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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

二章 ロッツガルド邂逅編

不完全燃焼

 いつもなら開店前の清掃には必ず戻ってきていたライムが戻らない。

 それどころか、昨夜最後にいたはずの区域に戦闘の痕跡が見つかった。

 アクアとエリスは何事も無く戻ってきたと言うのに、彼だけが危険を伴うような場所に近づいたんだろうか。でもそんな報告は受けていない。

 識にロナさんの動きを確認したけど、昨夜の彼女に動きは無かった。

「ライムさんは、後は商人ギルドに顔を出して戻ると言っていたんですが」

「見敵必殺の指示も無いのに戦闘は不自然。あの人ならまず逃げる。そして尾行する」

 そんな指示をした事はかつて一度も無いよ、エリス。
 それと、もう言葉に突っ込む気は無いからな。
 戦争でもするなら別だけど、森鬼は基本調査員みたいに動いてもらっている。ライムが姿を消したらしい戦闘跡地は確かに二人とライムが別れた場所から商人ギルドへ向かう途中だった。彼は例えいきなり襲撃されてもあっさりとやられるような腕じゃない。刃を交えながらも逃げてやり過ごし、戻る相手を尾行して僕に報告に来る。それが出来る人だ。

 となると、考え難いけど逃走さえさせてもらえない相手か。この都市に誰か新しく腕利きでも入ってきたのかな。どこかの商人に専属で雇われると言うパターンなら冒険者がこの街に入ってきても不思議は無い。

 ドワーフに店を任せて僕達は二階で顔をつき合わせている。こうしていられるのも忙しくなるまでの間だ。流石に彼らだけで店を回すのは酷だから、アクアとエリスには店に戻ってもらわないといけない。どの道、ライムが捕まるかやられるかしたのなら二人の実力では同様にやられる可能性が高い。

 僕と識で動くのが妥当だろう。

 ライムの危機だと言うのにまだ落ち着いていられるのは、彼がヒューマンだからどうでもいいと言う訳じゃなく、戦闘の痕跡を調べた識が命は無事だろうと言ってくれたからだ。勿論、それを妄信してのんびりと探す気は無い。一刻も早く助ける心算でいる。戦闘で命を落としていないからと言って今も無事とは限らない。ただ、攫った以上は何か目的があると思うから少しは猶予がある筈。

「ライドウ様、どうやら一杯食わされたのかもしれません」

「……ロナさんに動きは無かったんだろう?」

「ええ。ですが、以前聞いた念話の妨害、祝福を抑制する指輪の話と状況が一致します。何か奇妙な力の流れが。どうやら、連絡はさせてもらえなかったかと。このような技術は魔族しか持ち得ないかと思いますが」

「あれか……。使われた痕跡があるんだ? ロナさん以外にも何人か入り込んでいて、隠していた手札で僕達に喧嘩を売ってきている?」

「可能性は、あると思います。奴ならこの程度、隣人と握手したままやりかねません」

「……。他に何か彼の居場所に関係する情報は?」

「気になる人物の魔力を見つけました。学園図書館の司書エヴァ。彼女の魔力が何故か現場にありました」

 エヴァさん。確かに予想してなかった人物だな。図書館の司書である彼女が出歩く場所でも時間でもない。

 それなりに知り合いではある。だが出会ってから彼女は司書とルリアの姉としての顔しか僕に見せていない。時折不自然に見える様子も、噂好きの範囲に収まる程度に見えた。

 特に疑惑を感じたりはしなかった。あるとすれば出会った時の……。

「エヴァさんか。彼女がライムの隙を突けるとは思えないんだけど。もし無関係で好奇心は猫をも殺す、と言うのなら不憫だね」

 そもそも物静かで読書好きな彼女が噂話に敏感と言うのも妙な感じだけど。そんなの、高校にもいたしなあ。やたらとアンテナ立てているようなタイプ。いつか絶対に何かに巻き込まれそうな。

 今の、僕達がまだ全然手札を見せていない状況下でロナさんが動くと言うのは、実はどうにもピンとこないんだけど……。

「やはり、まだ判断を下せる状況ではありませんな。私も、どうも魔族の仕業と決めてしまっていますし。アクアとエリスには店に戻ってもらって、ライドウ様と私で現場に戻ってみますか」

