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[取材]キングコング西野“校長”が語る「面白いことに真剣に向き合えば、学びは後からついてくる」

 漫才コンビ「キングコング」のツッコミとして、バラエティ番組等で活躍。芸人としてだけではなく、俳優や絵本作家としての才能を発揮している西野亮廣さん。また、最近ではSNSやクラウドファンディングを活用して活動しており、異色の芸人として注目を集めている。

 そんな西野さんが、学校を主催し、校長になるという。「サーカス!」という名のその学校は、芸人や企業の社長などが先生となり授業を披露する。

 西野さんは以前から教育に興味があったのだろうか。また、西野さんにとって勉強とはどんな存在だったのだろうか。

大人になって気づいた、学生時代に勉強がつまらなかった理由


――西野さんは学生時代、勉強が面白くなかったそうですが、何が面白くなかったですか?

西野:一学年200人くらいの学校で、順位がずっと下から10番目くらいだったんです。不登校や不良だったら言い訳もできたでしょうけど、僕は毎日ちゃんと学校に行って、ちゃんと授業を受けてた。アホやったんですよ。ただただ先生の言ってることが分からなくて、「勉強って面白くないなぁ」と思って、お笑いに行ったんです。
 
 この世界に入ると、色んな方とお話をさせていただく機会があります。ダイノジ大谷さんの音楽の話とか、ロザンさんの歴史の話とか、米村でんじろう先生の科学の話とか、めっちゃくちゃ面白いんですよ。面白いとその先が気になるから、家帰って調べる。その時「今の俺、むっちゃ勉強に前のめりになってるやん!」って気づいたんです。

 そこで「なんであの時、勉強が面白くなかったんかなぁ」と考えたんです。そして、「勉強は絶対に面白いけど、先生の喋り方が下手だったんじゃないか」と思いました。単純に先生が人気ないというか、先生の生き様が退屈に思えたのかな。見た目もそうだし、まず声が小さかったりして、先生って喋り手としては点数高くないんじゃいかと。

 知識の量が10あっても喋る能力が1だったら、やっぱり1しか伝わらないじゃないですか。だから、学校の先生は喋る能力がある人ばっかり集めたらいいんじゃないかって。


――それに気づいたのは、西野さんが芸人になって、喋りの面白さの必要性に気づいたからですか?

西野:例えば舞台とか漫才でも、1年目の人ってまず手のやり場に困ってるんですよ。でも、そのままでお客さんの前に立ってると、お客さんが減っていく現実にぶち当たる。つまらないから話を聞いてもらえないんです。だから芸人は「ここで声をはろう」「ここでお客さんに顔を向けよう」と、そういうことをずっと研究して毎日実践してます。
 
 でも、学校の先生はそういうことしてないんじゃないかな。人気のなかった先生ってボソボソ喋るし、ずっと黒板に向かって、生徒に背を向けてるじゃないですか。そんなことは芸人の世界では、まずありえない。中にはそういうところがキチンとできてる先生もいらっしゃって、そんな先生の授業は僕、ちゃんと聞いてたんですよね。その先生が好きだから、面白いから聞いてたんです。

 もう、本音を言っちゃいますね。例えば、50代の女性の先生と20代の教育実習生の女性がいたら、教育実習生の話を聞きますよね。女性でも、70代のハゲた先生より20代のイケメン先生の話が聞きたいよな、と。残念ながらそれは絶対に平等じゃない(笑)。言ってしまえば、見た目も話し手の能力の一つなんですよ。伝える側の能力ってすごく大事なんです。

勉強は「楽しいこと」「ためになること」のはず


――では、現在のお話をうかがいます。仕事の場で勉強をしてる感覚はありますか?

西野: 現場に行くと新しい発見はたくさんあります。本を読む以上の情報量がありますから。でも、勉強しようと思ってしてる感覚はないですね。

 なるべく同じ場所にいないようには心がけてます。同年代とずっと一緒にいると、あまり新しい情報が入ってこないから。新しい情報を入れ続けるようにしてます。でも、それは意識的にしてるからというよりは、楽しいからなんですよね。


――ということは、勉強には「楽しさ」が必要ということでしょうか?

