曽根賢(Pissken)のBurst&Ballsコラム

元『BURST』、『BURST HIGH』編集長の曽根賢(Pissken)のコラム


テーマ:

[鬼子母神日記]

●ボスYの「報告書」その1からの続き



「日本は中国に負ける」


まだ朝の8時前だというのに、車の中は蒸し暑かった。まだ関東は梅雨明けしていなかったが、連日蒸し暑い日が続いている。
今日も暑くなりそうだ。
「警察は脱法ドラッグについて、どうゆうスタンスなんですか?」
助手席に座っている中肉中背の警部補に僕は聞いた。
「まぁ昔からあるんですよね、この手の脱法ドラッグは」
中肉中背の警部補は、前を見たまま「そこ右ね」などと運転手に指示をだしながら話す。
「ただここ数年で急に進化というか、効き目が強いヤツが出て来て……。我々としては使用者というよりも供給元、つまりお店とかですね、そうゆうところを知っておきたいんですよね」
脱法ドラッグが危険ドラッグと改称される前の話だ。
報道等をみる限り、現在は使用者に対しても厳しい態度で臨んでいるようだ。

「いや、これホントすごいですよ! 刑事さん! 日本は中国に負けますよ!」
僕と刑事との会話に曽根さんが口を挟む。
「なに、曽根さん。どうしたの? 意味がわからないよ」
「いや、だって中国とかで作られてるんでしょ。こんなもん作って日本の若者がみんなやられちゃうよ。あいつらそれ狙ってるんでしょ。あのリキッドは……」
「ほう。リキッド」
助手席の警部補が「リキッド」の言葉に反応して後部座席に振り向く。
「曽根さん。言いたいことは何となく分かるけど、中国はそんなつもりないんじゃないかなぁ、ははは」
もう、頼むから余計なことは言わないでくれ。


「覚せい剤被疑者と警察署」


男ばかり5人が乗った車が、警察署に到着した。
助手席の警部補ににらまれて以来、曽根さんは大人しくなっていた。
警察署に入り、そのまま受付を抜けてエレベータに乗る。
2Fで降りて、組織犯罪対策課の部屋へ入る。
早朝だというのに、20人ほどの人たちがすでに働いていた。
刑事2人に先導されて入ってきた僕らに、その場にいた全員の視線が注がれる。
どの机も書類が高く積まれ、所狭しといった雰囲気だ。雑誌の編集部に似ているなと思った。違いがあるとすれば、部屋の脇に3帖ほどの取調室が2つあるくらいか。

奥の取調室に入れられ、曽根さんが椅子に座り、僕がその脇に立つ。
中肉中背の警部補が書類を3枚持って来て、曽根さんにサインをしろと言った。
「ええ! マジじゃないですか!刑事さん!」
1枚目は、確か任意で取り調べを受ける旨の許諾の書類(これはうる覚え、多分覚せい剤検査キットの使用許諾だと記憶している)。住所と名前、年齢、職業と書く欄がある。
曽根さんが震えながら「住所がわからない」と言うと、そばにいた若い警官がメモを出してくれた。
それを見ながら曽根さんが自分の住所を書き写す。

次に名前だが、なんと曽根賢の「賢」の字が書けないという。
「あれ、どうゆう字だっけ? 書けない。マジか」
見かねた警部補が「こうゆう字ですよ」と紙に「賢」と書いて曽根さんに渡した。
「ええ!? なんで字が書けないの」
「それくらい、薬は怖いもんなんですよ」
あちゃー、まだ自分の名前も書けないくらいヨタってる。

続いて年齢の欄には、震えるペン先で「49」と書く。もうすぐ50歳の誕生日だ。
職業欄になんて書くのか見ていると、本人は「作家」と書きたいらしい。
ただ作家の「作」の字が書けないみたいだ。
「えーっ! 書けない。マジで分からない」
「作」の字によく似ているが、そんな字ないよって文字らしきモノを書いて、曽根さんは絶句している。
「こうゆう字ですよ」またも警部補に教えてもらう。
「作家が『作』の字を書けないなんて、もうホント俺は終わりだ!」
取調室の中にいる誰一人として笑わない。
僕は心の中で「いいぞボンクラ。その調子」と思っていた。

2枚目の書類は、尿を証拠品として提出する旨を了承する書類。
「俺、本当シャブなんかやってないっすよ!」と何度も言いながら必要事項を記入。
3枚目の書類が、その証拠品たる尿の返却を放棄する旨の書類。
「証拠品は基本返却しなきゃならないんですけど、いらないですよね?」
警部補がそう言うので、
「曽根さん。記念に貰っておいたら? 自分の尿」と僕は言った。
曽根さんは軽く無視をした。
3枚の書類にサインをして、右の人差し指で各書類に押捺。もちろん「作」の書き損じにも訂正押捺。計4カ所。

「じゃあ、曽根さん。これから尿を出してもらいますね」
警部補はそう言って、透明なカップを取り出した。
「まず、トイレに行ってもらって、そしたらこのカップのフタを取って、中を水で洗ってもらいます。何も入ってないってことが確認できたら、その中に尿をしてもらいます。分かりましたか? じゃあ行きましょう」
警部補が立ち上がり、僕と曽根さん、それとがっしりした刑事と若い警官がその後に続く。

トイレの前で採尿を待つ間に、さらに2人の屈強な刑事がトイレに入って行った。たぶん「薬班」の刑事たちなのだろう。
後から話を聞いたところによると、トイレのなかでは、空のカップを指差してるところ、洗っているところ、そして尿が入ったカップを指差してるところなどをバシバシ写真に撮られたそうだ。さながらピスケン撮影会。

曽根さんがトイレから出て来て、取調室に戻る。
曽根さんの正面に中肉中背の警部補。その脇にがっしりとした刑事。そして周りには、採尿時から加わった、薬班(たぶん)の屈強な刑事2人(腰には拳銃を下げていた)。
5人で取調室は一杯になった。
僕と若い警官は取調室に入れず、入口から中をうかがう。

「いいですか、今からこの尿を7滴この検査キットに垂らします」
細長い検査キットが机に置かれている。
「7滴垂らしたら、およそ7分待ちます。そしたら、この2本のミゾにラインが出てきます。検査結果はコチラになります」
警部補が検査結果の例が載っているパネルを見せてくれた。
検査結果は「陰性」「陽性」「誤陽性」「再検査」の4書類。
2本のミゾに各2本づつラインが出る仕組みらしい。妊娠検査キットに似ている。
左のミゾに2本ラインが出たら「陰性」。
左のミゾに2本、右のミゾに1本のラインで「陽性」だったかな?(うる覚え)。
「誤陽性」失念。何もラインがでない場合が「再検査」。
警部補が丁寧にその結果を曽根さんに説明する。
曽根さんの目はうつろ。たぶん聞いちゃいない。

「分かりましたか? じゃあ、垂らしていきますね」
警部補がそう言って、尿をスポイトで取って、数を数えながら検査キットに垂らしていく。
「いち、に、さん……」ピー、ピッ、ピー、ピッと薬班の屈強な刑事がその様子をデジカメに収めていく。
しばらくの沈黙。

さすがに、この瞬間はしびれた。
覚せい剤はやっていないから大丈夫だろうと思っても、いや、ひょっとしたらどこか内緒でやってるかも知れない、成人男性の全てなんて分かるはずがない、それに、もし脱法ドラッグの中に覚せい剤の成分が入っていたとしたら……などと、疑い出したらキリがない。完全に疑心暗鬼。

ここで陽性反応がでたら、この取調室の扉はたちどころに閉められ、僕も別の取調室に入れられ、事情聴取されるだろう。
下手したら共犯の疑いで僕も尿検査、そして事務所にはガサ入れがはいるだろう。
ガサ入れがはいったら事務所のPCとか持っていかれるのかな? 共同で事務所使用してる弟のPCも持っていかれちゃうのかな? 仕事できなくなるよなぁ……。

「すいません。このキット壊れたりとかなんとかして、間違った結果がでることあるんですか?」
思わず、入口近くにいた薬班の屈強な刑事に聞いてみる。
「いや、そんなことはありません。フェニルメチルアミノプロパンを検知するだけですから」
屈強な刑事は、フェニルメチルアミノプロパンをまるで早口言葉のように言った。
なんのことだが分からなかったが、要は覚せい剤の主成分であるメタンフェタミンのことだ。
まぁ、しかたない。こうなっちゃったもんはしかたない。僕は腹はくくった。

「僕、こんな場面初めてです」
傍らにいた若い警官が言った。
「そうなんですか? 何年目ですか?」
「配属されて2年になります」
彼も初めての尿検査で緊張しているようだった。
「2年ってことは、大学卒業してからだから……今24歳ですか?」
「そうです」
「そうですか。お若いんですね」
大学出て2年じゃ分からないかもしれないけど、世の中にはこんなおじさんもいるんだよ。決して悪いおじさんじゃないんだけど、こんなどうしようもない人も世の中にはいるんだよ。覚えておいてね。そして、こうゆうおじさんに出会ったら、出来れば優しくしてあげて。
若い警官の顔を見ながら、僕は思った。

「もうすぐ5分たちますけど、ラインが2本出てきましたね」
警部補が腕時計を見ながら言った。
「えええ! 俺、本当にシャブなんかやってないですよ! 信じてください! やってないです!」
あーあ、やっぱり説明をちゃんと聞いていなかったな。ラインが出たからって「陽性」じゃないよ。
「曽根さん。何本ライン出てます?」
「2本ですけど、ホントやってないです! ホントなんです!」
「いやいや、曽根さん。このキットの結果は、結果表のどれになります?」
「コレです。あっ、陰性です」
「一応、まだ少し時間ありますが、陰性ですね」
「あー良かったー! そうですよ。だってやってないもん!」

安堵から曽根さんはふんぞり返った。
パイプ椅子がぎいっと鳴った。
一応は、僕もホッとした。これで今日の逮捕はなくなった。
ただ、曽根さんはこの時点で安心しきっていたが、僕はまだ気を抜けなかった。
肝心の尿の行方である。
どうするの、その尿は? そのおじさんのしょんべんは?

「一応、陰性ってことですので、これでおしまいになります。これからトイレに行ってこの尿を捨ててもらいます」
警部補が言った。
その瞬間、「良かった、終わった」と本気のため息が少し漏れた。
尿は本鑑定には行かずにすむ。
曽根さんのナイスなダメっぷり。
なんとかなった。

取調室にいた全員がぞろぞろとトイレに向かった。
曽根さんがトイレに入って尿を捨ててるだろう時、トイレの前で病院から一緒だった、がっしりした刑事と目が合った。
「本当にご迷惑をかけてすいませんでした」
「いえいえ、付き添いお疲れ様でした」
がっしりとした刑事は僕に笑顔を向けた。
「あっ、ちょっとぬるくなっちゃったかもですけど、良かったらコレ貰ってください」
僕はとっさに、さっき病院内で買った3つのカフェラテを差し出した。
もちろん事案終了の確認の意味もあった。
が、本当に朝早くから迷惑をかけて申し訳ないという気持ちの方が強かった気がする。

「じゃあ、まぁ、本件も終了したことだし、有り難くいただくことにします」
がっしりした刑事は笑顔でそう言って、ビニール袋ごとカフェラテを受け取ってくれた。僕も一気に気が緩んだ。
ちょっと、それ盛っておきましたよ」
ニヤリとしてみてから、軽口が過ぎるぞ、このバカ! と思った。
「えっマジですか。じゃあ自分もこれでちょっとラリってきます」
がっしりした刑事がおどけてそう言ったのには、ちょっとビックリしたが、すぐお互い笑い合った。

事案進行中は決して笑顔を見せず、淡々とミスなく職務を遂行するが、いったん職務を離れると、冗談も通じる朗らかな人柄なのだと思った。こうゆう人たちが日本の治安を守っている。それに引き換え、僕らときたら……。

薬班の屈強な刑事が「いい歳して、もういい加減なことしちゃダメですよ。脱法ドラッグは本当に怖いんですから」的な説教を曽根さんにしていたが、そんなのもちろん曽根さんは聞いちゃいない。
神妙な顔付きで「はい。すいません。はい。すいません」と聞いてるフリをしている。
2人で30回くらい頭を下げた頃に、やっと警察署の出口にたどり着いた。


