挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界料理道 作者:EDA

第一章 最悪なる晩餐

⑤最悪なる晩餐(下)

*2014.8/26 追記
後書き部分の「お玉杓子」の項目に誤謬がありましたので訂正させていただきました。
「そうだよな。あんまり消化にいい話でもないし。厄介事は先にやっつけちまうか」

 俺がそう応じると、アイ=ファは「ふん」と鼻を鳴らしてから、かまどの横に腰を降ろした。

 片膝を立てたあぐらみたいな座り方だ。
 実に凛々しくていらっしゃるが、あんまり薄着の女の子に相応しい座り方ではない。

「……俺もちょっと身軽にならせてもらうぜ?」

 そう宣言してから、俺は前掛けの紐をほどいた。
 もちろん邪な考えなどを抱いたわけではなく、かまどに火が点いたあたりから、いいかげんに暑くなってきただけだ。

 それでも、アイ=ファの身なりや南国みたいな密林の様子から受ける印象よりは、そんなに気温は高くない。6月の日本から飛ばされてきた俺がちょっと暑いかなと思うていどなのだから、たぶん30℃前後なのだろう。
 夜も更けてきた現在では、もっと下がっているかもしれない。調理着の上衣と前掛けを外してTシャツ一枚の姿になると、窓から吹き込む夜風が心地好いぐらいだった。

「……おかしな装束だな。そんな格好をした人間は、宿場町でも見たことがない」

「うん、まあ、そうなんだろうな。俺もアイ=ファみたいな格好をした人間を見るのは初めてだよ」

 ごわごわとした毛皮の上で、俺もアイ=ファの正面にあぐらをかく。

「で? 俺に何を聞きたいんだ? 正直言って、俺自身がこの状況を把握できてないんだから、あんまり上手く説明できる自信もないんだけど」

「……お前は、どこからこの地に来た?」

 その質問は、2回目だ。
 日本という国の、千葉県から……という説明では、たぶん話が進まないのだろう。
 俺は、薄闇の中で山猫のように光るアイ=ファの瞳を見つめ返しつつ、言った。

「アイ=ファ。お前は俺を助けてくれたし、こうして家まで招いてくれた。行くあてもない俺を拾って親切にしてくれているんだから、俺はお前に感謝している。その気持ちに、嘘はない」

 それで?というようにアイ=ファは首を傾げやる。

「だから、すべてを正直に話す。あとは、お前が判断してくれ」

 そうして俺は、自分でも理解できないでいるこの身の上を、包み隠さず語ることになった。

 それなりに平和な国で、17年間、暮らしてきたこと。
 ある日、災厄に見舞われて、炎の中に飛び込む羽目になったこと。
 死んでしまった、と思ったら、さっきのあの森で何事もなかったみたいに目覚めてしまったこと。
 ここは自分のいた世界とよく似ているが、どこかが根本的に違っているようだ、ということ。

「……可能性としては、同じ世界のまったく見知らぬ土地に飛ばされただけってこともありうるんだけどな。死んだはずの俺がこうしてピンピンしているっていう一番の大問題を置いておくとしても、まだ辻褄の合わないことが多すぎる」

 と、俺は俺自身の胸中に渦巻く疑念をそのまま口にしてみせた。

「たとえば、いま俺たちが喋っている、この言葉だ。お前は、日本なんていう国のことは知らないんだよな、アイ=ファ?」

「……知らない」

「うん、その時点でもう俺には理解不能なんだよ。日本を知らない人間が日本語をぺらぺら喋れるだなんて、俺のいた世界では考えられないことなんだから。どうして俺たちはこんな風に何の問題もなく意思の疎通ができちまってるんだろうな?」

