2014年08月21日

バシャールの言葉。(41)

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許しとは、言い換えれば、起こったことを個人的にとって自分のせいだと思い詰めないこと、そして、自分を責めないということです。
しかし、許すからといって、相手の行為をよしとするわけでも、その行為に対する相手の責任がなくなるわけでもありません。


『責任』と『許し』は、別のものです。
許しとは、『その状況を正しく理解する』という行為です。
そして、『その状況に対する判断をゆるめる』ということです。
たとえば、誰かを虐待する人がいるとします。
また、誰かにネガティブな行動をとる人がいるとします。
そんな行動をとる理由は、その人自身も怖れによって、『自分は分離している』という幻想を抱いているからです。


覚えておいてください。
自分自身から分離しているという幻想を体験しているときには、他者とつながり、健全な関係を結ぶことはできません。
けれども、誰かとつながること自体はとても大事なので、本人は何とかしてつながろうとします。
しかし、その人は相手とつながるポジティブな方法を教えられていないために、自分が教わってきた、唯一知っているネガティブな方法を通してつながろうとしてしまうのです。


虐待をくり返す人は、それ以外の方法を知らないのです。
それがわかれば、虐待されても『個人的なこと(personal)』にとる必要がなくなります。
相手は、ある種、壊れてしまっている人なのだと理解できるようになるからです。


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バシャールの言葉。(40)

こんなふうにたとえてみましょうか。
戸棚の中に陶製のティーポットがあるとします。
地震が起き、ティーポットが床に落ちて粉々になりました。
あなたは、そのティーポットを見つけ、かけらを拾おうとして手を伸ばします。
そのとき、とがったかけらで指を切ってしまったとしましょう。
あなたは、それを自分のせいだと思いますか。


同じことなのです。
その人は壊れたティーポットと同じです。
その『壊れたティーポット』とやりとりをするとき、あなたは手を切るかもしれません。
しかし、それは『あなたのせい』ではないのです。
『壊れたティーポットに触れると、ときどき指を切る』というだけの話です。
壊れたティーポットは修理できるかもしれないし、できないかもしれない。
でも、この状況をあなたのせいではない、つまり、個人的にとらえなくてもいいということはわかりますね?


ですから、虐待をする人、怖れている人、機能不全の人を、壊れたティーポットだと思えば、ときどき指を切っても自分のせいだと思う必要はなくなります。
もう一度くりかえします。
許しとは、『パーソナルにとらないこと』、そして、『批判をゆるめること』です。
だからといって、相手の責任がなくなるわけではなく、その人は自分自身を修復する方法を自分で見つけなければならいのです。


あなた自身は、相手を許すことでエネルギーがリラックスするので、もしかしたらその人を助けてあげられるようになるかもしれません。
そして何より、自分自身を助けてあげられるのです。
いまのたとえでわかりましたか?
そうです。
なぐることがお父さんの教わった唯一の方法だったので、彼にはそれしか考えられなかったのです。
でもそれは、あなた個人とはまったく無関係です。


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2014年08月20日

バシャールの言葉。(39)

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アクシデント(事故や偶然)というものはありません。
アクシデントというものはないのです。
すべては、その人が引き寄せているものです。
もちろん殺人などを犯した人を擁護しているわけではありません。
けれども、次のような見方をすることができます。


たとえばある人が、非常に強烈な恐怖に基づいた観念を持っていて、『自分は安全でない』とか、『自分は犠牲者だ』と思ったとします。
すると、自分を傷つけるのに充分なくらい、人間性を尊重しない人を引きつけることになります。
でもここでは、『犠牲者のエネルギー』をつくらないことを、その人が学ぶことが大切なのです。
地球人は物事に対して『黒/白』に分けた見方をしがちなので、みなさんがいわゆる『殺人』と呼んでいる出来事についても『加害者/被害者』という見方をしてしまいます。


もう一度言いますが、これは別にどちらかを擁護しているわけではなく、ただ説明をしているだけです。
私たちの見方からすると、地球人が『被害者』と呼んでいる人は加害者でもあり、また『加害者』と呼んでいる人は被害者でもあるのです。
なぜなら、ふたり共同でその出来事を引き起こしているからです。
これらの出来事は、本来ならその人が『変わる』ための素晴らしいチャンスです。
けれども、みなさんの社会ではそのことが理解され始めてもいないのです。


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バシャールの言葉。(38)

