮様と並んで写っている写真もあります。数年前に久喜さんを訪ねてこられた宮様に、久喜さんはお土産に蜂蜜を一升渡しました。その後再会した折には「息子がいつも、ひさきさんのはちみつがたべたい、と言うんです。紀子さんもぜひ行きたいと言っています」と話してもらい、その後数年に渡ってハチミツを皇室献上もされていると、誇らしげに話してくださいました。
「蜜をもらいにきたという気持ちを、素直に蜂に伝える事が大事。ニホンミツバチはおとなしい。(手で蜂を)押してしまうと刺すけど、じゃなかったら絶対(人を)刺さない」。網もビニル手袋もカッパも防備は一切不要。久喜さんは夏も半袖のまま蜂の巣へ向かいます。セイヨウミツバチに比べて攻撃性が低いと言われるニホンミツバチですが、防備を一切使わないのは養蜂仲間でも久喜さんだけ。

私も久喜さんに習って巣の前へ。蜂よけのために全身白っぽい格好で。刺さないと事前に聞いてはいてもやはり怖くて・・・。周りを飛び始める蜂たち。ニホンミツバチは約1cmと小さすぎて写真には写りませんでしたが、徐々に何十何百という群れになり久喜さんと私のまわりを囲みました。帽子にシャツの袖に当たってくる蜂たち。それでもじっとして巣を眺めていると、後ろ足に黄色い花粉をたっぷりつけた蜂が一匹、入り口付近でヨタヨタ歩いているのを発見。
目を細め笑みを浮かべながら「重くてよう歩けんとよ。遠くから帰ってきたやつじゃ、疲れとる」と蜂をいたわる久喜さん。蟻のような顔にピンと伸びた触覚。クールなようでいて、後ろ足に特大サイズの花粉の玉をつけている・・・かわいい!!いつしか肩の力は抜けて蜂に顔を近づけていました。蜂を見つめる私の横には、素手で蜂を撫でる久喜さん。そのしぐさや表情は、まるで愛犬を撫でているそれと変わらないものでした。

「人によって味が変わる」、ニホンミツバチのハチミツ

久喜さんに採取のポイントを訪ねると、開口一番「取る時期が大事やっとよ」。ハチミツにも旬があることを初めて知りました。「ずっと冷え込んだ日が続いてからとるとよ。夏にとったやつはいかん。美味しくないし、栄養も全くない」と。椎葉村での採蜜の季節は、10月半ばから11月後半。温かい平地では年に2回も採蜜する地域もありますが、ここでの採蜜は年に1回だけ。
また、(ニホン)ミツバチ飼いは真面目な人じゃないといいのはできない、と言い切ります。セイヨウミツバチは平地に巣箱を数メートル間隔で設置し効率的に採蜜できますが、ニホンミツバチの養蜂場は山の中。久喜さんの山では巣箱全部を歩いて回るだけで4日はかかり、それを採蜜はもちろん、スムシ対策に巣箱を掃除して回ったりクマバチなど天敵の乗っ取りにあってないか見回りをしたり、それぞれ数ヶ月かけて山の中を歩き回るそうです。

養蜂のこととなると、ことさらに話が尽きない久喜さん。花粉の香りがするハチミツは、夏をこえ、秋をこえていくうちに、巣の中で味が変化してまろやかに熟していくそうです。寒いところのほうが美味しいのがとれる、と断言。久喜さんのハチミツは薄い肌色で半透明です。
ハチミツ事情に疎い私に「本物はね、この上に浮いてくる、これで見るとよ」と続いて教えてくれたのは、本物のハチミツの見分け方。ふたをあけると、黒や茶色の小さくキラキラ光る結晶のようなものが、ふたに吸い寄せられたように上のほうに集まっていました。「ふたを開けてみてこれがあれば本物よ」。これがでるのは、昔ながらの濾し方をしているから。巣からとってきた蜜蝋(みつろう)を目の粗い布に入れ、しゃもじでガシガシと砕いて容器の上にそのまま一晩置いて、落ちてきたハチミツを集めます。久喜さんのおじいさんの頃から変わらない昔ながらの手法です。

のどを潤す、ハチミツ

ハチミツを頂きました。まずは、取り出した蜂の巣そのままの姿の蜜蝋を。一切れ取ってお箸で持ちあげると、中からトロリと垂れるハチミツ。山間から差し込む木漏れ日の中で、柔らかい金色に輝くハチミツ。そのまま噛むと、中からじわっとハチミツが溢れ出てきました。久喜さん夫婦が「かす蜜」と呼ぶハチミツが入っている部屋にあたる部分も深い味わいで、一緒に食べます。食卓の上に常備されたかす蜜が入ったタッパー。これを毎朝少しずつ食べるのが久子さんの長年の習慣です。
冷蔵庫から取り出したばかりでも柔らかいハチミツを、スプーンにすくって頂きました。これまでハチミツは喉が焼けるように渇くものだと思っていましたが、久喜さんのハチミツは私のハチミツに対する偏見を覆してくれました。そのハチミツは、ミクロサイズの結晶が無数にまとまったようにトロリとした食感で、喉を滑り落ちながら見事に潤してくれました。喉が渇かない!そしてしっかり甘い味の中で、爽やかに香るものやどしっと濃いものいろいろな味をみた気がしました。