「……そうだね。学園の廃墟区画、行ってみるか」

 識に提案された時、現場百遍なんて言葉が浮かんだ。犯人の足取りを探る、とか。

 ライムが消えたのは学園の敷地から商人ギルドまで伸びる通りでの事だ。元々、今は使われていない区画から通じている通りなので人の使用も殆ど無く、人気そのものが少ない。

 だけど彼が調べていたのは学園の敷地内。今は使われなくなった通称廃墟区だ。正しくは再開発予定の立ち入り禁止区画と言う。調べるならこっちにするべきだと思う。

「一応、最初は現場からお願いします。新しい発見が見込めるかもしれません」

「了解。それじゃあアクアとエリスは店に戻って。僕らは多分遅くなるから来客があれば用件を聞いて、後ほどこちらから連絡するとお伝えして」

『いってらっしゃいませ』

 二人の従業員に見送られて僕と識は消えた仲間を探しに出た。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「……無事かい、ねえちゃん」

「今目を覚ました貴方に言われたくないわ。今のところは無事だけど」

「そりゃ、良かった。で、状況を教えて貰えるかい」

「あの男の子にやられた貴方を介抱してあげようと思ったんだけどね。すぐ別口が来たみたいで、私は貴方と仲間扱いされてこの様よ。多分もう朝。無断欠勤、勘弁して欲しいわ」

「ああ、司書さんだっけか。確かエヴァさんとか言ったっけ。まあ仕事なんざ一回や二回休んだ事を気にしていても仕方無いってもんさ」

「……」

「ち、しくじっちまったかあ。抜いて負けるたあ情けねえや。……刀もえか、姐さんと旦那に合わせる顔が無えよ」

「……ちょっと」

「あん?」

「何で私の名前知っているのよ? それに職まで」

「ああ。俺はライム=ラテ。クズノハ商会の従業員。おたく、ライドウ様の知り合いだろう? なら顔くらい見知ってるさ、従業員としてな」

 軽く自己紹介をしながら俺の目はもう周囲の把握を終えた。牢屋だな、それも空気の篭り具合から察すると地下か。饐えた匂いに、小さな生物の気配がそこら中からする。虫でも這い回っているんだろう。人は俺と司書の女が一人。旦那から一応洗っておいて欲しいと頼まれた女だ。今の所確定的な証拠は出てきていないが、俺の勘ではこの女は何か企んでいる。昨日、あんな場所にいた理由もわからないしな。少なくとも夜の散歩で通るコースじゃない。不安を押し隠そうとして平然とした顔を保っているが、そう冷静でも無いだろう。この女は虫が苦手らしい。なのに今は耳を澄ますだけで奴らの存在を感じると言うのに取り乱してもいない。嫌悪感も見られない。内心は相当焦っていると見た。

 体の各部を確認する。俺の命より大事な刀をはじめ大半の武装は解除されてしまっている。絶対に取り戻すとして、無事な装備を確認する。ドワーフの兄さんたちが作った幾つかのものが無事だった。

 武装とみなされなかったか、さもなければ単なる装飾具とでも思われたか。だが武具を取り上げた連中をお粗末だとは言わない。俺だって以前ならこれが武装だと思わないだろうからな。魔力も限界まで隠蔽してあるし、これ自体に道具を隠してあるでもない。

 右手首のバングル。これは実はドワーフの作った武器だ。俺は短く鍵になる言葉を口にした。

 淡く目立たない光がバングルと右手を包み、一瞬で手に重量が伝わる。右手に剣が出現した。

「っ!? それは!?」

「しっ、大声を出すな」

 驚くのはわかる。だが状況を考えて欲しい。現状、俺と彼女は利益が一致しているはずだ。脱出という確かな利益がな。

「貴方、店員なんて嘘でしょ?」

 剣を振る仕草から何か感じたのか、司書が俺に疑いの目を向ける。やれやれ、姐さんに連れて行かれたあの魔境じゃ俺なんぞ大した事は無いんだがな。モンドとの勝率もようやく上向いてきた程度だし、この一件が終わったらまた鍛え直さねえといけねえ。