いいも悪いも、運というもの自体がないのです。
人間が考えているような幸運・不運が、ふってわくようにやって来ることはないのです。
ふってわくわけではないので、『事故』はありません。
偶然、アクシデント、というものはないのです。
運ではなく、シンクロニシティに『ポジティブなもの』と『ネガティブなもの』があるのです。
ポジティブな観念やポジティブな選択は、ポジティブなシンクロニシティにつながりますし、『逆もまた真なり』です。
出来事が突然ふりかかってくるわけではありません。


一日に5回も交通事故に遭遇してしまうような現実をつくっている人は、もしかしたら『目覚めなさい。いままで避けて見てこなかったものにきちんと対峙しなさい』と自分に言うために、その出来事を引き起こしているのかもしれません。
あるいは、『自分は破壊することができない存在である』ということを、非常に創造的な方法を使って、自分自身に見せているのかもしれません。
正しく理解するためには、ケース・バイ・ケースで見ていく必要があります。
その人が何を探求しているのか、見たくないどのような観念があるのか、そして、その結果として、どんなことが現実で起きているのかという具合に見ていく必要があるのです。


起きたこと自体には意味はありません。
『起きたことにどんな意味を持たせるか』によって、その出来事から受け取るものが決まるのです。
交通事故そのものに意味はありません。
中立的な現象です。
もちろん交通事故ですから、もしかしたらネガティブな観念から生まれたものかもしれません。
そうだとしても、出来事はすべて中立で、何も意味を持ちません。
ある出来事を引き起こした考えが何であれ、それを体験している瞬間に、『その出来事にどんな意味を与えたか』が、そこからどんな影響を受けるのかを決めます。


たとえば、本人が怖れに根ざした観念を持っていたために交通事故を引き寄せたとします。
けれども、交通事故を体験している瞬間に、突然気づきを得て、『この出来事は、私は傷つくことがないし、破壊されることもないと私に教えてくれたんだ』と理解することもできるのです。
それが、その人が事故を通して学ぶべき本当のレッスンだったとすれば、その時点でそのレッスンは学び終えたのですから、もう同じような出来事を体験する必要はなくなります。
もし、また似たようなことを体験したときには、『いったん自分が学んだこと以外に何かポジティブなレッスンがあるのだ』と思うことも選択できるのです。


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2014年08月19日

運・不運ということ。

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運がいいとか悪いとか。
あなたは、そんなことを思うことがありますか?
最近ずっとついてないとか…。
つまりは、人生は偶然か?必然か?ということになるかもしれませんね。


バシャールは、運・不運というものはないと明確に言っていますよ。
つまり、偶然はないと。
(ただ、運・不運も、偶然も、そのように見てそのように体験することはできるとは言っています…)
全てが自分自身の引き寄せであり、実現、創造なのだと言っていますよ。
つまり、シンクロニシティ(共時性)にポジティブなものとネガティブなものがあるのだと。
そして、究極的には、全てが自分自身の選択だと言っています。
意識的にせよ、無意識にせよね。
生まれてきたことの全ても、死んでいくことの全ても、人生の全てが。


そして、当事者は、一体で物事を引き起こしていると言っていますよ。
全てが、引き寄せであり、魂レベル・無意識レベルでの同意だと。
つまり、加害者と被害者というものも、実は一体だと言うのです。
加害者は、被害者に引き寄せられた、被害者とも言えると。
被害者は、自ら被害者になるべく波動を出し、加害者を引き寄せるのだと言います。
『ここにおいしいエサがありますよ』、『お食べになりませんか?』と…。
だから、決して、被害者になる波動を出してはいけないのです。


そこには、ネガティブな思考が存在しているのかもしれません。
ネガティブな観念や定義づけ・怖れがあるかもしれません。
ネガティブな出来事を引き出してしまったときは、自分の思考や観念・定義づけ・怖れというものを、必ず見つめ直しましょうね。
自己嫌悪、自己否定…、それらは自分の波動を下げ、ネガティブな引き寄せ(実現・創造)をしてしまいますよ。
自分を肯定して、癒して、新たなポジティブな思考や観念・定義づけというものを、自分にインプットして下さいね。
また、そこから新たなあなたの人生が始まるのです。


当事者の一体性ということは、本当に大事なことなので、改めて詳しくお伝えしようと思っています。
人生観が変わりますし、本当に楽になります。
自分の責任の範囲というものが、明確になるからです。
でもそれは、決して加害者を擁護するという意味ではありませんよ。
加害者にもまた、そんな自分自身を自ら救わなければならないという深刻な問題が、そこには明確に存在してるからです。


でも、どんなときでも、『中立の見方』(出来事には本来何も意味はない。私たちがどういう意味づけをしていくかなのだ…)ということが、本当は一番大切なことなので、その辺もこれから少しお伝えしていこうとも思っています。
では!


