2013年5月に起こった、大阪市の小学校体罰事件。校内にナイフを持ちこんだ生徒を校長が叩き、戒告処分となった。事件から1年あまりを経て、本校長が初めて口にする、児童を叩くまでの経緯と、辞職を決めたその理由。長年体罰問題を取材してきたノンフィクションライター・藤井誠二と、評論家・荻上チキが事件の謎に迫っていく。TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」からの抄録。(構成/若林良)
メディアを中心とした、表面的な議論の氾濫
荻上 2012年12月、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のキャプテンが、体罰を苦にして自殺した事件がありました。今回とりあげる事件は、その半年後に起きたものです。
校内にナイフを持ち込み同級生を脅した小学6年生の男子児童らの頭を叩いたとして、校長が戒告の懲戒処分を受けます。その後校長は「深く反省している」として依頼退職。桜宮高校の事件を受け、教員の体罰をめぐって厳しい目が注がれていた中で、「問題はない」「なぜ処分をしたのか」といった批判の電話やメールが教育委員会に多数寄せられたとのことです。
長年体罰問題の取材を続けてきた、ノンフィクションライターの藤井誠二さんが、この事件に関心を持ち、取材を進めたところ、当時の報道では伺えなかったさまざまな背景や事情が浮かび上がってきました。そこで今夜は、体罰問題を考える1つのヒントとして、この事件について考えてみたいと思います。
スタジオには藤井誠二さん、そしてこの事件の渦中にあった元小学校校長の男性にもお話を伺います。実名で証言に応じるのは今回が初めて、また放送メディアへの出演も初めてとなります。さらに、大阪市教育委員会からも文書で質問に答えていただいています。では、ゲストをご紹介します。ノンフィクションライターの藤井誠二さんです。
藤井 こんにちは。よろしくお願いします。
今回の問題は最初、断片情報しかなかったんですよね。小学校の校長が、ナイフを持ってきた生徒の頭をひっぱたいて戒告処分になった。戒告処分は、文書で注意されるという一番軽い処分なので、これで辞める必要はないですし、懲戒免職でももちろんないんですね。
事件の断片が報道されると、「校長は処分されるべきじゃない」とか、「これは体罰じゃない」とか、そういう表面的な議論に終始してしまいます。どういう背景があったのか、どういう構造があったのかといった議論にはほとんどならない。そして、メディアもメディアで、表面的などこからどこまでが体罰なのかとか、これぐらいは体罰じゃないということを問題提起して、事件のディティールがぜんぜんわからなくなる……。
当時は退職されて「元校長」になっていた校長先生にお目にかかって、3か月間ずっとお話を聞きに行きました。できれば、他の子どもたちやその両親、当該学校の先生にもいろいろ話を聞きたかったんですけど、なかなかこういう問題はデリケートだし、取材に応じてもらえないことが多かったんですね。そこで、校長先生にずっと取材をしてきたんですが……。もう名前は言っていいんですか?
荻上 いや、これからです。
藤井 川本隆史さんという方です。今まで、顔も名前も出せなかったんですね。何度かメディアでインタビューを受けておられましたが、けっきょく名前も顔も出して語ることはを避けられていました。
どうして今回、この番組でお名前を出すと決意されたかというと、やはりメディアの報道に違和感があったからだと思います。きちんと、どういうことがあって、なぜこういうことが起きたのか。そして当人はどういう気持ちだったのかまで自分自身の声と言葉で踏まえないとダメだな、と。今回、川本さんは事件後初めて実名でお話をされることになりましたし、私もこの問題をここで詳細に話したいと思っています。
最初は「体罰事件」ではなかった
荻上 メディアに関しては、産経新聞の報道がわかりやすかったと思います。校長じゃなくてナイフを持ってきた児童こそ処分すべきだ、今回の処分は行き過ぎだという論調のもので、実際にナイフを持ってきた児童が、ろくでもない加害者だっていう前提があってのものだったんですね。
市教委では「体罰を許さない学校づくり」を掲げており、人事担当者は「このような状況で、教員を指導する立場にある校長が体罰を加えた責任は重い」と批判する。
一方で、ナイフを持ち込んで脅したとされる男児に対する処分などは行われなかった。学校教育法では「出席停止」という行政処分が規定されているが、適用には「繰り返し他の児童に傷害を与え、他の児童の教育に妨げがある」などの条件があり、今回のケースは該当しないと判断したためだ。警察への届け出も「すでに事態は収束している」として見送られた。
桜宮高校の問題発覚以降、小中学校で児童生徒が教員に対して「手を挙げたら体罰になる」などと挑発するケースが相次いでいるといい、中学校校長は「現場の教員は過敏になっている。今回の事案で懲戒になるなら、教員は『触らぬ神にたたりなし』と考え、児童や生徒との関わりが薄まるのではないか」と懸念する。
日本教育再生機構理事長を務める八木秀次・高崎経済大教授も市教委の懲戒処分については批判的だ。
