弱者に成り代わり勝手に上から物を言う危険な「マイノリティ憑依」:佐々木俊尚『「当事者」の時代 』vol.1

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JFN『ラジオ版 学問ノススメ』公式書き起こし、今回のゲストは佐々木俊尚さんです。 

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JFN『ラジオ版 学問ノススメ』公式書き起こし、今回のゲストは佐々木俊尚さんです。ラジおこしでは、2012年5月第、2週放送分を4回に分けて全文掲載いたします。

初回のパートでは本書で重要な鍵を握っている「メディア空間」という言葉の持つ意味日本のメディア空間を考察する上で最も重要としている「二重の共同体」という概念についてのお話。

さらに、「ユッケ事件」当時に感じた、事件そのものについては関係のない人たち弱者が成り代わって物を言う「マイノリティ憑依」についても触れた内容となっています。

しゃべるひと

ゲスト:佐々木俊尚さん(作家、ジャーナリスト)
聞き手:蒲田健さん(ラジオパーソナリティ)

(以後、敬称略)

 

情報をやりとりする場としての「メディア空間」

蒲田:光文社新書から『「当事者」の時代 』が出版となっています。

この本の内容についてはご自身でもあとがきで「日本人全体が作り出しているメディア空間についての論考」という書かれ方をされているんですが、まず「メディア空間」は僕は聞き慣れない用語だったんですけど、これはどういうことなんですか?

佐々木:いままで「メディア」っていうといわゆる「マスコミ」を指すことが多かったんですね、テレビとか新聞、雑誌、ラジオとか。

蒲田:そうですね。

佐々木:ただ、いま我々がいろんな情報を見聞きしたりするのって必ずしもマスコミだけじゃなくてインターネットのTwitterとFacebookとか2ちゃんねるとかいろんなものがありますよね。

もっと昔ならそれこそ井戸端会議とか世間話とか、そういう自分が情報を得る場所を全てひっくるめて「メディア空間」と呼んでいます。

いまはマスコミの議論をするだけではなくて、どこから情報を得ているのか、我々はどうやって情報を流通させているのか、どういう風に情報をやり取りしているのかという全体像を捉えようという意味で「メディア空間」という言葉を使っています。

蒲田:情報をみんながどうやってやり取りするのかを捉えるのが「メディア空間」だと。

 

 昼と夜、記者の「二重の共同体」

この本の中では日本のメディア空間を考察する上でいろんなキーワードが出てくるんですけど、まずは冒頭で出てくる「二重の共同体」という言葉。

佐々木:これはマスメディア、つまり新聞とかテレビの記者クラブに所属する記者たちがどういう風に情報を取っているのかというのを克明に描いてみました。

よく、記者クラブ批判とかされてますよね。あれは結構当たっているようで当たっていないと思っていて…、

蒲田:当たっているようで当たっていない?

佐々木:記者クラブで情報を取っているわけではないんですよ。

蒲田:えっ、ちょっと待ってください。記者クラブで情報を取っているわけではない?

佐々木:ぼくはずっと毎日新聞で事件記者をしていて、警視庁の捜査一課も担当してたんですけど、昼間は記者会見とか捜査一課が集まってそこでみんなの話を聞くんですね。

「今回の事件はどうですか?」みたいな質問をすると。でも、そこで実は答えを期待してるわけではないんですね。

蒲田:えぇ〜?(笑)だって、それがいわゆるオフィシャルな見解になるんじゃないんですか?

佐々木:例えば政治の世界でいうと、昼間どこかで会議があって答えると報道されるんだけど、そこで何が起こっているかを聞いてるわけではないんですね。

蒲田:ん?

佐々木:それは単に確認するためだったり、映像を見せて幹事長なり、警察官が喋ってるというところを見せるためであって、本当のネタはどこで取ってるかというと、実は「夜回り」って言われるところで。

蒲田:「夜回り」?

佐々木:はい。夜、警察の幹部とか政治家、官公庁の偉い人の家に行って、ときには飲み食いしながら話を聞くんです。そこが実は関係性の本質であるという。

蒲田:じゃあ、居酒屋トーク的な?

佐々木:そうなんです。居酒屋っていうか、実は室内でやってるケースが多くて。警察なんかだと家には入れてくれないケースもあって。

警察官ってみんな遠くに住んでるんですよ(笑)

蒲田:(笑)

佐々木:その郊外の警察官の家に行って、帰ってくるのを待つんですね。

蒲田:帰宅を?

佐々木:そうです、夜みんな捜査で忙しいから遅いんですよね。

23時とかに疲れて帰ってくるところを待ち受けて、刑事を捕まえてなんとか「今回の事件、どうですか?」みたいなことを聞くと、刑事の方も引き続き関係性のある仲良くしてる新聞記者に対しては「今回の事件は〜〜」って少し立ち話で教えてくれたりするっていう。そういう関係が当局と新聞記者の本質っていう。

蒲田:じゃあ、それは決してオフィシャルではないですよね?

