ほんのちょっとだけ、「こういう経験をしてよかったな」と思う瞬間がある
永田:今回、お2人の対談ということで設定させていただいたのですが、この機会にお互いに聞いておきたいことはありますか。まず大野さんから麻美さんに。大野:治らない病気、あるいは重い病気を、若くして抱えるというのはやっぱり大変なことだと思います。99.9%大変なんですが、ほんのちょっとだけ、「こういう経験をしてよかったな」と思う瞬間がたまにあるんです。たまにですが。
「もし」の話はあまりしても仕方ないのですが、私は発症しなかった自分より、きっと今の自分のほうが好きかもしれないなと思う時が、たまにあるんですけど。麻美さんは、そういう0.1%の良かったことや、病気になって、ちょっと自分を好きになれたことがあったりしますか?
麻美:当たり前のことかもしれないですが、時間の大切さを改めて考えさせられた、というのはありますね。忙しく過ごしていた中で、どうしても仕事に埋もれて自分自身と向き合う時間や大切な時間を忘れていたんじゃないかな、という思いはすごくありました。
今回、闘病をきっかけに、時間に余裕がある中で自分と向き合ったり、改めて家族や、ただご飯が食べられることの大切さを知ることができて、それはすごく良かったなと思います。きっと闘病を経験していなかったら、今の自分の考えや生き様はなかったと思うので、「感謝する」というのは、少しおかしいかもしれないですが、少しだけ心にゆとりが持てたような気がします。
永田:大野さんにとって、いままでのようなご経験をされてよかったなと思える0.1%の部分というのは、どういったところですか?
大野:病気になってから、毎日、毎日、いろんな場面で「今まで、こんなことを知らずに生きてきたのか」と思うんですよね。発症した当時は25才でしたが、「よくぞ、こんなことを知らないで25年間も生きて来れたな」と振り返って思います。
あと、病気ってやっぱり「経験」なわけです。痛みや苦しさって、経験してみないと本当に理解することはできない。「寄り添う」とか「想像」とか、努力はできても本人と代わってあげることはできないわけです。人間が苦しむということが、「本当に大変なことなんだな」という実感…それが、今の私の生きている実感なんです。物書きのくせにこんな凡庸な言葉で、申し訳ないんですけど、生きてるって、本当に大変なことなんだなと感じることができるようになりました。
永田:「こんなことも知らなかったのか」というのは、社会制度や医学的な知識のことかと想像していたのですが、病気の経験を通して、人の痛みや苦しみに対する“想像力”がよりリアルになったということでしょうか。
大野:発症する前は、たとえばガンになる人や難病になる人が、「いるんだろうな」とは思っていましたが、具体的に会ったことがないので、ぼんやりとしていたんです。それが、当事者になると、いっぱい当事者の人に会うようになって、麻美さんもそうですが、本当にすごい経験をしている人、実は身近にたくさんいるんだなと思います。
今日会場にいらっしゃっている方々もそうですが、人間1人1人の背景には、それこそ大河ドラマになるようなストーリー、屈折と喜びと悲しみがあるわけですよね。そういうことを、たまに感じて夜中に1人、マンションで「ウワーッ」と叫んだりしています、あ、ヘンな人ですね(笑)。
永田:著書の中で大野さんは、よく“クジ”という言い方をしていますよね。「私はたまたま難病というクジを引いた」と。誰もが、「まさか自分が病気になる」なんて思っていません。しかし、言い方は悪いですが、その“クジ”に当たってしまう可能性は誰にでもあるわけですよね。逆に、麻美さんから大野さんにお聞きしたいことはありますか?
麻美:大野さんは、本当に大変な経験をなさっていて、今でも気分が落ちてしまうことがあると思います。それでも、すごくパワフルで活動的というイメージがあるのですが、その力の源はどこから来ているのかな…と?
大野:気分は今もずっと落ちています(笑)。基本的によく「大野さん、明るい」とか「前向き」とか言われますが、ネクラで心配性。心配性が過ぎるわけですよね。
人から「こうすれば何とかなるよ」とか「たぶん、こうなんじゃない」などと言われても、自分の主治医にすら、「こうだと思うから、たぶん何とかなるんじゃない」と言われても、それらを信用できないわけです。自分で確かめて確信を持てるところまで至らないと、一歩を踏み出せないんです。
麻美:どういう時に確信を持たれるんですか?
大野:納得いくところまで自分でいろいろ調べ切ってからとか、その本人に会いに行って話を聞くとか、そういう感じです。
そういえばこの前、東北で難病患者さんの調査をしている時に、仙台駅で帰り際に15分間だけ久しぶりに母親に会ったんですね。新幹線に乗る前の15分間だけでしたが、「基本的に、変わってないね」と。「病気になっても、あんまり変わんないね」と言われました。 心配性でネクラな気持ちは、病気になってもあまり変わらなかったみたいですね(笑)。
永田:現在は、作家としてご活動していますが、執筆活動へのモチベーションも、自分で調べ切って、そのことを発信しなければ、という思いが強いんでしょうか。
大野:『困ってるひと』という本を書いていた時は、自分でも思い返すと信じられないエネルギーですが、今よりずっと状態は悪いのに、隔週で1万字以上書いていたんですね。15万字あれば単行本にするには充分ですから、その量を実際、短い期間に書き切っちゃったわけですよね。当時は、自覚していませんでしたが、やっぱりやりきれない思いみたいなものは、あったのかもしれません。
自分は、社会的に弱い立場にある人の役に立ちたいと思って、学生時代ずっとやってきたはずなのに、実際自分が当事者になってみたら、見える風景や気分が全然違うわけですよね。そのことを、どうしても伝えなくちゃいけないと思ったのかもしれないですね。今、思い返すとですが。
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