国際【正論】中東秩序否定する異次元の危機2014.8.25 03:08

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【正論】
中東秩序否定する異次元の危機

2014.8.25 03:08 正論

 □フジテレビ特任顧問・明治大学特任教授 山内昌之

 現代中東の政治構図の複雑さと混沌は、これまでの世界史でも類を見ないほどである。

 最も顕著なのは性格の異なる3つの戦争が同時進行していることだ。「第3次ガザ戦争」は、パレスチナ人の自決権とイスラエルの安全保障をめぐる対立が高じた衝突であるが、シリアの内戦はアラブの春に起因する反アサド政権の運動が発展したものだ。しかも、スンニ派中心の運動内部でも内戦が生じ、最も極端な組織「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL)はイラクの領土にまたがる作戦を展開した。内戦の中に内戦が入れ子になっている二重戦争の複雑さの中で、今回の湯川遥菜氏の拘束事件が起きたのである。

 ◆「文明内衝突」の構図浮上

 ISILはシーア派のマリキ氏からアバディ氏へのイラク首相承継の混乱に乗じ、両国を横断する形でイスラム法に基づく「国家」を樹立し、シーア派政権と正面戦争に入った。現在の中東をはじめとする国際秩序の基本原理と、第一次世界大戦の戦後処理に由来する国境を大胆に否定している。

 地名を外し「イスラム国」(IS)と称するのは、もともと7世紀に政教一致の教団国家として成立したイスラム共同体の正統的な継承者たることを誇示したいからであろう。実際、最高指導者は預言者ムハンマドの代理人を意味するカリフの称号を僭している。

 ISの論理に従えば、国民国家の主権回復に拘(こだわ)るパレスチナや、自らと対立するイラン・イスラム共和国のナショナリズムも、既存の国境に拘る限りで問題が多いのである。IS創設で鮮明になったのは、中東というイスラム世界の中心で頻発する暴力やテロや内戦が、ハンチントンの言う文明間の衝突でなく文明内の衝突の原因と結果になっているという構図だ。

 しかも、その衝突は多元的な要素が複雑に絡み、今後の中東情勢の混沌をますます深めるだろう。

 問題は、神の啓示やムハンマドの言を誰でも政治的立場を正当化する根拠として利用する限り、争いは延々と続くという点にある。

 ◆紛争のルール複雑に変えた

 例えば、イスラムの伝承集成には預言者の一教友による次の言葉が紹介されている。「もはや(シリアへの)移住はなく聖戦あるのみだ。シリアへ行って、そこに何かあるならば命をかけて戦え。さもなければ帰りなさい」(牧野信也訳『ハディース』中巻)。ISに限らず、シリアの二重戦争に参加したアラブ人などイスラム教徒には、この伝承を頼りにする者も多いだろう。だが、失業と出生率の高さが若者を死への旅路に導く現実はあるにしても、日本人男性の拘禁や非イスラム教徒女性の性的拉致は断じて許されない。

 スンニ派の純化した原理主義集団のISは、聖地メッカの守護者ながら米国に庇護(ひご)されたサウジアラビアを許せず、アラウィ派のアサド政権を支援するシーア派国家イランに寛容ではいられない。ISからすれば、王制国家であれ共和制国家であれ、西欧の国際法と帝国主義の分割原理を前提にした中東の枠組みを認められない。

 結局、現下の中東情勢の構造的特徴は、紛争のルールが複雑に変わった点にある。国家と国民の在り方に根本的な変改をもたらすISの主張は、パレスチナの民族自決権をめぐるガザ地区のハマスとイスラエル政府の対立とは別次元のものだ。レバノンからイラクにまで及ぶISの国家否定の論理は、サウジとイランとのイデオロギーや湾岸安全保障をめぐる伝統的対立とも異質な性格を持つ。

 ◆イスラム国の台頭は米失策

 いずれにせよ、ISがシリアとイラクで予想外の力をつけ、遂(つい)に米軍のイラク再関与を余儀なくさせたのは、オバマ米大統領の外交失策に他ならない。遅すぎて少なすぎる反アサド勢力への援助決定や、イラクのキリスト教徒やヤズィード教徒を棄郷や孤立に追い込んだ優柔不断さは、ガザのパレスチナ人児童や弱者の悲劇無視と並んで、オバマ政権に潜む一国主義外交の冷淡さ、ヒューマニティーの希薄さと無縁ではない。ISがイラクで政治の真空に乗じられたのは、米国政府が選挙など民主化の形式整備に執着するあまり現地住民の間で権威と信頼を持つ勢力の育成に失敗したからである。

 ただし、この限界はイランとても同じことだ。両国とも、ISの支配に帰した北東シリアや北西イラクの問題処理を、遠いテヘランやワシントンの政治力学と利益を計算して考えすぎる。違いは、ISの脅威をいち早く認識したイランが迅速に動いてアサド政権を蘇生(そせい)させたのに、オバマ氏の動きがあまりにも緩慢すぎたことだ。

 米国やアラブの言う穏健派とは現地で正統性と信頼感を持つ責任主体と同じではない。ISのような組織の根絶には、市民生活の破壊やカオスを許さない、権威ある現地の人士や健全な正統性を帯びた組織の育成が必要なのだ。しかし、ひとたび内戦や戦争が起きれば、歴史と時間をかけて維持してきた穏健な知恵も経験も消え去ってしまう。これこそ、現在起きている中東の悲劇の本質である。(やまうち まさゆき)

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