佐々木:オフィシャルではないです。それはやっちゃいけないんです。守秘義務違反になっちゃいますから。

蒲田:ほんとに「立ち話」という立場なんですね。

佐々木:どうしてもそれを知らない人からすると、新聞記者やテレビの記者と警察や検察、政治家の関係って表のぶら下がってるところだけだと思いがちなんですけど、実はそうでもなくて夜な夜な行われている「夜回り」の関係が実は本質であると。

だから、昼間の記者会見的な共同体と、夜中に行われている夜回り共同体みたいなふたつの関係があって、それを「二重の共同体」という言い方をしたんですね。

 

日本のメディア空間を支配する「夜回り」

蒲田:それはどっちかだけでは立ち行かない関係なんですか?

佐々木:本質は夜回りの方なんですよ。

夜回りの方では新聞記者は警察当局のインサイダー的な感じなんですね。ものすごく仲良くしてる。でも、それは昼間は見せちゃいけないので、昼間に記者会見するときは「そんなこといいんですか?」みたいな質問をしたりするっていう構図になっちゃってるんですよ。

蒲田:ほぉ。

佐々木:だから、昔自民党政権時代に「国対政治」という言葉があって、自民党と社会党が対立していて、例えば国会本会議が起こると「与野党激突」みたいな新聞の見出しが出たり、野次合戦をしたりして。

社会党と自民党がすごく対立しているように見えたんだけど、実はあれは全部裏で取引が行われていて、自民党と社会党それぞれの国会対策委員長どうしで話あって「今回の委員会ではここらへんを落としどころにしましょう。社会党はここらへんまで責めますから、よろしくお願いします。」みたいなシナリオを予め組んでおいて、昼間は対立構造を見せておいて新聞がそれを報じると。

でも、夜になると国対委員長どうしがお酒を飲みに行って「今回はこれでよろしく」みたいなことをやっている、というそういう構造だったんです。

蒲田:あらぁ〜、そうですか。

佐々木:それはマスコミと自民党、社会党だけじゃなくて、警察とマスコミ、検察とマスコミ、政治家とマスコミというありとあらゆる構造でそういうのが行われているっていうことですよね。

蒲田:じゃあ、それが日本のメディア空間を支配している?

佐々木:そうなんです。これ、あまりみんな書いてないんですよね。書くと怒られるという、ある種のタブーだったんですけど、あからさまに描いてしまったというところでハレーションが怖いなという感じもするんですけど(笑)

蒲田:(笑)

でも、それは決していわゆるマスコミだけの話じゃなくていろんなところで散見される構図ですよね。

佐々木:先日もある国会議員の方とこの本についてお話する機会があったんですけど、言われたのは「これは全くこの本に書いてある通りで、ぼくらも取材を受ける身としてこういう二重の構造になっていることは日頃から実感していて、ここから逃れられないよね」みたいな話をしてました。

蒲田:それって、日本に特有な構造なんですか?

佐々木:夜回りっていう風習自体があまり他の国にはないんですよね。

蒲田:かなり日本的な?

佐々木:そうですよね。

もちろん個別にどこかの政治家にインタビューをするというのはあると思うんですけど、でも日本の夜回りはある種風習化しているというか、本の中にも書いたんですけど例えば、僕の先輩記者がどこかの刑事と仲良くしていてお話を聞いてると。要するにネタ元ですよね。それが、例えば先輩記者が異動になって警視庁記者クラブから外れると、引き継ぎが行われるんですね。(笑)

蒲田:(笑)

佐々木:僕をその刑事の家に連れて行って、「次からこの佐々木が来ます」って引き継ぎをして。

蒲田:でも、それまでの先輩記者と刑事の関係って友達みたいなものだったわけですよね?

佐々木:まあ、そうですよね。

蒲田:今度は後輩と友達になってね、みたいな?

佐々木:そうなんです。そうやって実は何年もの間ずーっとどこかの新聞記者の夜回りを受けてる刑事とかってのもいたりするんです。

蒲田:えぇ〜(笑)まあ、でも実質的にはそっちの夜回りの方で物事は作られていると。

佐々木:そういうことですよね。

だから、各新聞社、テレビ局の警視庁クラブの机の周りには「夜回りメモ」ってのがどっさり置いてあって、僕は例えば捜査一課を担当してたんですけど、捜査一課の刑事の住所録なんかが秘蔵されていて…、

蒲田:決して表には出せない(笑)「◯秘」ですね(笑)

 

 勝手に弱者に成り代わる「マイノリティ憑依」

蒲田:そんな実体もありつつ、この本の最重要キーワードだと思うんですけど「マイノリティ憑依」という言葉が出てきますよね。

佐々木:なかなか難しいんですけど例えば、この言葉をなんで僕が考えたのかと言うと最初のきっかけが「ユッケ事件」なんですよ。

北陸でユッケを食べた子どもが食中毒で亡くなった事件がありましたよね。あのときはその後規制が入っちゃったんだけど、厚生労働省とかが生肉を食用にするのは規制しよう、法律で禁じようみたいな動きが出てきた。