西野:それは絶対にそうだと思います。何事も楽しくないとやらないですよね。
 
 この間読んだ本に書いてあったんですけど、「善」という言葉は、ギリシャ語では「ためになる」という意味らしいんですよ。反対の「悪」は「ためにならない」。ギリシャ語では、善悪は道徳的な善し悪しではなく「ためになるかどうか」なんです。「人は『善』、つまり自分のためになることでしか動かない」と書いてあって、腑に落ちました。

 勉強は長い目で見たらためになるんでしょうけど、勉強してる瞬間は退屈で、ためになるとは思えないんですよね。だから勉強しない。「こんな公式覚えて、数学って何の役に立つねん」と(笑)。でも「勉強してる時間を楽しいと思える」というメリットがあれば、勉強するんじゃないかって。極端に言えば、「今勉強してるのが楽しい」と思えれば、その勉強が将来役に立たなくてもいいと思うんですよ。

――色々な人と関わったり本を読んだりするのは、いつ始めたことですか?何かきっかけがあったのでしょうか?

西野:僕が20歳の時に『はねるのトびら』がスタートしました。これは、フジテレビが「ダウンタウンさんやとんねるずさんのようなスターを、再びコント番組から生み出そう」と考えて始まった番組です。

 この番組の中で、僕は仕切りのポジション。本当は海に落ちたり、ムエタイ選手に蹴られたりしたかったんです。その方がおいしいから(笑)。でも番組はチームでつくりますから、海に落ちた人をいじる人がいないと面白くない。「まあ、スターになれるならいいか」と思ってました。

 5年くらい我慢してたらゴールデンに上がって、視聴率も毎週25%くらい取ってたんですよ。でも「有名になったし生活も豊かになったけど、スターにはなってないな」と思って。「打席に立たせてもらってるのにホームラン打ってないってことは、俺はホームランを打てない人間じゃないか」と、悩んじゃったんですよ。

 そこで、マネージャーと梶原(相方の梶原雄太さん)に「グルメ番組やひな壇は辞めて、『はねる〜』に集中したい」と言ったんです。そしたら週5日くらい暇になっちゃって(笑)。

 その時に、「突き抜けるためには既存のものに乗っかるんじゃなくて、フォーマットをつくらないとダメだ」と気づきました。でも、何を始めるにしても手持ちの情報が少なすぎる。だから色んなところに行って、色んな方と話したんです。そうしたら、選択肢がどんどん増えるんですよね。

 例えば、クラウドファンディングを知ってる人とそうでない人には、雲泥の差がありますよね。普通、何か面白いことを実行したい時には、ひたすら企画書を書くか、偉い人の許可を得るか、自分が圧倒的に出世しなきゃいけない。でもクラウドファンディングを知っていれば、企画さえ面白ければ資金を募れる。やりたいと思ったことを実現できる手段を知っているかどうかで差がつく。知識があれば、選択肢を増やせば、面白いことができるんですよ。
――西野さんは絵本をつくったり、SNSを利用したチケット販売をされたりと、芸人さんの中では異色なことをなさっています。そうしたことをしている今は、昔と比べていかがですか?

西野:毎日楽しいですね。母ちゃんは心配してますけどね。母ちゃんは、普通にグルメ番組とかで息子を見たいらしいです(笑)。

ホームレス芸人小谷は、現代のディオゲネス


――西野さんの周りで、日々勉強している芸人さんはいらっしゃいますか?

西野ホームレス芸人の小谷ですね(小谷さんは西野さんと同居していた後輩芸人。2013年6月に家賃を滞納したため追い出され、現在は「ホームレス芸人」を名乗って活動している)。すごい勢いで物事を吸収してますね。彼は今、僕が日本で一番面白いと思う芸人です。
 
 この地球上で一番人を支配してる人って、アメリカ人でもどこかの大統領でもなく、赤ちゃんだと思うんですよね。赤ちゃんは生まれた瞬間に、まず親の時間やお金を支配しちゃうじゃないですか。親は無償で世話するわけですから。親だけじゃなく、兄弟姉妹や近所の人も。なぜかというと、赤ちゃんは弱いから面倒を見ないと死んじゃう。赤ちゃんは弱さで人を支配しているわけです。弱さは強さなんですよ。

 僕らは大人になっていく過程で自立していって、生きていく強さを身につけますけど、同時に弱さによる支配力は弱まっていきますよね。でも、まれに大人になってもそれを失っていないヤツがいる。それが小谷です。家入さん(実業家の家入一真さん。2014年、東京都知事選に立候補したことでも有名)もそうかな。みんなが彼らに文句言いながら、自分のお金や時間、スキルを使っちゃう。これは才能ですよ。

