「グレンデール市に慰安婦像が設置されたことによって日本人の子どもがいじめられている」というデマについて
9/1/2014 - 9:57 pm |ここに書くことは、ふつうに論理がわかる人なら当たり前すぎる話なのだけれど、いつまでたっても変なことを言う人が多いので、今後同じパターンの詭弁が出てきたときに「ここ見ろや」的に参照できるように書いておこうと思う。変なことというのは、グレンデール市に慰安婦像が設置されたことによって「在米日本人や日系人の子どもがいじめられている」というデマが右翼系メディアでさかんに宣伝されている件について。
わたしは、現地取材および各方面への問い合わせをしたのち、『週刊金曜日』6月13日号に寄稿したレポートにおいて次のように書いた。
グレンデール市の「慰安婦」碑裁判を報じる日本の保守系メディアは、「慰安婦」碑が設立されて以来グレンデール市において日系人の子どもに対するいじめや日系人に対する攻撃が頻発していることをよく紹介している(たとえば『週刊SPA!』2014年5月13・20日号「慰安婦像設置 米・グレンデールで起きている壮絶な“日本人イジメ”」)。しかし現地の日系人たちはみな口をそろえてそうした話は聞いたことがない、と答えた。グレンデール市警察およびグレンデール市教育委員会に問い合せても、そのような相談は一件も受けていないと返答があった。さらに、「慰安婦」碑訴訟の訴状にすら、日系人の子どもに対するいじめについては一切記載されていない。もちろん、通報や相談がないからといっていじめが一件も起きていない証明にはならないが、少なくとも広範に起きていることではないだろう。
ここでわたしが何を言っているのか理解できない、いや、わざと理解できないふりをしているネトウヨが多いのだけれど、あえて「かれらは悪意をもって読解を拒絶しているのではなく、ほんとうに理解力がないのだ」という設定に乗って、わかりやすく解説してみようと思う。
「慰安婦像が設置されたことによって在米日本人や日系人の子どもがいじめられている」という言明は、少なくとも二つの解釈が可能だ。
1)慰安婦像が設置されたことによっていじめられた在米日本人や日系人の子どもが、最低一人いる。
2)慰安婦像が設置されたことによって、おおくの在米日本人や日系人の子どもがいじめにあっている。
この言明が意図するところが1であるなら、わたしはそれをデマとして否定する根拠を持たない。たとえどこにもそうした相談や通報がなかったとしても、いじめを受けてもどこにも相談していなかったり、あるいは相談してもまともに応対してもらえなかったりして泣き寝入りしている可能性はゼロではないからだ。具体的な訴えがあればまだしも、現状では検証のしようがない。
いっぽう言明が意図するところが2であるなら、それが事実かどうかは、検証によってある程度の確信を持って判断することができる。なぜなら、仮に多くの被害者が泣き寝入りしたとしても、中には相談したり記者に話をする人が出てくるはずだからだ。個別のいじめは隠蔽されることがあったとしても、それだけ大規模に起きている事態が、しかもこれだけメディアの注目を集めている中で起きているのに、まったくなんの具体的な動きにもならない、ということはありえない。
前述の記事のあとに出てきた追加情報もあわせ、わたしが2がデマであると判断する根拠は次のようなものだ。
1)学校や教育委員会に被害者からの相談が一切ない。
2)警察に被害者からの相談や通報が一切ない。
3)現地の日系人コミュニティにおいて、噂のレベルでも、そういう話が一切ない。
4)知人が現地の日本総領事館に問い合わせたところ、なかなか話をしてくれなかったが、慰安婦像に関連した具体的な相談はない様子だった。
5)知人が日本の外務省に問い合わせたところ、現地からの報告は一切ない様子だった(東京新聞8月29日の記事もこれを裏付けている)。
6)現地で取材した複数の大手メディア記者がいじめの裏取り取材をしたが、一切見つからなかった。
7)日本の保守国会議員が現地を訪れ、困っている日本人や日系人の親との面談を希望したが、一人も会えなかった。
8)これまでのところ「いじめがあった」という報告は、すべて右翼団体や右翼メディアおよびそれらに同調する政治家経由であり、それ以外の団体、公共機関、メディアを通した報告が一度もない。
9)在米日本人や「新一世」日系移民らが慰安婦像の撤去を求めて起こした裁判(既に敗訴)において、かれらは像の存在が在米日本人や日系人の子どもに対するいじめや嫌がらせに繋がっているという主張を一切しなかった。
東京新聞の記事によって危機感を感じたのか、これまでグレンデール市の慰安婦像の撤去を求める活動をしてきた右翼団体「なでしこアクション」は「米国や豪州にいる在外邦人からの意見・情報」として、さまざまな意見とともに「いじめの実態」を報告している。意見は多数に及ぶが、そのうち慰安婦問題に少しでも関係していそうな「いじめ・嫌がらせ」と思えるものは、一件しかなかった。
アジア人がそれほど多くない地域に住んでいたとき、従軍慰安婦の署名活動がありました。その活動をしていた韓国人の子供が学年が下で小さい日本人の子供にいろいろ言っていたようです。アジア人が少ないこと、アジア人同士のけんかのように思われ、最初は学校の介入はありませんでした。ある日、韓国人のお子さんが手を出したのをきっかけに、学校が介入して、最終的には韓国人のお子さんが学校をかわることになりました。夫の転勤で今は別のところにすんでいるので、今現在のその地域のいじめの有無はわかりません。