「…………」

「で、この世界には、お前たち森辺の民だけじゃなく、石の都やら西の王国だのってのも存在するんだろ? それは、どれぐらいの規模の国なんだ?」

「……私だって、石の都などに用はない。ギバの角と牙を売るために、石塀の外の宿場町まで足を運ぶぐらいだから、それ以外の話はただ伝え聞くばかりだ」

 そこでしばし沈思してから、アイ=ファは静かに言った。

「たしか……その石塀の中のジェノス城下には数千人の人間が暮らし、それを統治する西の王国セルヴァの城下には、星の数ほどの人間が暮らす、と聞いたと思うが……」

「ふうん。けっこうな規模なんだな。……その石の都の方々がどういう神様を崇めているか、とかはわかるかな?」

 この質問には、とてもけげんそうな表情を返された。

「セルヴァの民は西の神セルヴァを崇めているに決まっている。アムスホルンの大陸に四大王国あり。四大王国に四大神あり。アムスホルンに四大神の加護なき民は存在せず。神を持たぬ民はすなわち獣なり。……まさか、そのようなことすら知らないなどと抜かすのではなかろうな、アスタよ」

「残念ながら、知らないんだなあ。そんな名前の大陸も、王国も、神様も、俺はこれまで耳にしたこともないんだよ」

 俺は苦笑して、タオルに包まれた頭をかく。

「総勢500名の狩猟民族だとか、角を生やしたイノシシだとか、それぐらいだったらまだ、知らない俺が浅はかだっただけって可能性もわずかながらに残されてたんだけど……こりゃもう無理だな。残念ながら、結論は出ちまったようだ」

 まあ、そんな薄っぺらい可能性は、ごく最初の内からあきらめていたことなので、今さらショックを受けることはなかった。
 しかしそれは、やっぱり父親や幼馴染と再会できる可能性などなかったのだ、という真実を認めることでもあったのだ。

 俺はアイ=ファの、綺麗な青色の瞳を見つめながら、言った。

「現時点での、俺の結論を話そうか。……俺はたぶん、神様の気まぐれか何かで、こことは異なる世界から飛ばされてきちまった身の上なんだよ。意思の疎通に問題がないのも、神の見えざる何とやらってやつなのかな」

「…………」

「超古代なのか、超未来なのか、俺たちの世界とは違う進化を遂げたパラレル・ワールドってやつなのか、もっと根本的に異なる次元にでも存在する世界なのか……とにかくここは、俺の生まれ育った世界では、ない」