「外はすっかり蒸し暑かったが、そんなことはどうでもいい」


「いやぁ、刑事とか、マジだったよなぁ。捕まえる気マンマン。書類にサインとかホントびびった」
「いや曽根さん。マジとかマンマンとかそうゆう感じじゃなかったですよ。淡々と決められた手順に沿って流れていった感じでしたよ」
外はすっかり明るくなり、通勤の人たちが通りを行き交っていた。X署から出た僕たち2人は、とぼとぼと事務所に向かって歩き出した。
「ホント、まいったよ。病院出てすぐ、あれ? あれ?って。俺、型にはめられてる?って」
「ひとまず良かったですね。大事にならなくて」
「ホントごめん!」
「今日は、とりあえずいいですよ。もう疲れた」
とても疲れていた。
「ごめん。ホントごめん」
「ああ、蝉が鳴いてますね。今年初だ」

蝉の鳴く音が遠くから聞こえていた。
梅雨明けの宣言はまだ出ていなかったが、これから本格的な夏になる。今日も蒸し暑くなるに違いない。
でも、そんなことどうでもよかった。早く事務所に戻ってひとまず寝たかった。
「俺さー、まだ半分本気で、あの救急隊の美人と結婚できるんじゃねぇかって思ってるんだよねー」

クーラーをキンキンに効かせた部屋で、キューバの老人が見たというライオンの夢でも見られるかなと思った。


「後日談。僕が思ったこと」


後日、コトの顛末を何人かの友人に話して聞かせた。
曽根さんのコトを直接知っている出版関係者と、大手広告代理店に勤める友人を除いて、皆一様に「そんな人と付き合わない方がいいんじゃない」と口を揃えた。
(弟は「はははー、それは大変だったね」と笑っただけだったし、大手広告代理店に勤める友人は「あらー、この時期にダサいことやったねー」で終わりだった)

「そんな人と付き合わない方がいいんじゃない」という感覚は10人が聞いたら9人が思う当然の感覚なのは理解できるし、僕の事を心配してくれての発言だが、どうも違和感が残った。
「そんな人」とは、自分たちとは違う社会の枠組みから外れてしまった人、ということだ。話をした僕の友人たちは、もちろんちゃんとした社会生活を営む常識人であったし、本人たちにもその自覚がある。
僕自身にも、今のところ仕事があるし、まともな社会人であるという自負がある。でも、そんなのは「たまたま」であって今後はどうなるかわからない。
現在の僕があるのは「たまたま」普通の家庭環境に生まれ「たまたま」まともな教育を受けられ、「たまたま」周りの人たちに恵まれ、「たまたま」現在仕事があって、社会と接しているにすぎないない。
本人の努力で変えられることなんて、全体の2割くらいで、残りの8割は運だと僕は常々思っている。
今後、失業して交遊関係が極端に狭くなり、貧困に転落してテレビもネットも……つまり曽根さんのように、社会情報や世相の雰囲気がほとんど入ってこない閉塞した環境に押しやられたら……。
タバコの路上喫煙が禁止されたのも知らずに、平気な顔して路上でタバコを吸った日には、途端に「そんな人」の入口だ。

どんな人も、心のどこかに自分はそうなりたくないという恐怖があると思う。
もちろん僕にもある。
長く続いた不況下において、その無自覚な恐怖が、余計に「そんな人」を叩く感情になってはしないだろうか? ネットなどの「炎上」を見ると余計にそう思ってしまう。
「そんな人」だからと、今回のことで僕が曽根さんとの付き合いをやめると言ったところで、世の中の大半の人は何の疑問も持たず納得してくれるだろう。
「面倒くさい人にはかかわるな。自分が損する」
でもそれが本当に正しい事といえるのだろうか? 僕にはそうは思えなかった。
むしろ逆だろう!ぎゃくギャク!

「そんな人」をそんな人と言って社会からパージ(排除)するのは簡単だし、すればするほど「そんな人」は、より「そんな人」になっていく。パージした側はした側で「そんな人」の惨状が、いつか自分にまわってくるんじゃないかと、恐怖を倍増させる。
叩きの連鎖。ブルーハーツの歌と同じだと思った。
僕は社会学者ではないから詳しい事はわからないが、「そんな人」をパージする社会と、受け入れていく社会と、どちらがより強固で柔軟な社会なのだろう。
社会というと大げさに聞こえるかもしれないが、つまりは自分の身の回りのこういった些細な出来事の連続の結果だ。

勘違いしないでほしいが、脱法ドラッグを擁護している訳ではない。
曽根さんの脇の甘さは批判されて然るべきだと思う。だが、それをもって社会的なペナルティを課すのは間違っている。
本人も充分反省しているし、何も犯罪を犯した訳ではないのだ。
「自分はまっとうな社会人」と思っている人ほど気をつけないといけないと、僕の違和感が言う。
「まっとうな社会人」であるから、社会の枠から外れた人とは付き合わないし助けない、という姿勢は、一見正しいように聞こえるが、結果として社会全体の弱体化を招く恐れがある(みんなでみんなが生きにくい世の中を作る事になる)。
そして、その根源は、自分だけは助かろうという、恐ろしく自分のコトしか考えてない保身から来ているのだ。
ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」という言葉が頭に浮かぶ。
たまたま運のいいヤツが運の悪いヤツを切るなんて、いったいなんなんだ。偉そうにもほどがあるのではないだろうか?
今回の一件は、曽根さん自身よりも、社会全体に蔓延しているそこはかとない嫌な空気の正体みないなものに気づいてしまい、腹が立った。


「世の中弱肉強食? 情弱が悪い? 運も実力の内? 冗談じゃない。それを言うなら適者生存だ! PissKen最強説」


少子化問題に世界情勢の劇的変化。
今後日本がこれ以上発展することはないと言われて、多くの人が今後の失業などによる生活レベル低下を恐怖に感じている。
曽根さんは貧乏だが、貧乏臭くはない。
生活レベルなんてことを全く意に介さない性格だからだ。
たまに美味しい食事ができて、ゆっくり寝られる寝床があれば、それでいいと本気で思っている。4畳半で充分なのだ。
多くの人が信仰し、強迫観念にかられている「成長至上主義」なんてものには全く興味がない。スマホもウォッシュレットも持ってないが、本当に毎日楽しそうに生きている。
仮に、本当に今後日本がこれ以上発展することがないとしても、成長至上主義から解放されれば、現代人の悩みの8割はなくなるのではないだろうかとたまに思ってしまう(うつ病も半減するだろう)。
そういった意味において、曽根さんは東京スタイル最先端だと僕は思っている。
30年後の日本の生活様式を先取りしているのだ。




――以上がボスYの「報告書」である。

ボスYは書いていないが、この日の夜には、やはり脱法ドラッグで逮捕された友人の母親と会い、相談に乗ってやっているのだ。
翌日から、ボスYは、体調を崩した。


点滴を受けるまで、ひどいバッドトリップが続いていた。
それでも私は、最初から嘘を吐いている。
ボスYに対してもだ。
警官を見てからは、演技さえしている。
ちなみに文中に、盛んに出てくる「ロケット」とは、プラスティック製の「ロケット型」をした、パウダーを入れる「容器」の隠語のことだ。

この「報告書」を読んで、私の思うことはひとつ。
「助けを求めた友人の選択に、間違いはなかった」
ってこと。

私は2日間の大量飲酒の末、「第5期」とも「第6期」とも呼ばれる、最新の脱法ドラッグを一気に飲み干した。
過去のその手の脱法ドラッグの経験から、またイリーガル・ドラッグの経験から、そんなブツをバカにしていたのである。
しかし、それははっきりと致死量であったし、臨死体験もした。
アシッドやマッシュルームでも経験のない、バッドトリップは6時間以上も続いた。

それでも、錯乱し、発狂の恐怖に怯えながらも、私には、はっきりと「レスキュー・ロード」が見えたのだ。
その太く、真っ黒いトンネルのような道は(実際にそう見えた)、まっすぐボスYの事務所へ続いていたのである。
そして、ボスYは「報告書」の通り、私をしっかり守り、助けてくれたのだ。

次のブログで、簡単に、バッドトリップや臨死体験、幽体離脱、そして「報告書」にそって、その時の私の内面を語ってみよう。
アパートの隣の部屋のマンガ家・兵庫くんの4コマ漫画も掲載する。

あの日から約1カ月近く経ち、ようやくクスリは抜けつつある。
(素面で3時間以上、眠れるようになった)

今日も煙草代すらないので、ボスYに本を260円(わかば代)で買ってもらった。
●ウラジーミル・ソローキン『青い脂』(河出書房新社・3,500円!)
食事は、昨日、ボスYが米やオカズを買い(私のために)、それを食べさせてもらっている。
――私という人間は、もともと、ひどくラリっているのかもしれない。
(8月13日)


P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――10,000円)
●「新作短編小説2篇」(EPレコードのA面、B面に模した、オリジナル・ジャケットに入った作品――代金未定・1,000~1,500円くらい)
※宅配便着払い

●原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と5,000円ほどで)

●pissken420@gmail.com



PR
いいね!した人  |  コメント(1)

テーマ:
[鬼子母神日記]

●7月17日午前未明、私(曽根 賢)は脱法ドラッグのオーバードーズにより、救急車で新宿の国立国際医療研究センター病院に搬送された。

以下は、私が助けを求め、事務所~病院~X署での「尿検」まで付き添ってくれた、ボスYの「報告書」である。
※一部、アルファベット表記に直したことと、冒頭の記事に(中略)を入れた以外、私は文章に一切手を入れていない。
尚、冒頭の新聞記事は、ボスYがネットから拾ったものである。



●[報告書の前に]

<危険ドラッグ>11年以降40人死亡 今年急増24人も
毎日新聞 7月31日(木)8時0分配信

[危険ドラッグの使用が原因とみられる死者数]
危険ドラッグを吸引した直後の事件事故が相次いでいる問題で、2011年以降の約3年半に危険ドラッグの吸引などが原因で死亡したとみられる人が少なくとも7都府県の40人に上ることが毎日新聞の調査で分かった。危険ドラッグを巡る死者の実態が明らかになるのは初めて。今年だけで24人が死亡したことも判明し、規制の強化でも乱用に歯止めがかからない現状が改めて浮かんだ。

【職と家族失い、路上で気絶…】やっと分かったドラッグの怖さ

調査は、全国の警察本部などを対象に実施。関係当局が統計を取り始めた11年から今年6月末までで、危険ドラッグの使用が原因で死亡した疑いがある人の数▽危険ドラッグの使用が疑われる救急搬送者数などを尋ねた。
それによると、死者が確認されたのは、東京▽神奈川▽静岡▽愛知▽大阪▽広島▽山口の7都府県。11年は0人、12年と13年はそれぞれ3県で8人ずつだったが、14年は半年間(大阪のみ7月21日まで)で1都1府4県で24人と一気に急増した。「統計を取っていない」などの理由で16の警察本部が回答しておらず、実際の数字はさらに増えるとみられる。
(中略)
死者数が最多だった大阪では吸引後の死亡例が相次いだことで府警が今年から調査を始め、7月までに14人の死亡が判明した。4月に大阪市北区のホテルで30代の男性会社員が吐いたものをのどに詰まらせて死亡したケースでは、室内から液体状の危険ドラッグが見つかった。
次いで多かった神奈川では、12年に6人▽13年5人▽14年2人の計13人が死亡していた。13年5月に厚木市内の自宅ベッドで死んでいるのが見つかった40代の男性の場合、枕元に吸引パイプと植物片があったほか、室内には他にも危険ドラッグとみられる粉末が見つかり、常習が疑われる状況だったという。

また、名古屋市では今年6月に吸引直後とみられる20代の女性が死亡していたほか、山口県でも今年に入って30代の男性2人が死亡していた。
一方、救急搬送者(搬送されずに健康被害を訴えた人も含む)は、全国で少なくとも1415人が確認された。内訳は、11年が115人▽12年599人▽13年490人▽14年211人だった。やはり約半数の警察本部などが回答していないため、実際はこれを大きく上回るとみられる。

薬物依存症の専門病院である埼玉県立精神医療センターの成瀬暢也副病院長によると、危険ドラッグを吸引した結果、筋肉の細胞が壊れる「横紋筋融解症(おうもんきんゆうかいしょう)」を起こし、腎不全や多臓器不全などで死亡する可能性がある。血圧や心拍数が急上昇するなど心臓への負担も大きく、米国では若者が心筋梗塞(こうそく)を起こした事例も報告されているという。

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部の松本俊彦・診断治療開発研究室長は「死者数を把握したことはなく、非常に多いという印象だ。体の硬直やけいれん発作など危険ドラッグによる症状は今年に入り特にひどい。ドラッグの作り手と乱用者が求めるのは『脱法』であることだけで、その物質で何が起きるか誰にも分からない危険な状況だ」と指摘する。【まとめ・堀智行】