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2014年08月18日

分化する地球。

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≪性善説(セイゼンセツ)と性悪説(セイアクセツ)≫
性善説とは、人間の本性は基本的に善であるとする倫理学・道徳学説、特に儒教主流派の中心的概念です。

≪仏性(ブッショウ)≫
仏法(仏教)では、人間の本源的に内包する清浄な性分のことを仏性と呼びます。
仏とは私たちの生命のことであり、仏性とは生命に備わっている根源的な特質・性質のことであり、大きくは、生命が持つ偉大な力・智恵・慈悲(愛)のことです。
仏性の顕現(内に外に現していくこと)を成仏(ジョウブツ=崩れざる幸福境涯の実現)と呼び、それが環境や社会をより良きものに変革していくことになると言います。


私は、人間の根本的な性分は、ずっと善なのだと信じていました。
だから、自分の善性を拡大・開花させゆくことが、人や社会・世界を更に良きものに変えていくことになるのだと、ずっと信じてきていました。
そして、そのように、まわりの人や世界の全てを信じて、ずっと関わりを持ってきました。
でも、真実はそうではないということが、よくわかりました。
でも私が、性悪説をとるということではありませんよ。
私個人としては、今まで通りこれからも変わらずに、自身の性善説を掘り下げるべく、証明すべく生きていきます。
そのスタンスは、これからも何も変わりません。
ただ、今現在の地球・世界という点では、まだ様々な人々・存在が、様々なレベル・次元で、無限に存在しているということです。


地球は、まだまだ善も悪も、色々なレベル・次元の存在が、混然として共存できる状況にあります。
つまり、まだまだポジティブとネガティブが、同居している世界なのです。
地球は、まだまだ実験場であり、様々な体験ができる場所です。
ですから、ネガティブな経験をするために、この地球に生まれてくる人(存在している人)もいるのだということが、私にはよくわかりました。
もちろん、ポジティブなことだけを100%体験するために生きている人もいるでしょうが。


でも、バシャールは、地球上の様々なレベルの分化が、今加速して進んでいると言っています。
地球上のポジティブとネガティブの割合が、2012年年末には、わずかですがポジティブのほうにシフトした(傾いた)と言っています。
そして、それからは、ポジティブのエネルギーが、ネガティブなエネルギーよりも、少しずつではありますが、増加している、増加していくと。
ポジティブとネガティブな地球が、これから加速して無限の分化を進めると言っているのです。
そして、やがては分化されたレベルや次元の違う人同士は、同じ世界(地球)には住めなくなり、全く別の世界(地球)に住むことになると言っています。
そのうち、互いに、完全に行き来ができなくなるのだと。
ポジティブな世界の人は、ネガティブな世界や人のことを、全く考えられなくなる、全く思い出せなくなると言っています。


私がこのようなことを実感できているのも、その分化という光のお陰なのだと思います。
今地球に、本当にものすごいポジティブな光(エネルギー)が入り込んできています。
私のプリズム自体も傾き、そのエネルギーを更に受け安くなり、見え出す世界ががらっと変わってきているだと思います。
私の中で混然一体となっていたポジティブな世界とネガティブな世界が、明確に二極化してきています。
その光のせいで、私にとっては更にはっきりと、妥協を許せなくなってきている世界もあるのです。
自分の望むもの、望まないもの。
心地よいもの、心地悪いもの。
好きなもの、嫌いなもの…。


地球の正体(現状)がよくわかりました。
でも、わたしは地球を変えようとか、人を変えようとかは思いません。
どっかの宗教とは違います。
ネガティブなことにエネルギーを注ぐ人たちは、これからもそういう地球に住むのです。
ネガティブなものを、見つめ続ける世界に生きるのです。
私にとっては全く心地よくない、ネガティブなエネルギーとかかわるという人生を歩むのです。
その人たちは、これから更に、そういう次元にリアルにシフトしていくことになります。
なぜなら、その人たちが、その世界を望んでいるからです。


でも、私はサヨナラです。
人や地球のネガティブなエネルギーには、完全に影響されないという自分に、そんな地球に、そんな世界に既にシフトを始めています。
ネガティブなエネルギーのない世界に住むことを決めているからです。
私は、明確に選択しています。
そして私は、既に宇宙の完璧なサポートを受けています。


バシャールが伝えてくれているパラレルワールド(並行世界)とは、本当にすごい世界観です。
でもそれも、ただ私の中の世界ではあるのですが。
でも、私にとっては、間違いなく『私の与えるものが、私の受け取るもの』なのです。


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2014年08月17日

人を救う?

