もともと経営学(Business Administration)は、アメリカの実務家が唱えた理論から出発した。現在、学術研究とビジネス実務は、どのような関係にあるのか。日本とアメリカでは両者の関係に違いがあるのか。ペンシルベニア大学ウォートン・スクールのシニアフェローを兼務しながら、新刊『ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ』の執筆を進めてきた井上達彦・早稲田大学商学学術院教授に聞いた。
ケーススタディをしない会社に良い会社はない
すぐれた企業は、すぐれたケーススタディの方法論を持っているのでしょうね。たとえば、トヨタの「なぜを5回繰り返せ」というのは、ケーススタディの方法論と見ることができます。
井上:その通りです。トヨタはもちろんそうですし、セブン-イレブンも事例研究の方法論を持っています。セブン-イレブンはデータ活用が得意な会社ですが、その数字の示すことを読み取るために事例研究を徹底する。「なぜ、こういうデータになるのか」を解明するために、脈絡を拾って、原因を抽出して、横展開できることは横展開する。それを繰り返しているのが、セブン-イレブンの仮説実証経営です。
ケーススタディをしない会社に、良い会社はない。すぐれた会社になるための「必要条件」の1つは、ケーススタディに組織的に取り組んでいるかどうか。そう言えるのではないかと思います。
今回の本では、事例研究に組織的に取り組んでいる会社として、公文教育研究会(KUMON)を取り上げました。その活動は、アカデミックな学会も顔負けの盛り上がりです。たとえば、KUMONは子供を育てることをミッションとして掲げているので、子ども1人ひとりを「事例」として注目して、「この問題で鉛筆が止まった」というようなことを指導者が共有して、指導方法の改善につなげています。
事例研究に組織的に取り組んでいる会社の作法
その一方で、過去の経験に頼りすぎることにも危険がありますね。
井上:ニトリも事例研究に組織的に取り組んでいる会社として知られています。模倣やベンチマーキングを徹底的にやって伸びてきました。経営トップが「私はよその会社を模倣している」「よそにいいものがあったら全部飲み込め」と公言して、そのスタイルと学び方と作法を現場に浸透させています。だから末端の社員でも、観察の仕方やベンチマークの方法がわかっています。「調査とはかくあるべし」なんていう難しいことは言いませんが、偉大な経営者がそれを会得していて、それを組織でやるにはどうしたらいいかということを追求しているのです。
社員がすみずみまで事例研究の作法を修得している秘訣の1つは人事ローテーションにあると考えられます。ニトリでは、人事ローテーションが活発で、店舗で働いていた人が本部に行ったら、それで上がりというわけではなくて、また現場に戻します。現場に戻って活躍するのが基本なので「本部に出向する」と言い表すそうです。「出向」することで、全体の状況やデータがわかった上で現場の観察や事例分析ができるようになります。