脱法ドラッグ:「指定薬物」スピード決定…池袋暴走受け
毎日新聞 2014年07月15日 11時27分(最終更新 07月15日 17時50分)

歩道に突っ込んだ乗用車=東京都豊島区で2014年6月24日、小川昌宏撮影
JR池袋駅(東京都豊島区)近くで乗用車が暴走し男女8人が死傷した事件を受け、厚生労働省は15日、逮捕された男が直前に吸っていた脱法ドラッグの成分を特例で専門家の審議など通常の手続きを省略し、「指定薬物」に緊急指定した。25日から販売や所持が禁止される。同省が薬事法に規定する特例措置を用いて緊急指定するのは初めて。事件発生から3週間でのスピード指定で、脱法ドラッグが原因とみられる事故がその後も相次ぐ状況に対し、強い姿勢を見せた形だ。【桐野耕一】

◇初の特例、厳格化
田村憲久厚労相が15日の閣議後の記者会見で明らかにした。同省は指定薬物に定められる前の脱法ドラッグも中枢神経に有害な影響を与える「無承認医薬品」として取り締まる方針を固めており、田村厚労相は「有害性が以前に比べ強くなりつつある。今後も指定の特例措置を含め、あらゆる法的手段を用いて脱法ドラッグを厳しく取り締まる」と述べた。
厚労省によると、脱法ドラッグの新たな成分を薬事法上の指定薬物に定める場合、覚醒剤や麻薬に似た幻覚作用のある有害成分を特定した上で、専門家会議で指定薬物に定めるべきかどうかを審議。会議で指定薬物にすると判断した後も30日以上の意見公募手続き(パブリックコメント)の期間を設けるため、通常は手続き全体で最大6カ月かかるという。

池袋の事件では、男が吸引した脱法ドラッグの一種の脱法ハーブから指定薬物は検出されず、警視庁が捜査の中で幻覚作用があるとみられる二つの物質を特定。厚労省と東京都の研究所で有害性が確認された。同省は事件の社会的影響と再発防止の観点から、通常の手続きを省略して緊急に指定薬物に定める必要があると判断した。
指定薬物にする省令は25日施行され、この物質を含む脱法ドラッグを販売したり所持したりすると懲役刑や罰金が科せられる。
脱法ドラッグを巡っては警視庁が10日、全国の警察本部に先駆け「脱法ドラッグ総合対策推進本部」を設置。東京都と合同で都内の脱法ドラッグの販売店44店舗を立ち入り調査した。東京都は警察官だけでも独自に立ち入り調査できるよう、警視庁の要望を受け条例を改正する方針。



[報告書]-----------(事務所ボスY)


この出来事は2014年7月16日早朝に起きた出来事である。
僕自身の主観によって書いたので、僕にとっては真実だが、逆に言えば僕以外の人にとっては全てフィクションである。
7月22日以降、警視庁と厚生労働省はいわゆる「脱法ドラッグ」の名称を「危険ドラッグ」と改称し、取り締まりを強化している。報道をみる限り「所持」や「使用の疑い」でも逮捕に踏み切っているようだ。
中毒者を真近で見た僕の感想は「本当に厄介で危険な代物」である。
「安酒を飲むと身体に悪い」じゃないが「危険ドラッグをやるくらいなら、ちゃんとした覚せい剤を……」と悪い冗談でも言いたくなるくらいだ。
現に、7月16日から二週間以上たつが、使用した本人はまだ具合が悪そうだ。

もし、このブログを読んでいる人の中に危険ドラッグを使用している人がいるなら、是非止めて欲しい。あなたの身体が……なんて言わない。いざとなったら多くの人が多大な迷惑をこうむることになる。その中にはあなたの大切な人も当然含まれるはずだ。そして近い将来必ずそうなる。法にも触れてないし、だいいち誰にも迷惑なんぞかけてはないよ、なんて思わないで欲しい。
本文では改称前の「脱法ドラッグ」の名称を使っている。


「早朝の事務所にて」

ここ半年ぐらい、逆流性食道炎による胸焼けで、早朝よく目がさめる。
7月16日の早朝も寝苦しさを覚えて目が覚めてしまったので、何時だろう? と思って枕元のスマホをみると、4:45だった。
FaceBook経由で、以前、僕の担当をしてくれていた元編集者からメッセージが入っているというので、胸焼けを抑えるべく牛乳を飲みながら、事務所のソファに寝転んで、返信メッセージを打っていると、玄関が開く音がした。

「盛られたよ! ちくしょう!」
ヨタヨタと入って来たのが事務所を共同使用している弟ではなく曽根さんだったので、ちょっとビックリした。
弟は夜昼問わず仕事をするので、いつでも出入りするが、曽根さんは、だいたい昼過ぎに来て夜には帰ってしまうので、今までにこんな時間に事務所に来た事はない。

「ど、どうしたんですか?」
「脱法だよ、脱法! 盛られた。くそう、誰が……マジで……」
見ると顔面蒼白。首筋には油汗がびっしり張り付いている。
「悪いんだけど、ちょっと休ませて。ホントまじで……幻覚がひどい……もうね……ものすごい。ごめん。発狂しちゃうかも。俺、暴れちゃうかも……」
手が小刻みに震え、怯えきった顔でそう言うので「とりあえず、ソファに横になってください」と寝かせた。
「本当は炙るヤツを、一気に呑んじゃったんだよ。ああ、これホントすごいな。俺はどうすればいいんだ? これを楽しめばいいのか? コレ死んじゃうよ。まずい。ホントにまずい。目を閉じていられない」
尋常ではない様子と言動に僕はまずいなと思った。

脱法ドラッグは、合法的に売れればいい、その為に強力にぶっ飛べればいい、それによって使用者が暴走して人を殺そうが、勝手に狂って死のうが関係ないし、あくまでお香なのだから、自分たちに責任はない、という恐ろしい設計思想のもとで作られているので、何が入っているかも、どうなるかも作った本人すらわかっていない。

池袋で大きな事件があったばかりで、容疑者のよだれを垂れ流した映像が印象的だ。オーバードーズで死人もでている。
僕の身近でも、7月の前半に、地元の友達が脱法ドラッグで狂ったあげく、彼女の家に殴り込み、傷害と器物破損で現行犯逮捕されている。
(彼は、彼女がとんでもなく破廉恥で淫らな浮気をしていると妄想していた。逮捕される1ヶ月くらい前に、電話で延々3時間くらい、その妄想を聞かされている)

炙るヤツを一気に呑んだなんて、最悪、死ぬ可能性がある――。
「救急車を呼んで! ああ、悪魔が出て来た! ホントにまずい!」
迷うところはなかった。
「本当に救急車呼びますよ、いいですね」
曽根さんが苦しそうに2度うなずくのを確認してから、救急に電話をした。


「救急隊の美人女性隊長と曽根さん」


マンションのエントランスで救急隊員を迎えた。
救急隊員は3人で、1人は小柄な女性。マスクをしていたが、目元ははっきりとした二重まぶたで、十中八九美人であることは明らかだ。
部屋は僕の部屋であること、さきほど友人がお酒以外に何かを飲まされて、具合が悪くなり、自分のところに来た、ということを説明しながら部屋の前へと案内した。

救急隊員たちは、玄関前にストレッチャーを置くと、部屋へ入り、持って来た装備を開き、血圧と体温、そしてペンライトで瞳の瞳孔を確認し、メモを取る。
「お名前はわかりますか?」小柄な女性隊員が曽根さんに問いかけると、ソファから起き上がり、一瞬背筋をのばして「あ、はい。曽根 賢ともうします」と神妙に答えた。
額には油汗びったり。
以後、曽根さんへの質疑応答は、全てこの女性隊員が行う。たぶん隊長さんなのだろう。

「お住まいはどちらですか?」
「あっ、わかりません。というか覚えていないんです」
「ご自分の住所が分からないんですか? いつ頃から、お酒は飲まれてます?」
「わかりません。いま何時ですか? 時間の感覚がちょっと……」
「どこで飲んでたのか思い出せますか? 自宅ですか? お店ですか?」
「思い出せません。池袋か新宿2丁目か……お店だと思います」 

引っ越して間がない曽根さんが、自分のアパートの住所を覚えていないのは元々なので、僕がそっと別の隊員に住所をメモして渡す。するとその隊員が「この方とどうゆうご関係ですか? 職業はなんですか?」と僕に聞いてくる。
昔、仕事で知り合って、今は友人関係で、この人は……、一瞬迷って「作家です」と答えた。
これで何かあっても「自称作家」になることはないだろう。

「曽根さん。今、どんな感じですか?」
「いや……、もう、幻覚がひどいです。ものすごい」
「なにか飲んだって言ってますけど、何を飲んだんですか?」
女性隊員の口調は抑揚を抑えたきわめて淡々した調子だ。
「わかりません。脱法です。盛られたんです。ロケットを」
「盛られたって、ご自分で飲んだんですか? それとも無理矢理飲まされたんですか?」
 質問を続けながら、女性隊員が、シートに素早く「ロケット」と書くのが見えた。

「……はい。飲みました、自分で。でも盛られたんです脱法ドラッグを!」
「じゃあ、ご自分で飲まれたんですね?」
「ホモはね! あいつらはホントやることしか考えてないんですよ!」
「危ないですよー」立ち上がろうとする曽根さんを女性隊員が制する。
「その飲んだやつって、今持ってますか?」
「いや、持ってません」
「どこにありますか?」
「わかりません。盛られたので」

僕は他の隊員に部屋の隅に呼ばれた。
「すみません。ちょっと、何を飲んだか分からない場合は、警察に通報することになってます。これから通報するので、ここに警官が来ることになると思いますが、かまいませんか?」
「え! ちょっと待ってください。通報義務があるんですか? ドラッグ関係は通報することにすると、患者が医者にかかれなくなるっていう理由から、医者に通報義務はないと聞いてます」
聞きかじりの知識を男性隊員にぶつけてみたが「いや、そうではないです。通報義務はあります」とはっきりと答えた。
たぶん昨今の脱法ドラッグ事案の急増で、そのようなお達しが出ているのだろう。
「かまいませんか?って、じゃあ、僕が拒否したところで、通報する訳ですね」
男性隊員は申し訳なさそうに「そうゆうことになりますね」と言った。
是非もない。そうゆうシステムなのだ。
「わかりました。そうしてください」と僕は言った。


「若い警官」


すぐ近くの交番からだろう、エントランスで若い警官を迎えた。
1人だ。20代前半といったところか。
部屋では女性隊員が、いつ頃、どのような場所で、どのような状況で、何を飲んだのか、を曽根さんに繰り返し聞いている。もちろん救命措置に必要な情報だが、曽根さんは詰問されているように感じているだろう。
部屋に行くまでの間に、救急隊員にしたように、これまでのいきさつを若い警官に話す。

「なんでおまわりがいるんだよ!」
警官を見るなり曽根さんが叫んだ。

「曽根さん。なんか通報義務があるんだってさ。仕方ないよ」
「おまわりはまずいよ! あっ、おまわりって言っちゃった。おまわりさんゴメンナサイ」
曽根さんがソファから身体をのばし、若い警官の足元にすがりつく。
「いったい、どうされたんですか?」若い警官が聞く。
「いや、何も飲んでません。なんでもないんです。てか、おまわりはまずいよぅ。俺雑誌作ってたんだから、おまわりはまずい。あっ、またおまわり……」
「曽根さんね」
女性隊員が諭すように言う。
「何飲んだかわからないんだから、わからない以上はおまわりさんに来てもらうことになってるの。血圧も高いし、体温も高い。一度病院に行きましょう」
「いやいや、行きません! もう大丈夫、ありがとうございます。治りました。大丈夫です。なので帰ってください」
「そうゆう訳には行かないんですよ。私達も呼ばれて来てる訳だし、だいぶ錯乱状態だし」
「ていうか、あなた、相当クールだな。しかも美人だ。俺と結婚してくれ!」
「ほら、やっぱり錯乱してる」

女性隊員と曽根さんがやり取りしている間に、若い警官は他の救急隊員からこれまでの話の報告を受けている。
「俺は、作家で詩人なんだ! くそう、女がいれば! あなた本当にクールだな。あなたの為に詩を捧げたい! だから病院には行きません。もう本当に大丈夫です!」
「病院に行かないなら、署に来て話を聞かせてください」
若い警官が言う。
「えっ! 俺、捕まっちゃうの!? うそだろ!」
曽根さんが若い警官を見上げて言う。 
「何にもしてないよ! てか、まずいだろ俺。雑誌作ってたんだぜ! それが捕まるなんて俺の最後のプライドが……。おまわりさん勘弁してください。もうしませんから許してください!」
 