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人生は、幸せになるためにある。
みな幸せを求めている。
そんなのは当たり前だとずっと思っていた。
でも、そうではなかった。
そう思っていない人が、わんさかいるのだ。
確かに、諦めている人もいるだろうけれど、事実はそれだけではありませんね。


今私は、そこ(その状況・その次元)にいる人は、そうしたい人なのだという、厳しい見方をします。
それを望んでいる、それが好きなのだと。
嫌ならそこから、嫌でも飛び出すはずだからです。
つまり、そうしないということは、その人は実はそこ(それ)が心地よいということです。
そんな人たちを救おうと、長いことずっと真剣な愛を注いでやってきた私です。
でも、変わる人は、結局一人もいなかった。


人を救いに、助けに、迎えに行くようなことは、もう二度としない。
これが、長いこと店をやってきてたどり着いた答えです。
私の結論です。
苦しんでいる人のために、寂しい人のために、辛い人のためにと、やってきました。
何か少しでも人の力になれればと思い、真面目にやってきた私です。
全ての人の話に、真剣に耳を傾けてきました。
でも、結局、誰一人として変わろうとする人はいなかった。


私はただいつも、その人のオナニーに付き合っただけでした。
みな、オナニーが大好きだ。
オナニー大会、オナニー合戦に出場したがっている人が、わんさかいる。(笑)
それで、私は店を閉めました。
私には、初めから人のオナニーに付き合うつもりなどなかったのだから。
でもそれも、私が人を助けたいとか、救いたいとか、力になりたいなどと、馬鹿な幻想・妄想を抱いたからです。
だから、オナニーがしたいだけの浮遊霊がたくさん集まってきた。(笑)


先日夜のテレビで、映像や写真に映った幽霊?の番組をやっていました。
いつもは、そんな恐い番組は見ない私なのですが、何故だか気が向いて少しだけ見ました。
そして私は思いました。
この人(霊)たちは、何らパワーを持ってはいないのだと。
ただ、そこにいたいだけの、それがしたいだけの、それが好きなだけの不気味な存在(確かに不気味だけど、でもそういう意味ではなくて…)なのだと、冷静にそう思ったのです。
私は、哀れみではなくて、ものすごい嫌悪感を感じてしまいました。
人間も幽霊も一緒です。
みな、オナニーが大好きなのです。


誰にも何も、救うこと、助けることなどできません。
なぜなら、その人、その魂が選んでいることだからです。
今私は、とてもクールな人間かもしれません。
でも、こんな格好いい人間になれてよかったと、自分では思っています。
人のことは、その人が面倒をみるのです。
宇宙が『無条件の愛』で接しているのに、私がそれを実践しないと、宇宙の気持ち(愛)は、わからないというものです。


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2014年08月16日

『成長・幸せ』と『困難・苦労』

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瞬間瞬間常に、その時可能な選択肢の中から、本当に情熱や喜びを感じること、ワクワクすることをしているだろうか?
何かをしなければならないという強迫観念や怖れではなくて。
したくないことはしなくていいのだと安心して、信頼して、人生を創造している人は、はたしてどれくらいいるだろう?


常に、苦労や困難を生きる人がいる。
人生には苦労・困難・苦痛が伴うものだ、必要だと思っている(信じている・疑っていない・怖れている)からだ。
だから、その人は、常にそのような人生を引き寄せ、創造してしまっている。
その人の信じていることは、体験(創造)しようとしていることは、宇宙も協力しないわけにはいかないからだ。
観念(信念)が感情を創り、そして体験をも創り出すのです。


真面目な人は、一生懸命、苦労や困難を次々と引き寄せるものです。
人に、『あなたは、どんな人生を生きたいですか?』、『あなたにとって人生とは?』と聞いてみるといい。
『どんな時も一生懸命生きたいと思います』
『困難に負けない自分になりたいと思います』
『苦労をしても、精一杯、必死で頑張り、努力し、生きたいと思います』…。
真面目な人は、こんなふうに答えるものだ。(笑)
そして、その言葉の通りに、一生懸命、困難や苦労に精一杯負けないように頑張りながら、努力しながら、死ぬ思いで必死に人生を生きる(生きなければならない)ことになる。(笑)
なぜなら、それがその人のお望み(人生の定義・信じていること)だからだ。


その人は、残念ながら、『創造の仕組み(法則)』というものをわかっていない。
人生は、全て自分の考えた(抱いている、信じている定義・観念の)通りになるのだということを。
宇宙には、シャレもジョークも、遠慮も謙遜も通じないのです。
宇宙は、バカ正直だから。(爆)
いやいや、宇宙は、完璧に私たちの味方だからです…。


