たかの友梨に対して声を上げた当事者たちが求めていること
上西充子 | 法政大学教授
相談ホットラインの実施を伝えるエステ・ユニオンのホームページ
高野友梨社長の従業員に対する詰問
エステサロン大手「たかの友梨ビューティクリニック」の職場環境改善を求めて動いた従業員に対する高野友梨社長の詰問の様子が録音データと共に報じられ、大きく注目されている(※)。
つぶれるよ、うち。それで困らない?この状況でこんだけ働けているのに、そういうふうにみんなに暴き出したりなんかして、あなた会社潰してもいいの
この事態を前にして、ツイッターを見る限り、「嫌なら辞めればいいのに」と従業員を批判するコメントはほとんど見られない。かわりに多く見られるのは、労働基準法を守れないような会社なら潰れればいい、と高野友梨社長の経営姿勢や今回の言動を批判するコメントだ。
しかし、声を上げた従業員たちが求めているのは、たかの友梨が潰れることではなく、働きやすいエステ業界をつくることだということを、私たちは忘れてはならないだろう。
今回の事態の経緯
今回の事態について、エステ・ユニオン(ブラック企業対策ユニオンエステ支部)のホームページやブログ、上述の朝日新聞報道や毎日新聞報道から事実関係を時系列で整理すると、下記の通りだ。
- 5月7日:ユニオンがたかの友梨(不二ビューティ)と第1回団体交渉を実施。
- 6月27日:第2回団体交渉を実施。
- 7月25日:第3回団体交渉を実施。
- 7月26 日:ユニオンがブログを公開。
- 8月5日:仙台店の女性従業員からの申告を受けた仙台労働基準監督署が、「たかの友梨ビューティクリニック」を経営する「不二ビューティ」に対し、違法な残業代の減額や制服代の天引きなどの是正を勧告(勧告内容)
- 8月15日:ユニオンがたかの友梨ビューティクリニックの全サロンに手紙を送付(表面および裏面)。
- 8月21日:翌日の記者会見のことを知った高野社長が、仙台市を訪れ、仙台店の従業員15人や店長らを飲食店に集め、約2時間半にわたり持論を展開し、女性を名指しして、組合活動を非難。
- 8月22日:是正勧告・行政指導の具体的な内容について確かめるため、ユニオンが仙台労働基準監督署からの聞き取りを実施。仙台店に対し、仙台労働基準監督署が残業代の減額などの是正勧告をしたことについて記者会見。当日から翌日にかけて、仙台放送や読売新聞などで報じられる
- 8月27日:仙台店の女性従業員が、厚生労働省に公益通報者保護の申し立てる(申立書全文)。ユニオンが宮城県労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てる。公益通報保護法違反と不当労働行為について、厚生労働省にて記者会見。NHKや朝日新聞などで、報じられる。
この経緯からわかる通り、従業員は団体交渉や労働基準監督署への申告という適切な形で自分たちの労働環境の改善を求めてきたのであり、その行為は何ら非難されるべきものではない。
しかし、高野社長はそれを、「いきなり、会社誹謗の反旗を掲げる」ものと捉え、そのように自らが全店に伝えたFAXを8月21日に仙台店の従業員の前で管理職に読み上げさせていた。
ユニオンはともかく、働きやすい会社を作りましょうと、正義という名を借りて、自分の要求をしてきます。また、長年勤務してくれていたベテランセラピストが、職場にいながら、会社に矢を向けています。勤勉で、心あると思っていた社員が、いきなり、会社誹謗の反旗を掲げる。創業36年、初めてのことです。
その翌日の8月22日に労働基準監督署の是正勧告についてユニオンが記者会見を行い、その内容が報じられた。8月23日の毎日新聞の報道によれば、不二ビューティ側は「勧告を真摯に受け止め、適正な労使関係の確立に取り組む」とのコメントを寄せている。
しかしその後の8月27日に明らかになった8月21日の高野友梨社長の言動を見ると、「勧告を真摯に受け止め、適正な労使関係の確立に取り組む」とのコメントはあくまで表向きのもので、このままでは不二ビューティが「適正な労使関係の確立に取り組む」とはとうてい思われない。そのため、声を上げたものが不利益を被ることがないように、また、ユニオンを通じた団体交渉が円滑に行われるために、公益通報者保護の申し立てと不当労働行為の救済の申し立てが行われた、というのがこの間の事情だろう。
その後ユニオンは、8月29日にエステティック業界の労働相談ホットラインを実施している。9月1日にも同ホットラインを実施するという(http://esthe-union.sblo.jp/article/102877797.html)。
団体交渉を通じた労働環境の改善
昨年11月20日に日テレで放送された「ダンダリン労働基準監督官」第8話には、竹内結子が演じる段田凛と松坂桃季が演じる南三条の二人の労働基準監督官が、労働基準法第1条を読み上げる印象的な場面があった。
第一条 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。
○2 この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。
がまんするか会社を辞めるか、選択肢は2つしかないというのは間違いだと段田凛は語る。言うべきことは言い、職場を良くしていこうという3つ目の選択肢があるのだ、と。その3つ目の選択肢を可能にするのが労働組合であり、労働者が団結する権利および団体交渉その他の団体行動を行う権利(労働基本権)は日本国憲法第28条によって保障されている。そして労働基本権を侵害する使用者の行為は労働組合法第7条によって不当労働行為として禁止されている。
エステ・ユニオンの従業員たちが求めているのは、長すぎる労働時間、取れない休憩、取れない休日、自腹購入やサービス出勤の強制、急な異動命令、産前産後休業・育児休業の取得妨害などの労働問題を改善し、「ずっと働き続けたい!と多くのスタッフが思える職場環境を作りたい!」ということだ(http://esthe-union.sblo.jp/)。
辞めることでも、会社が潰れることでも、働きやすい職場環境は実現しない。働きやすい職場環境の実現のために、ユニオンは粘り強く、団体交渉を続けようとしている。その彼女たちの思いを、受け止めたい。
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※ 8月29日のTBSニュース「たかの友梨」めぐり申し立て、社長が内部告発者圧迫か?によれば、不二ビューティ側は、「音声が当社の代表取締役のものであることは確認しておりません。不当労働行為とされるような行為はしていないと認識しております。ユニオン側が開いた会見は、把握しているかぎりでは事実と異なるところが多々あります」とコメントしている。