↑この文章って結局何も言えてないような? 損する場合もあれば、損しない場合もある。 制度や状況が改善されることがあれば良くなるかも、って?
(図はありません)
はてなブックマーク - 結婚式が大好きな女の子と結婚できるか? - 文人商売
誰か人数カウントして。
おまけ
したい&相手がいない
したい&相手がいるが諸事情あってできない
したくない&相手がいない
ん?なんか違う気がする。どう分ければいいんだ。
ハプニングバーてそういうところなんだ
ありがと
中学生の頃読んでたんだけど、
内容がなんかよくわからなかったんだよなー。
なんとなく面白いかな、ぐらい。ヒンドゥ教とかよくわからんかったし。
30過ぎて読んでみると少しだけわかるようになって
あれ、これ面白いじゃんってかんじ。
画風が昔のかんじのところがさらに良い。
懐古厨っぽいけど
絵上手いし
ぷろぐらますげーって感じになるんだよね。
「声が大きい」のは「成功者」なわけで。
株でもFXでもなんでもいいけど、当たった者だけの声が聞こえてきてるのと全く一緒。
法的に言えば単に「解雇しにくい雇用」状態を作り出してただけで、
(勿論派遣だとか期限付きの職が増えてきた、と言う点では変わってるけど、
主人公の孫悟空が天才少女ブルマと出会い、祖父の形見であったドラゴンボールの残りを探すところから始まる冒険潭である。
今回はタイトルの通りに意趣を少し外してOP歌詞に目を向けてみようと思った次第である。聞いてもらえると嬉しい。
ドラゴンボールOPは全部で4つだ。無印、Z前編、Z後編、GTとある。
> 胸わくわくの愛が GISSIRI
そう、ドラゴンボールは冒険潭なのだ!妖怪変化、仙人などワクワクする様な冒険にあふれていた。
続いて、Z前半の歌詞だ。
大人になった悟空が主人公となる作品であり、息子の悟飯も登場することになる。
戦いに明け暮れ、子づくりまでする有様である。
胸がパチパチして、タマが騒ぐとは全くもって嘆かわしい。
嘆かわしいなどという状況を超えてしまった。
いっぱいのおっぱいに元気になるなどなんとうらや、いや、情けない。
この頃の悟空はまさに恐妻チチの監視から離れ、あの世で好き放題だったわけである。
これにはお察しとしか言えまい。
胸でもおっぱいでもないが、心はやはり胸部にあるという説を押したい(適当)
どうやら賢者モードになったのか、と思ったが、この頃の悟空はピラフ一味によって少年時代に戻された状態である。
どうやって悟空が生き返ったのか覚えていないが、チチの恐妻っぷりに怯え竦みながらただ強さを追い求めたのであろう。
非常に純粋な状態に戻ったと言えるのではないだろうか?
古代の学習環境が全く整ってなかった頃と今とでは全く意味が違うと思う。
もともと全ては「コレはなにか」的な事を考える事が原理で
全ては哲学だった。
古代ギリシャの哲学は、三通りの学に分かれていた。すなわち――物理学、倫理学および論理学である。この区分は、哲学というものの本性にかんがみてしごく適切であり、これに区分の原理を付け加えさえすれば、かくべつ訂正すべき点はないと言ってよい。
増田の言う「数学」はこの中では物理学及び論理学の一部となろう。
つまりはそれらは「哲学」と言ってしまっても決して過言ではない。
現在における「哲学」というのは上とは少し離れて、まず、物理(科学)など検証されるような事柄は省いている。
論理学と言っても記号論理学の様な体系付けられた様な物も省かれている。
倫理、についても法律など、人間が直接決めてきた倫理については直接はあまり対象にしない(一部ではなるが)
そして、残った「曖昧な物」を考えるのが現在の哲学、と言った感じになっている。
最近、slideshareなんかで公開されてるスライドにはてブが付いて上がってきて目に止まる事がある。
どこぞのアホみたいなブログよりもよっぽどまとまったものとかもあってためになるなーというものも多いんだけど、
そんななか、とくに余り意味のない糞みたいな事をかっこつけて書いてある奴に限って最初に
お前誰!?
みたいな自問して答えてる奴が居る。
いや、ホントお前誰だよ。いらねーよそんなの。
てか、そんなばかみたいなことしてね~で普通にスライド作れよ。作ったこと無いのか?あ?調子乗っちゃったのか?あ?
キモくて仕方がない。