観念とは、本当に恐ろしい。
『努力をしないと駄目だ!』
『苦労しないと人間がだめになる!』
『努力や苦労こそが誉れだ!』…。
そんなクソ真面目な、堅苦しい、怖れの言葉ばかり聞かされて生きてきた私たちです。
私たちの持っているネガティブな観念というもの。
ここ何年かかけて、そんなネガティブな観念のトリックというものを、だいぶ見抜いてきた私です。


無意識に、真面目さゆえに思う、格好をつけた・気取った考えでも、あなたの思いは、きちんとあなたの信念や願い、指示・命令として、宇宙を動かしていますよ。
その苦労の実現のために、宇宙が必死になってあなたをサポートしてくれる、つまり、そんな困難な状況を与えてくれるというわけです。(笑)
真面目な人が、困難や苦労に次々と出会うのには、実はこんな理由があるのです。
怖れのない、楽しい、楽な、豊かな人生を思い描いている人は、困難や苦労ではなく、きちんと喜びや情熱・満足を引き寄せるものです。
あなたの人生は、あなたの必要としているものが、きちんと引き寄せられているということを知るべきです。
全ては、あなたが定義・観念という形で、宇宙にきちんと指示を出し、オーダーしたからです。


私からあなたに、『成長や幸せには、苦労や困難・苦痛は全く必要ない』という言葉(定義・観念)をプレゼントします。
そして、『道は、簡単に拓かれるのだ』という言葉(定義・観念)もプレゼントしたいと思います。
あなたの考えや言葉・行動の基礎(基盤)となっている、あなた個人の持っている『疑いのない常識』という世界。
『当たり前すぎて普段は考えもしない思考の前提』という世界。
そんな、あなたさえも気づいていない、あなた固有の『隠し持った思考・定義・観念』というものを、あなたがいつも見つめるようになったなら、実はとても面白い世界が見え出すと思うのですが。


頑固なネガティブな定義や観念を抱えている人とつながることは、私には無理です。
昔から。
根暗の人から学ぶことは、何もないからです。
真面目な、格好をつけた、気取った人たちが、幸せになることは、永遠にないのです。
そんな、人生を、自分自身を馬鹿にした人たちを、私は永遠に軽蔑します。


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今というものの豊かさ。

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今という存在。
今という空間。
そして、今というもののの豊かさ。


過去と未来という『疑いと怖れ』を持ち出すことの愚かさよ。
あなたは、いつも何を信じていますか?
何を信じたいですか?
何を疑っていますか?
何を疑いたいですか?
何を怖れていますか?
何を怖れたいですか?


真実とは一体何だろう?
安心、疑い、怖れ…。
私は、常に無限の豊かさと絶対的な安心の中に、安らいでいたいといつも思っています。
疑いも怖れも、真実ではなく幻想なのだということが、よくわかっているからです。
もう、へんてこな、暇な思いに、うつつを抜かすことはありません。
ネガティブな幻想に、自分を乗っ取らせなければならない理由など、全くないからです。


理由も原因もなく突然に、無限の豊かさと安心を手にすることが大切ですね。
それは、いつでも簡単に手に入るものだからです。
常に、今しかないのだから。
つまり、全てが今にあるのです。
エネルギーを注ぐなら、今の持つ、無限な、完璧なパワー、その存在を思うことです。
だがそれは、不思議でも、奇跡でもないのです。
それが、今という存在であり、私たちという存在なのです。


私は、今というものを、自分というものを、疑いや怖れという思考・幻想で見失うことはありません。
私は、いつもただ、今というもの、自分というもの、その存在の持つ無限の豊かさに、心から感謝をするだけです。


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ウィリアム・レーネンの言葉。(23)

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今日は終了し、完了しました。
違うことができたのであれば、そうしたまでです。
いつまでもこうすべきだった、ああすべきだったと考えて、時間とエネルギーを無駄にしないことです。
今日をきちんと完了してください。


人生には説明できないことがたくさんあります。
どうしてこんなことが起こるのかと、その理由を考えることは、エネルギーと時間の無駄です。
なぜ起こるのかは重要ではありません。
あなたは、すべての出来事に対処できます。
そのことを知るのが重要なのです。


あなたの中には、人生の変化に対応できるスピリチュアルな強さがあります。
それは、あなたのハイアーセルフが意図したものです。
人生のすべての経験は、過去世で成し遂げれなかったことに対してバランスを取るために起こります。
他人の魂のバランスを取るのがあなたの仕事ではありません。
変化に対応できる強さやスピリチュアルな力を生かして自分の人生にフォーカスすれば、より快適な、価値ある人生を送ることができます。


