大人になって、小学生の頃よりゲームが上手くなっていますか
この辺の記事を書くために、1980年前後のアーケードゲームをリアルタイムに遊んでいた人達の反応を知りたくてインターネット上を彷徨っていたところ。
とあるゲームに対して、
「1周だけなら小学生でもクリア出来る難易度」という表現を見かけました。
確かにこういう表現はよく見かけますし、自分も使ったことがあるかも知れません。
ネットスラングで「小並感=小学生並みの感想」が揶揄だったり自虐だったりに使われるように、「小学生レベル」とか「小学生でも出来る」という言葉は「レベルが低い」とか「簡単」という意味合いで使われることがほとんどだと思います。
なので、この“小学生でもクリア出来る難易度”という表現も、「小学生はもちろん、中学生以上だったり大人だったりすればもっと簡単にクリア出来ますよ」という意味で書かれているものだと思うのですが。
みなさんは、小学生の頃より今の方がゲームが上手いですか?
私は正直自信がないです。
小学1~2年生の頃ならともかく、小学5~6年生の頃の自分に勝てる気はしません。
まず「時間」。
私が小学生の頃は塾にも通わず習い事もしていなかったので、ゲームに使える時間は圧倒的に小学生の頃の方が多かったと思います。
また、当時はインターネットもなければパソコンも持っていなかったし、お小遣いもそれほどもらっていませんでしたから“他の娯楽”に手を出す余裕もありませんでした。半年に1本買ってもらったゲームをずーーーっと遊んでいたくらいで、娯楽に溢れまくって「ゲームを買っても遊ぶ時間がない」「さっさとクリアして次のゲームに移りたい」なんて言っている今の自分と比べれば、「1本のやり込み具合」は小学生の頃の方が圧倒的だったと思います。
そして、「体力」。
小学生の頃も「ゲームをやり続けると目が悪くなる!」と大人に怒られていましたが、気にせずに何時間だって遊んでいられました。目に悪いと気を使って、ゲーム→公園でサッカー→ゲーム→公園でどろけい(けいどろ)とインターバルの間に走り回っても全然大丈夫なほど体力もありました。
今は1時間もゲームを遊ぶと目が疲れちゃって、誰に怒られるワケでもなく自分から電源を切る始末です。
それどころかアクションゲームを必死に遊ぶと肩が痛くなると書いて「貧弱」「おじいちゃん」「ゾンビ」と散々バカにされたことがありましたが、最近も必死になって『スーパーマリオブラザーズ』をプレイし始めたら右肩が痛くなって泣きそうなくらいで。「必死になってゲームを遊ぶ」ことすら困難になりつつあります。
それでは「経験」はどうなのかという話。
「1本辺りのゲームにかけられる時間」は小学生の頃の方が上だとしても、その後の長い人生をゲームとともに歩んできて「たくさんのゲームを遊んできた経験」は今の自分にはあります。
例えば『スーパーマリオブラザーズ』を小学生の頃に遊んでいたとしても、その後の自分は『Newスーパーマリオ』を始めとしたたくさんのアクションゲームを遊んでいるのだから、小学生の頃より『スーパーマリオブラザーズ』が上手くなっているに違いない!
