良質なマーケティング理論は
世界を読み解くメガネになる
――経営コンサルタント&作家・神田昌典

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来たる9月24日・25日、現代マーケティングの父・フィリップ・コトラー氏が設立した「ワールド・マーケティング・サミット」が日本で初めて開催される。世界的マーケターの来日を記念して、彼らと縁のある日本人識者がその魅力を紹介する新連載がスタート。第1回と第2回は、経営コンサルタントであり作家の神田昌典氏がコトラー氏について語る。

25年前の教科書をいまも捨てられない

――神田さんがフィリップ・コトラー氏を初めて知ったきっかけを教えてください。

神田昌典(以下、神田) 私がペンシルベニア大学ウォートンスクールに入学した時です。その時は24、25歳だったので、すでに25年前ですが、コトラー教授を知らない人は誰もいない状況でした。神様のような存在です。マーケティングは必修科目の一つだったんですね。当時の私にはマーケティングという概念がありませんでしたが、その授業で指示されて、買うことになったのがこの『Marketing Management』(邦訳『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』)です。

フィリップ・コトラー
ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 教授
シカゴ大学で経済学修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得した後、ハーバード大学で数学、シカゴ大学で行動科学を研究。『ハーバード・ビジネス・レビュー』、『スローン・マネジメント・レビュー』をはじめとする学術誌に100を超える論文を寄稿。『ジャーナル・オブ・マーケティング』誌の年間最優秀論文の筆者として、唯一、アルファ・カッパ・サイ賞を3度受賞している。 主な著書に『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』(丸善出版)など多数。

 そこで初めてマーケティングと出合うことになりました。この本には大きな衝撃を受けましたよ。マーケティングの活動について網羅されている。かつほかのビジネス・スクールの教科書と比較して、小説のようにスラスラと読める。他の書籍は、どちらかというと知識が淡々と書かれています。

 もちろんこの本のなかでも、4Pという基本概念について説明されていたり、流通や営業のセールスフォースのつくり方であったり、企業におけるマーケティング活動が体系的に網羅されてもいます。でも本書の場合は、まるで世の中を読み解くさまざまなツールが詰まった小説というような印象を受けました。本当に素晴しい、印象深い本でした。

――当時使用していた本を拝見すると、相当使い込んだ印象があります。

神田 いまだに『Marketing Management』だけは捨てられません。私はファイナンス専攻でしたが、ファイナンスの教科書は捨ててしまいました(笑)。これだけは手元に置いてある。とにかく読みやすい。読みやすいし、引き込まれる。ただ、そのおもしろさを当時は十分に理解していなかったかもしれませんね。そのときは政府の仕事から民間の体験がないままで通っていたので、何も知りませんでした。

――大学から実務に戻った時、この本が役に立つと感じたことはありますか。

神田 コンサルティング業界に帰ってきたときには、非常に役に立ちました。さまざまな分析フレームワークが載っているので、そうした枠組みを使ってクライアントに対しての事業分析を提示できたと思います。対象となる事業、情報の整理の仕方が提示されているという意味では非常によかった。ただ、それから自分自身で事業をゼロから始めようとした時には、非常に苦労しました。それはマーケティングというものを私が誤解していたからです。

 マーケティングというと、ある程度それを知っていれば売上げを上げられるのかなと思っていました。私はコトラー教授もよく引用しているワールプールという会社に勤めていて、日本法人をゼロから立ちあげたんです。でもその時はこの本だけではどうにもなりませんでした。

 当たり前といえば当たり前です。ワールプールでは、市場ニーズもさほどない、極めてニッチな白物家電を扱っていました。そもそも、日本では電圧が合わない。そんな商品しか持ってないなかで、どうやってお客を獲得していくかは、『Marketing Management』の第6版には書かれてなかったんです。そこで私は、「ダイレクト・マーケティング」という方法を自分で勉強しました。

 でも驚くべきことに、コトラー教授は定期的に、今に至るまでこの本を改訂し続けているんですよね。この改訂のクオリティの高さには凄まじいものを見ます。当時のままでも古典として十分に売れていくほどの作品ですが、これは古典ではありません。新版が出るごとに、マーケティングの体系としてさらに充実していく。今やEメールマーケティングから、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)におけるマーケティング法や計測法、さらにそれらとブランディングをどのように掛け合わすのかという方法論までがあります。

 改訂にとどまらず、9.11以降、社会環境が企業の社会性へとシフトした段階になると、「マーケティング3.0」という概念まで提唱されています。大学を卒業してからの私は、コトラー教授は現代マーケティングの父、伝説の人物だとしか思っていませんでした。それが版を経るごとにむしろ若くなっているという印象すら覚えます。

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