神様のネタ帳

カラスの爪めっちゃ怖い。

バイオゴリラネタに物語文法は適用できるか

最近、「バイオゴリラ」という単語が、Twitter上でよく見られるようになった。 ツイート内容はだいたいの型が決まっていて、何らかの不条理・不愉快な事物に対してバイオゴリラが鉄槌を下し、カタコトで決めゼリフを言うというもの。簡単に調べたところ、「恐らくこれが元ネタだろう」というツイートを含むまとめが出てきた。

 

多分これが、突如TLを埋めた暴力制裁するバイオゴリラの正体 元ネタは特に無かった - Togetterまとめ


相川啓太氏は同じく、ご自身で「バイオゴリラbot(公式)」なるアカウントを運用しているようなので、おそらく氏のツイートが発祥であることに間違いはなさそうである。

※ところでこのバイオゴリラネタ、私にはいまいちよく馴染みのない感じがする。ツイート検索をしたところ、「バイオゴリラって何?ニンジャスレイヤーのネタ?」というようなつぶやきも散見される。そう、「バイオゴリラは何なのか」というのが非常に分かりにくいのだ。

しかしながら、この記事の目的は「バイオゴリラとは何か」を規定することではない。 そもそも私がバイオゴリラに興味を持ったのは、以下のツイートが原因である。



このツイート内容が真実だとすると、バイオゴリラネタは時間を追うにつれて、その内容を徐々に変化させているというのである。

物語の構造に関しては、過去、いくつかの研究がなされている。
有名なのはBartlett(1932)の実験である。実験の方法は、ある物語を被験者に聞かせ、時間をおいてから、その内容を被験者に思い出させる(語ってもらう)というもの。このときのポイントは、使用した物語が被験者に馴染みの薄い物語だったということである。

……と、ゴチャゴチャ言ってても面白くないので、結果だけ述べると、

「人は、山なしオチなし意味なしの物語を聞かされた場合、それを思い出すときに、勝手に分かりやすい筋書きに変えてしまう」

というもの。一般的な昔話はだいたい、『悪者がいて、困ってる正直者が何らかのアクションを起こし、勧善懲悪、幸せになりました。めでたしめでたし。』という筋書きに乗っ取っていることが多い。その筋書きに、勝手に当てはめてしまう(登場人物の一人を悪者にしたり、行動の動機付けを付け加えたりする)というのである。

と、こういう実験を見て、おもしろく思ったので、今回は、バイオゴリラネタにおける物語の変遷を観察してみることにした。


まずは、ネタの爆発的な流行を生みだしたらしいツイートを見てみよう。

 

 

このツイートの要素を簡単に記述してみるとしたら、

①よくある昔話(ベース)

②バイオゴリラの登場

③決めゼリフ

④戦闘を予期する終結部

といったところか。分析が荒々しすぎるがブログなので勘弁されたし。

次の日になると、このようなツイートも登場する。

 


このツイートでは、①のよくある昔話部分が、現代を舞台とした「あるあるエピソード」に入れ替えられている(飲食店で恫喝するワケワカラン客というのは、ある程度よく知られた存在である)。そして、④の終結部は削られている。

その後、バイオゴリラツイートはおおむね、初めのパターン(昔話ベース)、二つ目のパターン(現代ベース)を踏襲したものが続く。

替え歌の一部にしてみたり、他のコピペネタと組み合わせたり、ニンジャスレイヤーネタと勘違いしたり、といったものもチラホラ登場し始める。

襲撃される対象はコミケの徹夜組だったり、労働基準法を遵守しない会社だったり。その他いろいろな不快の対象がバイオゴリラの餌食となるのだが、物語の構造は「大きくは」変化しない。

「大きくは」と書いたのは、ツイートから2日経った8月15日ごろに、小さな変化が見られ始めるからである。以下のツイートを見てみると、なんだか初めのツイートより短く、構造が簡略になっている。

 



とくに、④の終結部が省略される傾向がこのツイート以外にも数多く見られた。表現の面に目を向けると、バイオゴリラの暴力に関する描写がだんだんと簡略化している。「六本腕で殴りまくる」とか、バイオゴリラの身体的特徴の中でもっとも際立ちの高い「六本腕」による攻撃だけが構造として残留しているといった具合だ。

さて、そのようにゆるやかな簡略化と、他のコピペとの融合を起こしながら今に至るのだが(その後トップツイートをザッと見てみたが、とても変化が緩やかなので、特筆すべきことはなかった)、現在の状況を見てみよう。