「クズノハの店員には俺程度はごろごろしてるよ。一応確認するが、エヴァさん、あんた脱出したいよな?」

 ん? おかしい、迷っている? どういう事だ、この女まさかここに俺を閉じ込めた連中と関わりがあるのか? 内輪揉めとなると少し話も変わってくるが……。

「……ここは学園の廃墟区。ここに拠点を作れる連中は、相当な組織よ」

「へぇ、推測だけじゃない言葉の強さだねえ。あんた、何が言いたい?」

「つまり学園内にも協力者がいるって事。ここから逃げただけじゃ一司書に過ぎない私にとっては状況はあまり変わらない事になる」

 命が危ないかもしれないってのに、冷静な事を言うじゃねえか。まあ、確かに天下のロッツガルド学園内で怪しげな連中が動き回るには、内部の協力者は必須だろうな。まあ、それが誰かを明らかにするのはこれからだ。刀を取り戻すついでにやるさ。

「ごもっとも。数日後に手が回るかもな」

「それに貴方はあの子に負けた。それも素人目にも圧倒的に。あれは、勝つ所か逃げる事さえ出来なかった。そうよね?」

 痛い所を突くねえ。確かに、逃げれないと悟って腹を決めて本気で戦って負けた。次やれば勝てるなんて生易しい実力差じゃねえ。姐さんや旦那にやられた時みたいな絶望的なものを感じた。

 あのガキ、年は旦那より少し上、識さんと同じ位か? だがあんなナリであれだけの力なら評判にもなっていようものなのに、まったく聞いた事がねえ。

「あんたの言う通り、あれがいたら終わりだ。でも安心しな、ここにあいつはいない。俺も俺なりに手は尽くしてる。勝算があっての行動さ」

 俺とてただやられるだけじゃ芸が無い。当面、少しでもやれる事があれば足掻く。それは今の俺が心に決めていることでもある。現在、あの野郎は少なくともこの付近にはいない。俺が行動を起こすには好都合だ。

「それを信じるとしても私の危険は変わらない。ここから助けてくれると言うなら、学園に巣食っている連中を一掃する所まで面倒を見て欲しいの」

 嫌な目をしやがる。人を値踏みするような目だ。どうにも司書のエヴァってのとこいつに相違点が多いな。こっちがこいつの地か? だとすると、こういう人種の出身なんてのは……少なくとも司書なんてしねえな。こいつ、貴族が身を偽っているのか、それとも没落した元貴族か。そんな所か?

 だとすると名前も偽名かもな。旦那も面倒な女と関わりを持ってらっしゃる。こういうのは巴の姐さんが好きだったりもするから、すぐ始末しちまうのもまずいんだよなあ。旦那の知り合いでもあるから余計に難しい。

「面倒をね。まあ奴らに礼はする気だがよ……そこまでやってやるメリットは何よ?」

 冒険者は辞めたとは言っても、タダで働いてやる道理は無いわな。今の俺は商会に仕える身なのだ。仕事をするなら報酬はもらっておかないと後に面倒を残す事もある。

「……貴方の身元が本当にクズノハ商会の店員なら。私は貴方の主に有益な情報を提供できる。そしてもし本当にこの組織が学園に伸ばしている手を潰せると言うのなら」

 この組織ね。この女、連中の事を確実に知ってやがる。旦那は怒るだろうから、識さんと二人でちょいと内緒で頭の中見させてもらう事になりそうだな。どういう関わりかは知らんが、怯える程度には相手の事を知っていると見える。

 連中、恐らく旦那から調査を頼まれた奴らに違いない。そんな非道な連中の事をただの司書が知っている訳はねえ。エヴァね、この分だと妹のルリアとかって言ったか、そいつの方も含めて詳しく調べる必要があるな。

 だがこの場では下手に断りを入れて背後に敵を作る事も無い。

「……言うのなら?」

「莫大な報酬を約束するわ」

 キナ臭いねえ。本当に。冒険者時代、一番疑った言葉の一つだぜ。

「わかった。メリットの話は後で聞くとして。あんたの安全は保証する。一緒に旦那の所に来てもらおう。が、その前に嫌な物も見ることになるかもしれないが、覚悟は当然あるよな?」