明らかに警官が現れた時からの動揺が激しい。
これはまずい。いきなり逆上して警官につかみかかったりしようものなら、完全にアウト。
なんとかしないといけない。
僕は警官を廊下に連れ出し、話を聞くことにする。
「どうゆう状況ですか? 仮に病院に行かないとしたらどうなります?」
「まぁ、一応、救急から通報を受けている以上、話は聞かないといけないんですよ。病院に行かないなら、そのまま署に来ていただいて話を聞くということになりますね。もちろん任意になりますが」
警察の「任意」は「では行きません」で済む話じゃないだろう。ほっておくと何人も何人も「任意」を説得する警官が入れ替わり立ち代わりこの部屋へ来て……。で、曽根さんはパニクっている。
まずい! いよいよ不測の事態が起きかねない。

救急隊員が口を挟む。
「我々としても、無理矢理、病院に引っ張っていくことは出来ないんですよ」
「わかりました。どっちにしろ署で話をしないといけないんですよね? では僕が責任をもって病院に行くのを説得します」
パニクって死ぬかもしれない状態のまま、警察署に行って話をするのと、病院で処置をしてもらって、ある程度落ち着いてから警察署に行くのとの2択だ。当然後者。
僕はソファに座る曽根さんの横に、身体をぴったりと寄せるように座り、肩に手をまわし、耳もとで「大丈夫だよ曽根さん。とりあえず病院に行って看てもらおう。ねっ。俺も一緒に行くからさ」。
そして、救急隊員の方を向いて「一緒に行ってもかまわないですよね?」と言う。
部屋にいる全員がうなずくのを見て「じゃ、行こうよ」と曽根さんに言った。
 

「明治通りを南下する救急車車内」
 

ストレッチャーには乗らず、救急車までは一緒に歩いた。
「歩けない。なんで歩けないんだ!」
「いや、ちゃんと歩いてますよ」
僕は曽根さんの左腕をつかみ、転ばないよう注意しながら歩いた。
「くそ、なんでおまわりなんか来やがるんだ。ファック。Y君、写真を撮っておけよ!」

そんな、救急隊員や警官を刺激するようなことは絶対してはいけない。
この後、警察署に行かなくてはならない。
警察署に行ったら、どうなるかは分からない。
覚せい剤ではないだろうが、脱法ドラッグといっても、売れ残りの昔のモノだったら、現在では規制されてる違法成分が含まれている可能性がある。そうなれば薬事法でアウトだ。売れ残りじゃないという保証なんてどこにもない。
脱法ドラッグなんかをあつかっている連中なんか、微塵も信用できない。
本当に誰かに盛られたのか、自分でやったのかも分からない。ただ、本人がそう言っている以上、そうゆう事にしておけば、仮になにかあったとしても情状酌量もありうるし、そうなる為には、まず突発的な暴力だけは完全に封じなければならない。
最後は心証がモノを言うのだ。

この時点で僕が考えていたのは「とても捜査に協力的な真面目な好青年と、それに普段から迷惑をかけているダメなおじさん。そのおじさんがたまたま変なことに引っかかっちゃって、グダグダになっている、そんな程度のお話」を徹底的に印象付けなくてはならないってことだった。事実そうだし……。

救急車に乗り込み、曽根さんがストレッチャーの上に横になる。続いて、ストレッチャー脇のベンチに僕と若い警官が座る。
「なんでおまわりが付いてくるんだよう」
僕は曽根さんを無視して若い警官にこそっと言う。
「おまわりさん、申し訳ないけど、この人20代の時に警官5人くらいにボコボコにされた経験があるらしく、それ以来警察のことが大嫌いなんですよ。わかるでしょ? そうゆうタイプの人間。制服見ただけで、コノヤロ!って思ちゃいがちなタイプなわけ。だから、あまり高圧的な物言いとか控えてほしい。そのかわり僕が責任をもって協力させるから」
若い警官はうなずいてくれた。
彼も仕事なのだ。決められた仕事の手順を踏まなければならいのだ。出来る事ならスムーズに事を運びたいに決まってる。
 
救急車はサイレンを鳴らしながら明治通りを南下していく。
車内では、曽根さんが発狂したり暴れたり、若い警官に絡んだりしないように最大限気を配った。ほうっておくと独りの世界に没入していき、突然暴れるかもしれないし、意識レベルが急に下がって容態が急変するかもしれないと考え、一生懸命話しかけた。
感覚的には、今にも泣きそうな幼児の目の前にガラガラを持っていき、必死に注意を引きつけ、あやす感じだ。

「曽根さん、幻覚が見えるっていうけど、どんなのが見えるの? そんな面白いもんを僕にも分かるように話してよ」
「なんか、幻覚っていうかビジョンなんだけど……。こう、カンブリア紀からの生命の記憶がバーーーっと脳に入り込んでくる感じ。Yくん! DNAってすごいよ! もうね、いままでの全ての記憶が書き込まれているんだよ! あぁ、ドストエフスキーとか世界の天才たちは、ここまで踏み込んでいるのかぁ……くっそ!……ここまで踏み込まないと作家なんぞにはなれないのか……俺なんか到底無理だ! 気が狂うよ。作家なんか。だから自殺してる奴が多いんだ。踏み込みすぎて、みんな気が狂うんだ!」
「まぁまぁ曽根さん。世の中、天才だけでまわらないから大丈夫ですよ。別に天才じゃなくても作家なんて沢山いますよ」
「あとねYくん。神様になっちゃう奴っているじゃん。新興宗教とかの。あれね、気持ち分かるよ」
「ほう、なんでなんですか?」
「つまりさ、こうカンブリア紀からのビジョンを見るわけじゃない? で、考えるとこのビジョンってのはさ、俺の中にあるものだし、俺が死んじゃったら全ておしまいになるわけでしょ」
「まぁ、そうですね」
「つまり、世界ってのは、俺個人が認識してる世界が全てであって、今みたくカンブリア紀からの記憶とかをみちゃうとさ『あっ、つまり俺が神様だったんだ』って思うわけよ」
「ええ!? じゃあ、いま曽根さんは自分が神様だと思ってるわけですか?」
「いやいや、まだ半分は正気が残ってると思うから、まだそんなふうには思ってないし、必死に抵抗してるけど……でも、半分本気で自分は神様なんじゃないかと思ってるよ。だからこっから先に踏み込んで、それを自分自身で受け入れちゃうとね、つまり発狂しちゃうと、そうなるね、ふふふ」
「うあぁ、神様かぁ。やだなぁこんな神様。こんな神様だったら僕はいらねぇや」
「そういえば、さっきの美人さんはどこに行った?」
「そこにいますよ」
僕と若い警官が座っている横向きベンチの前方に座っている女性隊員を指差す。
「ああ、君に詩を贈りたい!」
「ちょ、ちょっと曽根さん、他の人には絡まないで」
さっきから気配を消して座っている女性隊員はピクリとも反応しなかった。

救急車が病院の駐車場に滑り込んで停止する。
後部のハッチが、隊員によって開けられ、僕と若い警官が降りる。
続いて、曽根さんもストレッチャーから起き上がり降りようとすると、
「曽根さーん、そのままでいいですから。乗ったままでいいですから」と女性隊員に制止され、ストレッチャーのまま救急車から降ろされた。

救急搬送口と書かれた病院の入り口から入ると、すぐに処置室になっているようだった。
僕と若い警官は処置室入口で足を止め、曽根さんはストレッチャーに乗ったまま中へと運ばれて行く。
大きく両腕を上げ、両方の中指を立てながら処置室の奥へカラカラと運ばれて行く曽根さんの後ろ姿を、僕と若い警官は見送った。


「病院と二人の刑事」


とりあえず、病院に着いたので命の心配はなくなった。
これで死んだら、まぁ曽根さんもそこまでの運命だったのだろうと諦めもつくし、ここまでやったんだからと自分への言い訳も立つ。
「本当に、ご迷惑かけてすいません」
処置室の入り口で若い警官に何度も謝った。
「いやいや」
若い警官は笑顔で首を振り「ところで、こうゆう事、これまでに何回かあるんですか?」と、真顔になって聞いてきた。
「いやぁ、お酒は本当に好きみたいなんで、酔っぱらって…てことは何回かあるんですけど、今回のことは初めてですね。ただ本人から聞いた話だと、何年か前に新宿2丁目でゲイと飲んでて、気づいたらその人の部屋で、あきらかに何かされたっぽいって。なんか盛られたんだって話は聞いた事がありますね……もうホントに」

本当にたいした話ではないんです。ただただダメなおじさんなんです。本当に迷惑をかけてスイマセン。僕がそばについていながら……殊勝な青年を通そう。
処置室の入口で若い警官と話していると、緊急搬送口から2人の男が入ってきた。若い警官が挨拶をする。
1人は中肉中背。優しい顔つきをしているが、体つきは引き締まっている。
もう1人は背こそ高くはないが、がっしりとした身体付き。
二人はX署から来た刑事だと言った。
「この方が付き添いの方?」
中肉中背の刑事が僕の方を差して若い警官に聞く。
「あっ、そうです。Yと申します。お手数をかけます」
若い警官が答える前に、自ら名乗り出た。
そこへ、さっきの女性救急隊員がやって来て「警察の方ですか?」と中肉中背の刑事に聞いた。

「X署の○○と申します」
「所属と階級お願いします」
「組織犯罪対策課で、警部補です」
「お名前は曽根賢さんです。脱法ドラッグの……ロケットっていうのを飲んだみたいですね」
「あっ、なんか盛られたって言ってました」
僕はすかさず口を挟むが、女性隊員は僕を無視して引き継ぎを続ける。
「未明にクスリを飲んだみたいですけど、どこで飲んだのかは覚えていないみたいですねー。所持はしていませんでした。幻覚が見えるっていってましたね。救急車の中では付き添いの方が気を紛らわすためにずっと話かけてくれてて……」

とりあえず、口を挟まず大人しく引き継ぎが終わるのを待った方がよさそうな雰囲気だった。コトのあらましは、救急隊員から全て報告されるだろう。
「処置にはあと30、40分くらいかかりそうです。そこ入って右に曲がったところが待合室になってます。それじゃあ、よろしくお願いします」
女性隊員は刑事にそういうと、病院の奥へと立ち去ってしまった。

「ホントにすいません」
刑事と目があったので、そういって頭を下げた。
「よくあるんですか? こうゆうこと」
「いや、お酒は本当に好きみたいで……」
若い警官に話した事を一言一句違えず話した後「で、この後どうゆう流れになりますか?」とたずねた。
「まぁ聞いたところ幻覚が見えるとか。だから覚せい剤じゃないと思うけど」
「覚せい剤なんて、とんでもないです!」
「でもまぁ我々としても話を聞かないといけないんで、署の方に来てもらってって感じになりますね」
「ロケットって言ってましたけど……」
「それもね、来る前にちょっと調べたんだけど、分からなくてね。どっちにしろ来てもらうことになりますね。まだ処置に時間かかるみたいだし、まぁ待ちましょう。お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お手数かけます」
頭を下げて「ボク待合室にいます」と言って、その場を離れた。

刑事たちは待合室には来なかった。処置室の入口に立ったまま待っている。
僕は待合室のベンチに座りながら「と、いうことは……」と考える。
完全に被疑者としてみてるんだよなぁ。
だから待合室には来ず、処置室入口で立ったまま待ってるんだよなぁ。
そりゃそうだよね、逃亡の恐れありだもんね。
かーっ、日本の警察はちゃんとしてるなぁ!
これはゆるくない。ゆるくないぞ。
状況をちゃんと整理してコトにあたらないと、ホントとんでもない事になる。

待合室には、ホストっぽい格好をした若者が3人いた。全員シャツもしわしわ、上着もしわしわ、自慢の頭もぼさぼさ。
コソコソ話をしているのが漏れ伝わってくるところによると、どうやら仲間が殴られて、救急搬送されたみたいだった。
そんな青春真っ盛りの若人を横目に、まずは「脱法ドラッグ ロケット」をスマホで検索した。
ロケットニュースというニュースサイトが上位を占めるなか、あった「ハイパーロケットパウダー」これか!?

