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 集団疎開の学童らが乗った対馬丸が撃沈されてから70年の22日、犠牲者を悼む慰霊祭が那覇市内であった。遺族や生存者ら約450人が参列し、鹿児島県沖の海に沈んだ1485人に思いをはせた。

 対馬丸は国の集団疎開の決定を受け、1944年8月21日、那覇港を出発。翌22日に鹿児島県トカラ列島沖で、米国の潜水艦の魚雷によって撃沈された。対馬丸記念館(那覇市)によると、乗船者1788人中、これまでに死亡が判明したのは1485人で、うち780人が疎開学童だった。

 この日の慰霊祭は記念館近くの犠牲者の慰霊碑「小桜の塔」の前であった。参加者は黙禱(もくとう)を捧げた後、犠牲になった学童が当時通っていた那覇市の小学校の児童ら約40人が合唱した。

 記念館を運営する対馬丸記念会理事長で、自身も対馬丸に乗船していた高良政勝さん(74)は「年々、遺族、生存者、語り部が少なくなっている。対馬丸の認知度は徐々に高くなってきたが、記念館の充実に一層努力したい」と述べた。

 対馬丸の船体は、97年の政府による調査で水深約870メートルの海底に沈んでいるのが確認された。遺族は引き揚げを望んだが、腐食が激しいことなどから断念している。(岩田正洋)