政治【水内茂幸の夜の政論】小野寺氏 自衛隊侮蔑ポスターに涙 被災地が迎える4度目のお盆+(1/7ページ)(2014.8.18 18:00

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【水内茂幸の夜の政論】
小野寺氏 自衛隊侮蔑ポスターに涙 被災地が迎える4度目のお盆

2014.8.18 18:00 (1/7ページ)水内茂幸の夜の政論
震災直後の政治の混乱を語る小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)

震災直後の政治の混乱を語る小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)

 東日本大震災の被災地は、今夏発災から4度目のお盆を迎えた。だが宮城県気仙沼市出身の小野寺五典防衛相にとって、震災は遠い記憶でなく、現在進行中の出来事だ。焼け野原の郷里で家族を捜し、目の前で救えるはずの命を失った経験は、小野寺さんの政治家人生に決定的な影響を与えた。当時、黙々と遺体の収容に携わった自衛隊を指揮する立場となった今、大切にしているのは、命がけで国民を守ろうとする隊員の「誇り」だ。

 小野寺さんと待ち合わせたのは、東京・赤坂の家庭料理店「赤坂ダイニング ままや」。衆院赤坂議員宿舎から徒歩5分と近く、小野寺さんは野菜たっぷりの手料理を求め、当選間もない頃から通い続けてきた。

 「ここは震災で生き残った気仙沼の地酒を、いち早く売り出してくれたんですよ。顔なじみの常連さんも、気仙沼でボランティアをしてもらいました」

 まず小野寺さんが注文したのは、いずれも特別純米酒で、蔵元「角星」の「船尾灯」と、蔵元「男山」の「気仙沼男山」の冷や酒。双方とも、なめらかな舌触りとコメのうま味が素晴らしい。これは用心しないと飲み過ぎてしまうな。

 「気仙沼は津波で主産業の水産加工場が全てやられましたが、両蔵元の酒だけは無事でした。市内で唯一売れる商品だった酒の販売から、気仙沼の復興はスタートしたのです」

 小野寺さんの実家は旅館を営んでいるが、3階建ての2階部分まで津波の被害に遭い、当初は母の消息も分からなかった。小野寺さんは震災翌日から2カ月間、暖房もない実家に泊まりきりで公私の復興に明け暮れたが、郷里の地獄絵図は今でも忘れられないという。

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震災を生き抜いた気仙沼の地酒を注ぐ小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
震災を生き抜いた気仙沼の地酒を楽しむ小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
好物のハムカツに笑顔を隠さない小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
津波の被災を逃れた気仙沼自慢の地酒2つを掲げる小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
小笠原・父島産のオナガダイの刺し身=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
おおぶりのカボチャの煮物。おばんざい形式の手料理が多い=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
米空母「ジョージ・ワシントン」に着艦した様子を語る小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
駆けつけのビールをあおる小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
震災をどう生き抜いたか。気仙沼の地酒の逸話を語る小野寺五典防衛相=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
小野寺五典防衛相(左)を栄養面で支えてきた、「ままや」の女将=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)
店の入り口には、郷里気仙沼への復興メッセージが=東京・赤坂の「ままや」(酒巻俊介撮影)

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