「合法ハーブwiki」なるサイトの「ハイパーロケットパウダー」の項目を見る。ハーブ系とリキッド系があるらしい。曽根さんは「飲んだ」と言っていたので、たぶんリキッド系のほうか?
読み進めてみたが、効能や副作用、保存方法などが書かれているが、肝心の成分は書かれていない。んー、これじゃ分からないなぁ。他のそれらしきサイトも色々みてみたが、結局、違法成分が含まれるのかどうかは定かではなかった。
刑事が「来る前にちょっと調べたけど分からなかった」と言っていたが、その通りだった。

次は、警察がどこまで考えているかを知ることにした。
まず病院内の売店で自分用のお茶と、カフェラテを3つ買った。
それを持って処置室入り口にいる3人に持って行くことにする。

「いろいろ面倒かけてすいません。もしよかったらこれどうぞ」
一番手前にいた、背丈はないががっしりした体格の刑事にビニール袋ごと差し出した。
「いや、今、関わってる事案中なので、申し訳ないですが、受け取れないんですよ」
刑事は本当に申し訳なさそうに言った。

やっぱりね。そうかなぁとは思っていたけど、やっぱりそうだよね。
でも、全然悪い気はしなかった。ちゃんとしてる。僕はどんな人でも職業倫理が高い人が好きだ。いわゆるプロフェッショナル。こうゆう本当に些細な事だが、そうゆうところをもおろそかにしない人たちが、日本の治安を守っているんだと思うと嬉しくなる。
僕や曽根さんとは大違い。日本は良い国です。

「あっ、そうですよね! 考えが至りませんですいません!」
ハタと気がついたように、やや大げさに言って「ちょっと、たばこを吸ってきます」と、そのまま救急搬送口から駐車場に出た。
これでちょっとは「いいヤツ」と印象付けられたかな? もちろん自分でも善良な市民を自負しているが「ダメなおじさんと面倒見のいい青年」の構図を徹底的に印象付けないといけない。
何度も言うが、しょせんは人対人。どんな状況でも最後は心証がモノを言うのだ。

駐車場でタバコを1本吸ってから(この時、先ほどの女性救急隊員とすれ違った。ずっとマスクをしていたが、この時は外していた。やはり美人だった。「先ほどはどうも」と言うと「お大事になさってくださいね」と笑顔で答えてくれた)救急搬送口に戻って、中肉中背の刑事に話しかけた。さっき警部補と言って救急隊員から報告を受けていたので、多分この人が指揮官だと思ったからだ。

「刑事さん。さっきまで本当に死ぬんじゃないかって心配してたんですけど、病院来てちょっと安心したら、だんだん腹が立ってきましたよ。いい歳していい加減なことしてホントに……。すみません。ホント迷惑かけて……」
「いやいや、まぁ……」
分かりやすい心情変化の吐露。いいヤツっぽいでしょ?

「で、やっぱり大切な友達なんで、心配だから聞きたいんですけど……」
もうあとは直球で。
「この後、警察署に行って、具体的にどうゆう流れになりますか?」
「まぁ、やっぱり採尿してもらってって流れになりますかね」
「それは何を調べるんですか? 覚せい剤ですか?」
「そうですね」
「でも、脱法だって言ってますよ」
「まぁ、一応ってことですね。幻覚が出てるってことだから、症状から覚せい剤じゃないとは自分らも思ってますけど、一応ですね」
「脱法のほうは調べるんですか?」
「まぁ、僕ら薬班じゃないもんで、詳しくはそっちのほうの判断になってくるとは思いますけど、脱法はいろんな種類があってすぐには調べられないんですよ。覚せい剤はそうゆうキッドがあってすぐ分かるんですけど、脱法にはそうゆうキッドがまだないんですよ」
「じゃあ今回、本人はロケットって言ってますけど、それに違法薬物が入っていた場合どうなるんですか?」
「必要とあれば、本鑑定っていって、ちゃんと検査するところに尿をまわして……1ヶ月くらいかかるんですけど、まぁそこで全部出ますので、それで違法なものが入ってたら、1ヶ月後に我々が迎えに行くってことになりますね」
「てことは、今日どうにかなるってことはないんですね?」
「まぁ、覚せい剤がでなければ、今日どうこうってことないですね」
「わかりました。ありがとうございます」

大体の状況がこれで分かった。
警察は、まず覚せい剤かどうかを調べたいと考えていること。
脱法ドラッグは「必要とあれば」検査に出すこと。
覚せい剤検査は、問題ないだろう(たぶん)。
問題は「ロケット」なる脱法ドラッグ。これに違法成分(薬事法による指定薬物)が入っていたら1ヶ月後に逮捕。こればかりは分からない。

ただこの時、僕は知っていた。2000件以上の脱法ドラッグが鑑定待ちということを。
ニュースか何かで見たのだと思う。
脱法ドラッグはとにかく何が入っているのか分からない。その分からないモノを特定するのには相当な手間と時間がかかる。ゆえに2000件以上が現在鑑定待ちで、作業もそれを行う施設も人もまったく追いついていないという。
ということは「必要とあれば本鑑定にまわす」という判断基準はどこにあるのか?
ズバリ事件と事故だろうと思った。つまり脱法ドラッグの影響によって事件または事故を起こしたかどうかなのだ。
脱法ドラッグをキメて車で暴走したあげく女性1人をひき殺した池袋の事件などは重要度MAX。当然マストで本鑑定行き。あとは脱法ドラッグの使用者が、議員だったり警察官だったり教師だったりと社会的に地位のある人といったところか。
そうゆう世間的に関心が高い事案が優先的に本鑑定にまわされるのだ。
かなりの確率で大丈夫。そう思った。

手間のかかる本鑑定にまわされ、「ロケット」から違法成分が検出されるという2つのハードルを越える確率は今のところ低い。
ただし、今後気をつけなければならない点が2つ。
1つは、曽根さんが突発的に暴れたり採尿を断固拒否して心証を悪くすること。
もう1つが『BURST HIGH』の編集長であったことが知れること。
この2つを徹底的に気をつければ大丈夫。もしダメならポンポーンと2つのハードルは軽く越える。
「あの、お時間大丈夫なんですか? お仕事とか……」
時計を見ると、すでに7:30過ぎだった。
「大丈夫です。こんな事態なんで、出来る限り協力させていただきます!」
「助かります」
中肉中背の警部補は笑顔を見せた。
少なくとも僕の心証はMAXにしておかなきゃならない。

「処置が終わりました」
医者が僕らのところに来てそう言った。
見ると、曽根さんが処置室の奥から、冬眠から目覚めたばかりの熊のように、のそーっと歩いて来る。髪の毛ぼさぼさ。服はよれよれ。うつろな目で、出口で待つ僕たち4人をいぶかしげに観察している。
「ど、どうも、すいません…」
おどおどした表情で、こちらに歩いてくる。もちろん全員が、冷ややかな視線を送っている。たぶん薬の抜けきらない曽根さんからみたら、出口で待つ僕たち4人が敵に見えているに違いない。

あっ、それは良くないと、とっさに思いなおして、4人の輪を抜けて、
「もう大丈夫なんですか? 具合はどうですか?」
と満面の笑顔で歩みより、背中に手を回した。
「う、うん……だいぶ良くなった。点滴打ってもらった」
「それはよかった」
「なんか人、増えてない?」
「うん。刑事さんが来てる」
「ええ! なにそれ!俺どうなっちゃうの!?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと話を聞きたいってだけだから。さぁ来ましょう」
「ええ、行くってどこに!?」
「警察署」
「マジで!?」
「ホント大丈夫。ちょっと警察署行って、しょんべんして帰りましょう」

話ながら、緊急搬送口を通って駐車場に出る。
若い警察官も2人の刑事も曽根さんには話かけず、僕らについて来る。
一瞬、病院の会計が頭をよぎったが、曽根さんはどうせお金持ってないし、僕もさらさら払う気はない。後で曽根さんがありもしない金を持って払いに来ればよいのだ。

「これちょっと、なくすといけないから、僕あずかっておきますね」
曽根さんがもっていたルーズリーフを受け取った。中には病院の請求書と診察券が入っている。
「尿検ってマジかぁ。俺捕まっちゃうの?」
「大丈夫、大丈夫……。って知らんけど(笑)」
「えええ!!」
「うそうそ。大丈夫ですよ。少なくとも今日は(笑)」
「今日はって、どうゆうこと? ホントどうゆうこと?」

駐車場に車は1台しか停まっていない。よくあるシルバーの覆面だ。
車の前で「僕も一緒に行っても大丈夫ですよね?」と中肉中背の警部補に聞いた。
「お時間とか大丈夫であれば、その方が曽根さんも安心するだろうし、助かります」
「だって、曽根さん。僕も一緒に行くから、さっ、乗って乗って」
後部座席に曽根さんを押し込み、僕も乗り込む。
中肉中背の警部補が若い警官に何か指示をする。
若い警官は車の後部から回り込み、反対側から後部座席に乗り込む。必然的に曽根さんを挟むカタチに。
あぁ、いちいちちゃんとしてるなぁ。
助手席には中肉中背の警部補。運転手はがっちりとした刑事。
5人の乗った車は駐車場を出て、いざX署へ――。

●以下「報告書」その2へ続く

PR
いいね!した人  |  コメント(3)

テーマ:
[鬼子母神日記]


ひさかたに 雨ふりくれば茶をいれて
雨をながむる 稀れなるわれかな
室生犀星


ひさかたでも、まれでもありゃしない。
今日もしゃあしゃあと雨は降り、茶の代わりに酒をつぐ。
しきりに仏法僧(ぶっぽうそう)がないている。
もう昼近いというのに――。

「雨だれに、首をちぢめる裏長屋ってとこか」(志ん生の柳句)

図書館から借りてきた、映画『ガンジー』の後編を観ながら、冷やの茶碗酒を呑む。
ゆうべ、インターミッションの間に眠ってしまったのだ。

肴は、梅干しと、今さっき屋台で買ってきた、たこ焼きが6つ。
青のりとかつお節、ソースにマヨネーズ、紅しょうが。
焼き目の入った薄い黄身色のそれは、見ようによって、大きな梅干しにも見える。

一昨日から3日間、鬼子母神は盆踊りなのだ。
境内には高い舞台がたち、赤い提灯が200ほどもぶら下がっている。
参道も境内も、色とりどりの屋台がぎっしり詰まっている。
が、一昨日の夜も、昨夜も雨だった。
今夜が最終日。しかし、雨は止みそうにもない。
昼前から店を始めていたテキ屋も、皆、しょんぼりと首をちぢめていた。

それでも初日は、開演1時間ほどは雨が降らなかった。
その日、午後早くから、絵描きの西牧さんと、音楽ライターの小峰さんと3人で、鬼子母神の境内で呑んだ。
夕の7時に、「東京音頭」で開演し、若い女たちが高みで、次々と太鼓を叩いた。
皆、威勢はいいが、リズムがことごとくズレている。
踊る人たちは、みごとにおばさんとばあさんばかり(皆、そろいの浴衣を着ている)。
けれど、私は十分に満足し、3人で高田馬場の呑み屋へ下った。
途中から雨が降り出してきた。

安い店に入り、焼きとんを肴に酒を酌んだ。
前から3人の集まりに名前をつけようと話が出ていたので、私が「鬼門会」と名付けた。
「鬼」の字は、「鬼子母神」と同じに、頭のツノが無い字とした。
会長は西牧さん。私が副会長、書記が小峰さんである。

「入会するには、オレンジ・ジュースを9パイント呑むこととしよう。脱会の際は、手のひらにナイフで、あらためて鬼のツノを刻むことにしようぜ」
と、私。
もちろん、戯言(ざれごと)だ。
最新の「きけんドラッグ」で頭をふっ飛ばして2日目。私はまだラリっていた。

相変わらず、勘定の段階で70円(全財産)を出し、「いや~、どうも、すみません」と、林家三平ばりに頭を下げた。
私の分は、会長が払った。
――翌日、ギャラの残りの2,000円(!)を取りに、出版社へ行く。


梅干しをしゃぶり、茶碗酒をすする。
次いで、たこ焼きをつまむ。途端、たこが歯に当たる。親指の先ほどもあるたこだ。
どうにか噛み切り、飲み込む。
私の前歯は、4、5年前から飛び飛びに4本抜けている。
(ちなみに、若いころ私は、歯並びがいいことが自慢だった)
歯欠けは、酒と煙草のせいだが、たまの遊びのおクスリが命取り。
鼻からコナをすするたび、前歯の芯がジーンとうずくようになり、あるときからポツリポツリと抜け落ちた。