 小谷はホームレスを職業にしちゃったんですよね。まるで赤ちゃんの面倒を見るように、みんなに面倒を見てもらえる状況をつくったんですよ。彼はホームレスになってから1年で12kg太って、美人の嫁さんをもらいました(笑)。クラウドファンディングでお金を集めて結婚式をして、余ったお金は、今年始めにフィリピン台風の義援金として約100万円を寄付してます。

 僕は小谷に「お前はお金を持っちゃダメ。お金を持つと強くなるから」と言ってます。「クラウドファンディングで集めたお金は全部使えよ」と言って、結婚式の最後に「小谷は2週間後にフィリピンに行って、残りのお金を寄付してきます!」と発表しました。フィリピンに100万円寄付した人ってなかなかいないと思うんですよね。しかもホームレスで(笑)。

 「支配」というと権力や腕力、知識などを思い浮かべるでしょうが、それらを全部取っ払って、赤ちゃんに近い状態になった方が支配できることもあるんです。
 古代ギリシャにディオゲネスという哲学者がいたんです。まぁ変な人で、酒樽に住んでたんですよ(笑)。物もお金も持たないし、ボロい服を平気で着るし、外で自慰行為までするし。ホンマ最低な野郎です。

 そいつに、時の王・アレクサンドロスが挨拶に来いと言うんですよ。でもディオゲネスは行かない。だからアレクサンドロスが、世界侵略をしようかという大王が、汚い格好のディオゲネスまで出向いて「挨拶に来ないとは無礼だ。無礼を働いたら殺すぞ。私が怖くないのか」と言うんです。ディオゲネスは「では、あなたは善人か悪人か」と返す。アレクサンドロスが「私は善人だ」と言ったら「じゃあ怖くない」と。
 
 ここでいう「善人」は、先ほど言った「自分のためになることをする人」ですね。ディオゲネスは「あなたは自分のためにすることしかしない。あなたが私を殺しても、何のためにもならない。私を殺すのはあなたのためにならないばかりか、私を殺したらあなたは悪人になりますよ」と論破するんですよ。

 それにアレクサンドロスは感心して、「お前おもろいから、一つ何でも願い事を叶えてやる」と言うんですね。そこでディオゲネスが何て言ったかというと「あなたがそこにいると日の光を遮るから、どいてください」と(笑)。アレクサンドロスは完敗ですよね。自分より弱くて何も持ってないヤツに、完全に支配されている。だから小谷は現代のディオゲネスです。日本人の中では最強ですね。

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「常に勝ちたいマインドになる」ガチ系ビジネスマンアスリートが語る運動が仕事にもたらすメリット

  • 2014/08/19
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  • Ryu

 いま、多くのビジネスマンがピンチだ。

 なんと、社会で働くビジネスマンの8割以上が、デスクワークで仕事をしながらイライラした経験があるというのである。このイライラや疲労感の主な原因は、連日のデスクワークからくる運動不足であると言われている。つまり、ほとんどのビジネスマンが運動不足が原因で仕事に集中し切れていないということである。

 そこで今回、自分自身運動不足だと感じているものの習慣化できていない人や、運動をすることに対して意味を持ていない人に対して、運動が仕事に与えるメリットを紹介をしていく。

 話をしてくれたのは、DOUBLE SURVIVERというガチ系ビジネスアスリートチームに所属する株式会社トライバルメディアハウスの植原正太郎氏と、株式会社ベーシックの飯高悠太氏だ。2人は普段、ビジネスマンとして仕事をしながら、朝や仕事終わりの時間を使ってアスリート並みの運動をこなしている。

DOUBLE SURVIVERと仕事への影響

―そもそも、DOUBLE SURVIVERとはどのような集団なのでしょうか。

植原「元々は”ITランニング部”という、IT企業に勤める健康志向のある人たちが駅伝などの大会に出場してランニングを楽しむというところから始まりました。その後、IT業界だけではなくて商社や弁護士、医者や先生といった様々な業種の人もチームに加わってきて、今はフルマラソンは当たり前、トライアスロンやトレイルランの大会などにも出場しています。DOUBLE SURVIVERという名前の由来通り、仕事も運動も全力でやりきる、生き残るということを大切にしていますね。」


―おふたりは、普段どのくらいの頻度で運動してらっしゃるんですか?