「問題、無いわ」

 じゃあ、さっさと終らせて旦那に報告に戻らないとな。ったくあのガキに念話を封じられて不便でしょうがねえ。

 よし。術も使える、武器もある。ここにいる連中をやる程度は全く問題ない。

 旦那にゃ報告を最優先と言われたものの、この先見る物によっては俺も我慢なんぞ出来なくなるかもしれない。いや、はっきり言うなら多分出来ない。そう考えるなら念話が使えないのは却って良かったかもだな。

 まずは刀。よくも姐さんに頂いた俺の相棒を。位置はもう把握している。あれは俺用に調整してもらったからこんな芸当も出来る。後付の能力付与や調整は武器の質によっては不可能だったりぞっとする程高価だったりするんだが、ドワーフの兄さんらは旦那と姐さんの口利きもあったからだろうが、一晩で俺の要望をほぼ反映させてくれた。汚い手でよくも俺の命に触ってくれやがって。

 だからこそなんだが、あの人らが苦心する旦那達の武具は一体何なんだと思うぜ。

 階層全体に漂う古びた雰囲気に合わない、真新しい金属の格子を手にした剣で細切れにする。大した芸当じゃない。武器が良すぎるからこんな事も容易く出来るってだけだ。足手まといを一人連れた俺の反撃が始まった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 これは、どうなっている?

 僕と識は事件現場と思われる場所で戸惑っていた。

 以前調べた時には無かったあからさまな痕跡があったからだ。

 それもこの感じ、巴とかランサーに感じたのと同じ……。

「ライドウ様。この痕跡、点々と廃墟区まで続いておりますが」

「前は無かった、だよね」

「はい、それもこの痕跡、竜の気配を感じます」

 やっぱり。竜と言うと、巴かランサーが思い浮かぶ。

 巴なら僕に連絡が無い訳ないし、ランサーか? あいつならライムが負けても不思議は無い。

 ソフィアとの再戦? 冗談じゃないな、まだやりたくない。会いたくもない。とにかく話を聞かないんだよなあ、二人とも。

 識がいるし、相手の手札もある程度見ているから以前よりは良い勝負が出来ると思う。でも基本、やるなら確実に勝てる見込みが欲しい。結果のわからない勝負は避けたい。

「これ、一応隠蔽してあるけど隠す気は殆ど無いよね」

「まず罠でしょうな。ただ竜となると、魔族の線は薄くなったかもしれません。ロナに親しい竜はいなかった筈です」

「ランサーって事もある。彼らは一応魔族側なんだと思う」

「竜殺しと同行していたと言うランサーですか。ふむ……なら迷う事もありませんな、ライドウ様行きましょう」

「はあ!?」

 いやいや、迷おうよ!? 識までバトルジャンキーになられたら僕の胃が潰瘍的な物でぼっこぼこになるよ!?

「この先にランサーと竜殺しがいるなら、良い機会ではありませんか。我が主に血を流させた事、懺悔しながら死んでもらわなくては」

「し、識?」

「ふくくく、ライムめ。本当に良い仕事をする。本来なら巴殿と澪殿を呼ぶのが流儀、されどこの非常事態下にあっては止む無しと言い訳もたつ。竜殺しだか御剣だか知らんがこの私に機会が回ってこようとは……良いね、良いよ。素晴らしい」

 一番、冷静にあの話を聞いていてくれたのは識だったかと思っていたんだけど。どうやら静かに我慢していただけだったようだ。こ、怖い。

 目なんて初めて会った時の、赤く輝くあの瞳よりも狂気を感じる位だ。薄く笑っているのが余計に迫力を増加させている。

「おい、あいつらは本当に強いんだって。聞いているか、識?」

「……勿論でございます。つまり存分にやれると言う事でございますね? 大丈夫です、微塵も手加減する心算はありません。万が一私が及ばなくても、その時はあのお二人をお呼びすれば……絶望の底はそう浅くは無いぞ愚か者どもが」

 完全にいっちゃってるな。ソフィアと再戦する時は、もしかしたら僕の出番は無いかもしれない。やられっぱなしも寂しいけど、識ですらこれだ。従者を抑えられる気がしなくなってきた。いや、本心で言えば僕の事で怒ってくれる彼らを抑えたく無いと言うのもある。