いちばん目立つところに1本分の「部分入れ歯」を入れていたのだが、女の実家を出る直前、飼っていた犬に喰われてしまった。
毎日3べん、犬と散歩に出て、その糞を拾っていたが、さすがに割箸でもって前歯を探す気にはなれなかった。
「女」が歯医者に連れってくれなければ、この先もずっと、このままだろう。
私は度胸がない。
こんな口を開いて、人サマに見せる度胸がない。
靴紐さえ買えないのだから。


たこ焼きを食べ、梅干しをしゃぶる。
『ガンジー』を観、冷や酒を呑む。
網戸から、かすかに雨が吹き込み、ひじを濡らす。
梅干しの種をちょっと噛じり、あきらめて皿に置く。
ふと、思いだす。

こんなことがあった。



5年前の、やはり夏のことだ。
夕方、近所の小さな神社の盆踊りに、女と行った。
鳥居をくぐるとすぐ両脇に、極彩色の様々な露店が並び、ソースや醤油のこげた匂い、揚げ菓子や飴の匂いなんぞが交じり合い、首のあたりにふんわりと、とぐろを卷く。

狭い境内に、ちんまりとした舞台がたち、その脇をまっすぐ本殿へ歩いて、ひとまず2人でなにやら拝んだ。来る途中から呑んでいた、缶ビールを賽銭箱の足もとに並べ置いて。
まだ日も暮れていない時分だ。
浮かぶ提灯に火は入っておらず、スピーカーの音曲は絞りがちで、舞台の上に人はない。
けれど、露店の匂いといっしょに、やはり人や声が、舞台の回りをゆるやかにとぐろを巻いている。
赤ん坊を抱いた母親、小学生の男女、おっさんとおばさん、じいさんとばあさん。
荒い息や、声を上げる若い男女はおらず、できれば一生御免こうむりたい気分だ。

たこ焼きを女にねだる。
たこ焼き屋は2つあり、ひとつは鳥居をくぐってすぐ、もうひとつは、露店の島のはずれにあった。
場末好きの私は、島のはずれの屋台を選んだ。
親父は、いかにも稼業の長い、渋紙色した顔をしている。
彫り込まれた深いシワと傷。真っ黒いちぢれた髪、上下の前歯が3本ずつ欠けている。
おそらく私と、そう齢の違わぬ男だ。
へたすりゃ、年下かな?

大玉6つが500円。
けっこうする。
賽銭箱の脇に腰をおろし、さっそく割箸でつまむ。
「あれっ、たこが入ってないな」
「うん、わたしも」
「80年代初期までならわかるが……」
私はちょっとビックリした。

「Oがさ、テキ屋がマジのたこを入れるなんて、テキ屋の風上にも置けねえって言ってたな。表のたこはあくまで『見せだこ』で、キャベツの芯をたこと思わせるのが、真のテキ屋だってさ」
「これって、おそらく6つのうち、2つが当たりだと思うよ」
パチンコ雑誌編集者で、おそろしく引きの強い女が、さも楽しげに言う。
「また、そんな荒い時代が……いや、呑気な時代がやってきたのか」

女のとなりに、たこ焼きのパックを持った、小学5、6年生の女の子が座った。
花がらのワンピースに、オカッパ頭。色の浅黒い、痩せた少女だ。可愛い。
そのパックを覗くと、なんと大玉が8つ入っている。
それを横目に、私は2つ目を口にした。

入っていない。キャベツの芯さえ――。
「あっ、入ってた」
女は引きも強いが、どこもかしこも丈夫にできている。とくに歯は、大きく太く、粒がそろっている。

結局、女が言ったとおり、6つのうち、たこが入っていたのは2つだけだった。
もちろん、噛み当てたのは女である。
私は、女の子に声をかけた。

「ねえ、それ、どこで買ったの?」
「あっちです」
女の子はまっすぐ鳥居を指した。
「たこ、入ってる?」
「はい」
彼女は私に眼をくれず、うつむいて答えた。手に持っているパックには、まだ2つ残っている。
私は思わず口走った。それも強い口調で。
「8つともぜんぶ、たこが入ってんの?」
彼女は一瞬、身を硬くし、割箸でいっぺんに2つをつまむと、小さな口にグッと押し込んだ。
そして、うつむいたまま、コクンとうなづいた。
「良かったなあ、どう、ビール呑むか?」
彼女は目尻に涙を浮かべ、頭をいやいやと振った――。


翌日曜の夕方、私は梅干しを肴に、茶碗酒を呑んでいた。
仕事休みの女からメールが入る。
たった4時間で、25箱もパチンコ玉を出したという。
しかし、それは女にとって、けっこうざらのことだった。

梅干しをしゃぶっては酒をすする。
小皿に種が2つ。
女が居れば、その丈夫な歯で、種を噛み割り、中の「天神様」を味わえるのだが。
私がそんな真似をすれば、部分入れ歯どころか、それを支えている両脇の歯まで、バチンと吹っ飛ぶだろう。

男は年をくうと、まず、歯とマラが駄目になるというが、そもそも私には子種がない。
26歳のとき、副睾丸炎を患い、それっきりだ。エロ本編集者としてカラミ男優を始めて5カ月後のこと、前の妻と結婚する3カ月前のことである。

子どもが欲しいと思ったことはない。私はそんな柄ではない。
ただし、女には悪いと思う。それもひどく。
女は女で、毎月、大粒の種を腹に宿しているのだし……。

いつだったろう。
惚れた女と情を結んでいる最中、本気で「孕め」と意気込んでいる自分に驚いたことがあった。
そして、ようやく腑に落ちた。
やはり、セックスの本筋とは、生殖にあるのだと。
もっとも気がいくのは、惚れた女を孕ませる、その刹那にあるんだと。
男女の情とは、互いの種に宿り、種とは情そのものなんだと――。

パチンコ屋から帰ってきた女が、酔いも醒めるような、生きのいい甘海老を買ってきた。
池袋西武のデパ地下で見つけたという。
それはそれは綺麗なもんで、鮮紅色の薄い殻から透ける白身が、微かに発光しているように見える。
そのぽってりとした腹には、暗いエメラルド・グリーンの小さな卵が、ぎっしりと抱かれている。
まず、卵をしゃぶる。ついで酒をすする。
身をしゃぶり、頭のミソをすする。もう指は、次をつまんでいる。

25箱も玉を出したのだから、当然、女の機嫌はいい。
女も茶碗で冷や酒を呑んでいる。
東京もんの女(6代目)は、三姉妹の長女で、齢は36。
乳房も尻も脂肪が濃く、丈夫で働きもんの女だ。

――こいつは、子を産まずに、一生を終えるのだろうか。

女はとことん丈夫だが、なぜか、生理不順だった。
実のない、気色悪い、おれの情を、体内に吐かれているからだろう。

「あの子さあ、なにも泣くこたあないよな」
「あなたが泣かしたんでしょ」
「おれはな、彼女を祝福したんだよ。ちゃんと8つぜんぶに、種が入ってたことにさ」
「あなたには入ってなかったからね」
「だからさ、そんなことじゃなくて、ほら、彼女の将来がさ、明るいだろ」
「なに言ってんの? あいかわらず、話がぜんぜん落ちてないよ」

不意に女の口が、バキッと音をたてた。
にいっと笑みを浮かべ、女は赤黒いものを手のひらに吐き出すと、割れた種の殻から、黄みがかった粒を指でつまみ、私の口に押し込んだ。

「たこの代わり」
「……うん、当たりだ」
梅干しの天神様は、ほどよく甘酸っぱい。
「おまえもおれも、引きが強いんだか弱いんだか」
「なに?」
「……いや、話の落ちだけどさ、落ちるに決まってるだろ。種だけに」



――6つのたこ焼きには、すべてたこが入っていた。
どうにも、今ひとつ、しゃくにさわる。
『ガンジー』を観終えた。
これで8度目くらいだろう。
観るたびに、「暴力」と、それに対向する「知性」を考える。

「非暴力は人間に与えられた最大の武器であり、人間が発明した武器よりも強い力を持つ」
「臆病者は決して道徳的にはなれない」
「満足は努力の中にあって結果にあるものではない」
「尊厳を保つためには、金は必ずしも必要ではない」
「土を耕すのを忘れるということは、自分自身を忘れるということだ」
「愛は、この世で最も効果的な力だ。にもかかわらず最も謙虚である」

私はガンジーが好きだ。
その暴力的な知性と、いざとなったら「断食」する暴力的手段が(なにかといえば断食だ)。

「私は失望すると、いつも思う。歴史を見れば、真実と愛は常に勝利を収めた。暴君や残忍な為政者もいた。いっときは、彼らは無敵にさえ見える。だが結局は滅びている。それを思う。いつも私は……」



夏は空虚だ。
空と地の間に、何もない。
夏生まれというのもあるだろうが、私はこの季節、空虚な気分となる。
そこへ、思い出の、雲の影が、とぎれとぎれに流れる。
――外は、雨が降っている。

立ち上がり、煙草を胸ポケットに入れる。
それから、酒をペットボトルに詰め、傘をさし、鬼子母神の境内へ行く。
ずらりとぶら下がった赤い提灯と、雨をかぶる舞台を眺めながら、ひとり酒を呑む。
肴は梅干しがひとつ。
なかなか、オツなもんだ。

舞台の陰で、私は踊った。
小学生のころにおぼえた、盆踊りを。
ゆっくりと、手を上げ、下ろす。
身を振る。
梅干しの種を、噛みながら。
割れるまで、踊る。

夏の空虚は、噛んで割らねばならない。
……いや、せめて噛めばいいのだ。
空虚の中に、天神様を感じながら。



8月9日(土)鬼子母神は曇天(ときに小雨)。

昼過ぎ、興行師の笹原全(ささはらぜん)が来る。
このペンネームは、私が名付け親だ。
笹原の買ってくれたビールを呑み、外へ出る。
ちょうどバイト帰りの(私の部屋の隣の)マンガ家・兵庫くんと会い、誘う。
鶏屋で焼き鳥を笹原が買う。

タクシーで(ワンメーター)笹原のマンションへ行く。
笹原の妻は、あいかわらず、駄目な男たちに優しい。
品がある。そして度胸がある。
男の愛嬌を呑み込む、静けさがある。

(笹原との)会話から、お互い吉田拓郎が好きと知れる。
同い年のこいつは、なんと79年の「篠島オールナイト・コンサート」を観ているという。
中3だ。そこが東京モンか。

私は『BURST』時代、「なのにフォーク血中度97%の男」と言われた男だ。
小学5年生のころからタクローのファンだ。
カラオケでは、場の雰囲気も考えず、タクローばかり歌う。
必ず1曲目は「友達」だ。
キャバクラでも「友達」である。
けっこううける。

笹原は、ついこないだ、なんとかフォーラムでのコンサートを、タクロー初体験のカミさんと2人で観たという。
「どうでした、奥さん?」
「とってもよかったですよ」
私はタクローを生で(高校生のころに)1度しか観たことがない。

笹原が、出たばかりのセルフカバー集(『AGAIN』)のCDをセットして言う。
「1曲目が『今はまだ人生を語らず』で、2曲目が『まにあうかもしれない』、次が『洛陽』だったんだよね」
それはつまり、ストーンズだったら、「ジャンピング・ジャッシュ」、「ストリート・ファイティングマン」、「サティスファクション」という、セット・リストのピリオドだ。

「声出てた?」
「出てたよ」
(タクローは10年ほど前に、肺癌をやっている)

確かに新譜の声は相変わらずだ。
(セルフカバー集――2回目――の曲選は、なかなか良かった。私の好きな「爪」、「いつか夜の雨が」――どちらも作詞は松本隆――それと「まにあうかもしれない」が入っていた。が、アレンジがひどい。音は当然いいが――ワインと楽器は高いほど味がいい――これが最先端なのか? まあ、そうなんだろうが、それにしても)

それから、私と笹原は大声で「まにあうかもしれない」(作詞・岡本おさみ)を歌った。
小学5年生から、私は何百回「まにあうかもしれない」を歌っただろう。
もちろん、人のいない場所で。

「まにあうかもしれない」という曲は、「まにあう」でも「まにあわない」でもなく、「あやふや」な希望を歌った曲だ。

「あやふや」な空虚を噛み、私はあなたに言う。
「おれを噛み割ってくれ」と。
私は、盆踊りの舞台の陰で、ひとり踊る。
手を上げ、手を下げる。
身を振って。

それを狂人と見るのはたやすい。
しかし、狂人にも眼がある。
あなたのあやふやを「美しい」と噛み割る、眼がある。
と、思う。



P.S.

