天龍と龍田が違ってるところ。
どうぞ
「たつ、た……?」
「ダメよ~? 見た目私たちに近くても、しっかりトドメ刺さないと~」
「まだ子供だぞ!」
「だって、いずれ大きくなった時天龍ちゃんや提督を殺すのはこの子かもしれないのよ~? だから」
「やめ――」
「さようなら」
ズドン、と聞き慣れた音が腹に響き、嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが鼻腔を衝く。そして、未だ慣れない血の匂い。
『イツカ…タノシイウミデ……イツカ……』
「……」
「……ほら天龍ちゃん、帰るわよ~」
帰投する途中、おれは大破した摩耶の姉貴を抱えながら龍田の言うことを反芻する。
今殺さなかった敵が、明日自分や仲間を殺すかもしれない。その通りだと思う。だから深海棲艦やその姫を倒し、俺はこの手を血に染めてきた。提督や、龍田のために。だが間違っていたんじゃないのか? あの時俺のしようとしたこと――龍田のしたことは。
人員不足で狩り出された最後のアリューシャン作戦で、最奥に待ち構えていたのは、今までのような化け物型でも、俺たちと同じ人型でもなく。子供だった。まだ小さな手を握り締めて、ぱちりとした目で必死に睨みつけてきても、どこか愛嬌すら感じられるような、そんな、子供。無理だった。この陽動作戦にミッドウェー作戦の成功がかかってるのも分かっていた。それがどれだけの痛手になるのかも。
それでも、おれはその弱りきった子供に向かって砲を向けることが出来なかった。
「おいッ提督!」
帰投後、ほとんど駆けるような早足で執務室へ辿り着くと、そのままの勢いで蹴り開けて、開口一番、提督を怒鳴るように呼びつけた。
「……なんだ、天龍。それに上官をおいなどと呼びつけるな」
「そんなのいつものことだろ、あんただって許してくれてたじゃねえかッ。それより、あんたの機嫌が悪いことについてだよ!」
「それなら先ほど金剛が入れてくれた茶があるのでな」
「違ェよ! あんた分かってたんじゃねえのかよ!」
「何がだ」
「とぼけてんじゃねえぞ……最後の深海棲艦のことだよッ!」
俺の声を聞きつけたのか、秘書艦だからか。続けて龍田も入室してくる。
「ダメじゃない天龍ちゃん、提督を困らせたら~」
「うるせえ! どうなんだよッ! 提督さんよォ!」
妹に任してしまったという自責の思いや、そもそものこの戦いへの疑念。様々な気持ちが混ざり合って、最低な態度を取ってしまっているのは自覚してる。それでも自分をどうにも抑えきれなくなっていた。
「決定事項だ」
「決定事項だ……? ふざけんな! なんでこんな作戦なんか!」
「天龍ちゃん。アレを倒さないとも~っとうちに被害が出るのよ~? 天龍ちゃんなら、わかるよね」
「でもッ」
「龍田、すまなかったな。お前も投入して正解だった。天龍にはやはり荷が重かったようだな」
「それは違いますよ~適材適所ですよ~。私が出来なくて天龍ちゃんに出来る事、たくさんありますよ~」
「そんなのどうだって良いだろ! 俺はッ……。俺、帰投中、考えてたんだ。提督がさせようとして、俺が出来なくて、龍田のしたこと。間違ってるんじゃないかって……」
「何故だ」
「何故って……、だって子供だぞ!」
「奴も、貴様も。戦う為に生まれたんだろう? 俺は戦う為に産まれた訳じゃあないが、戦うことを決意した人間だ。全員戦う為にあの場に居たんだ。戦争のために」
「だけどッ」
「天龍……、お前は目の前に銃を突きつけられて黙って死ぬのか? あがくだろう。仲間に銃を突きつけられて指を咥えて見てるのか? もがくだろう。……我々は、喉下に奴らの冷たい刃を突きつけられている状態だ。何度撤退しようとも、戦争に負けることだけはできんッ!」
「だから提督は私たちに出撃を命じたのよ~? 提督の考え、推し量ってあげて?」
「龍田……」
「天龍ちゃんにできないことは私がする。だから……」
「……」
