ちびまる子ちゃん―わたしの好きな歌 (りぼんマスコットコミックス)
- 作者: さくらももこ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1993/07
- メディア: コミック
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幻の作品となりつつある傑作、劇場版ちびまる子ちゃん第2作『わたしの好きな歌』が、2014年9月20日、東京都の新文芸坐にて『マインド・ゲーム』『四畳半神話大系』『ピンポン』のアニメ化等で著名な湯浅政明監督の作品特集の一環として再上映されるようです。(湯浅政明氏は本作品の一部の音楽パートの映像にて演出・作画を担当)
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新文芸坐×アニメスタイルセレクションVol. 59湯浅政明のシゴト | WEBアニメスタイル
本作品は作中の楽曲の著作権の問題からか、DVD化がされることなく現在に至っており、廃盤となったVHSやLD、一部の衛生放送(ディズニー・チャンネルなど)でしか全編を公式に見る機会がありませんので、今回の機会は非常に貴重なものと言ってよいでしょう。
本作のメインストーリーは上記の漫画版にて現在も確認できますが、本作の肝はストーリーを支える音楽パートにおけるアニメーションと音楽の融合した華麗な映像群です。
ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌 「星を食べる」 - YouTube
(作詞:滝本晃司 作曲・編曲・歌:たま)
原作と脚本を手がけたさくらももこ先生は、ディズニーの『ファンタジア』やビートルズの『イエローサブマリン』のような映画が発想の原点にあると語っています。「わたしの好きな歌」と題されるように、作中で使われる楽曲は、大滝詠一、細野晴臣、たまなど、さくら先生の趣味が大きく反映されています。
作中のどの曲もどのアニメーションもハイクオリティですが、中でも湯浅政明氏のサイケでドラッギーでアバンギャルドなアニメーションは非常に印象的で、一度見たら忘れ得ないものでしょう。(湯浅政明氏は『1969年のドラッグレース』と『買い物ブギ』のアニメーション演出と作画を担当)
ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌/1969年のドラッグ・レース - YouTube
ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌 「買い物ブギ」 - YouTube
余談ですが、私が湯浅政明氏の名前を知ったのもこの映画が契機でした。
(さくらももこに「一見大人しそうに見えてとんでもないことを次々と思いつく」と評される若き湯浅政明 漫画版『わたしの好きな歌』の後書き漫画より)
こうした音楽パートが支える本作のメインのストーリーは、「めんこい仔馬」という曲を背景に描かれるまる子と絵描きのお姉さんの交流と別れです。映画終盤、お姉さんとの別れに対して、まる子がとる“ある行動”は、映画全体を纏め上げる非常に感動的な名シーンとなっています。
こうした「別れの受容」はさくらももこが繰り返し繰り返し描いているテーマです。ちびまる子ちゃん劇場版第一作『大野君と杉山君』では転校する大野君との別れ、『ちびまる子ちゃん』本編の随一の傑作と名高い「まるちゃん南の島へ行く」ではプサディとまる子の別れ、『漫画版ひとりずもう』では成長したももこと大親友であるたまちゃんとの別れ等々が非常に繊細かつ淡々と、だがしかし叙情的に描かれています。
さくらももこが描く「別れ」の共通点はある種の諦観でしょう。現実の別れが往々にしてそうであるように、「また会おう」と言いつつもお互いが二度と会えない(≒会わない)ことを自覚し、受け入れる。もう会うことはないけれど、決して忘れはしない。ちびまる子ちゃん9巻の「小鳥屋ののりちゃん」のこのシーンは非常に象徴的です。
『わたしの好きな歌』の中で、まる子と音楽の先生である大石先生が「めんこい仔馬」について対話をするシーンが有ります。本作では特に明言されませんが、大石先生は『放課後の学級会』という原作のエピソードで他の学校に異動してしまうことになる、まる子が大好きな先生です。
「別れてもずっと忘れない。そうね。そういうことって人が生きていく間で何回もあるね。」
そう言った大石先生に対して、無言で手を繋ぐまる子の姿で終わるこのシーンは、メインの物語とはまた別に、上述してきた「別れ」へのさくら先生の考え方を示す印象的なシーンとなっていると思います。
さくらももこ作品に通底する「別れの受容」を描く作品としても『わたしの好きな歌』は必見の作品と言ってよいでしょう。
ともあれ、今回の再上映は非常に貴重な機会であり、多くの人にとって本作を公式に視聴できる唯一のチャンスかもしれません。
湯浅政明のあのサイケでドラッギーでアバンギャルドなアニメーションを、高画質かつ大スクリーンで見れる日がまさか到来するとは思ってもいませんでした。
願わくば多くの人に見てもらいたい、そしてその評判がDVD化につながってほしいと思う所存です。