「…………」

「俺は、異世界からやってきた人間だ」

 と、実に舌になじまない台詞を吐いてから、俺は憮然と肩をすくめる。

「あるいは、頭を打ったか何かでそんな風に思いこんでる、気狂いなんだ。……答えは、この二つのどちらかしかないと思う」

「……自分が正気でないと、認めるのか?」

「認めないよ。俺にとっては、俺の生きてきた17年間がすべてなんだからな。そいつがすべて嘘っぱちだって言うなら、俺の存在そのものが嘘っぱちだ」

 こぼれ落ちそうになる溜息を飲み下しながら、俺ははっきりとそう言いきった。

 そう言いきるぐらいしか、俺にはなすすべがなかったのだ。

「念のために聞いておくけど、俺みたいな人間は他にいないんだよな? 俺の世界で死んだ人間は、みんなこの世界で生まれ変わる、なんて話は……」

「そんな馬鹿げた話が、ありえるわけはない」

「だよな。そんなシステムだったら、この世界が死人であふれかえっちまうもんな」

 俺はアイ=ファの真似をして片膝を立て、そこに頬杖をつかせていただいた。

「俺に話せるのは、以上だよ。後の判断は、おまかせする」

「……了解した」

 最後に俺の顔をひとにらみしてから、アイ=ファはおもむろに立ち上がる。

「……では、そろそろ頃合いだな」

「うん?」

「肉の煮える頃合いだ」

 そう言って、アイ=ファは重しの石と鍋の蓋とを取り去った。
 真っ白な湯気が、爆発的にたちのぼる。

「うわ、美味そうな匂いだな」

 俺もいそいそと立ち上がり、アイ=ファの肩ごしに鍋の中身を覗かせていただいた。

 丸鍋の底で、湯と肉片がグラグラ踊っている。
 湯気もすごいが、灰汁(あく)もすごい。まるで石鹸でもぶちこんだみたいにあぶくまみれじゃないかこりゃ。

「……って、もちろん料理も大事だけど、俺の話はもういいのかよ?」

 俺が問うと、頭半分ほど低い位置から、アイ=ファがにらみつけてくる。

「お前は、異世界から来た人間である。あるいはそう思い込んでいる狂人である。……それは、了解した」

「了解って、こんな突拍子もない話を信じてくれるのか?」

「……少なくとも、私を騙そうとしているわけではない、ということぐらいはわかる」

 アイ=ファは、ぷいっと顔をそむけて、足もとに転がっていた野菜を手に取った。

 あの、緑色のタマネギみたいなやつだ。
 アイ=ファが手に持ったまま小刀で寸断すると、中身も緑色だったが、質感はやっぱりタマネギそっくりだった。

 表面の乾燥した薄皮だけを取り除いて、アイ=ファはそれを鍋の中に放り込む。縦割りで真っ二つにしただけの塊を、どぼんと。

「お前は、大嘘つきではない。だからたぶん、狂人なのだろう」

 どぼん、どぼん。
 全部で5、6個はあったタマネギモドキが次々と投入されていく。

 その地獄の釜茹でみたいな光景を眺めながら、俺は「ありがとうな」とつぶやいた。

「何だそれは。狂人呼ばわりされて嬉しいのか、お前は?」

「ああ。少なくとも、大嘘つき呼ばわりされるよりは嬉しいよ。俺の言葉を一応は信じてくれたってことなんだし」

「……わけのわからんやつだな、お前は!」

 アイ=ファは怒った声で言い、今度はクリーム色のジャガイモモドキを手に取った。こちらは皮も剥かず、ただ表面に一筋切れ込みを入れただけで、どぼん。

 けっこう深い鍋なのに、あぶくが縁のぎりぎりまで盛り上がってくる。
 そいつをすりこぎみたいに太い木の棒でかき回しながら、アイ=ファはまた険悪な目つきを俺によこしてきた。

「……それで、お前はこれからどうするつもりなのだ?」

「ん? どうするつもりって?」

「この先、どのように生きていく算段なのだ? 元いた世界とやらに帰る手段でも探す心づもりなのか?」

「いやあ、そいつはどうだろう? 仮に元の世界に戻れたところで、そこは火事現場の真っ只中なのかもしれないわけだしなあ。戻った瞬間に火だるまじゃあ、わざわざ死になおしに帰るだけになっちまう。……くどいようだけど、あっちの世界ではもう俺なんて完全に死んでるはずなんだよ」

 それでも、親父に三徳包丁を返すことができるのならば、まだ生命をかける甲斐もあるのだが。俺が火だるまになるときは、たぶん三徳も火だるまだ。

「まあ、今はまだ考えもまとまらないよ。ていうか、俺の意思なんて関係なく、いきなり元の世界に引き戻される可能性だってあるわけだしな。何せどういう超理論でこんな愉快な現象が起きたのかもわからないんだから、このさき何が起きたって驚けないよ、俺は」

「……そうか」

「こんな厄介者を拾っちまったことを後悔してるなら、そう言ってくれ。今すぐにでも、ここを出ていくからさ。幸い、野宿がしんどい気候でもないようだし……」

「こんな森辺で野宿などしたら、ギバに踏み殺されたあげくムントに死骸をあさられて、明日には骨しか残らないだろうな」

 俺の言葉を断ち切るように、アイ=ファはそう言った。

「そして、私はお前と一緒にいる姿をディガ=スンなどに見られてしまった。これで四大神の存在すら知らぬようなお前が何か致命的な禁忌でも犯したりすれば、すべてが私の責任にされてしまう」

「ええ? うん、だけどそれじゃあ……」

「しばらくは、私の目の届かないところで勝手な真似をするな」

 おとぎ話の魔女みたいに煮えたった鉄鍋の中身をかき回しつつ、不機嫌きわまりない声で、アイ=ファが言う。

「最低限、この世の道理と森辺の掟ぐらいは頭に叩きこんでいけ。その後は、勝手に野垂れ死ぬがいい」

「わかった。……本当にありがとうな、アイ=ファ」

「だから! どうしてそこで頭を下げるのだ! 野垂れ死ねと言われて嬉しいのか、お前は!」

「嬉しいよ。今すぐ出ていけって言われるよりは」

 なるべく深刻な口調にならないよう気をつけながら、俺はそう答えた。
 そして、アイ=ファから一歩だけ遠ざかる。
 何だかこのままこの至近距離でその姿を見つめていたら、勢いあまって抱きすくめてしまいそうな気がしたからだ。