植原「僕は月間で、ランニングが150km・スイムが15km・バイクが300kmくらいですね。」

飯高「僕も同じくらいと、あとはサッカーを5試合くらいですね。DOUBLE SURVIVERでは月に2回朝練をやっていて、1時間くらいみっちりやってからみんなそれぞれ仕事にいく感じです。朝練は有名なコーチを招いてしているんですけど、朝からハードでめっちゃ辛い(笑)」


―それだけ運動をしていて、仕事に影響は出ないんですか?(笑)

飯高「昼過ぎには眠くなりますよね(笑)どうしても辛いので、午後に15分くらい仮眠をとります。でも、午前中の生産性はすごく上がりますよ。アドレナリンが出た状態で仕事に入るから、やっぱり午前中の集中力はかなり良くなります。」 

植原「夜にもスイムのチーム練習があるんですけど、そういう時は仕事を早く切り上げる意識は絶対に強くなります。DOUBLE SURVIVERでは仕事が理由で練習に行けないと「こいつは仕事ができないやつだ」っていう扱いをされます(笑)仕事もトレーニングも両方できるやつが評価される雰囲気はありますね。」

運動が仕事に及ぼすメリット

―運動をしていて良かったと思うこと、または仕事にこんな良い影響があったということを教えて下さい。

飯高「すごいポジティブに言うと、悪いことはないと思います。
特に仕事においては、KGIやKPIを達成するためにいま何をすべきかということを、自然に考えられるようになったと感じています。
目標タイムを達成するためには、日々のトレーニングの中で、1km走るのにかかるタイムの短縮や、ベスト体重に向けての減量といった小さな目標達成の積み重ねが全てです。そのような感覚が仕事にも活きていると思います。」


―KPI管理が難しいような仕事にも、その意識は活きてくるということですね。

飯高「そうですね。あと、常に競争することに慣れているっていうのはありますね。仕事でも、何か新しいものにチャレンジするというのはすごく難しいものです。しかし、新しいことに挑戦したり周りと競い合ったりすることは、スポーツを通じて学べることでもあります。トレーニングやレースを繰り返していると、「常に勝ちたいマインド」になってきます。負け試合をすることは考えなくて、勝つためにはどうするのか、妥協をせずにどうすれば目標を達成することが出来るのかという考えになっていきます。仕事でもそのマインドはしっかり活きていて、妥協せず、むしろもっとできないの?っていう方にいくんです。」


―なるほど。他には何かありますか?

植原「あとは、体力が最強になるっていうのがありますね(笑)。会社でも、季節の変わり目などは、よく体調不良で休みをとる人が増えますが、日頃の運動習慣で防げることも多いのではないかと思っています。体力がないと、平日の仕事で無理して、休日はぐったりっていうパターンになってしまうと思います。でもやはり、平日も休日もガッツリできるとパフォーマンスもインプットの量も確実に差が出てくると思います。単純に「人生楽しいな」みたいな気持ちになるんですよ。仕事も運動も全力でやるっていうビジネスマンがやっぱりかっこいいと思うんですよね。そういうイケてるビジネスマンになりたいと思って、頑張っています!」



 私たち素人は「運動すると疲れる、だから仕事にはマイナスの方が大きい」と思いがちだ。しかし2人の話を聞いていて「競争することに慣れる」「常に勝ちたいマインドになる」など、仕事に対してポジティブな言葉が返ってきたのは印象深かった。
 
 お話をしてくださった2人は、少なくとも私の目にはイケてるビジネスマンに映っていた。「イケてるビジネスマン」に憧れる人は多いだろう。そう思っている人は、オーダーメイドのスーツや革靴を仕立てる前に、毎朝欠かさず家の周りを走ることから始めるのをおすすめしたい。

植原 正太郎|SHOTRO UEHARA

 1988年生まれ。現在は株式会社トライバルメディアハウスにて、デジタルマーケティングコンサルティング部 アナリストとして活躍。国内外のデジタルマーケティングに関する最先端の動向の調査や分析に携わり、クライアントのマーケティング戦略策定やコミュニケーションプランニングに携わる。

飯高 悠太|YUTA ITAKA

 1986年生まれ。4社を経た後、現在は株式会社ベーシックに参画し、大手の広告プロモーションからコンサルティングまでを担当。複数のWebサービスやWebメディアの立ち上げに関わる。現在はWebマーケティング事業部マネージャーとして新規サービスリリースにむけ奮闘中。

DOUBLE SURVIVER

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人生をかけた仕事 ージブリ作品を支える西村義明氏が語る「プロデューサーの責任と生き様」