と思って超久しぶりに『スーパーマリオブラザーズ』をプレイしてみたら、
2-4でゲームオーバーしました。
というのも……アクションゲームって一言でくくっても、「動きのクセ」はゲームによって違うワケで。
「マリオシリーズ」と他のゲームが違うだけでなく、同じ「マリオシリーズ」であっても……ファミコンの『スーパーマリオブラザーズ』と、スーファミの『スーパーマリオワールド』と、DSの『Newスーパーマリオ』とでは、それぞれ違うクセのあるゲームなんです。だからむしろ、「最近のマリオと違う!」という違和感で溶岩に落っこちまくりました。
ゲーム以外のメディアで言うと―――
例えば小説とか映画とかは顕著ですし、漫画やアニメだって私はそうだと思うのですが。
「読解力」とか「分析力」とか「人生経験」とか「たくさんの作品を観てきた経験」とかが必要な場合もあって、小学生の頃には難しくて楽しさが理解できなかった作品を、大人になった今なら楽しさが分かるってことはあると思いますし。
また、子どもの頃に楽しんでいた作品でも、大人になって改めて観てみると実はものすごく深い話だったってこともあります。それこそ『機動戦士ガンダム』なんかは、観るたびに“今の年齢だからこそ”感じるものが違ってくるアニメなんだという話は何度も書いていますね。
(関連記事:アムロ・レイは誰を殺すのか)
ゲームに関しても、「ストーリーを読み解く力」は小学生の頃よりも今の自分の方が上だとは思います。小学生の自分が『MOTHER2』をプレイしてあそこまで絶賛できたかどうかは自信がありません。
ただ、「ゲームの攻略」という点では小学生の自分に勝てる気がしないんです。
クイズゲームのように「ゲーム以外で得た知識」が活きるジャンルならばともかく、他のジャンル……アクションゲームもRPGもパズルも勝てる気がしません。シミュレーションゲームとアドベンチャーゲームは若干「年の功」が活きそうとは思いますが、そもそも私にとってのシミュレーションゲームは今でも「大好きだけど下手くそなジャンル」ですからね。
バーチャルコンソールで「昔クリア出来なかったゲームにリベンジを!」とやっても、昔クリア出来なかったゲームは自力ではやっぱりクリア出来ませんでした。「攻略サイト」と「まるごとバックアップ」を駆使して何とかクリア出来るってカンジで、それらのゲームをクリア出来たのは「大人になった自分」の成果ではなく「文明の利器」によるものなのです。
(関連記事:3DSやWii U等で、「昔クリア出来なかったゲーム」へのリベンジのススメ)
もちろん、世の中には「ガチで小学生の頃よりゲームが上達している大人」もたくさんいらっしゃることとは思います。ですが、長年ブログでゲームの話を書いてきて、コメント欄とかTwitterのリプライとかでもらう話を見る限り、「今はそれだけの時間をゲームに割けないから子どもの頃の方がゲームは上手かった」という大人もたくさんいるんじゃないかと思うのです。
だからこそ、最近のゲームは「上手くなくても楽しめる」とか「上手くなくても最低限クリアはできる」ってものが多くなっているのかなぁと思いました。それは決して「小さい子どものため」だけではなく「時間も体力もない大人のため」でもあるんだろうと。
○ 余談
では、「小学生でもクリア出来る難易度」と書くのは間違っているのでしょうか?
私は、実はそうは思っていません。
特にこの記事を書くきっかけとなった「1980年前後のアーケードゲーム」についての紹介としては、間違っていないと思います。それはつまり、「小学生の財力でもクリア出来る」という意味です。
一部の例外はありますが、基本的には小学生より大人の方がお金って持っていますよね。家庭用ゲーム機がまだそこまで普及しておらず、1プレイごとに100円がかかるアーケードゲームでは上手くなるためにもお金がかかるとも言えて。「少ない予算でもクリアまで進める」=「小学生でもクリア出来る難易度」という表現は間違っていないと思います。
最近でもまだ多いのか分かりませんが、「札束で殴りあうゲーム」と表現された“基本無料だけどどれだけお金を投入したかで強さが変わる”ソーシャルゲームの類が人気だったのも。「大人」が確実に「小学生」の頃よりも強くなったと感じられるゲームだったから、あそこまで人気になったのかも知れませんし。
私もそう思いますし、伊集院さんなんかもよく仰っていますが、「有料DLCをやるなとは言わないけど、お金をかけた分だけ有利になる有料DLCはやめてくれ!」という主張の意味はさっきの話の裏表で。「お金を持っている大人」であっても「お金を持っていない小学生」であっても対等の条件で戦えるようじゃないと、「勝てた(クリアできた)のはお金の力のおかげなんだ」と思えてしまうからじゃないか、とか。
「小学生の頃より、大人になった今はゲームは上手くなっているのか」という問題は、ゲームにまつわる色んな話に関係している話なのかもなって思うのです。
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