そのとき僕はTwitter上で「生肉を食べるかどうかというのは明らかに自己責任でしょう。それを子どもにそもそも食べさせる親の方が悪いのであって、本来日本の文化として生肉を食べる文化はあるのだからそれを一律に法律で禁じるのはおかしいんじゃないか」みたいなことを呟いたんですね。そうしたら、結構多くの人に「佐々木さん、それをあなたは自分の子どもを亡くした親の前で言えますか?」って言われて。

でも、そういうことを言ってる人のプロフィールを見ると東京に住んでる男だったり、全然被害者のお母さんとは違う人たちだったんです。そこで行われてるのは、ユッケで亡くなった子どものお母さんに憑依しちゃってるんです。

蒲田:成り代わっちゃってる。

佐々木:代行しちゃってる。「なんでそんな代行する人がいっぱいいるんだろう?」っていうことなんですね。

一方、自分の新聞記者時代の経験を考えて見ると、自分も新聞社もそういうことをやっていたなと。

要するに、弱者の目線になるのが大事だよねっていうのを言われてきてるんですよ。日本のメディアって、少数派、弱者を大事にしようという視線をずっと持っていて、新聞記者になったのは1980年代の終わりくらいなんですけど、その頃から先輩記者に「弱者の視線を大事にしろ。それをやることによって中流社会のひび割れみたいなものが見えてくるんだ」って言われて。

蒲田:その構造だけ聞くと、勧善懲悪というか、正しい態度なんだろうなという感じは受けるんですけど。

佐々木:そうなんですけど、でも自分自身本当に弱い者にはなれないんですよね。

蒲田:あくまで代行してるだけ?

佐々木:代行してるだけであって。

本来は、絶対的な悪人とか絶対的な善人もいないし、絶対的な加害者もいなければ、絶対的な弱者もいない。例えば、すごく悪い人といい人がいるとします。弱者とか被害者みたいな人の立場に立ってしますと、すごく上から目線で物を言えるようになっちゃうんですね。

蒲田:逆に?

佐々木:自分が最もひどい弱者だと思ってしまえば、自分よりかわいそうな人は誰もいない。そうすると、自分が最もかわいそうな人間であるというふうにして、それ以外の人を全員批判できてしまうんですよね。

蒲田:「自分が1番弱いんだ!」ってことで王様になっちゃうと。

佐々木:そうです。でも本当はそんなことはなくて、だいたいの人は加害者と被害者の中途くらいにいるわけですよね。

蒲田:いろんなグラデーションがありますもんね。

佐々木:絶対的な悪でもなければ、絶対的な善でもなくて、真ん中くらいの宙ぶらりんな状態であると。

だから、何かを語るときには絶対的な立ち位置じゃなくて、宙ぶらりんであるということを認識しながら喋るべきだけど、でもその絶対的な弱者に立ったときに宙ぶらりんな立ち位置を確認する作業が必要なくなってしまって気が楽になってしまうんですよね。

しかも、自分は本来絶対的な弱者じゃないのにですよ。勝手に名乗っているだけなんですよね。

蒲田:まさに「憑依」してる。

佐々木:それを「マイノリティ憑依」と呼んでいて、絶対的な弱者ももちろんいるんだけど、彼ら自身が語るのであれば問題ありません。

でも、そうじゃなくて勝手に語ることで神様の目線みたいな、すごい高みからの目線を獲得してしまっていることに問題がありませんか?ってことなんです。

蒲田:それが「マイノリティ憑依」ってことですか。

佐々木:そうです。よく勘違いされて、「マイノリティを否定するのか」って怒る人もいるんですけど、そうじゃないんですね。

本来、弱者や少数派の人たちが自分たちで語ることが大事で、彼らに語らせずに、自分たちで勝手に語っている人が多いのが問題ですね。

蒲田:じゃあ、語ってるのが当事者であるのかどうか、というのがかなりキモになってくるということですね。

佐々木:そうですね。

 

第2回につづく

次回の配信は8月26日の予定です!Twitter、Facebookなどをフォローしていただけると更新情報をお届けします!

 

佐々木さんのプロフィール

1961年生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、 月刊アスキー編集部を経てフリージャーナリスト。
『仕事するのにオフィスはいらない』、『キュレーションの時代』、『電子書籍の衝撃』、『2011年新聞・テレビ消滅』、孫正義との共著『決闘ネット「光の道」革命』など 著書多数。

 

『ラジオ版学問ノススメ』について

世の中をもっと楽しく生きていくために、あなたの人生を豊かにするために、知の冒険に出掛けよう!学校では教えてくれない、でも授業より楽しく学べるラジオ版課外授業プログラム。各分野に精通するエキスパートをゲストに迎えて、疑問・難問を楽しく、わかりやすく解説していく。

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