「作品づくりにおけるプロデューサーの役割の重要度が高まってきている。それは、世の中の多くのビジネスシーンでも言えるのではないか?」よしもとクリエイティブ・エージェンシーでナインティナインやロンドンブーツ1号2号のマネージャーを担当し、現在は様々な起業家や職人、クリエイターといった「人」のプロデュースをする佐藤詳悟氏が、各界で活躍するプロデューサーにインタビューをする本企画。

それぞれの道のトップを走る人たちには、理屈では語れないこだわりや考え方、運や直感がある。そうした力を持つプロデューサーを“妖怪プロデューサー”と銘打ち、ビジネスの教科書には決して載らない側面から、その人となりを解剖していく。

第1回目のゲストは、スタジオジブリプロデューサー・西村義明氏。「竹取物語」を原作とした『かぐや姫の物語』や、先日公開されたスタジオジブリの最新作品『思い出のマーニー』のプロデュースを務めた人物だ。

作品が当たって喜ぶやつは、一生懸命やっていない人間


――「映画」は非常に長い時間をかけて作られるものだと思うのですが、それが完成した時、「儚さ」のようなものは感じるのでしょうか?「思い出のマーニー」が公開されている今の心境を教えてください。

西村 「僕らは、一体何を作ったんだろう」、そういう思いです。映画が公開される時というのは、自分でも気持ちの整理がつかなくなる瞬間です。映画制作において監督とプロデューサーの関係は母親と父親に例えられることがよくあるんです。映画はそのふたりの間に出来た子ども。その例えで言うのなら、僕の今の気分は、結婚式を迎えた新婦の父親みたいなものですね。いざ父親として結婚式を迎えると、たくさんの人が娘に対して色々なことを話してくれます。娘さんはこういうところが素敵だとか、こういう性格だとか。そこで初めて知ることも多くあって、自分だけの娘と思っていたものが、「ひとの手に渡ったんだなぁ」という感慨もある瞬間です。そこから先は、自分の手から離れた存在になっていく。なので、映画が完成して公開を迎える時というのは、新婦の父親のように一種の喪失感が訪れる瞬間でもあるんです。映画に限らず、ものづくりって喜びに溢れていると思っていたこともありますけど、真剣にやればやるほど、終わった後に虚しさが残る。そういうもんですよね。だから今、とても虚しいですよ(笑)


――「虚しい」というのは、どういう意味ですか?

西村 全てを出しきって、作品をつくるわけじゃないですか。お客さんに楽しんでもらうためにはどうすべきかと色々と考えて、ぐーっと詰め込んで、全てを出し切る。だから映画を作り終えたときは、空っぽなんです。


――わかります。僕は千原ジュニアのライブに5年間かけて、終わった後一週間ぐらい鬱になりました。

西村 以前、宣伝プロデューサーを務めた映画が公開された時に、お客さんがたくさん来てくれたんですよね。そのとき、鈴木敏夫さん(スタジオジブリ代表)から「西村、今の気持ちはどうだ?」と聞かれました。「ホッとしています」と答えたら、「正解だ。映画が当たって喜んでいる人間は、一生懸命やっていない人間だ」と言われたんです。一生懸命やった人間は、「お客さんが来てくれて、みんなに迷惑をかけなくてよかった」と、ホッとするだけ。自分がやってきたことが報われたことより、みんなが喜んでくれて良かったなという思いで、ホッとする。アニメーション映画の制作の面でいえば、職業人生が30年あったとしたら、ひとつの作品をつくるのに自分たちの時間を短くても2、3年費やすわけです。そうすると、それぞれの人生の10分の1に値するものが作れたかどうかが問われる。だから、スタッフの尽力に報いるという意味でも、いい映画になってよかったな、と思うだけです。

若いことは言い訳にはならない。考えて考え抜かないといけない。


――この作品をいいものにしたいという想いで、長い時間を費やすわけですが、モチベーションを保てるものですか?

西村 先ほど話したようにアニメーション制作は短くて2、3年を費やしますし、そのほとんどは面倒な仕事です。そこでモチベーションを保つなんて無理なことです。一種の使命感なり、必ず面白くなるはずだという初期衝動を覚えているかどうか。脚本や絵コンテを作っている時は、"これは面白い!"っていう興奮状態の中でやっていて、不安や喜び、期待が渦巻くんですけど、大変な仕事であればあるほどモチベーションはどうしたって減じていく。そのときに初心を思い出せるかどうかは大切だと思います。この映画は面白くなる、作る意義があるものだと思っていた当初の自分を信じ続けることができるかどうかだと思います。


――入り口にはモチベーションの高い自分がいて、スタートしたら流れていくのでしょうか?