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ウィリアム・レーネンの言葉。(22)

多くの人が考えすぎています。
どんな出来事だろうと、あなたにその準備ができているから起こるのです。
これまでにない出来事にぶつかっても、それがなぜ、どうして起こったのかと考えていると、思考によってあなたのエネルギーが使われ、前進できなくなります。
ポジティブな出来事であれば、『私はもっと体験する準備ができている』と言いましょう。
新しい体験を自ら招き入れ、人生を前進させてください。


変化や新しい出来事を怖がらないことです。
心配しないでください。
変化や新しい出来事は、新しい自分を発見し、豊かさを実現するためにあるのです。


近い将来、自分に思いもよらないことが起こる『かもしれない』、ほかの人はこうする『かもしれない』、こう発言する『かもしれない』ということを考えすぎる人がいます。
しかし、『かもしれない』ことを考えると、疑いを創造し、神々やスピリットたちが現実化させようとすることに制限をかけることになります。


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ウィリアム・レーネンの言葉。(21)

新しいことにトライしたいけれど、何をしていいかわからないことがあります。
そんなときのアファメーションです。
『私は、私に適切な冒険を受け取る準備ができています』
このように言ってください。
アファメーションを言うことも行動を起こすことになります。
適切な冒険がこうあるべきだという制限は持たないでください。
宇宙とハイアーセルフがもたらすものを信頼してください。


仕事や結婚、家族だけが人生の目的ではありません。
あらゆる出来事や経験に対処することこそが、人生の目的です。
あらゆる出来事や経験に対処するためには、そのままの自分を愛することです。
直感に従い決断し、人と自分を比較せず、自分を尊び、信頼し、そのままの自分を愛し、能力を最大限に生かすことです。


心に描くゴールは、必ず実現します。
心に描く夢やゴールを追求してください。
それが、あなたの魂の望むことなのです。
実現しないものは、最初から心に思い描くことができません。


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2014年08月15日

自分の世界を完結させるということ。

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全てが、いつも私の中で、完璧に完結している。
私の世界は、いつも私の中で、完璧に完結するのだ。
人や状況を変える必要などない。
何かを教える必要もない。
私は、ただ私一人で、私の世界を完璧にコントロールできるからだ。


感情を取り乱すこともない。
人を説得する必要もない。
自分の感情も、全ての状況も、ただ私の中で、いつも完璧に完結する。


このパワーを壊せる人がいると言うのであれば、会ってみたい。
自分の世界をコントロールできない人が、人の世界をコントロールしようなどと考えることは、心底笑える。



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バシャールの言葉。(37)

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これが、最大の秘密です。
すべてのもの、すべての時、そしてすべての場所を支配するたったひとつの法則が、これです。
『自分の与えるものが、自分に返ってくる』
『エッ! それだけなの。 そんなに簡単なの?』と、あなたは言うかもしれません。
そうです。
そんなに簡単なものなのです。
自分の与えるものが、自分に戻ってきます。
これ以上にシンプルなものはありません。
そして、これ以上に深遠なものもありません。


覚えておいてほしいのは、『すべての瞬間は、新しい瞬間だ』ということです。
今あなたが『今は、今だ』と思えば、過去のことを『今』に結びつける必要はなくなります。
みなさんは、そのぐらい自由なんです。
そして、今言ったぐらい簡単なことです。
あなたが信じれば、自分自身でそれを証明することができます。
私がかわりに証明することはできません。
証明は、みなさんの中にあります。


一本のゴムヒモの一方の端がポジティブな世界で、もう一方がネガティブな世界だと思ってください。
ネガティブなほうの端を引っ張れるだけ引っ張って手を離すと、その端はものすごい速さでポジティブなほうへ飛んで行くでしょう。
極限まで行っていれば、変革は一瞬のうちに完了します。
あなたがそれをやるのです。


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バシャールの言葉。(36)

この地球上には、ネガティブな感情は否定しなければいけないと思っている人がたくさんいます。
『スピリチュアルな人間になりたい』と願い、『スピリチュアルな人生にはそんな感情が存在してはいけないんだ』と考えているからです。
しかし、スピリチュアルな意味でどれだけ成熟しているかは、ネガティブな感情を持っているかどうかでは、はかれません。
ネガティブな感情を、いかにポジティブな形で使っていくことができるか。
それが、その人のスピリチュアリティの成熟度を表します。


今のあなたは、少し前のあなたとはすでに違うのだと考えることを自分に許してあげてください。
あなたの現在の考え方や定義の仕方を変えた時、今までとは違う人間となった時、あなたは未来を変えます。
そして過去も変えます。
現在のあなたがどんな人間であろうと、新たな定義を今の自分に許した時、自分のこれからの行く方向を、自分で決めることができるのです。
自分の現実が好きでなければ、それをつくりあげている波動を特定してください。


