雨宮処凛がゆく!

 90年代の「女子高生ブーム」を覚えているだろうか。

 ブルセラという言葉がメディアを賑わし、援助交際という名の売春行為が社会問題化した頃。さまざまな識者がさまざまな言葉で彼女たちを分析し、しかし当時20代だった私はなんだかそれらの言葉が上滑りしているように感じ、そうして気がつけば、ブームは過ぎていた。いろんな言葉が飛び交ったものの、終わってみればなんだったのかよくわからない「女子高生ブーム」。ただ、多くの欲望が白日の下に剥き出しにされたような印象は強烈に覚えている。

 そんな「ブーム」から十数年。現在、女子高生は「JK」という記号でやはり欲望の対象となっている。

 「JKリフレ」「JKお散歩」という言葉を見聞きしたことはあるはずだ。JKリフレとは、女子高生によるリフレクソロジー=個室でのマッサージ。JKお散歩とは、女子高生とのデート。

 そんな「JK産業」で働く少女たちの実態を描いた『女子高生の裏社会 「関係性の貧困」に生きる少女たち』(仁藤夢乃 光文社新書)を読んだ。

 本書によると、JKリフレが目立ち始めたのは2012年春頃。秋葉原を中心に池袋、渋谷、新宿、吉祥寺などに店舗が増え、2013年の時点で都内のJKリフレ店は約80店舗、JKお散歩は秋葉原だけで96店舗にのぼるという。が、こういったJK産業、合法なのだろうか? 以下、本書からの引用である。

 警視庁はリフレの取り締まりを強化したが、添い寝やマッサージだけで風営法違反に問うことはできなかった。そのため、18歳未満の少年少女を福祉に有害な業務に就かせることを禁じる労働基準法の適用を検討し、厚生労働省中央労働基準監督署に問い合わせた。
 2012年12月、厚生省がJKリフレの営業形態を、『客に性的な慰安、快楽を与えることを目的とする業務』にあたるとの見解を示したことから警視庁は取り締まりに入った。
 2013年1月、全国で初めて都内のJKリフレ店「ソイネ屋」など17店舗に労基法違反などの疑いで一斉捜査が入り、アルバイトとして働いていた中学3年生2人を含む15〜17歳の少女76人を少年育成課が保護した。

 以降、摘発を逃れるため、「JKお散歩」が増えていったという。名目は「観光案内」。店のホームページには、「18歳未満大歓迎!」「現役女子高生が大勢活躍中!」「髪型、服装、ネイル等完全自由」「完全日払い、完全自由出勤」「面接時に履歴書不要」といった言葉が躍る。大人からすればこれだけで十分すぎるほどに怪しいが、本当に観光案内だと信じて応募してくる少女もいるという。そうして少女たちは制服姿で街に立ち、「客引き」をするのだ。

 そんな少女たちに、さまざまな世代の男たちが声をかける。実際に「お散歩」をしている少女によると、声をかけてくる5割以上の男が「裏オプできる子?」と聞いてくるという。裏オプとは、裏オプションの略で性的なサービスのこと。それに対して「表」のオプションもあるのだが、私にとってはある意味でこちらの方が衝撃だった。

 本書にはあるJKお散歩店のオプション表が掲載されているのだが、その「サービス」は以下のようなもの。

 「ぷりくら1枚 2000円」「頭なでなで 2000円」「にらめっこ 1000円」「髪型ちぇんじ 1000円」「つんでれ 1000円」「手つなぎ(18歳以上)10分 1000円」などなど。

 どれもこれも、風営法に問われないようなものばかりだ。しかし、だからこそ、こうして細分化されて一覧になると、えも言われぬ迫力を持って迫ってくる。一言で言うと、相当に気持ちが悪い。

 さて、それではどんな少女たちがJK産業で働いているかというと、まず目につくのは「貧困」を原因とする層だ。

 父子家庭で、自営業の父にお小遣いをもらえないので遊びに行くお金や洋服代、交通費などを自分で工面するしかないレナ。お散歩は、妹に教えてもらって始めたという。著者にお散歩を始めて「金銭感覚は狂わない?」と聞かれると、彼女は「むしろ、普通になったっていう感覚」と答える。それまでは1000〜2000円台の安い服しか買えなかったものの、お散歩を始めてからは4000〜5000円の服が買えるようになったからだ。やっと「同世代の他の子みたいに、人並みの買い物ができるようになった感じ」。

 また、JKリフレで働くサヤは、稼いだお金の半分を親に渡している。きっかけは、公立高校に落ちて、私立高校に通い始めたこと。会社員の父親は「給料が削減されて金がない。お前のせいで金がかかるんだから稼げ」と言うのだという。最近、お爺ちゃんが老人ホームに入ったことでも家計が厳しくなったようだ。毎朝預金残高を言われて、「金がない、お前の授業料でいくら消える」「銀行に借金しているのはお前のせいだぞ」と言われるというのだから、はっきり言ってたまらない。

 JK産業で働くのは、貧困層だけではない。経済的に困窮しているわけではないが、精神的に不安定な少女も少なくない。一方で、特別な事情があるわけでもなく、「バイト」として参入している層もいる。両親との仲も良く、家庭や学校でも特に問題ない層もリフレやお散歩の現場に入り込んでいるのだ。

 ただ、やはり多くの少女が居場所のなさを感じている。そんな彼女たちにとって、JK産業で働くことが「やりがい」や「求められている実感」を得られる唯一の方法になってしまっているケースのなんと多いことか。

 JK産業を巡る実態からは、様々な問題が浮かび上がる。「子どもの貧困」はもちろんだが、少女たちの自己肯定感の低さも気になるところだ。また、多くの少女が信頼できるような大人に一人も出会えていない。だからこそ、JK産業に巣くう大人たちの「大丈夫?」といった一言や、たった一本の缶ジュースなどに「認められている」と感動さえしてしまう。

 本書の著者は89年生まれ。自らも中学生の頃から「渋谷ギャル」生活を送っていたという。現在は居場所のない少女たちの自立支援に取り組み、「女子高校生サポートセンターColabo」代表理事をつとめている。

 2014年6月に公表された米国務省の年次報告書では、「JKお散歩」が日本の新たな人身売買の例として示されている。

 大人たちの目に触れづらい場所で起きていることに踏み込んだ一冊。興味のある方は、ぜひ読んでみてほしい。

 

  

※コメントは承認制です。
第305回 JK産業にみる貧困問題。の巻」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    女性の貧困が見えにくいのは、性風俗産業にかくれてしまうからだといわれます。たとえ違法でないとしても、女子高生たち の貧困や居場所のなさにつけこんで、こうした産業で利益を得ているのは大人たち。それがもとで深刻なトラブルに巻き込まれてしまうかもしれません。女子高生たちの責任を問うのではなく、彼女たちが「信頼できる大人に出会えていない」状況を、もっと 周囲の大人が真剣に受け止めなくてはと思いました。

コメントを残す

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

最新10title : 雨宮処凛がゆく!

Featuring Top 10/169 of 雨宮処凛がゆく!