新種の発見に必要なこととは
2002年に、昆虫学界、いや、生物学界を揺るがす大きな出来事があった。これまでに知られていないまったく新しい分類群に属する昆虫が発見されたのだ。
昆虫学の世界では、新しい種というのは日常的に発見されている。哺乳類のように研究の進んだ大型動物で新種が発見されたともなれば世界的なニュースになるものだが、昆虫は小さい上に翅があって、熱帯雨林の樹冠部など、人間が容易に近づけない場所にまで分布を広げているものだから、まだ発見されていない種がいると考えるほうがむしろ自然だ。現在知られている昆虫は約80万種であるのに対して、未発見種を含めた全種数は500万種、いや1000万種に及ぶという試算もあるくらいだ。
だが、2002年に発見されたのは、そんなありきたりの新種などではなかった。なんと、新目 (もく) の昆虫だという。目という分類群は、種の上の上の上、チョウやガの鱗翅目、トンボ類の蜻蛉目、甲虫類の鞘翅目などに相当する大きな分類群で、生物学の発達した現代では新目の発見などほとんどあり得ないと思われていた。哺乳類で言えば、ヒトやサルの霊長目、イヌやネコの食肉目と並ぶ、他にはまったく似た種がいない新しい動物群が発見されたというのに等しい。
ドイツの生物学者、オリバー・ゾンプロがアフリカのナミビアの砂漠で採集したこの昆虫には、マントファスマ目という名前がつけられた。カマキリやナナフシに似ているという意味だ。写真を見ると、確かにナナフシを短くしたように見える。発見された翌年の2003年、このマントファスマの標本が千葉県立中央博物館にやってきた。朝早くから見に行ったのを覚えている。ただ、世紀の大発見の割には行列ができるようなこともなく、展示室は閑散としていたのがなんとなく残念ではあった。
なぜ10年前の話を今になって持ち出したのかというと、このマントファスマが、実は南アフリカのケープタウン近郊では以前から普通に知られていたという話。ケープタウン大のマイク・ピッカー教授は、このマントファスマ 「発見」 のニュースを聞いて驚いた。なにしろ、よく知っている、ありふれた (と思っていた) 虫が、新種どころか新目の昆虫だったというのだ。彼はこれをバッタの一種の幼虫だと思っていたという。確かにマントファスマは成虫になっても翅はないし、バッタの幼虫のようにも見える。Scientific American の記事では触れていないが、ピッカーにとってこの出来事は、かなり忸怩たるものだったに違いない。なにしろマントファスマ目の発見者は、ゾンプロではなく自分だったかもしれないのだ。この話は、自然科学において、既成概念にとらわれない眼で現象を観察することがいかに重要か、そしてそれがいかに難しいかを物語っている。裏を返せば、そういった訓練を積んでいるはずのプロの研究者である大学教授であってさえ、ともすればそういった陥穽に陥ってしまうのだから、アマチュアであっても、日々、謙虚な目で自然を観察していれば思いもかけないところで僥倖は訪れるかもしれないのだ。
それを端的に示す例として、やはりマントファスマに関してこんな話がある。ナミビアでのマントファスマ調査隊に参加していたピオトロ・ナスクレッキは、その帰路、ケープタウンにほど近い、幹線道路N1号線のとあるドライブインに立ち寄った。他のメンバーがトイレに行っている間に、彼は何とそのドライブインで新種のマントファスマを見つけてしまったのだ。新発見というものは、アフリカの砂漠へ遠征したり、アマゾンの密林へ踏み込んだりしなくても、案外、身近なところにあるのかもしれない。
参考: Scientific American オンライン版 http://blogs.scientificamerican.com/guest-blog/2011/04/26/
写真: Mantophasma zephyrum (http://en.wikipedia.org/wiki/Mantophasmatidae) 昆虫写真ランキング |
これはまた、珍しいものを見せ頂きました。ナイス!
虫に興味を持つ人は少ないし、虫嫌いの人も大勢居て、即座に退治する人も多くて、虫に若干興味のある私でも、どれが珍しいのか、分かりません
カネタタキに似た羽のない虫を夏の終わりに見かけますが、気になるものの其れの正体が分かりません
2013/1/19(土) 午前 11:16 [ 夢花 ]
カンタンでもないようです
2013/1/19(土) 午前 11:18 [ 夢花 ]
夢花様、虫の嫌いな人にとっては、それがめずらしい虫かどうかはどうでもいいみたいですね。「これ、めずらしい虫だよ」と言っても、「ふーん。で?」で終わりですもん。
カネタタキに似た羽のない虫ですか。海辺には、イソカネタタキという羽のないカネタタキがいるらしいです。普通のカネタタキでもメスには羽がありませんから、もしかしたらそれかもしれません。
2013/1/20(日) 午後 8:54 [ 釜中魚 ]