過去や現在や未来は、実は存在していません。
時間というものは、幻想です。
過去・現在・未来、そして、すべての次元、すべての場所における現実は、『今、この瞬間』に同時に存在しています。
すべての体験が、今この瞬間に存在しているということです。
過去は、遠く昔、後ろのほうにあるものではありません。
未来も、どこか遠く、向こうのほうにあるものでもありません。
すべて、今、ここに、この瞬間にあります。


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バシャールの言葉。(35)

観念とは、方程式のようなものです。
こんな観念を持っていると気づくたびに、パワーと魔法が現れます。
気づいた時点で、それは無力化され、中立の状態になるのです。
そこで次に、新しい観念をつくります。
古い観念を取り除いて、新しい観念を入れてください。
『新しい観念ができたんだ』というワクワクする気持ちで、その新しい観念にエネルギーを注いでください。
そのあと、自分の人生を見まわして、一番ワクワクすることをやり始めてください。


あなたの現実は、『あなたが持っている観念を完璧に表している』という意味で完全です。
もしかしたら、それは完璧に悲惨な世界かもしれませんが。
つくり出した世界が望んでいるものでないとしても、『私の責任だ』と言って、自分を批判したり、後悔や罪悪感を感じたりする必要はないことを知っていてください。
もし、あなたのつくった世界が望んでいるものでないとしたら、それはあなたが無意識のうちに『その選択をしていた』ということ。
実現化したい観念を実現するかわりに、実現化したくない観念を無意識のうちに実現していたということです。


感情は、観念が生み出す『副作用』です。
また、感情は、あなたが『どんな観念を本当だと信じているか』ということを知らせる『警報システム』なのです。
ある感情を癒し、変化させるためには、その感情が自分の中にあると認めること、そして、その感情が存在するのには、ちゃんと理由があると受け入れることです。
そのうえで、その感情の裏にはどんな観念があるのかを見ていきます。


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バシャールの言葉。(34)

私たちがなぜ『ワクワクすることをしてください』と言っているのか。
それは、ワクワクにしたがって行動することで、自分の持つ古い観念システムが表面意識に出てくるからです。
表面意識にのぼってきた観念システムは、自らすすんで問題に取り組めば、解消し、変えることができます。
あなたが情熱を持てることに早く取り組めば取り組むほど、自分がどんな観念を持っているかが早くわかります。
すると、その分だけ早く対処して、観念を変えることができるのです。
多くの人は、『情熱を傾けることさえやっていれば、もう古い観念を見る必要はなくなる、だから無視してもいいんだ』と考えています。
でも、事実は、まったく反対です。
情熱にしたがって行動することは、自分がどんな観念を持っているかを、表面意識に浮かび上がらせてくれるだけではありません。
その観念を統合し、変容する能力を与えてくれます。
ワクワクすること、情熱にしたがうことは、意識をきれいにする万能クリーナーと言っていいでしょう。


どんなエネルギーを感じた時も、思い出してください。
自分には、それに対処するだけの力があるのだ、ということを。
ぜひ覚えておいてほしいのは、宇宙は、あなたが対処できないものを与えることはないということです。
決して、ないのです。
決して、決して、です。
自分には強すぎるエネルギーが来ている、と感じた時は、自分でそう定義してしまっているだけなのです。
宇宙が特定の定義づけを、あなたに押しつけてきているのではありません。


たとえば、あなたが自宅にいて『寒い』と感じたとします。
その時、あなたはただエアコンの温度を調節するだけですね。
それくらいシンプルなことなのです。
『ああ、寒い! 絶対に、絶対に、絶対に、何かひどいことが起きつつあるんだ! 温度を変えなければ!』というのではなく、『わ、寒っ。変えよっと』と、ごく気軽に変えますね。
そんな感じです。
このように、人生のありとあらゆる状況に対して、エアコンを調節するのと同じ程度の確信を持ってアプローチすることが大事なのです。


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2014年08月14日

バシャールの言葉。(33)

image/2014-08-11T03:00:32-1.jpg



『こうありたい』という状態をさまたげているものがあれば、それを再定義してください。
あなたの人生を邪魔するものは何もないのです。
新しいやり方をなかなか使おうとしないのは、あなたが今の状況を『自分を邪魔するもの』と定義していて、それがポジティブに働くのだということを知らないからです。
あなたは、『自分の進むべき道』の上に乗って歩くのではありません。
あなた自身が、その道なのです。
あなたがそこから外れる、ということはできないのです。
なぜなら、あなた自身が『道』だからです。