 識がこれだけやる気なんだ。僕も一緒に行くんだし、余程の事には対応出来る。以前とは違うと言える程度の自信はあった。

 罠ね。

 面白い。従者になってから識の本気はまだ見た事が無い。僕と修練するとカウンタースペルの練習が主になるから、契約して様々な事を学んだ彼の戦い振りはこれが初めてじゃないかな。森鬼の訓練には識は参加していないし。

 いや。純粋に敵と対峙してと言う意味では識に限らず、僕はまだ従者の本気なんて見た事が無い。

 何が待っているのかわからないけど、僕と識は廃墟区に向かう。

 既にぶつぶつと呟きながら凶悪な魔力に身を包んだ識。既に話しかける雰囲気でもないね、これは。

(旦那、ヘマをして申し訳ございやせん。ライムです、学園の司書エヴァさんも一緒です。今、廃墟区にて頼まれた施設と実態を確認。エヴァさんの安全を最優先にした上で、施設の機能停止と敵の殲滅を完了しやした)

 へ?

 ラ、ライム!?

 まったく繋がらなくて諦めていたライムから念話が入る。こっちからは常にオープンにしていて良かった。良かったんだけどさ。

(ライム、無事なのか!? それにエヴァさんも一緒!? えっと、あれ、そこ竜とかいなかった?)

(竜? いえ竜はいませんでした。一応施設にはお話にあったものだけ……。二人とも、五体満足です。詳しいご報告は後ほど、ただエヴァさんが旦那に話したい事があるようでして。これからそちらに向かいます。今あっしが襲われた辺りにおられやすね?)

(あ、ああ)

 凄い位置把握能力だな。もう本職のスカウトみたいだ。

(では)

 では!?

 って事は直にこっちに来るじゃないか!

 まずい、識! こいつ戻さないと! エヴァさんに凄くまずい! って、何か考え滅茶苦茶!?

「識、ライムが戻ってくる! 何かもう済んだみたいだ! おい、戻れ識! スイッチオフ! 脱げ! その凶悪な魔力、さっさと脱ぎ捨てろ! 微笑み! 微笑み!」

「……ライムゥ。あ奴という奴は……!」

「聞こえてるか!? 切り替えろーー!!」

「ここまで昂ぶらせておいて、ただいまとは何事だ! 何故もう十分が待てんのだ、あいつは!!」

「いややややや! 竜なんていなかった! 勘違い! 勘違いだった!」

 ライムが戻ってくるまでに識を宥めて学園モードにする。久々の高難易度ミッションだった……。





◇◆◇◆◇◆◇◆





(ライドウか。商人だなんて言葉を真に受けはしない。でも私達魔族への嫌悪は確かに微塵も感じなかった。竜殺しどものように目的の上で手を組むと言う様子も感じない。普通、本当に普通。あの坊やはまるで他国のヒューマンと話すかのように魔族とも接すると言うの?)

 ロナはカレン=フォルスに宛がわれた一室で静かに寝台で横になっていた。目も閉じている。しかしその頭の中では今回の遠出で全く予期していなかった要素の情報を収集、整理していた。

 魔将としての彼女の主な役割は情報の収集と活用。時に戦術や戦略を進言する事もある。戦闘能力では個人では四人居る魔将の中では三番手。だが彼女はその辺りはあまり気にしていない。各々が得意な分野で王に仕えればそれで良いと考えているからだ。だから己が任されている分野で周囲に恐れられても蔑まされてもロナは動じない。むしろ任務に忠実である事の証明と、彼女は内心で誇っている。

(ヒューマンの学園講師としての実力は逸脱している。数名が高い水準を誇っている学園講師の中でも少し異質ね。そして彼が育成しようとしているスタイルのヒューマンがこれから現れてくるとなると少し都合が悪い。あの考えは私達にも通じる物がある。数に勝る側に同じ事をされれば不利は必定。つまり本来は速やかに処理すべき対象なのだけど。問題はあの情報量、そして彼自身の考え方。魔族でも限られた者しか知らない私の名を知り得たその情報の入手経路は潰しておきたいところだし。ライドウ自身の考え方は驚いたけど、本当ならとても有益なのよね。彼自身は扱いやすそうに感じたし凄く使える駒になってくれそう。ただその場合に邪魔なのがあの識。私の勘だと彼が情報組織をまとめていると思う。私の名を知っていた油断のならない人物。最上の手としては識を消してライドウに取り入る事。魔族にとっても益の大きい結果になるでしょう)

