男女の完全同等化を叫ぶイデオロギー色の濃い論者は、北欧諸国を「家庭と職場における男女の役割・仕事内容に差がない(→性役割分業が存在しない・男女の置換が可能な)」社会のように描くことが多いようです。
しかしながら、彼らが「理想郷」と賛美する北欧社会の実態はそれとは異なります。
既に【日本の女が(相対的に)幸せな理由】や【「女は下」発言を糾弾することの不毛さ】などに示していますが、北欧でも職種によって歴然とした男女差があります。対人サービスは女、力仕事・危険な仕事・機械操作は男に偏っています。
雇用形態にも男女差があります。パートタイム雇用の割合は、スウェーデンでは男1割・女3割、ノルウェーでも男1割強、女は4割強です。子育て期間のパートタイム雇用の割合は、子育ての主担当者が女であることを示しています。
北欧でも「家事・育児の主担当者は女、稼得の主担当者は男」ということです。なので、北欧でも女の多数派は男に「大黒柱」であることを期待するわけです。*1
Even in Norway, which had one of the world’s highest female labor force participation rates (79 percent in 2008), a 2008 survey finds that 7 out of 10 women prefer that the man is the main breadwinner of the family (NRK 2008; OECD 2010).
日本の男女同等化論者は「男が家事・育児を“手伝う”という表現はとんでもない」と言葉狩り・糾弾に執念を燃やしていますが、男が「主」ではない以上、「手伝う」という表現に問題はないでしょう。
- 味の素が流した、「とんでもない」性差別CM (東洋経済オンライン)
家事・育児は「手伝う」ものではなく、共有する、シェアするものです。共働きなのに、「父親が子どもの着替えを手伝う」という意識でいること自体を「固定的な性役割分業」というのであって、まったくの無理解としか言いようがありません。呆れました。*2
公共セクターで働く女が多いことも北欧の特徴です。スウェーデンとノルウェーにおいて、公共セクターで働く雇用者の割合は男は約2割ですが、女は約5割です。
北欧では1970~80年代に女の労働参加が進みましたが、その吸収先は民間企業ではなく地方自治体でした。(下の引用はスウェーデンの国家統計機関SCBの"WOMEN AND MEN in Sweden"から)
During the 1970s and 1980s the number of women on the labour market increased in the public sector.
「地方自治体の女の雇用」とは、具体的には医療・介護・福祉、教育、公務などです(看護師、ケアワーカー、教師、保育士、事務職等)。
ということで、国策としての女の労働参加がスムーズに進んだわけです。「ありとあらゆる職場に女が進出してほぼ男女半々になった」かのように誤解している日本人も多いようですが、実態は異なります。
男に比べて女の労働負荷が軽いことは、延実労働時間に表れています。雇用者の総数は男女ほぼ同じですが、女の延実労働時間は男より1/4少なくなっています(→この時間を家事・育児に充当)。
北欧で女が仕事と子育てを両立させている主な要因は、
- 失業や事故・怪我などのリスクが小さい公共セクターの職種で働いている。
- 医療・介護や教育などの専門職に就いている(→キャリア競争を気にせずに育児休暇を取得できる&育児休暇からの復帰が容易)。
- 男よりも労働時間が少ない(→女が家事・育児の主担当者)。
ということです。
女は負荷やリスクが小さい働き方をしているわけですが、これは裏返せば、負荷やリスの多くを男が引き受けていることを意味します。肉体的にハードな仕事の大部分は男が担っており、失業のリスクも民間企業で働く男が高くなっています。(下の引用はノルウェーの国家統計機関SSBの"Women and men in Norway"から)
Majority of unemployed are men
[…]
The recession of the 1980s and 1990s mainly hit male-dominated industries such as manufacturing and building and construction. Women more often work in health services, teaching and care services in the public sector, which are less affected by cyclical fluctuations.
既に【ノルウェーの高出生率の裏側~男の二極化】で取り上げていますが、フェミニズムや平等イデオロギーの推進は、女の生き方を著しく楽にした半面、男の「負け組」を増やす結果となっています。
- A quarter of Norwegian men never father children (ScienceNordic)
Nevertheless, she ascertains that feminism and equal opportunity ideology have had an unequal impact on men and women in Norway.
“Improved rights have made life easier for parents in Norway, but for women in particular.”
“Women are also more likely to work in the public sector, which offers more secure working conditions. Much has been done to make it easy and affordable for women in Norway to have children, at least in comparison to other countries.”
そのメカニズムですが、伝統的な男女の役割分担を男女平等に変更する際に、女の負荷は減らした(→男に移転)一方で、男の負荷は(ほとんど)減らされなかった非対称性にあると考えられます。(【デートの支払いには及ばない男女均等化】を参照)
このような北欧の実態を知らずに「北欧に倣って仕事も家事も育児も男と女が(半々に)共有・シェアすれば日本の未来が開ける」という空想的な政策を行えば、日本の経済社会は大きなダメージを蒙るでしょう。日本版「大躍進政策」になりかねません。
北欧諸国に参考になる点が多いことは事実ですが、参考にすべきはイメージではなく現実です。『「お手本の国」のウソ』でも指摘されていますが、「隣の芝生」は必ずしも青いわけではありません。
- 作者: 田口理穂ほか
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日本人が他の国に対して抱くイメージと、その国の現実が一致しないことはよくある。日常レベルの話なら笑い話か薀蓄のたぐいで済むが、国全体に関わるような大きなテーマだったらどうだろうか。
十分な検証なしに温められてきたイメージのまま、日本が外国のやり方を真似したり導入したりしても、結局ためにはならない。
*1:男の多数派もそれに同意しています。
*2:味の素の説明にある「父親が子供の着替えを手伝う」は、夫が妻を手伝うことではなく、子供を手伝うことであり、夫婦の性役割分業とは無関係です。このような論者(主義者?)が「手伝う」という言葉に条件反射的に激昂して相手の言い分にまったくの無理解であることがことがよく分かります。呆れました。【「家事ハラCM」批判とダブルスタンダード】も参考に。