両手を前にして合わせ、手のひらを上に向けて開いてみてください。
このようにすると、手に水を受けることができます。
水は、あなたの豊かさの象徴です。
あなたが手を握りしめれば握りしめるほど、つかめる豊かさは少なくなります。
これが必要、あれが必要と条件をつければつけるほど、あなたが持てるものは少なくなります。
でも、握りしめている手をリラックスさせていくと、自然に何かを受け取る形になります。
リラックスして、信頼してください。
あなたの人生を、あなたのまわりの人の人生を。
そうすれば、すべての豊かさがより楽に入ってきます。


なぜ急ぐのですか?
なぜ忍耐力がないんでしょう。
いろんなことが完璧なタイミングで起きているということが信じられませんか?
あなたは、自分の人生の中で経験する必要のあることを見逃すことはありません。
スローダウンして、リラックスして大丈夫です。
あなたの人生の中で起きることは、あなたが望む通り、選択した通りに起きています。
もしあなたがそれを信頼しなければ、あなたが肉体を持った時につくり出した、最初に決めたスケジュールを信頼していないことになります。
まずリラックスして、信頼してください。
今回の人生でやるべきだと思ってきたことを完了しないうちに、この人生を離れることはありません。
すべてはまったく完璧なタイミングで起きています。


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バシャールの言葉。(32)

あなたの遊ぶ力を解放する時には、少しは自分をはしゃがせてあげてください。
自分のやっていることが、まわりの人の目にどんなふうに映るのだろうかと気にしすぎないように。
『統一性』をもってベストを尽くしている時、まわりの人があなたの行いをどのように見るかまで、責任を持つ必要はありません。
『統一性』とは、こんな意味です。
『すべての人は、その人自身を含めて誰も傷つけずに、その人の望むどんな現実もつくりだしていくために必要なパワーをすでに持っている』 ということ。
これらを、まったく疑いもなく知っている状態が『統一性』です。
それがパワーです。
悟りです。
マスターするということです。
そして、遊びです。


努力をしなくても自然に変われると信じることができれば、変化するために、破壊という形は必ずしも必要ではありません。
ひとつの見方から別の見方へ移る時、ふるえながら行くのは非常に楽しい体験です。
でも、自分自身の心を開いてそこに行くという意志を持っている時には、ふるえながら行かなくても、ネガティブなものの見方をしなくても、行けるのです。
人生の中で、本当にワクワクすることをやっている時、今のように、怖がりながら先に行く必要はなくなります。


鏡の中の自分を見ても、5分前と変わっていないと思うかもしれません。
それは、鏡を見た時に『これは同じ魂だ』と肉体レベルでわかるように、みなさんが『自分は連続した存在だ』という幻想を持っているからです。
肉体がいくら同じように見えても、みなさんは毎瞬毎瞬、文字通り、物理的にも、まったく違うに人間です。
別人なのです。
ほんの少し違う考えを持った、同じ人間ではありません。
ひとつか二つの考えが変わる時、もうみなさんはまったく違う人間になります。
『毎瞬毎瞬、自分はまったく違う人間なのだ』ということがわかり始めると、毎瞬毎瞬、自分の望むものを、何でもより自由に創造できるようになります。
毎瞬毎瞬を、常にゼロから出発することができます。


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バシャールの言葉。(31)

自分の欲しいもの、必要なものが入ってこない時は、本来のあなたを出していない時です。
宇宙のほうでは、どれを誰にあげたらいいのかまったくわからなくて、ウロウロしてしまいます。
あなたが本来の自分自身でない時、宇宙はあなたを見つけることができないのです。


自分の中の一番強い観念が、意識的であろうが無意識であろうが、その観念と同じ内容の現実を引きつけます。
なぜならば、一番強い観念が、一番強い振動だからです。
ですから、その観念を変えることを、自分に許してあげてください。


『未知なものは怖い』と、誰が決めたのでしょう?
それはネガティブな定義づけです。
定義づけを変えれば、自分がやるべきことを、やりたい時に、自分で知ることができます。
そのことについて教えてくれる人、助けになってくれる人を、引きつけることができます。
でも、あなたがその方向に動くのが怖い時、助けになる人を引きつけることはできません。
なぜならば、宇宙は、自分はもうそれを学ぶ準備ができている、という人にしか豊かさを与えることはできないからです。
『こちらの方向に行ったら、ダメになるのではないか』と一歩が踏み出せないでいると、宇宙がたくさんの宝物を持って待っていてくれるのに、あなたはその宝物に触れることができないのです。


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