確認しておくと、どんな歴史的経緯があろうと、人種や民族を理由としたいじめや暴力は認められない。しかしこの証言は「アジア人が少ない」地域で起きた事件についてのものであり(グレンデールをはじめロサンゼルス近郊にはアジア人は非常に多い)、さらに時期的にも少し前の話であることから、少なくともグレンデール市に慰安婦像が設置されたこととは無関係だろう。
米国において日本人や日系人を対象としたいじめや嫌がらせがあるかと言われれば、それはもちろんある。わたし自身も経験したことがある。歴史的経緯に絡んでというなら、慰安婦云々より「よくもパールハーバーを攻撃したな!」というパターンのほうが圧倒的に多いと思うけれど、まあ慰安婦問題に絡めた嫌がらせも中にはあるのかもしれない。
いずれにせよ、あれだけ「慰安婦像ができたせいで在米日本人や日系人の子どもがいじめられている」と煽っている右翼団体のサイトで、多くの人からの報告を集めたにもかかわらず、慰安婦問題に関係した報告がたったの一件しかなく、しかもその報告はグレンデールとも慰安婦像とも無関係だったということは、もはや2がデマであることに疑いの余地はないだろう。
しかし、1の可能性が少しでもあるのであれば、2がデマであるからといって「在米日本人や日系人の子どもがいじめられているというのはデマ」と言い切っていいのだろうか?と思う人もいるかもしれない。では実際に、「在米日本人や日系人の子どもに対するいじめ」について騒いでいる人たちがなんと言っているのか確認してみよう。
松浦芳子(杉並区議・「慰安婦像設置に抗議する全国地方議員の会」代表):
グレンデール市では慰安婦像設置後から急激に、韓国系住民による在留邦人への嫌がらせが急増した。(中略)それだけ嫌がらせは悪質なのでしょう。特に子供たちがターゲットにされ、韓国人に見つかったら『日本は(韓国人を)性奴隷にした卑劣な国だ』と言って唾をかけられる、と。それが毎日のように繰り返され『僕には汚い日本人の血が流れている』と言って机に頭を叩きつける子供もいたそうです。
吉田康一郎(前東京都議会議員):
グレンデール市では人口韓国人12000人の中、日本人100人というマイノリティの中、子供達は「お前は日本人か?」と聞かれ「そうだ」と答えると、「独島は韓国の領土!」「お前たちは日本人の汚い血が流れている!」唾を吐きかけられる日々だという。そして日本人の親子とも、日本人だという事を隠して生活をしているとおっしゃいました。日本人だと分かると、食べ物に唾を入れられるのは常識。どんないじめにあうかわからないので、英語でしか話さないと言いました。
(引用者注:グレンデールの人口に関しては間違い。最新の国勢調査によれば韓国人・韓国系アメリカ人ら1万人に対し日本人・日系人1200人。)
青山繁晴(ニュース解説者):
中韓の反日工作っていうのは例えば、カリフォルニア州の中に、嘘の少女像、いわゆる慰安婦に絡んで、実際にいなかった少女を、全然関係ないアメリカに建ててるってことは、もう皆さんご存知だと思うんですが、ところが現地に入りますと、それどころか、日本人の子供たちが、毎日毎日、ひどいいじめにあっていて(中略)唾をかけられたり、殴られたり、そういうことも含めた、具体的に被害のあるいじめを受けているのに、ところがその、日本人が少数派になってしまってるから、その、お子さんも、親御さんも、もうはっきり、こう被害を訴え出ることができないでいると。
(引用者注:青山氏の報道については青山氏が話を聞いたとされる在米日本人から異論が出ている。)
また、これらの主張を取り上げた『週刊新潮』3月6日号の記事「ラーメンにツバ!慰安婦像『グレンデール市』で韓国人の日本人イジメ」は「圧倒的多数の韓国系住民による苛烈な『日本人イジメ』」が起きているとし、『週刊SPA!』5月13・20日号でも「慰安婦像設置 米・グレンデールで起きている凄絶”日本人イジメ”」という見出しを掲げている。
これらのどれを見ても、「グレンデール市に慰安婦像が設置されたことによって在米日本人や日系人の子どもがいじめられている」と主張している人たちは、「慰安婦像設置をきっかけとしたいじめが(最低一件)あった」という1の意味ではなく、「慰安婦像が設置されたことによって、おおくの在米日本人や日系人の子どもがいじめにあっている」という2の主張をしているのは明らかだ。
まあ、もし仮にいじめが一件や二件あったというだけの話であったなら、個別に学校やコミュニティで止めさせるよう対処すればいいだけの話なので、このような騒ぎになるはずがない。右翼論者や政治家らは、事実かどうかわからないが可能性としてはゼロではない1の主張をしているのではなく、あらゆる証拠からほとんどデマであると断定できる2の主張を続けており、それが批判されると「1がないとどうして分かるのだ」と言い逃れようとしている。
そうまでして「自分たち日本人こそ被害者」と言い張ろうとしているのかもしれないが、ごく一般の在米日本人や日系アメリカ人にとっては迷惑でしかない。米国には日本人や日系人(というよりアジア人としてひとまとめにされることのほうが多いだろうが)に対する人種差別やいじめや嫌がらせは実際にあり、それぞれの現場において真摯な取り組みが必要とされているのに、わざわざ架空の「慰安婦像のせいで起きた凄絶いじめ」を捏造し、韓国人や韓国系アメリカ人に対するヘイトスピーチや歴史修正主義のための道具にされてはたまらない。
また、「在米日本人や日系人に対するいじめ」についてこれだけ大騒ぎしている人たちが、同時に日本国内における在日韓国・朝鮮人の子どもたちへのいじめを助長するようなヘイトスピーチや宣伝を続けるのはどういうことか。そちらは実例がいくらでもある現実なのだが。
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