 

 

物語の構造としてはそこまで変化がないが、セリフの後の④終結部が復活している。

しかし、この終結部は「その後の戦闘を予期させるような不穏なもの」ではなく、「これがジャングルの摂理なのだ!」「○○を、○○を、○○を、打ち砕く!」といった、②のバイオゴリラの登場を分割し、②'としているような内容である。

 

また、バイオゴリラの襲撃対象も大きく変化している。このツイートが流行し始めた頃は、よくある昔話の登場人物(おじいさんなど)、社会でよく知られた不快な存在(ブラック企業や迷惑行為を行う人)が襲撃対象だった。

しかし、8月23日〜25日あたりのツイートを見ると、襲撃対象が、

①「締め切りを守れない自分」「バイオゴリラネタを使う人」「オタク」などといったメタ的な自己

②ちょっとした言い間違いを犯した人

というように変化している(昔話ネタはほとんど見られない)。

 

そして、緩やかな変化はバイオゴリラの人格にも及ぶ。以下のツイートを見てみよう。

 



このツイートでは、バイオゴリラはオタサーの姫(女性が一人もいない、閉鎖的なサークルにおいてチヤホヤされている女性)を襲撃しているが、そのセリフもさることながら、「バイオゴリラがオタサーの姫を悪と認識している」という属性がより強く付加されているように思える。

少なくとも初出のツイートでは、バイオゴリラが怒る対象は、バイオゴリラの住環境とされるジャングルを破壊する者だった。つまり、「自分に不利益を生じさせる人間を葬る」バイオゴリラだったのである。

しかし、そのネタのフィールドが昔話のベースを離れ、現代に移ったとき、バイオゴリラが怒る相手は、ブラック企業など、「バイオゴリラには不利益を生じさせないが、社会的に悪とされる者」に移り変わった。義賊としての性格がより強くなったわけである。

そして最終的には、バイオゴリラの襲撃はこのツイートに見える「オタサーの姫」のように、「法を犯しているわけではないが、不愉快な存在と見なされがちな者」や、「締め切りを守れない自分」にも及ぶ。こうなると義賊というよりは、「腹立たしい存在に対し、自分に成り代わって制裁を下す」くらいの抽象的な存在である。

 

これまでの観察をまとめてみよう。

 

・物語自体の構造は大きくは変化しない

・細部は徐々に簡略化し、際立ちの高い特徴は残留する

・バイオゴリラに付与される役割が次第に変化する

 

そもそも私が興味を持つきっかけとなった「バイオゴリラに特定のキャラ付けが行われ始めた」という部分は、最後に述べた観察に関連があるのだろうと思う。

 

さて、このような変遷を辿ったバイオゴリラネタは、既存の言語学における理論に当てはまるのだろうか。

答えはイエスであろうと思う。まだ原典に当たっていないので、孫引きになってしまうが(ブログなので勘弁して)、Thorndyke(1977)の指摘によれば、「物語文法に適合した物語ほど理解しやすく、記憶しやすくなる」とのことである。バイオゴリラネタは、

①悪者の存在

②それを裁く者の登場

③スカッとしてEND

という、勧善懲悪モノの構造を踏まえている。そのため、容易に内容が理解され、広まったものと考えられる。

 

また、改変ネタを生み出す場合についてだが、人間の記憶というものは、

・構造をよく理解していれば骨格のみが残り、

・理解できていなければ細部のみが残る

ということが分かっている(出典を失念)。バイオゴリラネタは原典を容易に確認することができるため、この法則に当てはまると簡単に言い切ることはできないが、一年後くらいに思い出してもらったとき「あのほら、バイオゴリラが出てきて悪い奴をやっつける感じの」と言う再生産のされ方であれば前者だろうし、「なんかあの……ゴリラで……腕多いやつ……」という感じなら後者だろう。(ググるとき困るのは前者のほうである)

 

と、いうわけで、結論として、

 

「バイオゴリラのコピペは、初めは様々な変種が登場したものの、広まりながら細部が簡略化され、登場人物の役割なども微妙に変化していく

→したがって、Twitterコピペの流行には、物語の口承と共通する部分がある

Twitterコピペの流行にも物語文法は適用可能である

 

ということがかんたんに言える結果となった。

 

今回の調査の精度はあまり高くないので、可能性を示唆する程度にとどまっているが、もう少し時間と労力をかけて分析を行えば、物語の伝承経路に関する何らかのヒントを得ることができそうだ、としめくくっておく。