以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――10,000円)
●「新作短編小説2篇」(EPレコードのA面、B面に模した、オリジナル・ジャケットに入った作品――代金未定・1,000~1,500円くらい)
※宅配便着払い

●原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と5,000円ほどで)

●pissken420@gmail.com


実は、来月いっぱいで、リライト仕事の契約が終わる。

かみさま、どうかおれを、これ以上「断食」させないでくれ。
おれの断食には、死ぬ覚悟がないのだ。

だから「書けない」のかも知れない。

止めよう。愚痴がすぎた。
私は眠らねばならない。

「今夜、何かに夢中になれたかい。眠りが君をきれいにするだろう。なにをいってもうるさいだろうけど、ケガしないうちに、もう帰ったほうがいい」
(吉田拓郎『少女よ、眠れ』作詞・岡本おさみ)

そうだな、帰ろう。
そして眠ろう。
悪夢を見るとは、翌朝、きれいなからだになることなのかも知れない。
おやすみなさい。
お互い今夜は、悪夢を見ようじゃないか。

東京は台風がかすっているようで、外は激しい風雨だ。
そこを突っ切って、私はボスYの事務所へ、このブログをアップしに行く。
なぜなら、嵐がおれを呼んでいるから。
酔っ払って、からだが熱くてしょうがないのだ。

おやすみなさい。
やはり、あなたはよい夢を。


PR
いいね!した人  |  コメント(0)

テーマ:
[鬼子母神日記]

7月24日(木)は、私の50歳の誕生日だった。
その日、目覚めると、私は固い地べたに寝ていた。
涼しい木陰の下だった。
車のエンジン音と、ドブ臭い、せせらぎが聴こえる。

起き上がって辺りを見渡すと、そこは、新目白通りと明治通りの交差点だった。
高戸橋の付け根だ。
眼の前の明治通りに、陽射しを反射させた車がぎっしりと、赤信号に詰まっている。
神田川側にせり出した場所に、桜の木が数本あり、その下のコンクリの地面に私はいた。
立ち上がって、木陰を出る。
目やにをこすり、空を見上げると、日はもう昼近い。

前夜10時過ぎから、高田馬場の居酒屋「寿限無」で、元ヤクザ現建築士のOと、21歳から世話になっている「寿限無」の店長Mさんと呑んでいた(店を閉めて)。
が、途中から記憶がきっぱりと無い。
「第5期」と呼ばれる「最新」の脱法ドラッグで、脳みそをふっ飛ばしてから8日ほど。
どうにも、酒が弱くなった。

まあ、まともに食べてないのだからしょうがない。
ここ、ひと月、よくてお粥に海苔の佃煮、納豆と卵、あとは、たいがい安い菓子パンくらいだ。
上京して31年、どんなに貧乏しても、食事だけは気を使っていたのだが、我ながら自棄のやんぱちである。

こんな様の息子を見たら、死んだ親父が、もういっぺん脳出血で即死するだろう。
優しい弟2人は見なかったことにしてくれ、オフクロはソックスを履かしてくれるだろうが――。
(高校時代の冬の朝、学校へ行きたくない私は、布団に寝たまま、よくオフクロにソックスを履かさせていた。ときにシャツまで着させたような。そういや、別れた妻にもそんなことをさせていたっけ)

ポケットを探ると、9千円と小銭があった。
ありがたい。
Oが煙草代として寄こした1万円の残りだ。
「寿限無」の呑み代は、誕生日ということで、Mさんにタダにしてもらったのを覚えている。

「おまえ、登れなかったんだなあ」と、つぶやいて歩き出した。
鬼子母神への途中、目白通りに上るには、都内一の急坂がある。
ボスYの事務所前の、通称「のぞき見坂」だ。
「誕生日か」
ひどく喉が渇いていた。
坂を登りきり、たまらずコンビニの前で、キリン・ラガーのロング缶を一気に呑み干した。
ふーっ、旨い。
ちょいと、めまいがするほどに。


正午過ぎ。
クーラーをかけた涼しい6畳間で、ひとり、50歳を祝った。
肴は以下のとおり。

●水茄子漬け
●烏賊の塩辛
●青柳
●オクラとインゲンとラディッシュのサラダ
●納豆と焼海苔
●おでん

酒は「菊正」の一升瓶。
それを先日、呑み屋からさらってきた2本の徳利でわざわざ澗にし、猪口で呑み始める。

「古代の濁り酒は/米を口中にふくみ乙女の唾液で発酵させたそうだ」
とは、田村隆一の詩の一節だ(乙女とはむろん処女をいう)。

酒を呑み始めたのは16歳の夏からだが、初めて呑む酒が、初恋のあの子の唾液で造ったものだったとしたら――当然、ひどく悪酔いしただろう。
同級生のその子には前年に振られていたし、まして、16歳の彼女は、すでに乙女ではなかった。彼女が妊娠中絶したことを、共通の女友だちから聞かされ、ひとり自棄酒を呑んだのが、私の酒の始めなのだから。

だが、たった今、彼女の酒が呑めたとしたら?
うまく酔えるはずだ。それくらいの齢になった。
ひと肌なら尚、味わい深いだろう。
とは云え、現実の彼女は私と同じ50歳。
彼女に娘がいたとして、その子もすでに乙女ではないだろう。
孫を待つか。

アパートは静かだ。
この時間、私以外、誰もいない。
脇の畳には『志賀直哉小説選』の一から三が積んである。
それも肴だ。

猪口を干し、まずは、三つ葉を散らした、熱いおでんの汁をすする。
三つ葉と鰹節と昆布の香り、胃の腑に染みる、柔らかな熱がたまらない。
酒呑みにとって、スープは最上等の肴だ。
酔いを優しく、ゆらりと発進させてくれる。

割烹料理店『 I 』が経営する惣菜店がある。
値が張る惣菜ばかりだが、なぜかおでんの袋だけが安い。
7つ種がはいって380円。
なにより汁がたっぷりと(椀に2杯ほど)入っている。
その味はさすが割烹料理店ならではで、汁だけで380円出してもいいくらいだ。

真夏に、おでんを肴に酒を呑むのが大好きだ。
女の家を出るまでは、毎年夏、大鍋いっぱいにおでんをつくり、仲間を呼んだ。
(大鍋とは、小学生がキャンプに行って、カレーライスをつくるくらいの大鍋である)
この先、どうにかなったら、また始めたい。
それが、夢のひとつである。

溶いだ辛子をたっぷりとつけ、こんにゃくを齧る。
そして、猪口の酒を、口へ放り込む。
私の一番好きなおでん種は、こんにゃくだ。
辛子をつけたこんにゃくを齧るたび、頭に浮かぶ情景がある。
それは私の見たものではない。高校生のころ読んだ、作家・藤本義一のエッセイに描かれた情景である。

藤本少年が童貞を喪失した夜。
遊郭を出てすぐの道端に、おでんの屋台があった。
そこへ飛び込んだ藤本少年は、酒も頼まず、こんにゃくを求める。
熱いこんにゃくに辛子をたっぷりとつけ、少年はそれを唇になすりつけるようにして食べる。
食べ終えると、またこんにゃくを頼む。
ついさっき、初めて口をつけた、女性器の味と感触を洗い流すために――少年は何皿も、何皿も、こんにゃくを食べ続ける――。

その情景は、童貞だった私の頭に、私自身の姿として強く焼きついた。
私は、女のそれを醜いとも不潔とも思わない。しかし、苦手だ。
7年もエロ本編集者として、男優までやっていたというのに、どうしても慣れなかった。
特に、惚れた女のそれは、見るのも苦手である。
なぜか?
深く考えたことはない。これからもないだろう。
「深入りしてはならない」
若いころから、そうつぶやく、裡(うち)なる声がするからだ。
(謎めかす物言いをどうか許したまえ)


さて、
大きめに切った、濃紺の水茄子を指でつまみ、囓る。
水茄子とはよく言ったものだ。
キュッと歯に絞られ、口いっぱいに冷たい汁が溢れる。
塩梅もいい。一味をかけ、もうひと口。
私の前歯はあちこち4本抜けているが、どうにかまだ歯ごたえを楽しめる。

酒で口を洗い、烏賊の塩辛を箸でつまむ。
ぬらりと箸先から垂れる姿に満足する。
口に含むと、ねっとりと発酵した、わたの香りが濃い。
酒を口にふくむと、一層風味が増し、思わず舌が鳴った。
(水茄子漬けと塩辛も『 I 』惣菜店のもの。どちらも結構な値がしたが、誕生日だから驕ったのだ)

ついで、山葵醤油で青柳を口にする。
おおっ、旨い。やはり、あの魚屋は本筋のものを並べている。
このぺろりとした、橙色の冷たい舌を口にすると、決まって浅草の、居酒屋のカウンターを思い出す。
いや、いっしょに呑んでいた、女を思い出す。
女には夫も子もおり、私にもまだ妻がいたころだ。

「こういうもんはさ、やっぱり四畳半で、男女が差向いで食べるのが筋だよな。ほかに、豚と菜っ葉の小鍋立てとかしてさ」
「そうねえ、でも、かえってお金がかかるわよ」
池波正太郎フリークの女はそう言って、おっとりと笑った。

女の家はいわゆる億ションで、リビングが45畳もあったことを思いだす。
それと、やはり2人の道行きは、初手から無理筋だったことも。
最終的に女は私と手を切ったが、よくぞ5年以上も、私の相手をしてくれたものだ。
彼女に感謝し、宙に猪口を差出して、乾杯する。

青柳の香りの初々しさに、酒が喉をよくすべる。
やはり生きている間に、惚れた女と差向いで、青柳で酒を酌んでみたい。
と、しみじみ思う。
まさにこの青柳は、立原正秋いうところの「希望のある味」だ。

オクラとインゲンとラディッシュのサラダに、薄オレンジ色のドレッシングをかける。
そのドレッシングは、ボスYが2日前、六本木キャンティの支店から買ってきたものを分けてくれたものだ。店で食事をするたび、必ず買ってくるという。
淡い甘さや色は、すり下ろした人参だろう。
大蒜の風味が強く、野菜によくからむ。

私はサラダを肴に酒を呑むことが多い。
特にこの三種の野菜は定番である。
歯応えと味わいの違いが絶妙にマッチしている。
しかし、40歳のころ半年ほど馴染んだ20歳の女に、このサラダを出したら、「お爺さん臭い」と言われた。
場所は女のワンルーム・マンションだった。

「お爺さん臭い」とは、おそらくサラダに対してではなく、猫背で野菜を茹で、酒に顔を赤く腫らし、よろよろ皿を置いた私の姿を言ったのだろう。
それでも、このサラダは酒がすすむ。
サラダは日本酒に合う。
が、20歳の女に、そんな野暮を強いてもしょうがない。

その後、女は業界の人間とくっつき、結婚し、子を生み、離婚した。
現在はフリーライターを自称し、毎夜呑み屋でくだを巻いているらしい。
そのたび、私への恨みごとが吐かれると、店の常連の後輩から聞かされた。
恨みごとの中身までは聞かない。
振られたのは私のほうなのだが。
まあ、なんとなく、女の言い分がわかるような気もする。
それにしても、あの子はまだ30歳なのか。
これからまだ、子の10人も生める齢だ。

今回、海苔がいちばん高価だ。
まっとうな海苔は高い。だが、やはり旨い。
口にいれ歯を立てれば、たちまちパリパリと渇いた音がこぼれる。
炙った磯の香りがたまらない。
納豆を海苔にくるみ、口に放りこむ。
もぐもぐ味わい、呑みこんで、
「よっ!」と手を叩く。
白壁が、頼りないコダマを返す。
阿呆だねえ、まったく。

納豆は300回かき回すのが常だ。
それでも魯山人よりは少ない。彼の流儀は424回。この端数が謎だ。
一度試してみたが、案の定、途中で頭がこんがらがった。

――ここまで、ときおり本を読みながら呑んでいる。
作は『志賀直哉小説選 二』の中の短編『濠端の住まひ』。
これもいい肴だ。
志賀は酒を呑まないのか、それとも酔った自分や場面を書くことが嫌なのか、作品にほぼ酒は出てこない。
この作品に出てくる飲食の場面は朝食だ。
メニューはと云えば――。

