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「花子とアン」から考える軍用犬の真実、飼い犬はなぜ供出されたのか

2014年8月29日 09時00分

ライター情報:近藤正高

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「花子とアン」に先立ち、犬と戦争の関係を描いたNHKドラマ。2010年放送。獣医志望の学生・朝比奈太一(勝地涼)が、ひょんなことから飼うことになった「アルマ」という犬を軍用犬に育て上げ、戦地である大陸へと送り出す。しかし元の飼い主である健太少年(加藤清史郎)の気持ちを汲んで、太一自ら大陸に渡り、アルマを連れ戻そうとするのだが――。
主演の勝地のほか斎藤工、小栗旬、玉山鉄二、小泉孝太郎、池内博之などいまをときめくイケメンたちが多数出演。連続テレビ小説「花子とアン」でヒロイン・村岡花子の義父を演じた中原丈雄も、実在の満映理事・甘粕正彦をモデルにした人物を演じている。なお玉山は、連続テレビ小説の次作「マッサン」(9月29日放送開始予定)で主演する。

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NHKの連続テレビ小説「花子とアン」の昨日(8月28日)放送の第130回で、ヒロイン・村岡花子(吉高由里子)の家で飼っていた柴犬が軍用犬にするため供出される場面があった。時代設定は1938(昭和13)年、日中戦争が始まって2年目のことだ。

戦時体制下にあって、一般家庭で番犬や愛玩用として飼われていた多くの犬たちが供出されたというのは事実である。ただ、関連書をいくつか読んでいると、それはドラマでの設定よりもう少しあとの時期のことらしい。日中戦争が泥沼化し、太平洋戦争に突入しようかという1940年頃から、軍用犬以外の犬や猫は不要との声が上がり始める。配給される食糧が人々に満足に行き渡らなくなってきた頃の話だ。人間がろくに食べていないのに、犬猫を飼うなどぜいたくだというわけである。

その声は戦争の拡大にともない強まる一方だった。飼い犬にかかる税金(畜犬税)は上がり、警視庁は精肉店での犬の肉の取り扱いを認めた。米軍による本土空襲が始まり、敗戦色が濃くなった1944年には、軍需省と厚生省が野犬狩りとあわせて飼い犬の供出を徹底するよう通牒を出したこともあり、国民的規模で供出運動が行なわれるようになる。……と、こうして見ていくと、「花子とアン」での先述のエピソードは、史実にしたがえば少し登場が早すぎたかもしれない。

もう一点、ドラマと史実との違いをあげるなら、飼い犬の供出は軍用犬にするためではなかった。その名目には、軍需用の毛皮の確保や、狂犬病への対策、あるいは空襲時に犬が逃げ出して人間に危害を加えないようにすることなどがあげられた。いずれにせよ供出された犬は、処分されることが最初から決まっていたのだ。供出対象は、軍用犬・警察犬・猟犬など特別に許可された犬をのぞく、すべての犬に及んだ。

太平洋戦争末期の神奈川県では、供出に際して、せめてものお礼にと犬一頭につき牛、豚どちらでも百匁(375グラム)の肉を交付したという。当時すでに一般家庭では肉など手に入らなくなっていた。飼い主のなかには、犬を渡して肉の配給券を受け取ると、自分が帰って来るまでここにつないでおいてくださいと係りの人間に頼んで、大急ぎで肉を買って戻り、犬に食べさせようとした者もいたようだ。しかし、肉を鼻先に出されても、犬は予感がするのか一切口をつけず、結局その飼い主は犬の首へ肉の包みを結わえて帰って行ったという(今川勲『犬の現代史』)。

ライター情報

近藤正高

1976年生まれ。サブカル雑誌の編集アシスタントを経てフリーのライターに。著書に『私鉄探検』(ソフトバンク新書)、『新幹線と日本の半世紀』(交通新聞社新書)。一見関係なさそうなもの同士を関係づけてみせる“三題噺”的手法を得意とする。愛知県在住。

ツイッター/@donkou
ブログ/Culture Vulture

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