内科医・酒井健司の医心電信
2014年9月 1日
前回は、夕張市では心疾患、肺炎、がんによる死亡率が減少したのにも関わらず、総死亡率はそれほど変化しなかったという話をしました。
心疾患、肺炎、がん以外による死亡が増えたということになりますが、いったい何による死亡が増えたのでしょうか。実は、平成15~19年から平成20~24年にかけて大きく増えた死因があります。老衰です。
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平成10~14年の老衰のデータはありません。平成15~19年の夕張市の老衰の標準化死亡比は男性はゼロ(つまり老衰と死亡診断された男性はいなかった)、女性は40です。全国と比較して夕張市では老衰による死亡がきわめて少なかったのです。
ところが平成20~24年では男性は239.2、女性は182.2と激増しました。ちなみに同時期の北海道における老衰の標準化死亡比は60強で男女ともに大きな変化はありません。
夕張市で老衰死が増えたのは、住民が健康になって他の病気で死ななくなったからではありません。以前は病院で検査を受け積極的に診断名がつけられていたのが、検査を控えるようになったからでしょう。
前々回に述べたように、全国レベルでも徐々に老衰死は増えていますが、夕張市ではこの変化が劇的に起きたのです。財政破綻に伴う「医療崩壊」をきっかけに医師が交代したためだと思います。
死亡直前の検査が減ったことは、医療の質の低下とはつながりません。病院で検査を受け高度な医療を受けるよりも、自宅で安らかに亡くなる方がよい場合だってあるでしょう。医療崩壊後、夕張市は医療費や救急車の出動回数が減ったにも関わらず、総死亡率は悪化していません。村上智彦先生や森田洋之先生の努力のたまものであり、素晴らしいことだと思います。
ただ、一つ残念なのは「病院がないほうが死亡率が下がる」という不正確なキャッチフレーズが広まってしまったことです。
「病院がないほうが死亡率が下がる」というキャッチフレーズは誤解を招きます。「現代医学は間違っている。病気は病院が作っている。高血圧の治療やワクチンは不要である」といった反医療に利用されることを危惧します。実際には、夕張市で行われている予防医学は、高血圧や糖尿病の管理、肺炎球菌ワクチンの接種などの現代医学に基づいたものです。
さらに付け加えるなら、「病院がないほうが死亡率が下がる」というキャッチフレーズは、医療費の削減にも利用されかねません。
在宅での「平穏死」が病院での死亡よりも常に素晴らしいとは限りません。病院で死にたいという人もいるでしょう。胃ろうを造ってでも長生きしたい人もいるでしょう。家族の社会的な事情で在宅介護がどうしても無理という人もいるでしょう。平穏死も選べるという選択肢が広がるのは良いことですが、お金がないからと平穏死を強制されるのは良いことではありません。
こうした点を踏まえて上でなお、夕張市の取り組みは価値のあるものです。延命だけではない選択肢があるということはもっと知られても良いと思います。
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