実質賃金が下がっているから、不況に向かってるんだってさ
桐島がそんなこと言うわけないじゃん。
というオープニング(前回の記事を意識して)の予定だったのですが、上のタイトルのほうが今回のポイントを要約しているので変更しました。
それはさておき、
日銀の大規模金融緩和が開始されて以降、実質賃金は下がっています。
図1
(厚労省、毎月勤労統計調査より。この実質賃金は、名目賃金指数を消費者物価指数(CPI)で割ったものです。2014年4月から、実質賃金が急に低下したのは、消費税の増税のためです。消費税の増税のために、CPIが4月から増えたため。)
このような実質賃金の低下を見て、日銀の金融緩和は雇用改善に効果を発すると言ってるが、そうなっていないじゃないかとか、実質賃金が低下しているので購買力が低下しているとか(――これはある部分正しい。しかしその低下の一番の原因は消費税増税です)、実質賃金が低下しているので、景気回復どころか、景気停滞に向かっている、と主張する人がいます。
しかし、実質賃金が低下していることは、景気停滞を示すのではなく、経済が景気回復期にあることを示しているのです(景気回復といっても、消費税のショックで怪しくなりましたが)。
なぜか。
景気回復期には、最初、実質賃金が下がるからです。
(景気回復期の賃金経路のもう少し詳しい説明については、サンフランシスコ連銀のこのレポート(拙訳)を見てください。)
景気回復期には、名目賃金の増加よりも、最初にインフレ率が上昇します。まず景気回復が期待できることから期待インフレ率が上がり、それに続いてインフレ率が上がるからです。また、金融緩和策で為替レートが低下すれば、エネルギー系などの輸入材の価格が上がります。
しかし、名目賃金の増加は遅れます。
その理由としては、企業は、将来の景気を判断するのに時間がかかり、その判断も慎重になり、最初は賃上げに慎重になる、ということがあります。企業が景気後退期に積み上げた負債を減らすことを優先するため、賃上げが遅れる場合もあります。
また、景気後退期に増加した失業者のプールがあるため、最初、企業は賃金を上げなくても労働者を雇用できます。失業率が低下し、人手不足感が出てきてから、賃金を上げ始めます。
そして、もうひとつの重要な要因、賃金改定が1年とか3年という比較的長い時間を経てしか行われないため、そもそも賃金改定の機会がなかなかやってこない、ということもあります。それと、企業側が一方的に賃金を決めている場合が多い(これは非正規雇用では特にそうです。そのため、本当に人手不足に直面しなければ賃金を上げない)。
このような理由から、名目賃金の増加は遅れます。そして、インフレ率が先に上がっていれば、実質賃金は下がります。しかし、これは景気が停滞しているからではないのです。
そして、景気回復期には、企業は将来需要が増えると予想し、雇用を増やします。実際現在雇用は増えています(これについては前の記事)。そして雇用が増えてくれば、次は名目賃金が増加します(実際すでに増え始めています。下の図を参照)。そういう点を考慮すれば、実質賃金が下がっていても、景気回復期にあると想定できるのです。
図2
厚労省、毎月勤労統計調査より
先に紹介したサンフランシスコ連銀のレポートは、さらに興味深い事実を指摘しています(このレポートは、アメリカの過去の3回の景気回復期における賃金の経路を検証したものです)。
景気後退期には、名目賃金の下方硬直性のために(日本では、アメリカに比べて名目賃金の下方硬直性が弱いですが)、実質賃金が高どまりしています。そのため、企業は賃金を下げたい欲求をかかえこんでいることになります。景気回復の初期は、企業にとって、その封じ込められた(pent-up) 欲求が満たされる時になります。つまり、景気回復で先にインフレ率が上昇し、実質賃金が下がるので、その欲求が満たされるわけです。さらに、この賃金を下げたいという封じ込められた欲求のために、景気回復期の初期には、失業率が低下しているのに、名目賃金までもが低下することがあるそうです。雇用している人を増やしているのに、名目賃金が下がるのです。景気後退期に失業者が増え、失業している労働者が多くいるならば、これは可能です。しかし、雇用される労働者が増加していく(失業率が低下していく)につれて、名目賃金は増加します。そして、名目賃金の増加率がインフレ率を超えれば、実質賃金も増加します。
この名目賃金の変化を、賃金フィリップス曲線で描くと(失業率と名目賃金の平面にプロットすると)、時計回りの経路を描く、ということがわかります(よく言われる、フィリップス曲線が時計回りに移動するという現象です)。著者たちは、アメリカの過去3回の景気回復期でこの賃金経路を確認しています。(下の図では、まだ2008年の大不況から回復しているとは言い難い。失業率(失業率ギャップ)は低下しているが、名目賃金が増加していない。このレポートは2013年7月のものです。それ以後のデータは書き込まれていません。)