 それぐらい、俺は自身の行く末を不安に思っていたのだ。
 それぐらい、俺はこれまでのすべてを失ってしまったことに絶望していたのだ。
 そんな俺に、アイ=ファは「ここにいろ」と言ってくれた。
「嘘つきではない」と言ってくれた。

 まったくもってロクでもない運命を背負わされることになった俺であるが、それでも、この世界に来て初めて出会ったのがこの偏屈者の女の子であったということだけは、心から感謝する他なかった。

「……煮えたな」

 まだ少し怒っているような声で言い、アイ=ファは俺に背を向けた。
 今度は真ん中の扉の向こうに姿を隠し、戻ってきたときには、深皿の器とレンゲみたいな匙を二セットと、それに楕円形のレードル――いわゆる「お玉」みたいな器具を手にしていた。
 もちろん、どれもが木製だ。

 湯気とあぶくで真っ白になった鍋の底から、お玉ですくいあげた中身を器にどぼどぼと注ぎ、無言で俺のほうに差しだしてくる。

「ありがとう」

 胸はいっぱいだが、腹はぺこぺこだ。
 俺はありがたくそいつを受け取って、毛皮の敷布の上に腰を降ろした。
 アイ=ファが自分のぶんを取り分けるのを待つ間、興味しんしんで器の中身を確認する。

 白い、どろりとしたスープだった。
 見た目的にはクラムチャウダーみたいだが、匂いは完全にシシ鍋だ。
 白い表面から、ところどころに茶色の肉片と緑色の野菜がのぞいている。

 タマネギモドキはほどよい大きさに分解され、ジャガイモモドキは――どこにも姿が見当たらない。こんな短時間で跡形もなく煮崩れてしまったのだろうか。

 そういえばこのスープだかダシ汁だかは少しクリーム色がかっており、それはかつてのジャガイモモドキと同じ色合いであるようにも思えた。

(まあ、似てるとは言っても本物のタマネギやジャガイモではないわけだしな。いったいどんな味がするんだろ?)

 あれだけあぶくがたっていたのに一度として灰汁取りをしなかったことだけが少し心にひっかかっていたが、まあ、郷に行っては郷に従えだ。
 いわゆる灰汁というのは、料理の味を阻害する雑味でありつつ、旨味成分の塊でもあるわけだから。むやみに除去してしまえばいい、というものでもない。

(こいつらはこの食材で何年も暮らしてきたんだからな。異世界出身の俺なんかが口をはさむのはおこがましいや)

 そうこうしているうちに、アイ=ファがどかりと腰を降ろした。

「何故、食わないのだ? やはりギバの肉など食えたものではないと思いなおしたか?」

「いやいや。食事はみんなで一斉にっていうのが、俺のいた世界の流儀なんだよ。本当に美味そうだな、こいつは」

 アイ=ファは心底どうでもよさそうに肩をすくめつつ、自分のぶんを食し始める。
 その姿を確認してから、俺は「いただきます」を唱えた。

 木の匙を取り、白いスープごと肉片をすくいあげる。
 異世界で初の晩餐である。
 俺は、この異世界の恵みと調理人たるアイ=ファに感謝の念を送りつつ、匙の中身を口に運んだ。

 そして、叫んだ。

「不味い!」と。
お玉杓子【おたまじゃくし / ladle】

・食物をすくうことのできる調理器具の一種。汁物料理を扱う際に使われることが多いが、中華料理では炒め物にも用いる。
・略称は「玉杓子」「お玉」。日本でも調理の世界などではレードルと呼ばれる。
・その形状の相似から、カエルの幼生「オタマジャクシ」の語源となる。


散蓮華【ちりれんげ / chiri renge】

・中国や東南アジアで一般に用いられる陶製スプーン(匙)の日本での呼び名。飲食用の器具で食物をすくう、混ぜる、口に運ぶといった用途をもつ。
・略称は「レンゲ」。語源は、蓮の花(蓮華)から散った一枚の花びらに見立てて。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