 今、ロナは密かに忍ばせている数人の者にクズノハ商会とライドウについて調査を命じている。さほどに危険度が高い場所でも無いために、ロナが連れて来た者も能力に優れている訳ではない。今となっては人材不足だったとは言え、この選択が悔やまれる。

 尻尾を掴まれては意味が無いどころか裏目に出る為、ロナは相手に悟られない事を至上として命令を出した。情報が集まる速度、それに精度に問題は出るだろうが今は少しでも相手を知る必要がある。その程度は無理をしても良いと判断した。

(学園ではクズノハ商会に目立った動きは無い。後で商品は確認するけれど……雑貨店である以上特筆すべき点があるかどうか。ギルドでライドウの情報を照会したら区分は何でも屋だった。ギルドへの登録時期、業種の選択から察すると、どうやら商才に優れているでも無いようね。……本人にまったく優れた資質が無いのに周囲に優秀な者ばかりが集まると言うのもおかしな話、何かしらの才能は持っているか。そうね、戦闘能力は大したものだった。危うく私も本気でやろうかと思った位。でも、助手の識も相当強いと思うんだけど……果たして優秀な存在を集める要因足り得るか)

 雲を掴むようなあやふやなまま、一向にまとまらない思考にロナは苛立つ。少なくとも彼らが今後、何の障害も生まないとは彼女には考えられない。ならば何らかの策を講じるべきなのだが、相手の姿がはっきりと掴めない上に得体の知れない情報網を持っていると予想できる相手だけにどこまで踏み込めるのか、まだ判断がつかない。

(一先ず、あの件で彼らの行動力と戦力の一端を見せてもらいましょ。私がここに来た本来の目的はもう済んでいるから危ない橋を渡る必要も無い。少なくとも神殿の関係者でも無い限り、あの件でヒューマンに好印象を抱く事も無いでしょうし。亜人への非道は、転ずればヒューマンへの非難、私がここにいる事も含めれば魔族への好感に繋がる可能性だってある。どう転んだとしても害にはならない。協力を求められたら私個人で手伝えば支障も出ない。自然に消える為の布石にもなる。あの状況にしては、まあ合格の立ち回りだった)

 ロナが目を開く。今のところ、アクシデントにも対応できているし、先の見通しも立った。思考に一区切りがついたのだろう。

 そして夜の帳が下りてきている事に気付く。それなりの時間を使ってしまった事に苦笑する。

 しばらくすれば、またヒューマンとの間に戦闘が起こる公算が高い。ロナはその戦闘に自身も参加する事になるだろうと予想していたし、まだやらなくてはならない仕事は沢山残っていた。ただライドウの存在で彼女の予定が少し狂っていた。

(もっとも、ステラの方はイオがいれば殆どは万が一の備えになってしまうのよね。こと戦場での采配と戦闘能力では彼ほど信頼をおける存在も珍しい。現状の戦闘規模を考えても、今はソフィアがヒューマンの戦力筆頭なのだから彼女を抑えている以上、向こうの攻撃はそれを下回るのは間違い無い。後は魔人の正体と正確な能力さえ分かれば磐石ね。舞台は全て我が王の描いた通りに進行している……。魔人がライドウだと言うならそっちも結構簡単なのだけど。流石にそこまでは上手くいかないわよね。戦闘の時期、魔術の規模、信頼性は低いけれど集まった容姿の情報。ライドウとの一致は性別を別にすればあのコートのような防具だけ。赤い法衣に青い法衣、似ている形状まで含めればそこだけは一致する。はぁ、あの青いコートだけで疑うようじゃ、私の勘も鈍ってるわね。学園の平和ボケが伝染したりはしていない心算だったのに。もう、今日はこのまま休もう)

 今頭を悩ませる二人、ライドウと魔人が同一だと彼女は気付くのは、まだ先のようだった。
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