「パンとバタと――バタは此縣の種畜牧場で出来る上等なのがあつた。――紅茶と生の胡瓜と、時にラディシの酢漬けが出来ている」

大正時代のハイカラな食卓だ。
それを、夜ともなれば、家守や蛾や甲虫や火取り蟲や殿様蛙が座敷に集う家で、独り食する。
ただし、そこに独り身の淋しさはない。
侘しさもない。
屈託さえない。
逃げ場のない「生」のみが、真っすぐの視線で描かれている。
むろん、生の下に死が透けており、その下にまた生が、さらに死が……というカラクリだ。
それも、ぼんやりと明るいカラクリである。

徳利を2本空けたところで、時計に眼をやると、まだ2時前だ。
猪口から、冷やのコップ酒に切り替える。
ここからはピッチが早い。

つらつらと、これまでの誕生日に、どうしていたかを探るが、思い出すことは少ない。
去年の誕生日さえ憶えていない。
一昨年は、女に棄てられた直後の誕生日であったから、仲間が心配して、24日前後いろいろ呑み食いさせてくれたが、当日は思い出せない。
ハイライトをワンカートンずつ、3人の友人から貰ったことは憶えている。

はっきり記憶しているのは上京1年目、20歳の誕生日の夜のことだ。
私は入学した大学へ1日も行かず、そのころ神楽坂にあったエクスプロージョンというライブハウスでブッキングをしていた。
1984年7月24日の晩、他のスタッフ2人に、小屋のそばの呑み屋で祝ってもらった。
(その内のひとりは、現建築士のOだ)

かるく一升以上は呑んだだろう。
2人と別れ、神楽坂を飯田橋駅へと、ふらふら降りていったのが零時近く。
坂の途中、左側に神社がある。
泥酔した私は、なぜか引き込まれるようにして真暗な境内へ入った。

ジャランと鐘を振り鳴らした途端、吐気がこみあげ、眼の前の賽銭箱にもどした。
宮司のカミさんが、賽銭箱の銭をザルで洗っている姿が浮かんだ。
吐き終えて、手を打ち、両手を合わせ祈った。
「可愛い女ができますように。レコードが出せますように。本が出せますように。映画が作れますように」

ゲロでずいぶんと願ったもんだね。
その後だいぶして、願いの2つは叶った。女ができ、本も出せた。
が、現在女はいないし、10年かけた15篇ほどの短編が、この先、本になるかは分からない。
けれど、それが「あの夜」の罰だとは思わない。
ディランが歌うように、
「まだルーレットは回っているのだから」
と、この先も、ほざき続けようじゃないか。
 
そう云えば昔、ある女が、こんなことを言った。
「20歳の誕生日に、ホテルの部屋に帰ってみると、1000本の薔薇が床を埋め尽くしていたの。スポンサーや、スタッフからの贈り物だった。そのとき思ったの、こんなことを信じちゃいけないって」

馬鹿、何を真面目に反省してるんだと思った。
しかし、一目惚れだった。
そして、数年して、2人にこんな会話があった。
むろん、酔った席での戯言だが。

「わたし自身が、あなたの罰かもしれないわよ」
「おまえが罰なら、おれの先祖は、坊さんの1000人は斬り殺しているだろうよ」
「わたしがその罰だったとしたら?」
「おれは、当り屋にだってなってやる。罰の当り屋だ」
「そう……」
「おれのほうこそ、おまえの罰なんだろうさ。おまえの先祖こそ、1000人の僧侶の首をはねたに違いないぜ」
「かもしれない……うっすらと記憶がある」
「なんにせよ、だからって、おれたちが別れなきゃいけない理由なんて、何一つないさ」

私は(そしておそらく彼女も)、2人の関係を決して「罪」だとは認めなかった。
別れなきゃいけない「罪」など、何一つないと――。
河豚じゃあるまいし、福引じゃあるまいし、「罰の当り屋」とは息巻いたもんだ。

付きあっていた5年間、私と彼女は、6畳の部屋で泳げるほどの酒を呑み干した。
2人とも若かった。
その彼女も、秋には49歳になる。

8合ほど呑んだところで、腹が減った。
コップ酒を呑みながら、鍋焼きうどんをつくる。
小さな土鍋(100円ショップで買ったもの)に、おでんの汁を入れ、醤油を少し足し、火をいれる。
そこへ、うどん玉を入れ、鶏と蒲鉾と葱と卵を入れた。
三つ葉を切る。

最後に鍋焼きうどんを食べたのは、オカマのY美のマンションだったような……。
寒い梅雨時期だったと記憶する。
その時、情は交わさなかったが、こんな思い出がある。

真夜中、新宿2丁目にある、馴染みのカウンター・バー「S-B」で、Y美と並んで呑んでいた。
客は私たちだけで、マダムのケイコさん(こちらは本物の女性)と、いつものように3人で他愛もないおしゃべりをしていると、二人の口から、「ハルシオン」という言葉が出た。
2人とも昔から不眠症で、長いこと処方してもらっているという。

「今、持ってる?」と訊くと、どちらも持っていると答えた。
そこで無理やり2人から3錠ずつふんだくると、その場で6錠を噛み砕き、焼酎の緑茶割りで流し込んだ。

――目覚めると、ラブホテルのベッドの上だった。
隣に、Y美が、ガウン姿で寝ている。私は全裸だった。
誘ったのは私だろう。
しかし、肝心なことをやれたはずはない。

Y美はどこから手に入れたのか、私の写真を持っていた。
別の呑み屋でいっしょになった折、女子中学生のように頬を染め、財布から写真を抜き取り、そっと見せてくれたことがある。
(どんな写真だったかまでは、もう覚えていない)
Y美は美人だったが、やはりその顔は、やや作り物の感は逃れなかった。
私より5つ年下だと聞かされた覚えがある。

ぼおっとした頭で、私はガウンをはおり、便所で用をたした。
そして、顔を洗おうと、洗面所の鏡に眼をやると――。
はて? なにやら顔の景色が淋しい。
よくよく確認すると、あるべきところに毛がない。

「ケンちゃんがお風呂で、眉毛を剃ってくれって言って、きかないからよ」
なぜ眉毛を?
そんな「剃毛プレイ」を、オレは望んでいたのか?
いまだに、その心情は謎だ。

そのあと、昨夜の役立たずのわびをいれ、眉毛のないまま、Y美とセックスをした。
オカマとのセックスは2人目だった。
私はホモではないが、当時は好奇心が先に立った。

Y美は5年以上前に、性転換手術を受けている。
自らの「穴」へ導く手際の良さに、私はふと、
「こいつは、からだを売るのが商売なのかもしれない」
と思った。
そう云えば、Y美の店を教えてもらったことがない。

女に似せて作った穴は、それはそれで作りものの妙があるが、やはり女のそれと比べると、引っ込み思案の穴ぐらでしかない。
唇を押し付け、舌を差し込んだとて、辛子をつけた熱いこんにゃくで、その味や感触を洗い流そうと思わせるほど、少年や、まして(当時)中年の私を撹乱させるシロモノではない。
その穴は、いわば「路地のどんつき」でしかない。
肝心の「秘密」を内包していないのだ。

「無様は男の背中であり、秘密は女の子宮である」
女のそれが苦手な私は、ただ、「秘密」の入口が怖いだけなのかもしれない。
 
Y美を最後に見たのは8年前、作家・永沢光雄さんの通夜の席だった。
二言三言、声を交わしたと思うが、何も覚えていない。
そしてY美は、その1年後にあっさりと死んでしまった。
新宿2丁目の夜道で倒れ、それっきりだった。
オカマの寿命は短い。
正確な死因は聞いていない。葬式にも行かなかった。
ただ、連絡をくれたケイコさんの話で、Y美の本当の齢が、私より5つ上だったことを聞き、ちょいと、せつなかった。


鍋焼きうどんの、紅白のかまぼこを齧る。
途端、思い出した。
「そういや」
5年前の誕生日の翌日、やはり、自ら眉毛を剃ったことがあった。

女と、女の金で、真鶴に一泊旅行し、下石神井の借家へ帰ってきた晩のことだ。
辛子を効かせた、冷たいトコロテンを肴に冷酒を呑んでいた。
蓴菜(じゅんさい)を肴にするように、2人とも、そんなものが好きだった。

早くも酔った女が、いつから働き始めるんだと、難詰してきた。
母がまた、早朝からアルバイトを始めたという。
女の母親は1人で酒屋をしているのだが、酒が売れる御時世ではない。
「もちろん、早く働くさ」
私の「ヒモ暮らし」も、5年近かった。
だったら、まず、そのむさ苦しいヒゲを剃れというので、私は素直に台所へ立った。
(風呂場はあったが、たいがい洗顔やヒゲ剃りは台所の流しでやっていた)

しばらくして、ツルンとした顔を向けると、女はしばし呆気にとられた。
「ざまあみやがれ」
そう言って、私は両の眉毛を剃った顔で笑った。
女が立ち上がりざま、私の腹を蹴った。
不意をつかれ、女のつま先がミゾオチに入り、膝が畳に落ちた。
すると女は、私の頭をさらにサッカーボールのごとく蹴り上げた。

その二年後の晩春、私は女に棄てられた。
そして今、
「とどのつまりは鬼子母神、七曲りのどんつき……か」

酔った私は、正面の白壁に手を合わせ、こう願う。
「おれの書くものが、おれという秘密でありますように」
そして、私に突っ込む、あなたにとっても――。


目覚めると、夜の11時だった。いつの間にか畳に寝ていた。
クーラーを止め、サッシ窓を開くと、涼しい風が吹いてくる。
酒を買いに出た。
鍋焼きうどんの残りを肴に、また茶碗酒を呑む。

「おっと」
手をついた畳の上を、小さな蜘蛛が這っていた。

それを「ヨクモキタナ」と、殺しはしない。
ダニやノミ、そして私のからだのカスを、こいつは喰ってくれるのだから。

新宿二丁目の夜道で倒れたY美のように、
私もせめて今夜は、風通しのいい、清潔な場所で昏睡したい。



翌日の夜、事務所から部屋に帰ってみると、ガスが止められていた。
「よかった、おでんや鍋焼きうどんを温めたあとで」
その日から、私は酒を断っている。
そして毎日1食、お握りと菓子パンばかり食べている。
(7月31日)


P.S.
西牧さんと小峰さんと3人で結成した「鬼門会」についてや、土用の丑の日に、シギーに奢ってもらった「うな重弁当」のことなどは、次回に。

また、「脱法ドラッグで救急搬送された」件は、8月中に、事務所ボスYの「報告書」と、私の部屋の隣に住む漫画家・Hさんの「4コマ漫画」と共に、3回ほど連載します。

尚、以下の作品を買ってくれる方、また、仕事をくれる方、メール下さい。
●「詩作品」(手書きした原稿用紙を額装したもの――10,000円)
●「新作短編小説2篇」(EPレコードのA面、B面に模した、オリジナル・ジャケットに入った作品――代金未定・1,000~1,500円くらい)
※宅配便着払い

●原稿と編集&コピーライトの仕事。
(個人誌やグループの冊子も受けつけます。アドバイス程度なら、酒と5,000円ほどで)

●pissken420@gmail.com

それでは、おやすみなさい。
よい夢を。
いいね!した人  |  コメント(4)

テーマ:
[鬼子母神日記]

7月26日(土)鬼子母神は晴れ。

今日、ブログにアップすると予告していた『カンブリア紀までの遡行』は、いまだ体調不良のため書けず、来週以降になります。
申し訳ありません。
(前回のブログを削除したのは「大人たちの事情」からです。あしからず)

24日に満50歳となりました。
元『TATTOO BURST』編集長・川崎美穂に、
「ようやく、魔の40代のトンネルを抜けたね。もう、曽根さんは大丈夫だよ」
と言われました。
過去17年間、川崎が私に言ったことで間違いはなかった。

「五十知命」
いまだ天命こそ知らねど、いまだ、頭から薬品が抜けねど、自滅はしない。
もう「真正面から」生きることは止めます。
「脇から楽しく」生きねば。

カンブリア紀から持ち帰った言葉は以下の言葉です。

「自分の深い傷に眼を向けず、一目散に逃げろ。それがおまえの生だ」

意味はわかるようで、よくわかりません。
しかし、逃げる場所はわかります。
「言葉の森」です。

その森で、あなたと出会うことを希望します。


※文章が支離滅裂で恥ずかしい。
体調を整え、早く「元気」な言葉を発したい。
なんと、まだ夜道をひとり歩くのが怖いのです。

いいね!した人  |  コメント(5)

[PR]気になるキーワード