帰り道でハンドルを握りながらふと思い浮かんだのは、平家の落人のように椎葉山中で隠れ咲く無数の花の姿。久喜さんの後ろをついて山を歩きながら、アザミ、シロツメクサ、アジサイ、ツツジ、ネムノキ、栗、柚子、柿・・・他にも樹木や野花をたくさん見ました。野山に生息するニホンミツバチは、どんな花でも蜜でも集める習性があります。いろいろな花蜜がそれぞれ結晶化したものが集まっているから、こんなに深い味わいの潤いのあるハチミツが出来上がるんじゃないかなぁ、なんて思っていたら久喜さんのハチミツが恋しくなりました。いろいろな花の蜜からできたものを百花蜜といいますが、ここで出来るハチミツは二百花蜜、三百花蜜なのかもしれません。

ブンコウ~ニホンミツバチの巣~

ニホンミツバチの巣箱は丸太をくりぬいて、トタンをかぶせて重石を置いたものが主。椎葉ではこれをブンコウとよびます。春、新しい女王蜂が生まれたら、古い女王蜂は半分ほどの働き蜂を引き連れて新しい巣に移ります(分蜂・ぶんぽう)。そしてそこでまた新しい家族を増やして蜜を作るのです。「今年は30も分蜂したとですよ。今までで一番多かったですよ」という久子さんは、久喜さんの養蜂の長年のパートナーで理解者。
久喜さんの後ろをついて山道を歩くと、あちこちにブンコウが据えられていました。見上げた90度近い傾斜の崖の上にも1つ2つ3つ・・・。くりぬいた丸太を背負って、トタンと土台の木を持ち、1つ1つ設置していきます。

一見無造作に置かれたようにも見えますが、「蜂が気持ちいいと感じるところ」や「蜂が出入りしやすいところ」に置くのがポイントで、特に大木の下や岩陰を好むそうです。蜂が出入りしやすいちょうどいい高さになるように土台の高さも調整します。人間のための養蜂ですが、蜂の気持ちになって考えることを忘れないその気持ちにじんとしました。なかなか蜂が住まないブンコウがある中で、蜂は久喜さんのブンコウを選んで入っているのだと感じました。
久喜さんは、冬がくる前に素手でブンコウをあけて蜜蝋を取り出します。蜂に危害は加えず、蜂が越冬するのに十分足りる量の蜜蝋を残して、ブンコウを元通りにします。その時の写真をみせてもらいました。笑顔の久喜さんの腕をアームカバーのように蜂が覆う写真からは、生き物が生きる力が満ち溢れていました。

豊かな自然の恵みをぎゅっと集めるニホンミツバチ

巣箱を利用した養蜂の歴史は長く、日本書記にも天皇に蜂蜜を献上したくだりがでてきます。現在世界には9種類のミツバチが生息しており、そのうち8種はアジア種。広くアジアに生息するミツバチの1種がニホンミツバチです。北海道を除く日本全国に生息していて、日本に生息する野生のミツバチはニホンミツバチだけ。照葉樹林帯にある、生物の宝庫日本で息づいてきたニホンミツバチ。花粉を集めながら木や草の受粉作業のお手伝いをしているニホンミツバチ。そうして数えきれないほどの種類の木草の花粉を、ぎゅっと濃縮したニホンミツバチのハチミツ。すっかりニホンミツバチの魅力にはまってしまいました。
ニホンミツバチは普段は穏やかですが、最強天敵スズメバチには集団で立ち向かいます。「スズメバチをたたき落として巣の前に落とすと、中から蜂がぶわーっとでてきて囲むんで。スズメバチは熱くて死んでしまう」。熱殺といわれるニホンミツバチが集団で天敵に立ち向かう行動を何度も再現させたことがあると、子どものように話してくれました。

またニホンミツバチは周辺環境にも影響を受けやすい繊細な面もあると、苦い思い出も話してくださいました。10年ほど前、何の前触れもなく蜂が減り、巣箱の中の蜜が腐り、とうとう全ての巣箱から蜂の姿がぷつっと消えました。数年後、農作業をしていたところ蜂の群れが見つかり、無我夢中でブンコウを持ちだし、ブンコウに羽音が戻ったときには本当に嬉しかった、と。ネオニコチノイド系農薬の影響のようだ、と今でも蜂が消えてしまう不安を拭いきれない久喜さん。花や蜜を求めて、蜂は今日も元気にブンコウから飛び立ちます。
久喜さんによると、今年は豊蜜になりそうです。理由は花が最も咲く時期に雨が少なかったから。雨が続くと蜂が花粉を集める前に、花が落ちてしまうのだそうです。現在3年待ちが続いている久喜さんのハチミツですが、2年待ちくらいに短縮されるかもしれませんね。

  • 久喜さんのハチミツの生産量は一年間に30〜40升。一升26,000円で予約販売中(詳しくはお問い合わせ先まで)
  • 同様に、久喜さんも加盟する椎葉村公認のニホンミツバチ生産者の会「プロジェクトハニー推進協議会」がつくるハチミツ
    『椎葉の秘蜜』は、平家本陣でも発売中。250ml入り3,300円。通信販売も行っている。
  • ブログページ―おいしい野菜の見え方
  • 取材:大角恭代

    小林市在住。大学卒業後、㈱ファーストリテイリング勤務。2011年2月Uターン。野菜ソムリエ。たまたま食べた無農薬無化学肥料栽培の文旦に衝撃を受け、おいしい野菜の育ち方に興味をもつ。おいしいと思う野菜があると畑にいき、生産者と想いを語る。

    夢は『いつでもどこでもおいしい野菜が食べたい、広めたい』。

PAGE TOP