日立製作所は26日、米アマゾン・ドット・コムとの本格提携を含むクラウド事業の新戦略を発表した。顧客のニーズに合わせてアマゾンと自社のIT(情報技術)サービスを組み合わせて提供する。インターネット通販の巨人アマゾンは世界有数のクラウド提供企業の顔も併せ持つ。飛ぶ鳥を落とす勢いのアマゾンとの全面衝突を避けて実を取る作戦は吉と出るか。
「世界のメガクラウドと手を組む覚悟を決めた」。日立の塩塚啓一執行役常務は26日、都内の記者会見でこう述べた。
クラウドは顧客がネット経由でコンピューターやソフトウエアを利用できるサービス。メガクラウドとは、アマゾンや米マイクロソフト、米セールスフォース・ドットコムなど世界大手が手掛けるサービスのことだ。
日立は従来もアマゾンなどとクラウド分野で協業していたが、顧客の要望に応じて個別に提供する程度だった。今回は各社と日立のデータセンターを相互につなぎ、安全にデータをやり取りできる技術を開発。日立は今後、自社のほか「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」など各社のクラウドサービスを組み合わせて顧客に提供する。
日立は300人体制で技術開発を進めてサービスを拡充。2015年度にクラウド関連の売上高を5千億円と13年比約2倍に伸ばす考えだ。
日立が自前主義を転換し、海外の巨人と組む理由。それは「顧客の多様なニーズに応える」(塩塚執行役常務)ためだ。
アマゾンはコンピューターの処理能力を安く貸し出す基本サービスに強い。一方、日立は大企業の基幹業務を担う応用ソフトにも適用できる信頼性の高さが特徴で、補完関係にある。安く基本サービスが利用したい企業にはAWSを勧め、きめ細かで高度なサービスが必要なら日立を勧めるなどの提案が可能になる。
「巨人」から防衛
だが真意を探ると、別の事情も浮かび上がる。アマゾンへの顧客流出を防ぐ防衛的な側面だ。
ネット通販の王者アマゾンは世界中で数十万の企業にサービスを提供するクラウドの巨人でもある。強みは「値下げを45回以上繰り返した」(アマゾンデータサービスジャパンの長崎忠雄社長)という価格競争力だ。
料金はコンピューターを自社で購入した場合の半額程度。しかも1時間単位の課金で夜間など未使用の時間帯は料金がかからず、事実上世界最安値のもよう。顧客は今や、韓国サムスン電子から米中央情報局(CIA)まで世界中に広がる。
勢いは日本にも迫る。
「200以上の応用ソフトをAWSに移す」。中古車販売大手ガリバーインターナショナルの許哲執行役員は話す。自社構築に比べシステム構築期間は半年以上短縮。コストも3~4割下がるとみる。東急ハンズや丸紅などでも採用が進む。
日立にとっては、アマゾンと組めばAWSに興味を示す既存顧客をつなぎ留められるほか、新規顧客を開拓しやすくなるメリットが見込める。
IDCジャパンによると、国内クラウド市場は17年に合計で約1兆7500億円と、13年の3倍近くに増える見通し。日立にとってクラウドは情報・通信システム部門の成長を支える戦略分野。ライバルの富士通やNTTデータを突き放し、クラウド国内首位の座を固める狙いがある。
重電やITの世界再編が加速する中、中西宏明会長は「世界トップ3の事業を増やしたい」と話す。情報通信分野では米IBMを追い上げの対象にしており、足りない分野があれば海外の強者と組むのが今の日立流だ。
もろ刃の剣に?
とはいえ思惑通りに進むかはわからない。塩塚執行役常務自身、「顧客を奪われる恐れがないと言えばウソになる」と話す。日立の顧客がAWSの利用を広げたいと望めば日立の売り上げは減りかねない。ライバルと組む新戦略は「もろ刃の剣」でもある。
自前主義にこだわらず、あえて「メガクラウド」と組む戦略に踏み込んだ日立。クラウド戦略の成否は、インフラとITの融合を掲げる日立全体の成長を占う試金石となる。(大和田尚孝)
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