「手をあげた行為は教育的指導として間違っておらず、校長は教育者として立派な方だと思う。文科省の通達で体罰に相当する以上、何らかの処分はしなければならないが懲戒は市教委の過剰反応だ。教員が萎縮して指導できなくなり、子供は増長する」
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130826/wlf13082607000000-n3.htm
藤井 その報道を知った当初は体罰ではない「緊急避難」にあたるケースなのかなと思ったりもしたけれど、川本さんから話を聞いてみると、ナイフを持ってきたという生徒は、もともと人とコミュニケーションをとりづらい、先天的な性格があったんですね。それが原因でからかわれるといったいじめもあった。彼をふくめた仲のいいグループが6、7人いるんですが、その中で靴を隠されたり、ボールを当てっこする遊びで、その子が嫌がらせを受けたこともあったりとか……。
そういうことがあると、やっぱり自分がいじめられているってわかるでしょ。それで、その子がついに耐えられなくなって、ナイフを持ってきちゃった。そのナイフは、もちろん使えば刺さりますけれども、よくゲームセンターで使うようなやつです。でも「どうだ、すごいだろ」ってかんじで脅したりしたら、やっぱり近くにいた女の子たちは怖くなって、トイレに逃げ込んだと。
担任の先生は「生徒の言っているのは自分のカッターナイフのことだろう」と思ってしまい、自分の机の引き出しを確認したらあったので、「子供たちが勝手に騒いでいるだけだろう」とそのときはすぐに取り合わなかったんですね。でもそうしたら子どもたちは校長先生のところに報告をした。それで校長先生がこりゃいかんとなって、その子のところへとんでいって、ナイフを持ってきた理由を聞いたんです。その上で、(放課後に)その子をいじめたりからかっていたりした子たちも全員集めて、「人としてやってはいけないことだ」と、頭を一発ずつバンバンとひっぱたいていった、と。
荻上 ナイフを持ってきた子も、そのきっかけとなった「いじめ」に加担していた子も含めてですか?
藤井 そうですね。何人かの子をかなり激しく叱責したそうです。そのとき担任の先生も呼んで、怒る姿を見せています。また、保護者の方にも後で連絡するように、とも担任に指示をされています。
荻上 アフターフォローを、担当の先生に指示したわけですね。
経緯としては、子どもたちは最初、担任の先生に言ったけれど、まともに取り合ってもらえなかった。そのために、校長先生のところに直接きたということですよね。
藤井 そうです。だから川本さんとしては、結果的に自分が正面に出なければいけなかった。
ぼくは最初、緊急の危機を回避するためにひっぱたいたと思っていたんですけど、そうじゃなかったんですね。お説教のあとに叩いていた。こういうことって、断片的な情報だけじゃわからないでしょう。記号的な情報だけが独り歩きすると、内実が全然わからないことになる。
で、戒告処分のあと、最初はナイフを持ち込んできた生徒のことが校内では問題になったんですね。その子は当日、持っていたハサミを投げつけちゃったこともあったんです。すると「学校や校長の指導がなってない」「運営がなってない」という保護者からの抗議がわっとくるんですよ。そのうちにハサミを投げられた子の親やナイフを持ってきた子の親が川本さんの振るった体罰を区役所や教育委員会に報告をする展開になった。ここでこの事件が明らかになったわけです。
つまり、この事件は最初、体罰事件じゃなかったんですね。まずナイフを持ちこんだことが学校の中で問題になって、途中で親と先生たちがぎくしゃくして、結果として「体罰事件」という形で外に出ていった。すごくざっくりいうと、そういう感じなんですよね。
荻上 なるほど。そのうえで、そもそもの生徒の特性、いじめの経緯、教師間の連携が取れてなかったといった話は、そこの段階ではあまり……。
藤井 そうですね、そういうことはマスコミ報道からは全然伝わってきませんでした。
荻上 従来から、体罰は正義なんだと考えている人が体罰をふるったという話ではないし、ナイフを持ち歩いている児童が暴発したのを止めようとしたという話でもない。
藤井 そうですね。その後にナイフを持ってきた子どもや保護者と、校長先生は関係性を修復しているんです。でも当然メディアでは伝えられていない。当時は桜宮高校の問題がすごく大きかったんで、やっぱり川本先生もそれと同じように見られる点があったんですよ。
荻上 やっぱりある問題がクローズアップされると、関連するものが起きたときには、同じフレームで扱われてしまうんですね。「またもや」「再び」扱いで。
藤井 そうなんですよ。ご本人も「全然違う」という思いもあったし、ジレンマもそうとうあったんですよね。
川本先生は戒告処分になるんですけど、一番軽い処分だから、別にやめる必要はないわけですよ。頑張ってほしいという声も多かったし、教育委員会の信頼も厚かった先生なので。だけどやはり、責任は重いと思ったんですよね。それで、やっぱり辞職をするしかないと。次の新しい校長にバトンタッチをする形で、準備をして自分から辞職をする、そういう形をとりました。
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