和太鼓はどこへゆく 7
私たちの言葉で
 たとえば、関西から長野県にお嫁に来て十年間住んでいる人でも、近所の人と話していると、「あんたこっちの生まれじゃないよね」なんて言われてしまう。人間は敏感なものである。いくらその土地の方言をしゃべっているつもりでも、わずかなイントネーションや空気の違いを感じ取ってしまうのだ。これが外国人であればなおさらで、長い時間をかけて日本にとけ込む努力をしても、自分が生まれ育ったところの根を完全に絶つことは出来ない。
 ●生まれながらに持っているもの。
 ●環境によって形成されたもの。
 ●本人の努力で獲得するもの。
  これらをどう考え理解するのかは、その人の生き方を左右する重大な問題である。「人間生まれる前から人生決まっているのだから」と割り切ってしまう極端な人もいるが、僕は「人は環境や努力によって変わり得るものだ」という考えでずーっと生きてきた。しかし、日本人として生まれ、長野県伊那谷で育ち、おやじとおふくろの子である(たぶん)と言う事実はいくら努力しても変えようのない現実である。
  「和太鼓の和とは何か」という命題にアプローチしようとすると、こんな根源的で難しい事に取り組まなくてはならなくなる。

■日本人の脳
  耳から聞こえる様々な音を通して、日本人と西欧人の脳構造の違いを調査した興味深い研究がある。
  人間の脳は俗に右側を音楽脳。左を言語脳と言い、おおよそその役割がわかれている。角田忠信(東京医科歯科大学教授一九九一年退官)は、様々な国の人を調査した結果、日本人とごく一部のポリネシア人だけが、本来右脳に区別される虫や動物の鳴き声、小川のせせらぎなどの自然音、そして和楽器(音程がクリアではないため)などの音を左脳で反応し、言語として認識しているという結果が明らかになった。と発表した。七〇年代のことである。そしてその原因は日本語のもっている個性によるものではないかと・・。この説を発表し、現在に至るまで、この理論を明確に否定する学説を僕は知らない。
  脳医学は日々発展している分野である。今後この理論が裏付けられる発見がされるか、又は否定される日が来るのか。いずれにしても和太鼓は人間にとってもともと根源的な表現であるかぎりこのような研究に興味を持たないわけにはいかない。そして、世界の音楽とくらべ多少変わっているところがあったとしても、はばかることなく、この個性を伸ばす方向を僕は選択したい。

■ちがったほうが面白い
  世界中で一番優れて合理的だと言われるものに合わせ変わってゆくことがいいことだと僕は思わない。英語という言語が世界共通語になり少数民族の言語が日々失われてゆくのと同様に、世界の少数ではあるが個性ある文化芸術が失われ、どの国や地方へ行っても同じ音楽が奏でられるようになることを僕は豊かであるとは思わない。それは、日本の国内においても言えることで、北海道から沖縄までその土地にしか咲かない花を育てることで和太鼓は豊かになってゆくと僕は思う。幸い和太鼓は地方が元気である。カリスマ的打ち手や指導者に学ぶことは必要だが妄信的になり自己を見失うことになったり、世界の大きな強い流れに身を任せ溺れることではなく、たえず、世界に目をみひらきつつも、しっかりと大地に根をもつ事が求められているのではないだろうか。

■音楽に国境はない
  オペラは嫌いだった。あのニワトリがヒステリックに鳴くような発声がどうも好きになれなかった。だが、十年近く前にウイーンで聞いたオペラはすごかった。三階席の一番うしろに座っていてもビンビン伝わってきて涙があふれてきた。ドイツ語もわからないのになぜだろう。自分の思いを、自分がもっている技術を精一杯駆使して全て出したとき、音楽は国境を越えるのである。そういう意味では理屈やジャンルなどどうでもいいことだ。
  ある人に「和太鼓はジャズやロックとどこが違うんですか?」とたずねられた。「全然違いませんよ。しかし、しいて言えば、ジャズやロックはあの人たちの言葉で、和太鼓は私たちの言葉で」と答えた。
  私たちがやっているのは和太鼓である。和の歴史や、和太鼓の特性の上に自分自身の言葉でせいいっぱい表現することで、あのオペラが僕を揺り動かしたように和太鼓も人の心に伝わってゆくものだと思う。


「和太鼓はどこへ行く」七回分の参考文献は以下のとおりです。

●小泉文夫 
   ・音楽の根源にあるもの     平凡社
   ・歌謡曲の構造          平凡社
   ・日本の音             平凡社
●小島美子
   ・音楽からみた日本人      NHK出版
●角田忠信
   ・右脳左脳             小学館
●毛利三彌
   ・東西演劇の比較         放送大学教育振興会
●永六輔
   ・人はなぜ歌うか          日本放送出版協会


次回……和太鼓芸能の旅