西村 流れていくということはないですね。アニメーションの現場は、日々問題が起こります。人間がたくさん関わっていると、どうしても問題を持つ個人がでてきます。気が滅入ったり、いなくなってしまったり。そういう時、一人ひとりに目を配るのが僕の役割ですから。


――「思い出のマーニー」でいうと、400人ぐらいのスタッフを細かく見ているという
ことですか?

西村 理想はそうですね。パッと見た時に、誰が元気で誰が元気じゃないかを見分けることが必要です。現場に入った時、「何か空気が違うな」とかですね。宮崎駿さんが映画をつくる時は、そういった心配はほとんどいらないんです。監督として恐いので、現場が締まるのです。『思い出のマーニー』を作った米林宏昌監督は、人柄がよく人徳もある監督で、宮崎さんとはタイプが違います。そうすると、現場の重しがなくなります。だから、福岡伸一さんの言うところの動的平衡みたいに、僕が恐い人間にならざるを得ないんです。


――それは、どのように身につけたものなんでしょう?

西村 『かぐや姫の物語』で高畑さんと一緒に過ごした8年間が、僕を大きく変えたのかもしれません。高畑監督は、宮崎さんや鈴木さんでさえ緊張する人なんですよ。日本のアニメーションのあらゆることは、高畑さんが作り上げてきたと言っても過言ではない。恐ろしく博識で、そして甘えを許さない。その高畑さんと仕事をすると、地に足がついていない生意気な部分や底の浅さを攻められる。例えば映画の感想を聞かれた時に、ひと言「良かった」じゃ済ませられない。何が良かったのか、何が良くなかったのか、あのシーンにはどんな意味があったのかを絶えず問われます。経験が浅い中でも、自分なりに考えて答えを出さなければいけない。高畑さんは弁証法で考えを作っていくんです。人と話して、最初に自分が考えていたことを否定しながら真実の解にたどり着こうとする。その対話に付き合うことは、いわば訓練ですから、高畑さんとは常に訓練をしていたようなものです。映画制作の現場では、たった1カットについて2週間も話し合うこともあります。このアングルでいいのか、なぜこれはしっくりこないのか、何が正解なのかを延々と話し続けるわけです。そのときに若いことは言い訳にはならない。考えて考え抜かないといけないんです。自分より40歳も年上の「知の巨人」と8年間も過ごせば、必然的に肝っ玉が据わってくるんですよ(笑)。

プロデューサーは、無責任になれる責任者


――プロデューサーには、物事を多角的に捉え考え抜く能力が必要なのでしょうか?

西村 理屈ではなく、いいと思ったかどうかを大事にしたほうがいいですね。脚本や絵コンテを作っていると、いいと思っていたものが、1か月後にはあれ?と思うことがあります。パッとみて思った時の感覚を覚えていられるかは、映画制作にはこれがとても大事なんです。色々な問題があって、現場が潰れそうになることもあります。その時に、あの時の自分が、もしくはチームのみんなが「絶対にいい物ができるからこの映画をつくりたい」と思っていた感覚を思い出すことができるか。あとは、長丁場になるとスタッフだけではなく、自分も滅入りますよね。なぜ滅入るかといったら、自分の人生が大事だから滅入るんです。10年経ってもこの作品が完成しないかも、と思ったら滅入るのは当然です。そこで、自分の人生を自分のものだと思わなければいいんです。他人の人生だと思えば、無責任な意見を自分に対して言えるわけです。プロデューサーにはそういう主観的な情熱と客観的な冷静さが必要なんだと思います。プロデューサーは、映画の責任を一番担っている人間ですが、最も無責任な存在になれるかどうかも、プロデューサーの大事な要件なんだと思います。でも、これはすごく難しい。ぼくはそれを(ジブリ代表の)鈴木さんから学びました。


――ジブリにはたくさんのいいお手本があって、教育されるというよりは、自分から学ばないといけないのですね。

西村 教育はないですね。しごきはありますけど(笑)。教わらないとできない人は、教わってもできないんじゃないでしょうか。自分に好奇心がなければ、前には進めない。好奇心は、植えつけることができませんから。例えば、なぜ春と夏の緑は違うのか、北海道の緑はどのような色をしているのか。こういったものに反応できるかどうかというのは、自分の感度の問題ですよね。

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