「天龍、おれたちと奴らが分かり合うことは、できんよ。決して」
「……そんなの、わかんねえだろ。誰も試したこと、無いんだろ? だったら」
「奴らには貴様らのような人の心など、無い。あるのは際限の無い欲望だけだ」
「……くそッ。それでも俺は認めたくねえよ! あんな子供殺すことが正義だなんて!」
乱暴に扉を閉め、逃げるように執務室を出てきた。軍法会議にかけられるかもしれないことなど、とうに頭から吹っ飛んでいた。苛立ちを隠せないまま自室に戻る途中、摩耶の姉貴とすれ違う。
「よ」
「あ……傷はもう良いんスか」
「おう! 最近の風呂はすげえよなー。すぐ治ったよ。……それよりサンキューな、天龍。そんで……ごめんな」
「そんな、姉さん居なかったらそもそも到達すら」
「いや、嫌な役回しちまって、さ」
「……姉さんも嫌だったんスか?」
「この作戦に参加した奴は全員嫌だったろうさ。提督もな。だから作戦成功したっつーのに宴もねえ。深海の奴らも嫌なこと考えやがるぜ。くそが!」
「提督も……?」
「あいつ、元帥にわざわざ直談判しに行ったからな。納得できません! って。あたしらの棟まで二つも離れてるのに聞こえてきたんだぜ? そりゃあすげえ剣幕で鎮守府出てったって大和が言ってたよ」
「……」
「提督に謝ってきな」
「ウス……」
納得したわけじゃない。それでも、提督も俺と同じ気持ちだったのなら、おれの取った行動が間違ってたことぐらいは、分かる。
先ほどと同じような複雑な気持ちで、今度はきちんとノックをする。
「入れ」
「……」
「天竜ちゃん!」
「勘違いすんなよ、納得したわけじゃねえぞ。……でも、提督も納得して無いって聞いて、俺……謝らなきゃって思って……」
「いい」
「そ、そうか。そうだよな……。だ、だったら、だったら俺、軍法会議でも何でも――」
「いい。おれはなにも聞いてない。なあ龍田」
「! そうよ~。私はただ、アリューシャン作戦での陽動がちゃんと成功したから、ミッドウェー作戦も成功してるかどうか提督とお話してただけよ~。天龍ちゃんに似た狼は来たけど~、天龍ちゃん自身は来て無いわよ~?」
「そうか、そうだったな、くくく、あれは狼だったな。どうだ、天龍。茶でも飲むか」
「提督……」
「よくやったな、天龍。……もともと強がりばかりの貴様だ。その裏に隠れた貴様の優しさを、おれたちは十分に知っている。だからそう、気に病むな。敵にまで心を配ると、枯れてしまうぞ。……貴様はそのままでいろ。貴様は笑っている方が良い」
「提督! それってもしかして……」
「うるさいぞ龍田、茶化すな。……いつもこやつには怒鳴ってばかりだからな、たまには褒めてやらんと釣り合いがとれんだろう。世辞だ」
「もうっ。素直じゃないな~」
「許してくれるのか……?」
あんなに無礼を働いたのに。どうにもできない悔しさは、提督自身が一番分かってたはずなのに。それなのに。
「許すも何も、怒っていないよ」
「……なんだよ、チクショウ。心配して損したぜっ……ふへへ」
「天龍ちゃん~?」
「似合ってねえんだよその口調、直せよ」
「む、そうか……? ふ、ぶはっ、なんだその表情は! 泣きながら言う言葉か、くくく」
「「あっはっはっは!」」
「なに~? なにが面白いの~?」
「何でもねえよ。間宮さんとこ行こうぜ。お姉ちゃんが奢ってやる」
何かが解決したわけじゃないのだろう。あの子供は死んでしまった。それでも俺と龍田、それに提督も生きている。俺たちは残酷な生き方をしているのかもしれない。それでも生きるために悩み、挫折し、たくさんの「仕方ない」を積み重ねて、折り合いをつけていかねばいつか壊れてしまう。積まなくてもいい「仕方ない」は、「諦めない」に変えていこう。
「天龍……。勝つぞ」
「おう!」
そうやって俺たちは生きていく。
「ありがとう龍田、提督」
ありがとうございました
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