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「合法化」へと向かう米欧「安楽死」の現場 - 大西睦子

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「安楽死法」が成立しているベルギーでも、子供の安楽死合法化には激しい反対運動が (C)EPA=時事

 やがて訪れる「人生の終わり」。この瞬間を、私たち誰もが避けることはできません。愛する家族や仲間に、いずれかのタイミングで、最後の別れを告げなければなりません。非常に感情的な瞬間です。死にいく人の恐怖感や孤独感、残される家族や仲間の悲しみやストレスの大きさは計り知れません。その人生の終わりを決定するのは誰でしょうか? 自分で決めるべきなのでしょうか? それとも、家族、医師、あるいは政治家や法律家が決めるべきなのでしょうか?

「医師による自殺幇助」

 先日、スイスにおける「安楽死」の調査結果が、チューリッヒ大学の研究者より報告されました。調査によると、2008年から2012年までに、31カ国、611人が、安楽死のためにスイスの主にチューリッヒ州に渡航しています。その数は、2008年(123人)に比べ、2012年(172人)は39.8%増加しています。

 611人のうち約半分はドイツ(43.9%)、続いて英国(20.6%)、フランス(10.8%)の渡航者が多く、全体の58.5%は女性で、平均年齢は69歳(23−97歳)でした。安楽死を選択する原因となった疾患は、神経疾患(47%)が最も多く、続いて、がん(37%)、リウマチや心臓疾患でした。

Suicide tourism: a pilot study on the Swiss phenomenon,Journal of Medical Ethics,Aug.20

 ここで論じられている「安楽死」は、「医師による自殺幇助」を意味します。つまり、終末期の耐え難い苦痛を伴う患者さんの要請に基づいて、医師が致死量の薬剤を処方し、患者さんが自ら服用することです。現在、ヨーロッパではオランダ、ベルギー、ルクセンブルクの3つの国において、「安楽死法」として法制化されています。

 一方、英国、フランスでは安楽死は違法であり、ドイツでは、安楽死は法律では規制されていませんが、倫理的な理由から、医師が自殺の幇助をすることが事実上禁止されています。スイスでは、法律でも倫理的にも医師による自殺幇助が明確に規制されていないため、安楽死を目的とした渡航者が増えているのです。

「尊厳死」は「自然死」

 世界で安楽死が最も受容されている国は、オランダです。オランダのメディアによると、オランダでは、安楽死を選択する人は、2006年の1923人から着実に増加し、2012年には4188人(うち3251人ががん患者)で、すべての死亡の3%を占めます。増加の理由としては、医師と患者、また家族や友人など、さらにいえば社会全体に、安楽死を抵抗なく受け入れる風潮が広がってきたのだと考えられています。2012年には、自宅に医師を派遣する“安楽死の出張サービス”までもが導入され、約80%の方が自宅で安楽死を迎えています。

Euthanasia requests rose in 2012,DutchNews.nl,Sep.24,2013

Dutch euthanasia clinic offers mobile service,CNN,Mar.9,2012

Euthanasia cases in the Netherlands rise by 13% in a year,The Guardian,Sep.24,2013

 ちなみに、安楽死とは区別された「尊厳死」という死の迎え方があります。現代は医療の技術が進歩し、回復する見込みが全くない状況においても、生命維持装置によって命を保つことが可能になりました。しかし患者さんにとっては、延命治療は非常に大きな苦痛とストレスになる可能性があります。そのような無駄な延命措置を拒否し、人間の尊厳を保ちながら死を迎えることを「尊厳死」といいます。

 この尊厳死は、米国では「自然死」を意味しています。現在ほとんどの州で、「患者の人権」として、リビングウィル(生前の意思表示)に基づく尊厳死や自然死が、法律で許容されています。英国、ドイツやフランスでも、リビングウィルは法制化されています。

Healthcare and decision-making in dementia,Alzheimer Europe,Apr.27,2011

米国内では5州が合法化

 尊厳死までは認められている米国ですが、「医師による自殺幇助」である安楽死の合法化については、現在激しい議論が巻き起こっている段階です。冒頭で触れた今回のスイスの報告も、米国では様々なメディアが取り上げ、議論を呼んでいます。

 米国では、1994年、オレゴン州で「医師による自殺幇助」が法律によって認められましたが、すぐには米国民全体の理解は得られませんでした。その後14年が経過し、2008年にワシントン州において合法化され、さらに相次いでモンタナ州やバーモント州においても容認されました。そして今年、ニューメキシコ州も加わり、現在では5つの州で合法化されています。そしてオレゴン州では、1998年から2012年までに、計673人が「医師による自殺幇助」による死を選択しています。

 2013年、医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・ オブ・メディシン』に、ワシントン州のあるがん専門病院における「医師による自殺幇助」の詳しい状況が公表されました。

Implementing a Death with Dignity Program at a Comprehensive Cancer Center,The New England Journal of Medicine,Apr.11,2013

 その調査結果によれば、ワシントン州で合法化された2008年から2011年の間に、彼らのプログラムに問い合わせをしてきた余命6カ月未満の末期のがん患者114人のうち、40人が自分の意思で致死量の薬の処方を受け、うち24人が実際にその薬を服用したことによって死亡しました。

 米国での議論の場合、「医師による自殺幇助」に対する反対意見として、低学歴、貧困層のいわゆる社会的弱者や精神的疾患の患者さんへの乱用が懸念されています。しかし、このがん専門病院でのケースを分析してみたところ、「医師による自殺幇助」を選択して死を迎えた人たちの大半は、教育水準の高い白人男性であり、それまで自分の人生をコントロールしてきた、がんに苦しむ患者さんでした。

 また、仮に精神疾患の可能性がある場合、専門医などのカウンセリングを受けなければならず、そこで患者自身に判断能力がないと診断された場合は、致死量の薬の処方を受けることができません。セーフティネットともいえるそれなりの仕組みも確立しているようです。

 この調査報告によって、結果的に、同プログラムは患者と医師双方に肯定的に受け入れられてきているとの評価を受けているようです。恐らくは今後、「医師による自殺幇助」は、他の州でも相次いで合法化されていくと思います。

まずは日本でも議論を

 こうして見てきた通り、文化や歴史などが異なる各国で、安楽死に対する考え方は様々です。ただし、多くの欧米諸国では、リビングウィルによる尊厳死は自然死だと考えられていることは紛れもない事実です。それが現状です。

 翻って日本の医療現場では、患者さんが急に重篤になったときに、リビングウィルが明らかではないため、家族も医師も混乱することがいまも多く認められます。どうしても感情的になってしまうそのような状況において、誰もが冷静な判断を下すことは非常に厳しくなります。

 私自身は、少なくとも20歳以上の成人は、誰もが人生の最後を自分自身の意思で決める権利があるべきだと思います。そのためには、早急に、医療現場におけるリビングウィルを法制化する必要があると思います。その前段として、日本でももっと安楽死についての議論が活発化することを願っています。医療現場でばかりではなく、社会全体で、そして国会の場でも、おおいに議論すべきだと思うのです。

大西睦子

執筆者:大西睦子

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、2008年4月からハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。

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